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目を上げれば、真っ青な空。
前を見れば、キラキラ光る水面。
ゆっくりと流れる川には、のんびりと鴨が浮いていて。
岸には背の高い草が、たまに吹く風に緩やかに揺れている。
世界は、こんなに綺麗なのに。
世界は、こんなに明るいのに。
私は、色の抜け落ちた世界にいる――
暖かだった風が、少しずつ冷たい風に変わる。何も考えずにぼうっとしていた意識が、ゆっくりと頭をもたげた。
どのくらい、ここにいるのだろう。
時間の感覚さえ、分からない。
明るかった風景が、どんどんと翳りを帯びる。綺麗な青だった空が、濃いオレンジに変わっていく。
「……やる」
その言葉とともに、無音の世界から現実に引き戻された。そして、鈍っていた感覚が呼び起こされる。
「――え?」
風景だけだった視界が、急速に傍にいる人影を目に映した。
……高校生?
すぐ横に、自転車を傍らに持った男子高生が立っていた。目が合うと、その子は目を細めて私の手元を見る。
「とりあえず、拭けば?」
「は?」
拭く?
手元に視線を落とすと、そこにはペットボトルの紅茶とスポーツタオルが一枚。それを確認してからもう一度その子を見上げると、いいから拭け、と無言で威圧された。
拭くって……
意味が解らないままタオルを手に取って首を傾げると、その手の甲にぽつりと冷たいものが落ちた。
「え……?」
それを見つめていたら頭の上からため息が聞こえて、タオルを奪われる。
「?」
思わずそのタオルの行方を視線で追うと、突然視界が真っ白に変わった。そのままぐいっと顔を拭かれて、タオルが視界から消えて、膝の上にふわりとそれが落とされる。
「なに?」
いきなりの行動に瞬きを繰り返しながらその子を見上げると、呆れたような声が振ってきた。
「何って、こんな所で泣きながら呆けてる女の方に、俺は聞きたいね。もし動いた記憶がないなら、半日はそこにいると思うんだけど。あんた、気付いてるわけ?」
「半日?」
鸚鵡返しに答えてから、ゆっくりと頷いた。
「……あぁ、それくらいになるかも」
だって今はもう暗くなってきてるけど、さっきまで真っ青な空だったもの。
私の返答に、やっぱり……とため息をつかれた。
「何があったか知らないけどさぁ、とりあえずそれ飲んで家帰りなよ。一応女なんだから」
一応女……、その言葉に、なるほどと頷く。私の顔なんて、そこらへんにいそうなアレだもんね。
「いや、そこで頷かれても困るんだけど。つーか、俺、面倒な女に声掛けたなぁ。とにかくもう帰れよ。このままここにいて、なんかあったら俺が気分悪い」
不機嫌そうに顔を顰めるその子を見ながら、私は軽く握った拳を口元に当てた。
「あー。どこの誰とも分からないそこの君」
名前を知らないから。
「――別にいいけどムカツクな、なんか」
いいならいいじゃないか。
そう心の中で反論しながら、ペットボトルを持って立ち上がる。思いの外、上の方にある顔を見上げて頭を下げた。