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冬ごもり

作者: ルト

 重たい雪を押し込めた雪雲に覆われ、空は冬ごもりをしているかの様に精彩を欠く。下界の雪化粧は厚く、色を失った景色が寒々しい。雲の切れ間から差し込む月明かりも頼りない。薄墨を垂らした様に景色は夜に沈んでいた。

 行ってはならぬと思う右大弁の夜道を進む足は、知らぬうちに姫の屋敷で止まっている。

 屋敷の雰囲気は冷たく静閑で、人が生活する気配も希薄だ。雪布団を被って屋敷ごと冬眠しているとさえ見える。右大弁は帰るのも名残惜しく、うろうろと屋敷の周りを徘徊する。

 ぎゅ、と雪を踏み削る音。

「右大弁殿」

 驚いて振り返った右大弁は瞠目した。雪の中にも白い雪女が立っている。

 雪女は首を傾げる。

「どうされました。幽霊でも見たような顔をして」

「女房」

 呟いた右大弁は自分の声に驚いたと云った風で目を瞬き、気不味そうに辺りを見回す。踏み荒らされた雪道の中に横合いから一筋、薄い足跡が目の前の女に繋がっている。

「そう屋敷の前を歩き回られては、いくら“しのぶ”のがお得意な右大弁殿でも見つかってしまいますよ」

 右大弁は苦く口を引き結び、はっと顔を上げた。

「姫は」

「この寒さです。疾うに奥へ篭っておられます」

 右大弁は無言で顎を引く。

「また文をお預かり致しましょう」

「取る筆もない」

 女房は筆と紙を袖から差し出した。

 右大弁は寂しく溜息を吐き、女房の手を羽織の下まで押し戻す。

「手が冷たい。もう戻れ。風邪に罹りでもすれば、怪しまれるのはお前だ」

「姫に逢う手引きを致します」

 右大弁は女房の瞳を覗き込んだ。男を前に臆する気配もない。

「言うな」

 女房は聞かない。

「中納言殿が姫を気に懸けておられようと変わりません。貴方ほど心深い方こそ、姫に相応しくいらっしゃいます」

「中納言殿は立派な御方だ。私などより人が出来ている。それに私は、中納言殿のお口添えなしに地位はなかった」

「いいえ。中納言殿は姫ではなく、腹違いの妃に想いを懸けておいでで」

「滅多なことを言うな」

 女房はさっと顔を伏せた。引き絞るように喉を震わせる。

「口が過ぎました」

「忘れた」

 右大弁はじっと屋敷の塀を見詰める。

「中納言殿は笛の師でもある。姫を娶るに、彼以上の人物を私は知らない。私が姫を訪ねたとて、歓迎しては呉れないだろう」

 女房は細い体を震わせて声を聞く。その肩に羽織が掛けられた。

「仮に逢瀬を望むとしても、お前には頼めない」

 右大弁の労るように細められた瞳に、見上げる女房が黒く写った。

 白く彩られた屋敷は霞み、色褪せている。風は粉雪を孕み、景色は薄い簾を通した様に遠い。

 右大弁の瞳が親しげに緩む。

「流石に、冬も深まると寒いな」

「もう冬ごもりは終わる頃です。表に出て、春を迎えるべきです」

 女房は、驚く右大弁の双鉾をきっと見据えた。

 右大弁は少し口を閉じる。探る様に女房の細い顎を見ても、女房の表情ひとつ揺るがない。

「私はきっと、縁の下に残る雪だ。春が来てもしぶとく残り、土に塗れて汚れている」

「遅れようと雪解けは来ます」

「忘れられた頃に人知れず消えているのだ」

 苦笑して、右大弁は女房を見やった。

「大体、お前がそれを言ってもな」

 女房は鼻白む。

 肩の力を抜いて、女房は穏やかに首を振った。

「私は……私はいいのです」

 屋敷を振り返って、塀の上まで伸びる樹の枝振りを見上げる。

「私はあの、桜の雪花です。冬に咲き、春には雫となって流れます。それで良いのです」

 右大弁は桜の樹から零れ落ちる雪花を見付けた。積もる雪に触れて消える。

「お前が雪花なら、私は雪だるまだ。縁の下の雪だるま」

「雪うさぎの方が好きです。可愛らしい」

「あれは、どうしてうさぎなのだろうな。足もないのに」

「もう、風情のない事を仰らないで下さい」

 女房は袖を口許に添えて笑った。

 妙なる月が逢瀬を雲間に垣間見ている。


 官位などは超適当なので矛盾があるかもしれません。

 話として面白いか。表現に引っ掛かりはないか。人間関係が読み取れるか。人物描写に不備はないか。

 以上が目下気になる点です。



 平安後期、源氏物語という一大潮流を受けて作られた物語たちを編纂した、堤中納言物語。そのうちの断章、冒頭部分だけ書かれているという「冬ごもる」を補完してしまう挑戦です。

 原文では、時雨……つまり晩秋から初冬が舞台になっていますが、真冬のしかもかなり積雪と改変してしまいました。登場人物に至っては創作盛り盛り。

 古典ですが、あまり意識せず読み下せるようにしたつもりです。



 短期間で仕上げようと推考を繰り返していたら、なんだか客観視できなくなってきたので、助けを求めた次第です。今週末で仕上げたい……遅くとも来週には。

 それにしても、翻案小説はずっとやりたかったのですが、まさかこんな形で書くことになるとは。いやはや。


 とにかく、どうか、ご協力お願い致します。


///追記///

11/7/25

感想の意見を参考に、一次修正。および男性陣に改めて官職を与え、おそらく出世させました。達磨とウサギについては、見なかったことにしようと思います。

 次回修正からは字数制限を撤廃しますが、大幅な変化は見込めないかもしれません。出し切った感がそこはかとなく……(笑)。

 急で無理な依頼でしたが、ご協力ありがとうございました。これからは平常運行で参ります。

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― 新着の感想 ―
[一言] 綺麗な雰囲気だと思いますし、わかりにくい訳でもなかったです。ただ欲を言えば、物足りないと思ってしまいました。 あまり具体的な案もないので言いっぱなしなのですが、これって長い物語の一部を切り…
[一言]  私は堤中納言物語は『虫めづる姫』しかちゃんと読んでない、ていうか受験で解いてないので原作は分かりません。 故にそこら辺は何も言えませんが、古典を下地にしたのならば、やっぱりそれっぽい表現に…
[一言]  こんにちは。読ませていただきました。  以下、漠然とした感想ですが、何かの参考にしてあげてください。  というわけで、あくまで私個人の感じたことで、自分ならここをいじるかなって視点でほん…
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