異世界転生してきた昭和のリーマンがまた勇者を殴ってる……
まだ朝焼けにも早い早朝。
その男は仁王立ちで遠くを見つめていた。
ああ……またコイツより早く起きられなかった……どうなってんの、コイツ。
髪をすべて後ろへ流した変わった髪型に、身体にぴったりとフィットした布地の服。(スーツ、っていうらしい)
防御力が見当たらない黒光りする皮靴と、腕に光る金のブレスレット(トケイ、っていうらしい)
それらを纏ったマモルさんは、腕を組んだまま微動だにしない。
「……おはようございます、マモルさん」
「おう。おはよう」
こちらを見もしない……これはご立腹案件かも。
見渡すと私はそれでも遅い方だった。
僧侶と戦士はすでに来ていて、あといないのは……勇者。
あー……それでか。
「あー……頭いてぇ……あ、俺が最後か。みんな、おは……」
「おそようさーん!!」
ぐるり、と首だけ振り返ったマモルさんが勇者を見据える。
うわ、こわ。
「勇者ぁ……おめぇよぉ。随分と重役出勤じゃぁあねぇか。お?」
「いや、それはマモルが昨日深夜まで……」
「深夜まで飲んでたからなんだ? あ? お前さんがこのパーティーのリーダーなんだよなぁ? 頭がケツから出てくるってのはどういうつもりだ?」
「いや、それは……」
「そんなんで会社に貢献できると思ってんのか? 朝起きれねぇんなら集合場所で寝とけや!」
会社って……なに?
「今日は討伐クエストだ。そんなんで下が締まると思ってんのか!? 挨拶からやり直しじゃあ!」
「くっ……微妙に言い返せねぇ……みんな! おはよう!」
「もっと腹から声出せやぁ!」
「ぐほぉ!」
マモルさんの拳が勇者の腹に突き刺さる。
彼の名前は宝礼遵 守。
ジョブ:企業戦士。
私達パーティーの救世主です。
◇
私の名前はシンラオ。魔法使い。
勇者のファティーカは幼馴染。
私たちの世界には魔王がいっぱいいて、勇者もいっぱいいる。
勇者の条件。弱きを労わり、悪しきを挫く心を持つもの。
正直、星の数ほどいる。生まれながらの勇者が。もう飽和状態。
そんな勇者たちが、こぞって求めるのが……異世界転生者。
この世界じゃない、別の世界からの転生者がこの世界には時折現れる。彼らは特別なスキルを持ち、凡庸な勇者が率いるパーティーを劇的に強くする。
私達は、運よく異世界転生者を仲間にすることに成功した。それがマモルさん。
企業戦士って、なに?
「よし、着いたな。この洞窟がゴブリンの巣だ。ここのゴブリンどもを掃討する」
「ふぁ……ちょっと眠い……なんでこんな早朝から?」
僧侶の意見ももっともだと思う。普通、こんな朝日が昇る前から討伐クエストは行わない。
聞いたこともない。
「あーそれについてだか……実はこのクエスト、本来は五パーティーでの連携クエストなんだけど……」
いやに口籠るファティーカ。それもそのはず、ここには私たちのパーティーしかいなかった。
まって、五パーティーでの連携クエストってかなり大型のクエストじゃ……?
「ワイが説明しちゃろう。この案件、ワイらしか受注しとらんのや」
「な……んなバカな? 死にに行くようなもんじゃないか!」
戦士がマモルさんに詰め寄る。戦闘時、一番前を守るのは彼だ。当然の反発。彼にとっては死活問題だ。
「落ち着け。だからこの時間なんや。いいか、この時間……寝とるわ。ゴブリン」
「……は?」
「なんで討伐する対象が元気に走り回ってる時間でわざわざ討伐するんじゃ。ちーと調べれば活動時間なんかわかるやろが。はい、今からゴブリンの寝込みを襲います」
……あれ? 聞き間違いかな? 世界を救う勇者パーティーにはちょっと聞き慣れない単語が……?
「ちなみに、ワイは"こんな穴ぐらに籠って寝てる連中、毒ガス流し込めば一発や"って提案したんじゃがな……」
「マモル! 討伐と虐殺は違うから!」
「じゃかしいわ、ぬるいんじゃボケぇ! でもまぁ頭がこう言っとるけ、社命じゃ仕方なしや。お前らには苦労かけるが、勇者の顔を立ててやってくれや」
え、いや……寝込み襲うのが折衷案なの?!
戦士はまだ葛藤しているみたいだったけど……最終的には折れた。五パーティーでの連携が前提の大型クエスト。そもそも基礎報酬が高い。そしてさらにそれが五倍……パーティー全員の装備を更新してもお釣りがでる。
そして極めつけが、マモルさんのキメゼリフ。
「ええかお前ら……商談ってのはな。席に着いた時にはもう全部終わっとるんや」
大変不本意ながら。
マモルさんからこのセリフが出たクエストで、失敗したクエスト、ないのよね……。
◇
「おーおー、いい感じに寝とるでぇ……」
「でも、ここからどうするんだ? 流石に討伐を始めたら全員起きるだろ。ものすごい数だぞ」
とても勇者パーティーとは思えない抜き足差し足で洞窟を進むこと数十分。
予想通り巣の中で雑魚寝しているゴブリンたち。
でもファティーカの言うことはもっともだった。最初の数匹は今のアドバンテージを活かせるだろうけど……私の魔法だってこんな数を一度に倒すことなんかできない。
「わかっとるわ。ワイの出番じゃ」
マモルさんは懐から細長い櫛を取り出し、前髪を撫でつけた。
彼がスキルを使うときのルーティンだ。
「発動! ≪経費で接待≫」
マモルさんがスキルを発動した途端、一斉に寝ているゴブリンたちへ何かしらのデバフが発動する。
「おっしゃ、行くで! こーんにちはー! 飛び込み営業でーす!」
「あ、おい! くそ……行くぞ!」
「おう!」
マモルさんが突っ込んでいってしまったのでファティーカと戦士も慌てて後に続く。
もう、なんの効果を付与したのかくらい教えてくれてもいいのに……!
麻痺かな、でも麻痺なら効果時間が短いし、この数だし……。
早くも前線に到着したファティーカが寝ているゴブリンを数匹まとめて討伐。
断末魔の悲鳴で寝ているゴブリンたちが一斉に覚醒した。
始まっちゃった……ここから、どうするの?
「マモル! 起きちゃったぞ!」
「前進じゃあ! ワイらのギヤはバックには入らんのじゃ!」
「相変わらず言ってる事がわからん!」
とんでもない数のゴブリンが一斉に起き上がった。
そしてこちらを睨みつけ、奇声を上げながら……吐いた。
……え?
『オ”ォェエェェー』
「キツイのうー? 昨晩は大分いきましたねー? 今のこいつらは全員二日酔いじゃあ!」
「え、ええ……?」
洞窟に木霊する、ゴブリンたちの汚い奇声。
”経費で接待”
マモルさんのもつスキルのひとつ。効果は”一つだけなんでも好きにステータス異常を付与”というバカみたいに強い効果を、一度の戦闘で一回まで、というあってないような制約のみで発動できるチートスキル。
付与効果はマモルさんが決められる。
起き上がってきたゴブリンたちは次々にもんどりうち、フラフラと歩き、吐いた。
胃の中のものを絞り出し、頭を抱えうずくまるゴブリンたち。
ゴブリンの巣がゲロで埋まっていく。
なにこの……地獄絵図。
「おら! 狩り放題じゃ! いくぞ勇者! 勇者?」
「待って……昨日のがせりあがってきた……うぷっ!」
「勇者てめぇ! 取引先で貰いゲロするやつがあるか! 根性入れろや!」
マモルさんの右ストレートが見事にファティーカの頬を捉える。
吹っ飛ぶファティーカ。
いや、昨晩さんざん飲ませてたの、マモルさんじゃ……。
「このダボが! 愛社精神ってもんを叩き込んだるわ!」
再び懐から櫛を取り出したマモルさん。
あ、アレだ。がんばって、ファティーカ!
「待って、すぐ持ち直すから! それ、後がキツイ……」
「”今”以外に価値はないんじゃ。行くで! ≪二十四時間戦えますか≫」
「ああ……きちゃった! 元気になっちゃう!!」
≪二十四時間戦えますか≫
ステータスをすべて完全回復後、二十四時間、不眠不休で戦える力を得る。
スキル終了後、死ぬほどきついキックバックがある。
討伐クエストは、成功しました。
◇
「はい、クエスト完了を確認しました。しかも予定にないボブゴブリンまで討伐してますね。こちらが基本報酬です。で、一パーティで達成していますのでこの額は五倍になります。さらに追加報酬がこちらです」
カウンターに積まれている、金貨の山。
……すっご。
「あーはっはっは! 勝てば官軍じゃあ!」
しばらくパーティー運用の資金に困らない、どころか追加報酬まで出てるから本当に全員の装備が更新できそう。
これがあるから、結局はみんなマモルさんにあまり強く言えない。
結果出しちゃうんだもんなぁ、この人。
あと、ちょっとだけ。みんなに秘密でマモルさんに感謝してることもあるんだ。
「体中が痛い。顔も痛い。ゴブリンには一発もやられてないのに……」
スキルの効果が切れ、マモルさんに殴られた頬をさすっているファティーカ。
彼は頻繁に殴られる。マモルさんはすぐ手が出るから。
「あ、ファティーカ、ちょっと腫れてきてるよ。あとで手当てしてあげるね!」




