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31日目に君の手を。  作者: 篠宮 楓
4日目 原田視点
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「あれは焦ったよなぁ、マジで」


昨日の状況を脳裏に浮かべながら、市道から土手へと原田は足を向けた。



午前中の早い時間だというのに、すでに鳴き始めている蝉の声にうんざりとしながら土手を歩く。

いつもなら自転車で過ぎ去る風景も、のんびりと歩けば趣が違って新鮮でいい。




それもこれも、昨日の事が無ければだけどな!


そう思いいたって、うんざりと肩を下げた。



……あれは焦った。近年稀にみる、パニック状態だった。



部活の連中との勉強会を早めに切り上げてアオの家に行ってみれば、案の定いつものベンチに座る彼女を見つけた。

初日に見た、あの表情で。

ただ静かに涙を流していた。



何で、いつも泣いてるんだろう。

疑問に思うけれど、それを問う前にアオとの可哀想な痛い会話につい忘れてしまうのだ。

ま? 俺が気にすることじゃないんだけどな!



そう自分に言い聞かせるように内心で叫ぶけれど、昨日の記憶が脳内でちらちらと再生される。


泣いていたアオがやはり一日中あの場所に座っていたことを知って気をつけさせようと意見した後、バツ悪そうに自宅へと戻ろうとした彼女が突然目の前で倒れたのだ。

触れれば熱い肌、熱も出ているようなその状況に慌ててアオを抱き上げると、開いている縁側から中へと上がり込んだ。

南向きのその部屋にアオは寝ているらしく、端に引いてあった布団に彼女を寝かせるとすぐに医者を呼びに行った。



近くに個人医院があったのは元々知っていたから慌てて駆け込めば、待合室の子供には泣かれるし受付には胡乱気な目を向けられるし散々だった。

状況を説明して往診してもらえば、思っていたよりも軽いとはいえ案の定熱疲労という診断。

しかも、栄養不足に睡眠不足ときた。


言われてみれば抱き上げるのに、強い負荷を感じなかった。

成人女性を運んだというのに。




後でまた様子を見に来るという先生の言う通りにいろいろな対処をしていたら、ほっとしたと同時にわずかな怒りと……ほんの少しの罪悪感が生まれた。


もしかして、やっぱり俺が来るのを待っていたんじゃないか、と。


ま、勘違いだったけど。


そしてその後……




ぶわぁぁっ、と顔に血が集まってくる。

思わず両の掌を見つめてしまう。



布団に入って上半身だけ起き上がっていたアオが、後ろにぐらりとよろけたのを慌てて両腕で抱き留めてしまったのだ。

当たり前に下心とか何もないけれど、それでも女の人を両腕で……


細いのに、柔らかかっ……







「何やってんの、ななしくん」

「……っ!!」






いきなりかけられた声に、原田は文字通り飛び上がった。

もう、漫画もびっくりな感じで。


それはそうだろう。

やましい気持ち満載の言葉を、今まさに脳内で吐こうとしていた時だったのだから。


ばくばくと全力で鼓動を刻む心臓を無意識に抑えながら、声のした方に目を向ける。

そこには、いつものベンチの前で首を傾げながら原田を見ているアオの姿があった。

いつの間にかアオの家の前まで、歩いてきていたらしい。



「ななしくん?」


呆然と立ち尽くしている原田に、何かあったのかとアオが生垣の切れ目から土手に出てきた。

「どうしたの? ななしくんが、今日は体調悪いの?」

下から覗きこまれるような形で目を合わされた原田は、焦って一歩後ずさった。

いつもは胸のあたりまである髪を垂らしているのに、今日はなんの気分転換か横に寄せて一括りにしているその姿。

ようするに、首筋がばっちり丸見えで。


「……っ」


それに気づいて、もう一歩足を後ろにずらした。

そんな原田のアオから見れば意味不明な行動に、怪訝そうに眉根を寄せた。


「なんなの? ななしくんってば、人の話聞いてる? 大丈夫? 私の事見えてる?」

「……み、見えてる」

主にうなじが。


「じゃなくてっ」

思わず自分の内心に突っ込むように声を上げた原田に、アオはもう一度首を傾げると家屋の方に足を向けた。


「まぁいいや。ななしくん、ちょっとおいでよ」

そう声を掛けながら。

「へっ?」


おいでよ?

―どこに


原田の無言の問いかけに気が付いたのか、アオが顔だけ振り向けてにっこりと笑った。

「黙ってついといで。物質(ものじち)は、私の手の内にある」

「も、のじち……?」

そこでやっと意識が切り替わった。

「そ、そうだ! 俺、自転車……っ」

そう。昨日、自分では冷静でいたと思っていたのに、自転車をここに置いたまま“あいつら”を追いかけて駅まで行ってしまったのだ。

慌てて歩き出す原田を見て、アオは前に視線を戻して歩き出す。



「ななしくんの学校まで、こっから十五分くらいだよね? 部活の開始って何時?」

「え? 何時って……?」

そう聞き返しつつ、原田の目はアオの庭に向けられていた。

昨日置いておいた場所に、自分の自転車が見当たらない。

「だから、部活が始まる時間」

「へ? 十時だけど。てかさ俺のチャリ……」

「じゃぁ、まだ時間大丈夫だね」

……何が? つーか、俺のチャリどこだ?


なんの疑問も持たず、アオの後について生垣を抜けて庭に入る。



「なぁ、俺のチャリどこにあるんだ?」

「えー?」

庭を突っ切って縁側に辿り着くと、アオはサンダルを脱いで上がる。

「自転車の事もあるから早く来ると思ったのは、間違いじゃなかった。さすが私」

「そんなのどーでもいいけど、俺のチャリ……」

そう言ってふと横を見たら。


「お、あった」


庇に立てかけてあるよしずの内側に、見慣れた自転車が置いてあるのを見つけて傍による。

なんか、安心。


「悪いな、預かって貰って。じゃ、俺行くから」

「ちょっと上がっていきなよ、お茶出すし」

「は? いいよ、そんなの」

なんで朝っぱらから、不思議女と茶をのまないけん。

「昨日のお礼。おじーちゃん先生に、ちゃんとお礼しなさいって言われたし」

「それ、お礼を言えってだけの事だろ。よけい面倒だから、ホントいいって」

もしまた“あいつら”にこんな姿見られたら、面倒くさくていやすぎる。



そう思いつつ、自転車のスタンドを蹴って動き出そうとしたら。


ガチャッ


後輪が硬質な音を上げた。


「は?」


音のした方に目を向けてみれば。


「あ、鍵!」


昨日は掛けていなかったはずの鍵が、かかっている。

反射的にアオに顔を向けると、部屋の座卓の前で指先に光る何かをぶら下げてにやぁっと笑いながらこっちを見ていた。



「ほらほら、こっちおいでー」


物質(ものじち)って、鍵の事かよ!



どこがお礼だと顔を顰めるも、諦めて縁側から部屋へと上がり込む。



「昨日はありがとうね、ななしくん」


満面の笑みのアオが小憎たらしい。



「……元気になって、なによりだ」




恩を仇で返すってのは、まさしくこの事だけどな!


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