第2章『冒険編:黒歴史のデバッグ ~設定ミスは攻略の鍵~』
第11話:第三領域《終わらない街》 ― “永遠に終わらない物語”の呪い
第二領域《反転の谷》を修復したあと、俺たちは黒翼城へ続く最後の領域へ向かっていた。
空は晴れているのに、どこか“重い”。
風は吹いているのに、どこか“止まっている”。
まるで世界が、次の異変を警告しているようだった。
「……ここが、第三領域か」
俺が呟くと、ハルカが静かに頷いた。
「はい。
第三領域《終わらない街》――
創造主が十七歳の頃に作った“永遠に終わらない物語”の残骸です」
「永遠に終わらない物語……」
胸が痛む。
十七歳の俺は、当時ハマっていた“無限ループ物語”に影響されて、
“永遠に終わらない街”という設定を作っていた。
だが、途中で飽きて放置した。
その結果――
「……物語が終わらないまま、街がループしてるってことか」
「はい。
この領域では、時間が“巻き戻り続ける”現象が起きています」
フェンリルが不安そうに鳴く。
「クゥン……」
ベヒモスも低く唸った。
「グルルル……」
俺たちは街の入口に立った。
そこには、十七歳の俺が書いた看板が残っている。
《ここは“永遠に終わらない街”。
主人公が何度も訪れる予定!》
「……予定って言うなよ、十七歳の俺……」
街に足を踏み入れた瞬間――
世界が“巻き戻った”。
視界が白く染まり、
音が逆再生され、
風が逆方向に吹く。
「っ……!」
気づけば、俺たちは再び街の入口に立っていた。
「……これが、ループか」
「はい。
この街は“物語が終わらない”という設定が暴走し、
時間そのものが閉じ込められています」
ハルカが街の奥を指差す。
「この領域を修復するには、
“物語を終わらせる”必要があります」
「物語を……終わらせる……?」
「はい。
創造主が十七歳の頃に書きかけた“街の物語”を、
今のあなたが完結させるのです」
胸が熱くなる。
十七歳の俺が放置した物語を、今の俺が終わらせる。
それは、この世界を救うための“義務”でもあり――
俺自身の“贖罪”でもあった。
「……行くぞ」
俺たちは再び街へ足を踏み入れた。
街は、どこか懐かしい雰囲気だった。
石畳の道。
古いレンガの建物。
市場の喧騒。
子どもたちの笑い声。
だが――
すべてが“同じ動き”を繰り返している。
市場の店主は、同じ言葉を繰り返し、
子どもたちは、同じ場所を走り続け、
街の人々は、同じ時間を生き続けている。
「……NPCたちが、ループしてる」
「はい。
彼らは“物語が終わらない”という呪いに囚われています」
そのとき――
「――あっ、来た!」
街の中央から、少女が駆け寄ってきた。
金髪のツインテール。
青い瞳。
元気いっぱいの笑顔。
十七歳の俺が作った“ヒロイン候補”だ。
「……お前は……」
「やっと来たね、主人公!」
少女は満面の笑みで俺の手を掴んだ。
「さあ、冒険に行こう!
街を救うのは、主人公の役目だよ!」
その瞬間――
世界が“巻き戻った”。
視界が白く染まり、
音が逆再生され、
風が逆方向に吹く。
気づけば、俺たちは再び街の入口に立っていた。
「……またループか」
「はい。
彼女は“主人公と冒険に出る”という設定だけが残っており、
物語が進まないため、永遠にループしています」
少女は再び駆け寄ってくる。
「やっと来たね、主人公!」
同じ笑顔。
同じ言葉。
同じ動き。
だが、その瞳の奥には――
“助けを求める光”が微かに揺れていた。
「……お前、気づいてるのか?」
「え……?」
「この街がループしてることに」
少女の笑顔が一瞬だけ揺れた。
「……わかんない……
でも……なんか……苦しい……」
胸が締め付けられる。
十七歳の俺は、彼女の物語を途中で放置した。
そのせいで、彼女は永遠に“冒険の始まり”を繰り返している。
「……ごめん」
「え……?」
「お前の物語、途中で放置して……
ずっと、始まりのままにして……
苦しめてた」
少女の瞳が揺れる。
「……主人公……?」
「今度こそ、終わらせるよ。
お前の物語を」
その瞬間、街の空気が震えた。
空が割れ、黒い羽根が舞い落ちる。
ルシフェルの魔力だ。
彼はどこかで、この光景を見ている。
「……見てろよ、ルシフェル」
俺は少女の手を取り、街の奥へ歩き出した。
「お前の物語、今度こそ終わらせてやる」
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第12話:ループの核心 ― “ヒロイン候補”の未完設定
少女――十七歳の俺が作った“ヒロイン候補”は、俺の手を握ったまま街の奥へ歩き出した。
だが、街の景色はどこまで行っても同じだった。
同じ店。
同じ人々。
同じ会話。
同じ時間。
まるで、街全体が“固定された一枚の絵”のように動かない。
「……ここまで来ても、変わらないな」
「うん……ずっと、同じなんだ」
少女は笑顔を浮かべているが、その瞳の奥には明らかな疲労があった。
「ねえ、主人公。
わたし……何度も何度も、ここを歩いた気がするの」
「気がする……?」
「うん。
でも、思い出せないの。
なんで歩いてるのかも、どこへ行こうとしてるのかも……」
胸が締め付けられる。
十七歳の俺は、彼女の設定を途中で放置した。
名前も、目的も、背景も――
“ヒロイン候補”という肩書きだけが残され、
物語の中で永遠に“冒険の始まり”を繰り返す存在になってしまった。
「……お前の名前、覚えてるか?」
「え……?」
少女は目を瞬かせた。
「名前……?」
「そうだ。
お前の名前だよ」
少女はしばらく考え込んだが、すぐに首を振った。
「……わかんない。
だって、わたし……名前、もらってないから」
その言葉は、まるで刃のように胸に刺さった。
十七歳の俺は、彼女の名前を“後で決める”と書き残し、
そのまま放置していた。
だから彼女は――
“名前のないヒロイン候補”として、永遠にループしている。
「……ごめん」
「え……?」
「お前の名前、決めてなかったのは……俺のせいだ」
少女は驚いたように目を見開いた。
「主人公……?」
「お前の物語を途中で放置したのも、
名前を与えなかったのも、
全部、十七歳の俺の未熟さだ」
少女はしばらく黙っていたが、やがて小さく微笑んだ。
「……じゃあ、今決めてくれる?」
「え?」
「わたしの名前。
主人公が決めてくれるなら……嬉しいな」
その笑顔は、どこか泣きそうだった。
俺は深く息を吸い、少女の瞳を見つめた。
「……お前の名前は――《リリア》だ」
その瞬間、街の空気が震えた。
リリアの体が光に包まれ、
揺れていた輪郭が安定し、
瞳に“確かな意志”が宿る。
「……リリア……
わたしの名前……?」
「ああ。
お前はリリアだ」
リリアは胸に手を当て、涙を浮かべた。
「……ありがとう……主人公……」
そのとき――
世界が“巻き戻らなかった”。
視界は白く染まらず、
音も逆再生されず、
風も逆方向に吹かない。
「……ループが止まった?」
「はい、創造主」
ハルカが静かに頷いた。
「リリアが“名前”を得たことで、
彼女の存在が確定し、
ループの一部が解除されました」
だが――
「……全部じゃないな」
街の奥から、まだ“巻き戻りの気配”が漂っている。
リリアが不安そうに俺の袖を掴んだ。
「主人公……
まだ、終わってないの?」
「ああ。
お前の物語には、まだ“欠けてる部分”がある」
「欠けてる……?」
「そうだ。
お前の“目的”だ」
リリアは目を瞬かせた。
「目的……?」
「お前は、何のために主人公と冒険に出るのか。
何を求めて旅をするのか。
その設定が、十七歳の俺は書いてなかった」
リリアは胸に手を当て、静かに言った。
「……わたし、主人公と一緒にいたい。
それじゃ……ダメ?」
胸が熱くなる。
だが、ハルカが首を振った。
「リリア。それは“感情”であって“目的”ではありません。
あなたの物語を進めるには、
あなた自身の“願い”が必要です」
リリアはしばらく黙っていたが、やがて小さく呟いた。
「……わたし……
本当は……」
その瞬間――
街の奥から、黒い霧が噴き出した。
空が震え、地面が揺れ、世界が軋む。
「っ……!」
ハルカが翼を広げる。
「創造主!
“ループの核心”が動き出しました!」
「核心……?」
「はい。
リリアの“未完設定”が具現化した存在――
《ループの番人》です!」
黒い霧の中から、巨大な影が姿を現した。
人の形をしているが、顔がない。
体は歪み、輪郭が揺れ、
まるで“リリアの影”が巨大化したような存在。
「……これが……」
「はい。
リリアの“欠けた目的”が生んだ怪物です」
リリアが震える声で呟いた。
「……わたしの……せい……?」
「違う」
俺はリリアの肩に手を置いた。
「悪いのは、十七歳の俺だ。
お前の物語を途中で放置した俺だ」
リリアの瞳が揺れる。
「……主人公……」
「だから――」
俺は《ループの番人》を見据えた。
「今度こそ、終わらせる。
お前の物語を」
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第13話:ループの番人との戦い ― “ヒロインの願い”を取り戻せ
黒い霧の中から現れた《ループの番人》は、まるでリリアの影が巨大化したような姿だった。
顔がない。
輪郭が揺れ、形が安定しない。
だが、その胸の奥からは確かに“リリアの感情”が漏れ出していた。
「……ア……アアア……」
苦しみ。
迷い。
そして――“願いの欠片”。
リリアは震える声で呟いた。
「……あれ……わたし……?」
「そうだ」
俺はリリアの肩に手を置いた。
「お前の“未完の願い”が、あの怪物を生んだ」
リリアは唇を噛む。
「……わたしの……せい……?」
「違う」
俺は首を振った。
「悪いのは、十七歳の俺だ。
お前の物語を途中で放置した俺だ」
リリアの瞳が揺れる。
「……主人公……」
そのとき、番人が動いた。
黒い霧をまとい、巨大な腕を振り上げる。
その動きだけで、街の建物が歪み、空気が震える。
「来るぞ!」
ハルカが翼を広げ、俺の前に立つ。
「創造主、下がってください!」
「いや、俺が行く!」
「ですが――!」
「これは、リリアの物語だ。
俺が向き合わなきゃ意味がない!」
ハルカは一瞬だけ迷ったが、すぐに頷いた。
「……わかりました。
ですが、無茶はしないでください」
番人が咆哮し、黒い霧が街を覆う。
「アアアアアアアアッ!」
その声は、確かに“リリアの叫び”だった。
俺は番人に向かって叫んだ。
「お前は……リリアの“願いの欠片”だろ!」
番人の動きが一瞬止まる。
「……ア……?」
「リリアの願いが欠けてるから、お前は苦しんでるんだ!」
リリアが胸に手を当て、震える声で呟く。
「……わたし……
本当は……」
その瞬間、番人が暴れ出した。
黒い霧が渦を巻き、街の景色が歪む。
時間が巻き戻りかけ、世界が軋む。
「っ……!」
ハルカが魔力の盾を展開し、霧を防ぐ。
「創造主!
リリアの“願い”を思い出させてください!
それが番人を鎮める唯一の方法です!」
「願い……」
俺はリリアの手を握った。
「リリア。
お前は……何を望んでた?」
リリアは震えながら首を振る。
「わかんない……
でも……ずっと……苦しかった……」
「苦しい理由は?」
「……わたし……
主人公と一緒にいたい……
でも……それだけじゃ……ダメな気がして……」
胸が痛む。
十七歳の俺は、彼女を“ヒロイン候補”として作った。
だが、目的を与えなかった。
だから彼女は、永遠に“主人公のそばにいる理由”を探し続けていた。
「リリア。
お前は……何をしたかった?」
リリアは涙を浮かべ、震える声で呟いた。
「……わたし……
主人公を……助けたかった……」
「助ける……?」
「うん……
主人公が……悲しそうだったから……
わたし……笑ってほしくて……
そのために……一緒に冒険したかった……」
その瞬間――
番人の動きが止まった。
黒い霧が揺れ、巨大な影が震える。
「……ア……アア……」
その声は、まるで“泣いている”ようだった。
リリアは番人に向かって歩き出した。
「……ごめんね……
わたしのせいで……苦しめて……」
番人が手を伸ばす。
だが、その動きは攻撃ではなく――“救いを求める手”だった。
リリアはその手を握った。
「わたしの願いは――
主人公を助けること。
一緒に笑って、一緒に泣いて、
主人公の物語を支えること……!」
その瞬間、番人の体が光に包まれた。
黒い霧が晴れ、
揺れていた輪郭が安定し、
巨大な影がゆっくりと縮んでいく。
光が収まると、そこには――
リリアと同じ姿をした“もう一人の少女”が立っていた。
「……わたし……?」
少女は微笑んだ。
「うん。
わたしは……あなたの“願いの欠片”。
あなたが忘れてしまった“本当の気持ち”」
リリアは涙を流しながら抱きしめた。
「……ありがとう……!」
願いの欠片は光となってリリアの胸に吸い込まれた。
その瞬間、街に満ちていた“ループの呪い”が完全に消えた。
空が晴れ、
時間が正常に流れ、
街の人々が自由に動き始める。
ハルカが静かに言った。
「創造主。
第三領域《終わらない街》――
完全に修復されました」
そのとき、空から黒い羽根が舞い落ちた。
ルシフェルの魔力だ。
彼はどこかで、この光景を見ている。
「……見てろよ、ルシフェル」
俺は拳を握った。
「お前の世界、必ず最後まで書き切ってやる」
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第14話:黒翼城への道 ― 魔王ルシフェルの“本当の意図”
第三領域《終わらない街》を修復したあと、世界の空気がわずかに変わった。
風が軽くなり、空が澄み、
まるで“世界が息を吹き返した”ような感覚があった。
だが同時に――
胸の奥に、強烈な“視線”を感じていた。
誰かが、ずっと俺を見ている。
その視線は冷たく、鋭く、
だがどこか懐かしい。
「……ルシフェルだな」
俺が呟くと、ハルカが静かに頷いた。
「はい。
魔王ルシフェル様は、あなたの行動をすべて見ています」
「やっぱりか」
「ですが――」
ハルカは少しだけ表情を曇らせた。
「その視線には……“迷い”が混じっています」
「迷い……?」
「はい。
魔王ルシフェル様は、あなたを試しながらも……
あなたを“拒絶しきれない”のです」
胸がざわつく。
ルシフェルは俺を恨んでいる。
だが同時に――俺を必要としている。
その矛盾が、彼の苦しみを物語っていた。
「……行くか」
俺たちは黒翼城へ続く最後の街道へ足を踏み入れた。
空は黒く染まり、
風は冷たく、
世界が“魔王の領域”へ変わりつつある。
リリアが不安そうに袖を掴んだ。
「主人公……
あの城に、ルシフェルがいるの?」
「ああ。
あいつは、ずっと俺を待ってる」
リリアは小さく頷いた。
「……怖いけど……
でも、主人公が行くなら……わたしも行く」
その言葉に胸が熱くなる。
フェンリルが吠え、
ベヒモスが地面を踏み鳴らし、
ハルカが翼を広げる。
「創造主。
黒翼城へ向かう前に、一つだけお伝えしたいことがあります」
「なんだ?」
「魔王ルシフェル様は……
あなたを“殺すつもり”ではありません」
「……え?」
思わず足が止まった。
「いや、でも……最初に俺を殺そうとしたぞ」
「はい。
ですが、それは“試すため”です」
ハルカは静かに続けた。
「魔王ルシフェル様は、あなたが本当に“作者”としてこの世界に向き合うのか……
それを確かめるために、あえて敵として立ちはだかっているのです」
「……敵として?」
「はい。
ですが――」
ハルカは少しだけ目を伏せた。
「魔王ルシフェル様は、あなたを完全に憎んでいるわけではありません。
むしろ……あなたに“救われたい”と願っているのです」
胸が強く締め付けられた。
ルシフェルは俺の創作キャラだ。
十七歳の俺が、孤独で、悲しくて、
でも誰よりも強くあってほしいと願って作ったキャラ。
そのルシフェルが――
俺に救われたいと願っている。
「……あいつ、そんな顔してなかったけどな」
「魔王ルシフェル様は、感情を隠すのが上手いのです。
あなたが“創造主”だからこそ、余計に」
そのとき――
空が震えた。
黒い雷が走り、
雲が渦を巻き、
世界が“魔王の色”に染まっていく。
「……来るな」
俺が呟いた瞬間、
空から黒い羽根が舞い落ちた。
そして――
黒い光が集まり、ひとりの男が姿を現した。
黒い翼。
赤い瞳。
冷たい美貌。
魔王ルシフェル。
「……久しいな、創造主」
その声は冷たく、
だがどこか震えていた。
「ルシフェル……」
「三つの領域を修復したようだな。
さすがは“作者”だ」
皮肉のような言い方だが、
その瞳の奥には確かな“感情”が揺れていた。
「お前は……何がしたいんだ?」
俺が問うと、ルシフェルは静かに目を閉じた。
「私は……この世界を守りたい」
「……え?」
「この世界は、お前が作った。
だが同時に……私が生きてきた世界でもある」
ルシフェルは空を見上げた。
「お前が放棄した物語を、私はずっと背負ってきた。
未完の設定に苦しみ、
呪いに蝕まれ、
それでも……この世界を守り続けてきた」
胸が痛む。
ルシフェルは、俺が放置した世界で、
ずっと孤独に戦っていたのだ。
「……なら、なんで俺を殺そうとした?」
「お前が……本気かどうかを確かめたかった」
ルシフェルは俺を見つめた。
「私は、お前に救われたい。
だが同時に……お前を許せない」
その瞳には、怒りと悲しみと、
そして――“期待”が混じっていた。
「だから私は、お前を試す。
この世界の頂で――
お前が本当に“作者”であるかどうかを」
黒い翼が広がり、
ルシフェルの体が光に包まれる。
「創造主よ。
黒翼城へ来い。
そこで――決着をつける」
光が弾け、ルシフェルは空へ消えた。
残されたのは、黒い羽根だけ。
俺はそれを拾い、拳を握った。
「……行くぞ。
黒翼城へ」
ハルカが頷き、
リリアが手を握り、
フェンリルとベヒモスが吠える。
俺たちは、魔王ルシフェルが待つ“世界の頂”へ向かって歩き出した。
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第15話:黒翼城・外郭 ― “魔王の守護者”たち
黒翼城は、遠くから見ても圧倒的だった。
黒い塔が空を突き刺し、
赤い光が窓から漏れ、
城全体が“生きている”かのように脈動している。
風は冷たく、
空気は重く、
世界そのものが魔王の領域へ変わりつつあった。
「……ここが、ルシフェルの城か」
俺が呟くと、ハルカが静かに頷いた。
「はい。
黒翼城――魔王ルシフェル様が、あなたを待つ場所です」
リリアが不安そうに袖を掴む。
「主人公……
本当に行くの……?」
「ああ。
あいつと向き合わなきゃいけない」
フェンリルが吠え、
ベヒモスが地面を踏み鳴らす。
俺たちは黒翼城の外郭へ足を踏み入れた。
その瞬間――
空気が変わった。
重く、冷たく、
まるで“世界が敵意を向けている”ような圧力。
「……来るな」
俺が呟いた瞬間、
黒い霧が地面から噴き出した。
霧の中から、三つの影が姿を現す。
黒い鎧。
赤い瞳。
そして背中には、ルシフェルと同じ“黒翼”。
「……あれは……」
「創造主。
彼らは“魔王の守護者”です」
ハルカが翼を広げ、警戒態勢に入る。
「魔王ルシフェル様が、あなたを迎え撃つために配置した三体の守護者――
《黒翼三騎士》です」
黒翼三騎士は、ゆっくりと歩み寄ってきた。
その動きは静かで、
だが圧倒的な威圧感があった。
「創造主よ」
中央の騎士が低い声で告げる。
「魔王ルシフェル様は、あなたを“城へ招待”した。
だが――」
騎士は剣を抜き、俺に向けた。
「その前に、我らを越えねばならぬ」
「……やっぱりか」
「これは“試練”だ。
魔王ルシフェル様は、あなたが本当に“作者”としてこの世界に向き合うのか……
それを見極めたいのだ」
その言葉に、胸がざわつく。
ルシフェルは俺を恨んでいる。
だが同時に――俺を信じたいと思っている。
その矛盾が、彼の苦しみを物語っていた。
「……行くぞ」
俺が前に出ようとした瞬間――
「創造主、危険です!」
ハルカが俺の前に立った。
「黒翼三騎士は、魔王ルシフェル様の“分身”のような存在。
その力は、あなたが想像する以上です!」
「わかってる。
でも――」
俺は黒翼三騎士を見据えた。
「こいつらも、十七歳の俺が作ったキャラだ」
ハルカが驚いたように目を見開く。
「……え?」
「覚えてるよ。
こいつらは、ルシフェルの“忠実な部下”として作ったキャラだ。
名前も、性格も、能力も――全部、俺が考えた」
黒翼三騎士の瞳が揺れる。
「……創造主……
我らのことを……覚えているのか……?」
「ああ。
お前らは――」
俺は三騎士を指差した。
「右の騎士が《ガルド》。
豪快で、力自慢の戦士」
右の騎士が驚いたように剣を下ろした。
「……我が名を……覚えている……?」
「中央の騎士が《ゼファ》。
冷静沈着で、ルシフェルの右腕」
中央の騎士――ゼファがわずかに震えた。
「創造主……
あなたは……我らを……」
「左の騎士が《ミレイ》。
唯一の女性騎士で、ルシフェルに忠誠を誓った“影の守護者”」
ミレイは驚きに目を見開いた。
「……私の名前……
覚えていてくださったのですか……?」
胸が熱くなる。
十七歳の俺は、彼らを“ルシフェルの仲間”として作った。
だが、物語を放置したせいで、彼らは“敵”として存在している。
「……悪かった。
お前らの物語も、途中で放置して」
ゼファが剣を下ろし、静かに言った。
「創造主よ。
我らは……あなたを恨んではいない」
「……え?」
「我らは、魔王ルシフェル様の“意志”として存在している。
あなたを試すのは、魔王ルシフェル様の願い……
そして、我らの“役目”だ」
ミレイが一歩前に出る。
「創造主。
あなたが本当に“作者”であるなら――
我らを越えてください」
ガルドが剣を構える。
「我らは、あなたを憎んでなどいない。
だが、試練は試練だ!」
ゼファが静かに告げる。
「創造主よ。
あなたがこの世界を救う覚悟を示せ」
ミレイが翼を広げる。
「そして――
魔王ルシフェル様の“孤独”を終わらせてください」
その言葉に、胸が強く締め付けられた。
ルシフェルの孤独。
彼の苦しみ。
彼の願い。
全部、俺が作った世界のせいだ。
「……行くぞ」
俺は拳を握り、黒翼三騎士を見据えた。
「お前らの物語も――
俺が最後まで書き切ってやる!」
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第16話:黒翼三騎士・第一戦 ― 《ガルド》の試練
黒翼三騎士の一人、《ガルド》が前に出た。
黒い鎧に包まれた巨体。
背中の黒翼は小さく、しかし力強く脈動している。
その手には、俺が十七歳の頃に描いた“巨大戦斧”が握られていた。
「創造主よ。
まずは俺が相手だ」
ガルドの声は低く、地鳴りのように響く。
「ガルド……お前は、ルシフェルの“最初の仲間”だったな」
ガルドの瞳が揺れた。
「覚えて……いるのか」
「ああ。
お前は、ルシフェルが唯一“友”と呼んだ存在だ」
ガルドはしばらく黙っていたが、やがて静かに頷いた。
「……ならば話は早い。
俺は、魔王ルシフェル様の“友”として――
お前を試す」
ガルドが戦斧を構えた瞬間、空気が震えた。
重い。
圧倒的に重い。
まるで“世界そのもの”が押し潰してくるような圧力。
「創造主、下がってください!」
ハルカが翼を広げるが、俺は手で制した。
「いや、俺が行く」
「ですが――!」
「ガルドは、俺が作ったキャラだ。
俺が向き合わなきゃ意味がない」
ガルドがゆっくりと歩み寄る。
一歩ごとに地面が沈み、
空気が震え、
世界が軋む。
「創造主よ。
俺は、お前を恨んでいない」
「……そうか」
「だが――
お前が“本気”でなければ、俺は容赦しない」
ガルドが戦斧を振り上げた。
その動きは遅い。
だが、圧倒的な質量がある。
「来るぞ!」
俺は横へ飛び退いた。
次の瞬間――
地面が“陥没”した。
ガルドの戦斧が地面を叩き割り、
衝撃波が周囲の岩を粉砕する。
「……相変わらず、力だけはバカみたいに強いな」
「褒め言葉として受け取っておく」
ガルドが再び戦斧を構える。
「創造主よ。
お前は、俺たちを“捨てた”わけではないのだろう?」
「……ああ。
捨てたつもりはなかった」
「ならば――証明しろ!」
ガルドが突進してくる。
巨体とは思えない速度。
地面を砕きながら迫るその姿は、まさに“破壊の化身”。
「くっ……!」
俺は必死に避けるが、衝撃波が体を弾き飛ばす。
「主人公!」
リリアが駆け寄ろうとするが、ハルカが止めた。
「リリア、下がって!
これは創造主の戦い!」
ガルドが戦斧を振り下ろす。
俺は転がるようにして避け、叫んだ。
「ガルド!
お前の弱点、覚えてるぞ!」
ガルドの動きが止まる。
「……弱点?」
「ああ。
お前は“力を使いすぎると、鎧が軋む”って設定だった!」
ガルドの鎧がギシギシと音を立てる。
「……覚えて……いたのか……」
「当たり前だろ!
お前は、ルシフェルの“最初の仲間”なんだから!」
ガルドの瞳が揺れる。
「創造主……
お前は……俺たちを……」
「忘れてなんかいない!」
ガルドはしばらく黙っていたが、やがて静かに戦斧を下ろした。
「……ならば、俺は――
お前を信じる」
ガルドは戦斧を地面に突き立て、膝をついた。
「創造主よ。
俺を越えろ。
そして――魔王ルシフェル様を救ってくれ」
その瞬間、ガルドの体が光に包まれた。
黒い鎧が砕け、
呪いが晴れ、
ガルドの本来の姿が現れる。
短い黒髪。
鋭い瞳。
そして、ルシフェルと同じ“黒翼”。
「……ガルド」
「創造主。
俺は、魔王ルシフェル様の“友”として――
お前を託す」
ガルドは深く頭を下げた。
「行け。
次は――ゼファが待っている」
その言葉とともに、ガルドの体は光となって消えた。
残されたのは、黒い羽根だけ。
俺はそれを拾い、拳を握った。
「……見てろよ、ルシフェル」
ハルカが静かに言う。
「創造主。
あなたは、ガルドの“物語”を救いました」
リリアが微笑む。
「主人公……すごいよ……!」
フェンリルが吠え、
ベヒモスが地面を踏み鳴らす。
俺は黒翼城の奥を見据えた。
「次は――ゼファだ」
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第17話:黒翼三騎士・第二戦 ― 《ゼファ》の試練
ガルドとの戦いを終えたあと、黒翼城の外郭は静まり返っていた。
だが、その静けさは“終わり”ではなく――
“次の戦いの始まり”を告げるものだった。
黒い霧がゆっくりと晴れ、
その奥から、ひとりの騎士が歩み出る。
黒い外套。
鋭い瞳。
そして、背中にはルシフェルと同じ黒翼。
黒翼三騎士の中核――《ゼファ》。
「……来たな、創造主」
ゼファの声は静かで、冷たい。
だが、その奥には確かな“理性”が宿っていた。
「ゼファ……」
「ガルドを越えたこと、見事だ。
だが――」
ゼファは剣を抜き、俺に向けた。
「ここから先は、“力”だけでは越えられない」
ハルカが小さく息を呑む。
「創造主……ゼファは黒翼三騎士の中で最も“頭脳”に優れています。
彼の試練は、単なる戦闘ではありません」
「知ってるよ」
俺はゼファを見据えた。
「ゼファは、ルシフェルの“右腕”として作ったキャラだ。
冷静で、理性的で、誰よりもルシフェルを理解してる」
ゼファの瞳が揺れた。
「……覚えているのか」
「ああ。
お前は、ルシフェルの“心の支え”だった」
ゼファはしばらく黙っていたが、やがて静かに剣を構えた。
「ならば――なおさら、お前を試さねばならない」
黒い風が吹き荒れ、ゼファの姿が揺らぐ。
「創造主。
お前は本当に“魔王ルシフェル”と向き合う覚悟があるのか?」
「ある」
「言葉だけなら、誰でも言える」
ゼファが一歩踏み出す。
その動きは静かで、
だが“世界が切り裂かれる”ような鋭さがあった。
「創造主。
お前は、ルシフェルの“孤独”を理解しているか?」
「……孤独?」
「そうだ」
ゼファは剣を下ろし、静かに言った。
「魔王ルシフェル様は、お前に捨てられたあと――
世界の崩壊を、たったひとりで止め続けてきた」
胸が痛む。
「虚無の森も、反転の谷も、終わらない街も……
すべて、魔王ルシフェル様が“押さえ込んでいた”のだ」
「……ルシフェルが……?」
「そうだ。
お前が放置した世界を、魔王ルシフェル様は守り続けた。
誰にも頼れず、誰にも理解されず、
ただひとりで」
ゼファの瞳が鋭く光る。
「創造主よ。
お前は、その孤独を理解しているのか?」
俺は拳を握った。
「……理解してるつもりだ」
「つもり、では足りない」
ゼファが剣を構えた。
「創造主。
お前が本当にルシフェルを救いたいのなら――
“彼の痛み”を知れ」
次の瞬間、ゼファの姿が消えた。
「っ……!」
気づいたときには、ゼファの剣が俺の喉元に迫っていた。
速い。
ガルドとは比べ物にならない。
「創造主、危険です!」
ハルカが飛び出そうとするが、ゼファが一瞬で距離を取る。
「邪魔をするな、ハルカ。
これは創造主の試練だ」
ゼファが再び消える。
風が揺れ、影が走り、
次の瞬間、俺の背後にゼファが現れた。
「くっ……!」
俺は転がるようにして避ける。
ゼファの剣が地面を切り裂き、黒い霧が噴き出す。
「創造主。
お前は“逃げる”のか?」
「逃げてるんじゃない……!」
俺は立ち上がり、ゼファを見据えた。
「お前の攻撃を“理解しようとしてる”んだ!」
ゼファの瞳が揺れる。
「理解……?」
「ああ。
お前は、ルシフェルの“心”を守るために作ったキャラだ。
だから、お前の攻撃には“意味”がある」
ゼファは静かに剣を下ろした。
「……言ってみろ。
私の攻撃の“意味”とは何だ?」
「お前は、ルシフェルの孤独を俺に“体験させようとしてる”」
ゼファの瞳が大きく揺れた。
「……!」
「お前の攻撃は、すべて“孤独”を象徴してる。
速くて、鋭くて、誰にも届かない。
誰にも理解されない痛みを、俺に伝えようとしてる」
ゼファは剣を震わせた。
「創造主……
お前は……」
「わかってるよ、ゼファ。
お前は、ルシフェルの“心の声”なんだ」
ゼファは剣を落とし、膝をついた。
「……創造主……
私は……ずっと……
魔王ルシフェル様の孤独を見てきた……」
その声は震えていた。
「お前がいなくなってから……
魔王ルシフェル様は……
ずっと……苦しんでいた……」
ゼファは顔を上げ、俺を見つめた。
「創造主よ。
どうか……魔王ルシフェル様を……救ってくれ」
その瞬間、ゼファの体が光に包まれた。
黒い外套が消え、
呪いが晴れ、
ゼファの本来の姿が現れる。
銀髪の青年。
鋭い瞳。
そして、静かな微笑み。
「……ゼファ」
「創造主。
私は、あなたを信じる」
ゼファは深く頭を下げた。
「行け。
次は――ミレイが待っている」
光が弾け、ゼファは消えた。
残されたのは、黒い羽根だけ。
俺はそれを拾い、拳を握った。
「……ルシフェル。
お前の孤独、全部受け止めてやる」
________________________________________
第18話:黒翼三騎士・最終戦 ― 《ミレイ》の試練
ゼファが光となって消えたあと、黒翼城の外郭は再び静寂に包まれた。
だが、その静けさは“終わり”ではない。
むしろ――嵐の前の静けさだった。
黒い霧がゆっくりと揺れ、
その中心から、ひとりの女性騎士が歩み出る。
黒い軽鎧。
長い銀髪。
そして、背中には美しい黒翼。
黒翼三騎士の最後の一人――《ミレイ》。
「……創造主様」
ミレイの声は、他の二人とは違っていた。
冷たくもなく、荒々しくもない。
ただ、静かで――どこか“悲しみ”を含んでいた。
「ミレイ……」
「ガルド様、ゼファ様……
お二人を越えてここまで来られたのですね」
ミレイは微笑んだ。
だが、その笑顔はどこか痛々しい。
「創造主様。
あなたは……本当に、魔王ルシフェル様と向き合うおつもりなのですね」
「ああ。
あいつと決着をつける」
ミレイは目を伏せた。
「……ならば、私はあなたを止めなければなりません」
その言葉は、まるで自分自身を責めるようだった。
「ミレイ。
お前は、ルシフェルの“影の守護者”だったな」
ミレイの瞳が揺れる。
「……覚えていてくださったのですね」
「ああ。
お前は、ルシフェルの“心の弱さ”を守るために作ったキャラだ」
ミレイは静かに頷いた。
「はい。
私は、魔王ルシフェル様の“涙”を守るために存在しています」
胸が締め付けられる。
「……涙?」
「はい。
魔王ルシフェル様は、誰にも弱さを見せません。
ですが――」
ミレイは胸に手を当てた。
「本当は……誰よりも脆いのです」
その言葉は、刃のように胸に刺さった。
十七歳の俺は、ルシフェルを“最強の魔王”として描いた。
だが同時に――
“誰にも理解されない孤独な存在”として設定した。
その孤独を、ミレイはずっと見守ってきたのだ。
「創造主様。
あなたは……魔王ルシフェル様の“涙”を見たことがありますか?」
「……ない」
「当然です。
魔王ルシフェル様は、あなたの前では決して泣かない」
ミレイは静かに剣を抜いた。
「だからこそ――
私はあなたを試さなければならないのです」
黒い風が吹き、ミレイの姿が揺らぐ。
「創造主様。
あなたは、魔王ルシフェル様の“弱さ”を受け止められますか?」
「……受け止める」
「言葉ではなく――心で示してください」
ミレイが一歩踏み出す。
その動きは、ガルドのような豪快さも、ゼファのような鋭さもない。
ただ、静かで――美しい。
だが、その一歩に込められた“重さ”は、二人以上だった。
「創造主様。
あなたは、魔王ルシフェル様を“許せますか”?」
「……許す?」
「はい。
あなたを拒絶し、
あなたを試し、
あなたを傷つけた魔王ルシフェル様を――
あなたは許せますか?」
胸が痛む。
ルシフェルは俺を殺そうとした。
拒絶し、試し、追い詰めた。
だが――
「……許すよ」
ミレイの瞳が揺れた。
「……なぜですか?」
「ルシフェルは……俺を恨んでるんじゃない。
俺に“向き合ってほしい”だけなんだ」
ミレイは剣を下ろし、静かに言った。
「創造主様……
あなたは、魔王ルシフェル様の“心”を理解しているのですね」
「理解したいと思ってる」
「それで十分です」
ミレイは剣を地面に突き立て、膝をついた。
「創造主様。
私は、あなたを止めるつもりはありません」
「……え?」
「私は、魔王ルシフェル様の“涙”を守る者。
そして――
魔王ルシフェル様が本当に望むものを、誰よりも知っています」
ミレイは顔を上げ、微笑んだ。
「魔王ルシフェル様は……
本当は、あなたに“会いたかった”のです」
胸が熱くなる。
「創造主様。
どうか――魔王ルシフェル様を救ってください」
その瞬間、ミレイの体が光に包まれた。
黒い鎧が砕け、
呪いが晴れ、
ミレイの本来の姿が現れる。
長い銀髪。
優しい瞳。
そして、静かな微笑み。
「……ミレイ」
「創造主様。
私は、あなたを信じます」
ミレイは深く頭を下げた。
「行ってください。
魔王ルシフェル様が……ずっと待っています」
光が弾け、ミレイは消えた。
残されたのは、黒い羽根だけ。
俺はそれを拾い、拳を握った。
「……ルシフェル。
お前の涙も、孤独も、全部受け止めてやる」
ハルカが静かに言う。
「創造主。
黒翼三騎士――全員があなたを認めました」
リリアが手を握る。
「主人公……
ルシフェルのところへ行こう」
フェンリルが吠え、
ベヒモスが地面を踏み鳴らす。
俺は黒翼城の巨大な門を見据えた。
「行くぞ。
魔王ルシフェルのもとへ」
________________________________________
第19話:黒翼城・第一層 ― “創造主の罪”
黒翼三騎士の試練をすべて越えたあと、
俺たちはついに黒翼城の巨大な門の前に立っていた。
黒い石で作られた門は、まるで“世界の終わり”を象徴するかのように重く、
触れれば砕けてしまいそうなほど冷たかった。
「……ここから先が、黒翼城か」
俺が呟くと、ハルカが静かに頷いた。
「はい。
この城は、魔王ルシフェル様の“心”そのものです」
「心……?」
「そうです。
創造主が放置した設定、
未完の物語、
孤独、
怒り、
そして――願い」
ハルカは黒翼城を見上げた。
「それらすべてが、この城に凝縮されています」
リリアが不安そうに袖を掴む。
「主人公……
ルシフェルは、本当にここにいるの?」
「ああ。
あいつは、ずっと俺を待ってる」
フェンリルが低く唸り、
ベヒモスが地面を踏み鳴らす。
俺は黒翼城の門に手をかけた。
その瞬間――
門が“自動的に”開いた。
まるで、俺たちを歓迎するかのように。
「……ルシフェルが開けたのか?」
「はい。
魔王ルシフェル様は、あなたを拒んでいません」
ハルカの言葉に胸が熱くなる。
だが同時に、強烈な不安も湧き上がる。
ルシフェルは俺を恨んでいる。
だが、俺を必要としている。
その矛盾が、彼の苦しみを物語っていた。
「行くぞ」
俺たちは黒翼城の第一層へ足を踏み入れた。
________________________________________
◆ 黒翼城・第一層 ― “創造主の罪”
城の内部は、異様な静けさに包まれていた。
黒い石壁。
赤い光を放つ燭台。
そして、どこからともなく響く低い鼓動。
まるで“生きている城”だった。
「……ここは?」
「創造主の“罪”が具現化した場所です」
ハルカの声は、いつもより少しだけ震えていた。
「罪……?」
「はい。
あなたが十七歳の頃に作り、
途中で放置した設定やキャラたちの“痛み”が、
この階層に集まっています」
胸が締め付けられる。
俺の黒歴史。
俺の未熟さ。
俺の放置。
それらが“罪”として形を成している。
「……行くしかないな」
俺たちは第一層の奥へ進んだ。
すると――
壁に、無数の“文字”が浮かび上がった。
《設定:途中で飽きた》
《キャラ:名前未定》
《物語:未完》
《世界観:矛盾》
《伏線:回収されず》
十七歳の俺が書き散らした“黒歴史の断片”だ。
「……うわ……」
リリアが小さく息を呑む。
「主人公……
これ、全部……?」
「ああ。
全部、俺が書いたものだ」
フェンリルが怯えて吠え、
ベヒモスが低く唸る。
そのとき――
壁の文字が“黒い霧”となって集まり、
ひとつの影を形作った。
人の形をしている。
だが、顔がない。
輪郭が揺れ、形が安定しない。
まるで“未完のキャラ”の集合体。
「……あれは?」
「創造主の“罪”です」
ハルカが静かに告げる。
「あなたが放置したキャラたちの“痛み”が、
ひとつの存在として具現化したもの」
影がゆっくりとこちらへ歩み寄る。
「……ア……アア……」
その声は、苦しみと怒りと悲しみが混ざったような響きだった。
「……俺のせいか」
「はい。
ですが、あなたにしか救えません」
影が手を伸ばしてくる。
その手は、まるで“助けを求めている”ようだった。
「……ごめん」
俺は影に向かって歩き出した。
「お前たちを放置したのは、俺の未熟さだ。
でも――」
俺は影の手を握った。
「今度こそ、最後まで向き合う」
その瞬間、影が光に包まれた。
黒い霧が晴れ、
揺れていた輪郭が安定し、
影がゆっくりと消えていく。
「……ア……」
最後の声は、まるで“ありがとう”と言っているようだった。
光が完全に消えると、
壁の文字もすべて消えていた。
「創造主。
あなたは“罪”をひとつ清算しました」
ハルカが静かに言った。
「だが――」
城の奥から、低い鼓動が響いた。
まるで“心臓の音”のように。
「まだ終わりではありません。
魔王ルシフェル様の“心の核心”は、もっと奥にあります」
リリアが手を握る。
「主人公……
ルシフェルのところへ行こう」
フェンリルが吠え、
ベヒモスが地面を踏み鳴らす。
俺は黒翼城の奥を見据えた。
「行くぞ。
ルシフェルの“心”の中心へ」
________________________________________
第20話:黒翼城・第二層 ― “魔王の記憶”
黒翼城の第一層――“創造主の罪”を越えたあと、
俺たちは第二層へ続く階段を上っていた。
階段は長く、暗く、
まるで“過去へ降りていく”ような錯覚を覚える。
「……ここから先は、魔王ルシフェル様の“記憶”が具現化した領域です」
ハルカの声は、いつもより慎重だった。
「記憶……?」
「はい。
魔王ルシフェル様が生きてきた時間、
感じてきた孤独、
抱えてきた痛み――
それらが、この階層に刻まれています」
リリアが不安そうに袖を掴む。
「主人公……
ルシフェルの記憶って……怖いものなの?」
「……わからない。
でも、向き合わなきゃいけない」
フェンリルが低く唸り、
ベヒモスが地面を踏み鳴らす。
階段を登り切ると、
そこには――“空”が広がっていた。
________________________________________
◆ 第二層 ― “記憶の空間”
黒翼城の内部とは思えないほど広大な空間。
空は灰色。
地面は黒い鏡のように光り、
遠くには、ぼんやりとした“影”が揺れている。
「……ここは……?」
「魔王ルシフェル様の“心象世界”です」
ハルカが静かに言った。
「この空間には、魔王ルシフェル様の“記憶”が残されています」
そのとき――
空間の中央に、ひとりの少年が現れた。
黒髪。
赤い瞳。
小さな黒翼。
ルシフェルの“幼い姿”。
「……ルシフェル……?」
少年ルシフェルは、誰もいない空間で剣を振っていた。
何度も、何度も。
倒れても、立ち上がり、
また剣を振る。
「……ひとりで……?」
「はい。
魔王ルシフェル様は、生まれた瞬間から“孤独”でした」
ハルカの声が震える。
「創造主が設定した通り……
彼には仲間も、家族も、理解者もいませんでした」
胸が痛む。
十七歳の俺は、
“孤独な魔王”という設定がカッコいいと思っていた。
だが――
その孤独を“生きる”のは、ルシフェル自身だった。
「……ごめん」
思わず呟いた。
そのとき、少年ルシフェルがこちらを向いた。
だが、その瞳には“俺”は映っていない。
これは記憶の残像だ。
「……強くならなきゃ……」
少年ルシフェルは呟いた。
「強くならなきゃ……
誰も……俺を見てくれない……」
その言葉は、胸を刺した。
「……ルシフェル……」
リリアが涙を浮かべる。
「こんなに……
ひとりで……?」
「はい。
魔王ルシフェル様は、ずっとひとりでした」
ハルカが静かに続ける。
「創造主がいなくなったあとも……
彼はこの世界を守り続けたのです」
少年ルシフェルの姿が消え、
次に現れたのは――青年のルシフェル。
今の姿に近いが、まだ幼さが残っている。
青年ルシフェルは、崩れゆく世界の中で戦っていた。
虚無の森の裂け目を閉じ、
反転の谷の呪いを押さえ込み、
終わらない街の時間を止めていた。
「……全部……
ルシフェルが……?」
「はい。
創造主が放置した世界を、
魔王ルシフェル様は“ひとりで”支えていたのです」
胸が締め付けられる。
「なんで……
なんで俺に言わなかったんだよ……」
「言えるはずがありません」
ハルカが静かに言った。
「魔王ルシフェル様は、創造主に“嫌われた”と思っていたのです」
「……嫌われた……?」
「はい。
創造主が世界を放置したのは、
自分が“失敗作”だからだと……
魔王ルシフェル様は、そう思っていました」
その瞬間、胸が張り裂けそうになった。
「……違う……
違うんだよ、ルシフェル……!」
叫びたくなる。
だが、記憶の空間に声は届かない。
青年ルシフェルは、崩れゆく世界の中で呟いた。
「……創造主……
どうして……
俺を……捨てた……?」
その声は、震えていた。
怒りでも、憎しみでもない。
ただ――“悲しみ”だった。
「……ルシフェル……」
リリアが涙を流す。
「こんなの……
こんなの……ひどいよ……!」
フェンリルが吠え、
ベヒモスが地面を踏み鳴らす。
俺は拳を握りしめた。
「……俺が……
あいつを……捨てたと思わせたのか……」
「はい。
魔王ルシフェル様は、ずっとそう思っていました」
ハルカが静かに言う。
「だからこそ――
あなたを“試す”のです」
「試す……?」
「はい。
魔王ルシフェル様は、あなたが本当に“戻ってきた”のかどうか……
確かめたいのです」
そのとき――
空間の奥に、巨大な扉が現れた。
黒い翼の紋章。
赤い瞳の紋様。
そして中央には――
《魔王ルシフェル》
その名が刻まれていた。
「創造主。
この扉の先が――
魔王ルシフェル様の“心の核心”です」
俺は扉を見据えた。
「……行くぞ」
________________________________________
第21話:黒翼城・第三層 ― “魔王の心臓”
黒翼城・第二層――“魔王の記憶”を越えたあと、
俺たちは巨大な扉の前に立っていた。
扉には黒い翼の紋章。
中央には、赤い瞳の紋様。
そして――
《魔王ルシフェル》
その名が刻まれている。
「……ここが、第三層か」
俺が呟くと、ハルカが静かに頷いた。
「はい。
この扉の先は――魔王ルシフェル様の“心臓”です」
「心臓……?」
「はい。
魔王ルシフェル様の“存在の核”がある場所。
創造主であるあなたが、最も向き合わなければならない領域です」
リリアが不安そうに袖を掴む。
「主人公……
本当に行くの……?」
「ああ。
ここを越えなきゃ、ルシフェルのところへ行けない」
フェンリルが低く唸り、
ベヒモスが地面を踏み鳴らす。
俺は扉に手をかけた。
その瞬間――
扉が“脈動”した。
まるで、生きている心臓のように。
「……これは……」
「魔王ルシフェル様の“心”が反応しているのです」
ハルカの声は震えていた。
「創造主が近づいたことで、魔王ルシフェル様の心が揺れているのです」
胸が熱くなる。
ルシフェルは俺を拒絶している。
だが同時に――俺を求めている。
その矛盾が、扉の脈動に表れていた。
「行くぞ」
俺は扉を押し開けた。
________________________________________
◆ 第三層 ― “魔王の心臓”
扉の先は、真っ暗だった。
光がない。
音がない。
空気すら存在しない。
まるで“世界の外側”に放り出されたような感覚。
「……ここは……?」
「魔王ルシフェル様の“心臓”です」
ハルカの声が、闇に吸い込まれる。
「この空間は、魔王ルシフェル様の“本心”が形を成した場所。
創造主であるあなたにしか、触れることはできません」
そのとき――
闇の中に、ひとつの“光”が灯った。
小さな光。
弱々しい光。
だが、確かに“生きている”光。
「……あれは?」
「魔王ルシフェル様の“心”です」
ハルカが静かに言った。
「魔王ルシフェル様は、強く見えますが……
本当は、誰よりも脆いのです」
リリアが涙を浮かべる。
「こんなに……小さくて……弱いの……?」
「はい。
魔王ルシフェル様は、創造主に捨てられたと思い込んでから――
心を閉ざし、弱さを隠し続けてきました」
胸が締め付けられる。
「……ルシフェル……」
俺は光に近づこうとした。
だが――
闇が“牙”を剥いた。
黒い霧が渦を巻き、
巨大な影が姿を現す。
その影は、ルシフェルの姿をしていた。
だが、顔は歪み、
翼は裂け、
瞳は赤く濁っている。
「……これは……」
「魔王ルシフェル様の“恐怖”です」
ハルカが静かに告げる。
「創造主に捨てられたという恐怖。
理解されないという恐怖。
孤独に押し潰されるという恐怖。
それらが具現化した存在です」
影ルシフェルが咆哮した。
「アアアアアアアアッ!!」
その声は、怒りでも憎しみでもない。
ただ――“泣き叫ぶ声”だった。
「……ルシフェル……」
リリアが震える声で呟く。
「こんなの……
こんなの……ルシフェルじゃない……!」
「いいや、これもルシフェルだ」
俺は影ルシフェルを見据えた。
「強くて、冷たくて、完璧な魔王なんかじゃない。
孤独で、弱くて、泣きたくて……
それでも必死に世界を守ってきた――
それが、ルシフェルだ」
影ルシフェルが俺に向かって突進してくる。
黒い霧が渦を巻き、
世界が軋む。
「創造主、危険です!」
ハルカが飛び出そうとするが、俺は手で制した。
「いいんだ。
これは――俺が向き合わなきゃいけない」
影ルシフェルが腕を振り下ろす。
その一撃は、世界を砕くほどの力。
だが――
「ルシフェル!!」
俺は叫んだ。
「お前を捨てたことなんて、一度もない!!」
影ルシフェルの動きが止まった。
「……ア……?」
「俺は未熟だった。
物語を放置して、お前を孤独にした。
でも――」
俺は影ルシフェルに向かって歩き出した。
「今は違う。
お前の世界を、最後まで書くために来たんだ!」
影ルシフェルが震える。
黒い霧が揺れ、
瞳が揺れ、
世界が揺れる。
「……ア……アア……」
その声は、まるで“泣いている”ようだった。
「ルシフェル。
お前の孤独も、痛みも、全部受け止める。
だから――」
俺は影ルシフェルの胸に手を当てた。
「もう、ひとりで抱え込むな」
その瞬間、影ルシフェルが光に包まれた。
黒い霧が晴れ、
歪んでいた姿が消え、
光が心臓の中心へ吸い込まれていく。
闇が完全に消えたとき――
小さな光は、少しだけ大きくなっていた。
「創造主……」
ハルカが静かに言った。
「あなたは、魔王ルシフェル様の“心”を救いました」
リリアが涙を拭いながら微笑む。
「主人公……
ルシフェルのところへ行こう」
フェンリルが吠え、
ベヒモスが地面を踏み鳴らす。
俺は光の奥に現れた階段を見据えた。
「行くぞ。
魔王ルシフェルのもとへ」
________________________________________
第22話:黒翼城・最上層 ― “魔王との再会”
黒翼城・第三層――“魔王の心臓”を越えたあと、
俺たちは最上層へ続く階段を登っていた。
階段は長く、静かで、
まるで“世界の頂”へ向かう儀式のようだった。
風は吹かない。
音もない。
ただ、胸の奥で鼓動だけが響いている。
――ルシフェルが待っている。
その事実だけが、足を前へ進ませた。
「創造主」
ハルカが静かに口を開く。
「この先が、魔王ルシフェル様の“玉座の間”です」
「……ああ」
「魔王ルシフェル様は、あなたを拒絶していません。
ですが――あなたを許したわけでもありません」
「わかってる」
リリアが不安そうに袖を掴む。
「主人公……
ルシフェルは、怒ってるの……?」
「怒ってるよ。
でも……それだけじゃない」
フェンリルが低く唸り、
ベヒモスが地面を踏み鳴らす。
階段を登り切ると、
巨大な扉が俺たちを迎えた。
黒い翼の紋章。
赤い瞳の紋様。
そして――
《魔王ルシフェル》
その名が刻まれている。
「……行くぞ」
俺は扉に手をかけた。
扉は、まるで“待っていた”かのように静かに開いた。
________________________________________
◆ 最上層 ― “玉座の間”
扉の先は、広大な空間だった。
黒い大理石の床。
赤い光を放つ柱。
天井には巨大な魔法陣が浮かび、
空気は重く、冷たい。
そして――
玉座に、ひとりの男が座っていた。
黒い翼。
赤い瞳。
冷たい美貌。
魔王ルシフェル。
彼は、ゆっくりと顔を上げた。
「……来たか、創造主」
その声は静かで、
だが深い怒りと悲しみを含んでいた。
「ルシフェル……」
「三つの領域を修復し、
黒翼三騎士を越え、
私の“心臓”に触れた……」
ルシフェルは立ち上がり、
ゆっくりとこちらへ歩み寄る。
「だが――
それで私の怒りが消えると思うな」
その瞳は、鋭く俺を射抜いた。
「お前は、私を捨てた」
「……違う」
「違わない!」
ルシフェルの声が玉座の間に響き渡る。
「お前は世界を放置し、
私を孤独にし、
私に“崩壊する世界”を押し付けた!」
胸が痛む。
ルシフェルの言葉は、すべて事実だった。
「……すまない」
「謝罪などいらない!」
ルシフェルの翼が広がり、
黒い魔力が渦を巻く。
「私は、お前を許すつもりはない。
だが――」
ルシフェルは拳を握りしめた。
「お前が本当に“戻ってきた”のかどうか……
それだけは、確かめたい」
その声は震えていた。
怒りではない。
憎しみでもない。
ただ――“怖い”のだ。
また捨てられることが。
「ルシフェル」
俺は一歩前に出た。
「俺は、お前を捨てたことなんて一度もない」
「嘘だ」
「嘘じゃない」
「なら、なぜ戻ってこなかった!」
ルシフェルの叫びは、
まるで“泣き声”のようだった。
「なぜ……
なぜ私をひとりにした……?」
その言葉に、胸が張り裂けそうになる。
「……俺は未熟だった。
物語を最後まで書く覚悟がなかった。
でも――」
俺はルシフェルを見つめた。
「今は違う。
お前の世界を、最後まで書くために来たんだ」
ルシフェルの瞳が揺れる。
「……創造主……」
「お前を救いたい。
お前の孤独も、痛みも、全部受け止めたい」
ルシフェルはしばらく黙っていた。
そして――
「……ならば証明しろ」
黒い魔力がルシフェルの体を包む。
「創造主。
お前が本当に“戻ってきた”のかどうか――
私のすべてを懸けて、試してやる」
ルシフェルの翼が広がり、
玉座の間が黒い光に包まれる。
「創造主よ。
私と――戦え」
その言葉は、宣告ではなく――
“願い”だった。
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