第33話 王国を欺く
「シュウ……どうして……」
「お、おいおい……せっかく生きてたと思ってたのに、冗談だろ……?」
そうして、再びミュラ達やバルフォードさん達がお通夜状態になりそうになるが―
「え~と、ごめん……別に死んでないんだ」
「……」
黒焦げになった俺が『ヒュドラ』の胴体から顔を出すと、周囲に沈黙が流れてしまう。気まずい……。
どう言って良いか分からず怒られる覚悟で頭をかきながら笑って誤魔化していると、周囲に沈黙が訪れる中、ミュラ達が怒ったようにドンドンと音を立てて地面を踏みしめながら俺の下にやってくる。
「……」
「なんていうか、言い出すタイミングがなかったというか……いや、すぐに大丈夫だって言おうとはしたんだけど、あんな状況ですぐに声を掛けるのはちょっとなぁとか考えてたら―」
その表情は伺えず、怒っているようにしか見えなかった俺は必死に誤魔化そうと返すが、それでも三人の足は止まらず、それどころか駆け足になって迫り、俺は慌てて声を上げた。
「ま、待て、みんな! は、話せば分かる! い、今は結構体やばいから暴力とかそういうのは反対―あ、あれ? ミュラ? エリシル? マフィ?」
そうして、俺がミュラ達に怯えるようにして腕で自分を庇おうとするが―次の瞬間、俺に訪れたのは確かに強い力ではあったものの、理不尽な暴力などではなく、三人による包容だった。
予想だにしていなかった出来事に困惑していた俺だったが、ふと三人の様子がいつもと違うことに気付いて声を上げる。
「……もしかして、泣いてる?」
その言葉通り、よく見れば、三人は大粒の涙をその目からこぼし、俺の名前を呼びながら「良かった……!」とまるでその存在を確かめるように強い力で抱き締めてきていた。
そんな三人に困惑していると、師匠がやってきてため息交じりに声を上げてきた。
「まったく……相変わらず、無茶をする奴だ。さすがに今回はわたしですら肝を冷やしたぞ……」
「師匠……すいません。でも、別に俺は最初から死ぬつもりでやったわけじゃないですよ」
「そうは言うが、相手が相手だぞ? 王国の騎士団ですら手を出さなかった魔物を子供が倒すなど誰が思う? とはいえ、結果として言えばお前はそれを倒してしまったわけだがな……」
「俺だけじゃないですよ。ミュラやエリシル、マフィ、それに師匠やバルフォードさん達が協力してくれたから倒せたんですから」
「しかし、とどめを刺したのはお前だ。実際、『ヒュドラ』の最後の一つの首の猛攻は凄まじかった……正直、我々で対処するのは不可能だと思うほどにな。だが、シュウ……お前はそれを一人で倒したのだ。このことが国王の耳に入れば、勲章ものだ。お前が望めば、騎士団に入ることすら叶うだろう」
「騎士団に、ですか……師匠。そのことなんですけど……『ヒュドラ』を倒したことは王国には秘密にしたいと思うんです」
「何? どういうことだ?」
「そうだぜ? こんな大物倒したとなりゃ、国王からたんまり金がもらえるだろうによ」
「そうよ。『ヒュドラ』を倒したんだし、勲章をもらっても良いんじゃない?」
「うん、最後の本当にすごかったしね」
俺が師匠と話していると、バルフォードさん達もゆっくりと歩いてきて口々にそう話すが、やがて泣き止んだ三人も俺の話に疑問を抱きゆっくりと離れる中、俺は自分の思っていたことを話していく。
「そう言ってもらえるのは嬉しいですが……ここだけの話、最近の騎士団や国王には危険だと思っていますし、そんな彼らに『ヒュドラ』の素材を渡すべきではないと思ってるんですよ」
「……確かに、最近の騎士団はろくに統率されていないどころか、民衆に危害を加えることも多いと聞く……実際、シュウ達を襲ってきたのも騎士団だったからな」
「なっ―!? おいおい、なんだよそりゃ!? 坊主達を襲ったって……なんでそんな馬鹿なことをやってんだ、この国の騎士団の連中はっ!?」
「それが……俺達は王国の片隅にある孤児院に住んでるんですけど、国王はその孤児院を壊して工場を作るために俺達に立ち退きを要求していて、それで少しでも早く俺達を孤児院から退かそうとした騎士団が二人ほどやってきて……見せしめにエリシルを殺そうとしてきたんです」
「なっ……!?」
「……」
師匠の話にバルフォードさん達が俺を見ながら驚いて声を上げる。ルアールさんとクラムさんはあまりのことに口を両手で覆っており、まるで信じられないものを見ているかのようだった。
事が事だけに当事者であるエリシルを気遣いながらバルフォードさんに説明すると、顔を俯かせたエリシルの手をミュラとマフィが握っていた。
「エリシル……」
「うん、大丈夫……ありがとう、ミュラ、マフィ……」
そんな三人を見たルアールさんやクラムさん、そしてバルフォードさん達は怒りを露わにしながら声を上げた。
「噓でしょ……なんて酷いことをするのよ、王国は!?」
「本当に酷い……! 勝手に孤児院を取り壊そうとしているだけでも相当酷いのに、子供達を殺そうとするなんて……人間のやることじゃないわ!」
「まったくだ! くそっ! 今、目の前に国王が居たら一発ぶん殴るくらいじゃ済まねぇぞっ……!」
「……残念だが、シュウ達の言う通りだ。ことが終わりかけたところではあるが、私もその場に居合わせている……実際、最近の騎士団や王国は良い噂を聞かん。それだけ王国の内部は腐敗しているということだろう。それに、噂では国王は他国への侵略も考えているとの話もあるからな……」
「他国への侵略……ですか?」
「ああ……すでに街では一部で噂になっているが、ほぼ間違いないらしい」
「もしかして、国王が襲撃しようとしている国って『オクトール王国』だったりは……」
「そうだが……なんだ、シュウも聞いたことがあったのか」
「ええ、まあ……」
俺は師匠の言葉に苦笑いを浮かべるが、その傍ら心の中でそのことを考えていた。
『オクトール王国』とは、『プリテスタファンタジー』の物語序盤で国王が戦争を仕掛けた国のことだ。まさか、ここでその話を聞くことになるとは……。
そして、国王がその『オクトール王国』に戦争を仕掛けた結果、その横をミュラに突かれてしまうわけだが……そんなことをして他国から助けを得られるはずもなく、そのおかげで序盤はミュラの襲撃を受けてもやられ放題だったのだ。
しかし、王女が国王を倒して交代した中盤以降は他の国と共闘してるからミュラを倒せる戦力を集められたという設定になっている。つまり、国王はすでに数年後に起こる侵略に向けて準備を進めてるってことか……。
そうして、俺がゲーム内の設定を思い出していると、師匠は深いため息とともに声を返してきた。
「騎士団のことといい、侵略戦争のことといい……正直、今の国王は乱心されているとしか思えん。確かに、そんな国王が『ヒュドラ』を討伐したことが知れれば素材を欲するだろう……しかし、代わりにそれが戦争に利用されることは間違いないだろうな」
「はい。それに、これまで『ヒュドラ』は森に居たそうですが、国王が他国に攻め入らなかったのはその『ヒュドラ』を倒せないから……という風には考えられませんか?」
「なるほど……確かに、それは一理あるかもしれん」
俺の言葉に師匠だけではなく他のみんなも納得した様子を見せる。
実際、国王は物語開始前に他国へ攻めてるけど、その時には『ヒュドラ』の話は一切なかったし、ゲームでは隠しダンジョンに居た。それに、国王が攻めていた国は森の向こう、つまり、『ヒュドラ』が棲んでいた森だ……これまでのゲームとの関係性を考えると可能性は充分高いと思う。
そんな俺をバルフォードさん達が驚いた様子で声を返してくる。
「こりゃ驚いたな……大した坊主だ。なかなか面白ぇこと考えるじゃねぇか。とても子供とは思えねぇ。まるで未来でも見てきたみてぇだ」
「そうね……まるで大人と話しているみたいだわ」
「うん。私達より小さいのにしっかりしてるし……」
「あはは……」
そんな三人の不思議な視線にどう答えたら良いか分からず俺が空笑いしていると、師匠が呆れた様子でため息を吐いて声を上げる。
「……まあ良い。ならば、これは我々だけの秘密にしておくとしよう。皆もそれで頼む」
そうして、全員が頷く中、レシアーナに肩を貸したツィオラさんが声を返してきた。
「……それにしても、まさか『ヒュドラ』を相手にして生き残るどころか倒すなんてね」
「みんなが協力してくれたおかげですよ。ツィオラさんの方は大丈夫なんですか?」
「ええ……魔力を使い過ぎて自力で立つのは大変だけどね。それにしても、君……さっき『ヒュドラ』の炎を受けたはずなのに、よくその火傷だけで済んだわね……」
「そ、そうですよっ! シュウさんが炎に飲み込まれた時、心臓が止まるかと思ったんですから!」
「え? あ、え~と……それは……」
そう言いつつ、俺は自分のステータス画面に目を向ける。『ヒュドラ』を倒したおかげでLv36からLv51に上昇しており、いつの間にか【竜殺し】というスキルまで増えていた。
しかし、スキルのことを説明したところで他のみんなと同じで納得してもらえないだろうしなぁ……ここは適当に誤魔化しておくのが無難だろう。
「まあ、たまたまですよ」
「いや、たまたまで炎から生還できるわけないでしょ……」
「きっと倒されかけで炎が弱かったんですよ」
「えぇ……全然そう見えなかったですけど……」
そんな俺の説明に納得していない二人だったが、ふと師匠が『ヒュドラ』に目を向けて声を上げる。
「その件は後でゆっくり聞くとして……問題はこの『ヒュドラ』の死体だな。我々だけで秘密にしておくとしても、いずれここを通った者に気付かれてしまうだろう……どうしたものか……」
幸いここまで俺達を連れてきた馬車や人達は先に逃げ帰っていったし、秘密を知るのはここに居る人達だけだ。とはいえ、これだけ大きいのを長時間隠すのは難しいしな……。
そうして、全員が「うーん……」と頷く中、俺はふと『あること』を思い付き、声を上げた。
「あ、そういえば、街に鍛冶屋が居ますよね?」
「ん? ああ。居るには居るが……」
「なら、その人達に武器や防具に加工してもらうっていうのはどうですか?」
俺がそう言うと、師匠とツィオラさん、そしてバルフォードさんが唸り声を上げて声を返してくる。
「加工か……悪い案ではないが……残念ながら、わたしは騎士団経由でしか依頼したことがないから心当たりがないな。その上、我々と秘密を共有できる者となるとさらに難しいだろう……」
「私も……魔導師は鍛冶屋に用があることはほとんどないから……」
「俺らもそっちの街のことはさっぱりだ」
「大丈夫ですよ。実は俺、街で丁度良い鍛冶屋の話を聞いたことがあるので」
「何? それは本当か?」
「はい。ただ、今はそれよりも―」
そこまで口にしながら俺は徐々に足に力が入らなくなり、音を立ててばたっと倒れると「シュウ!?」と仲間達が俺の名前を呼ぶ声が聞こえてくる。そんな声に俺は顔を上げると、笑顔で声を返した。
「―今は疲れたので、先に休みたいです」
そんな俺の言葉に師匠や他のみんなが驚いて視線を向けてくると、笑顔で頷き返してくれたのだった。




