表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
<R15>15歳未満の方は移動してください。
この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

西よりの終末

掲載日:2026/06/22

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と内容に関する、記録の一篇。


あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。

 日本の空、ひいては天気は西から東へ変化しやすい。みんな、一度は習ったところじゃないかと思う。これは偏西風によるところが大きい、とも。

 現代の科学で、少しずつ世界の仕組みは解き明かされているけれども、まだまだ謎が多い。これが昔であったならばより謎はたくさんあり、どうにか理由付けをしようと、当時の人は苦心したんじゃないかと思う。

 たいていの場合、決まった方向からやってくる。仕組みがわからないうちは、けっこうな神秘になるんじゃないかと思う。無作為なものに比べ、どこか作為的な力を感じられるからね。

 その背後になにがあるのか。容易につかめないならば、想像してみるよりない。

 果たしてそれは妄想か、あるいは案外当たらずとも遠からずなのか……ぱっと白黒つかないからこそ、興味を持てる点もあるかもね。

 先生の地元でも、西から来るものについての昔話が伝わっている。ちょっと聞いてみないか?


 終末は西よりきたる。

 先生の地元では、子供も聞かされるフレーズだよ。

 ずっと昔、先生の地元では人が突然死するケースがかなり存在していたらしい。

 ひとえに病のせいかというと、判断がむずかしい。だしぬけに命を失うこの人々は、いずれも西の方を見やった時に、こと切れてしまう点が共通していた。どうにも、西に原因があるように思える。

 この原因を探るため、志願をしたのが当時の神職にあたる務めを果たしていた老婆だったという。すでに彼女は病身のために、大半の仕事を後進に任せていたものの純粋な力量や知識量に関しては、最上級のものを保ち続けていた。

 彼女は一日中、西を見続けることを自らに課したらしい。柱を設け、そこへ自分をくくりつけてもらい、動かずに西のみへ目を向けることができるようにした。


 彼女はやはり、ひとかどの人物ではない。

 日の食事はわずかな水のみで、それ以外には何も摂らず、排せつも行うことはなかったという。汗をかくことも、加齢による臭いを発することもない。

 本人いわく、「最期を受け入れる覚悟があるなら、だれでもできる」とのことだったが、そのような覚悟が余人に可能なものではなく。彼女独自の離れ業という認識にとどまった。

 ひとえに、これからの皆が「西」を恐れないようにするため、自分の命を捧げるも同然の覚悟。それが彼女の身に宿っていたのかもしれない。


 この異様な西の観測開始から、およそ一月が過ぎる。

 彼女は夜間も、自身は一睡もせずにいた。そのまわりを固めて見張る村人たちのほうが、何度も交代して備えている有様だったとか。

 そのかがり火を焚き始めた、日暮れ間近の時間帯にて。すでに他の皆は家の中へ引き上げていて、あとは老婆と見張り番たちによるさみしい時間の訪れ……になるかと思われていた。


「……退け!」


 日がな一日、まともに口を聞くことも少なくなっていた老婆が、鋭く叫んだ。

 だが、突然声を叩きこまれて、その通りに動ける者ばかりじゃない。聞いて、反射的に西を見やった村人のひとりが、ぴんと背筋を伸ばしたかと思うと、硬直したまま倒れこんでしまう。


「見るな! いや、見ろ! わしを」


 西ではなく、己へ視線を集めるよう叫ぶ老婆。皆はそちらを向き、西方がわずかでも視界に入らないようにした。


 老婆は柱に縛られたまま、しばし目をかっと見開いていたが、やがてその双眸から真っ黒い涙が流れ始める。

 いや……涙のように見える、ものだった。

 老婆の頬を伝って落ちる黒い滝は、あごへ至るまでの間に無数の細かい粒に分かれ、ぱらぱらと音を立てながら散らばっていく。それらは足元の土へ落ちると、たちまち白く湯気を吐きながら溶けていってしまった。

 ほか、指先や足先からも同じようなものが流れ出てくる。鼻に口に耳にと、元から空いている穴からは出てこないあたり、老婆が持ちこたえていたのだろうか。

 おののく村人たちは、その量を増す煙の中へ隠れていく老婆の姿を見ているばかり。老婆自身は時折うめきを洩らしはすれども、それ以上の大きな声を出すことはない。ただ。足もとへ転がっていくだろう漆黒の粒の音だけは、止まずに長いこと響き続けていた。


 そうして、夜も更けかけたころ。

 煙は薄まり、老婆の姿が見えてきた。がっくりとうなだれた老婆の四肢は、先ほどよりも急激に痩せ細り、より枯れ枝を思わせるかのごとき様子。その息はもはやなかった。

 しかし、村人たちは落ち着いた仕草で老婆の縛めを解くと、彼女の自宅へと運んでいく。

 実は事前に、老婆はこのような事態が来ることを想定しており、自分の息が止まったときの対処法を皆へ伝えていたのだ。

 部屋の中央へ寝かされた彼女は、その四方に香を焚かれたうえで、胸の上に抱えられるほどの大きさのつづらが乗せられ、フタを開けられる。

 中身は切って干した大根を思わせる、小さな破片が入っているのみだったが、それが開け放たれると共に、老婆はかっと目を見開いた。続いて、その口も開かれる。


「あれは終末だ。終わりそのものだ」


 この身に受けて、味わった老婆でさえもそのように表現するのがやっとだったそうな。

 純粋に人の命を刈り取りに来る、何者か。西のほうからしか迫ることのできない、何者か。

 しかし、その単純かつ大きな縛りを設けているがために、力強い。はるか先は分からないが少なくとも今の我々に完全に防ぐすべはない。

 ただし、遠ざかってくれるよう願うことはできる。


 礼だ。

 敬意を示し、存在を認める。そのための礼を欠かさないことであると。

 老婆はそれを告げ、再び永い眠りへついてしまった。

 それ以来、先生の地元では神棚や仏壇などといった、人が礼を払うべき聖なるものは、家の西側へ主にまつられることになっているんだ。

 本来の礼とともに、終末に対する礼を忘れないようにするためだという。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ