第32話 ヒュドラ戦の決着
「噓、でしょ……?」
絶望した表情で立ち尽くすミュラとエリシルと一緒に立ち尽くしていた私は思わず持っていた剣を落としてしまった。
彼と出会ったのは、本当にたまたまだった。
お師匠様に稽古を付けてもらっているのに魔法が苦手で、孤児院で育ちであることをやっかむ人達からそれを馬鹿にされていたわたしは人気の少ない河原で自主練をするのが日課だった。
それでも、魔法も剣も中途半端で上手くなる気配もなく、一人で修行する度に虚しさが募っていた。誰にも理解されず、お師匠様に心配を掛けたくなかったわたしは、剣を振る度に流れそうになる涙をこらえるのに必死で……シュウと出会ったのはそんな時だった。
「―お~い、そこの君~」
「……?」
いつものように一人で稽古をしていたわたしは心が折れかけ、泣きそうになっていたが、どこか聞き覚えのある子供の声が聞こえて急いでその涙を拭って視線を向けると……やはり、どこか見覚えのある少年がわたしのことを見て歩いて来るのが見えた。
「もし良かったら、俺も剣の稽古してるから一緒にやらない―か……って、まさか、マフィ!?」
そして、私を見た途端、驚いた顔でそう言う彼の姿はやはりとても見覚えのあるもので、でも、どれだけ思い出そうとしても彼のことを思い出すことができなかった。なのに、シュウは何故かわたしの名前を知っていたけど、それはわたしが周囲から悪く言われているからだろうと思っていた。
――この子も、みんなみたいに悪く言ってくるのかな。
この人はそうじゃない……そう思いたくても、周りからいつも馬鹿にされていた私は疑心暗鬼になっていて信じることができくなっていた。けど、すぐにシュウはそんな人じゃないと分かった。
彼は落ちこぼれと言われていた私の魔法の練習にも付き合ってくれ、剣の稽古もしてくれた。そして、わたしが魔法を上達してくれた時も―
「お、前より魔法上達してるじゃんか」
「そ、そうかな……?」
「してるしてる。マフィはすごいよな」
「そ、そんなこと……でも、ありがとう……」
「よし! 待ってろ、すぐに俺も追い付いてやる!」
そう言って、一緒に喜び、一緒の道を歩いてくれる彼の存在は、孤児院育ちで誰も理解してくれる人が居なかった私にとって、心の支えになっていた。それなのに―
「シュウ……」
そんな彼が目の前で『ヒュドラ』の炎に包まれた姿に私は立つこともできなくなり、思わず涙を流しながら地面に膝を付くと、脱力するように地面に座り込んでしまった―。
◇
「そんな……」
目の前で起こったことが信じられず、私は思わず両手で口元を覆いながらそうこぼしてしまう。同じように言葉を失っているミュラや隣で地面に座り込んだマフィと同じように言葉が出て来ず、ただ開いた口から何かを発そうと動かそうとしても何も発することができなかった。
シュウに助けてもらってなければ、私は『あの時』―孤児院に騎士団の人達が来た時に死んでいた。何度も何度も夢に見た悪夢……どうやっても回避できないと思っていたその悪夢からシュウは私を助け出してくれた。
それまでの私は「いつ殺されるのか」ということがいつも頭に過ぎっていて、心の底から何かを楽しむことができなかった。でも、あの日―シュウが助けてくれた日からようやくそれが出来るようになり、あの時に言ってくれた言葉はずっと私を支えてくれた。
「―安心してくれ、ミュラ、エリシル」
「シュウ……?」
悪夢が現実になることを怖がり、ミュラが悲しい人生を歩むんじゃないかと悩んでいた私の言葉に、彼は安心させるように言ってくれた。
「絶対にその夢の通りにはさせない。お前達の幸せは俺が必ず守ってやる」
そんな彼の言葉に安心すると同時に、嬉しさがあふれて涙があふれたのを覚えてる。だから、彼に救ってもらったこの命を一生懸命返していこうと思っていたのに―
「―言ったのに」
私はあふれる涙を抑えることができず、そうこぼす。
自分の感情を上手く言葉にすることができず、大粒の涙があふれる中、彼にぶつけるように言葉を形にしていく。
「守ってやる、って言ったのに―」
なのに―
「―シュウが居なくなったら意味ないじゃないっ!」
その瞬間、私は大粒の涙があふれ出して地面に座り込んで泣くしかなかった。
◇
―目の前でシュウが『ヒュドラ』の炎に焼かれたのを見たわたしは思わず膝から崩れ落ちてしまう。
それはわたしだけではなく、エリシルやマフィ、それにお師匠様ですら目を見開いて立ち尽くしてしまっていた。
みんなで戦えば倒せる……そう思っていた。
最近のわたしは言いようのない充実感のようなものを感じていて、不可能なことなんてないんじゃないか……そんな風にすら思っていたのに。
時折、わたしはエリシルほどじゃないけど、変な夢を見る……でも、エリシルと違って内容は全然覚えていなくて、ただその夢を見た後にすごくつらくなることだけは覚えて目が覚めた。
けど、それはシュウやエリシル、それにマフィ達の顔を見ると収まって、「あぁ、幸せだな……」なんて思ったりしていた。なのに―
「シュウ……」
その一番安心させてくれるはずのシュウが目の前で炎に焼かれる姿に、わたしは涙があふれると同時に、目の前が真っ暗になっていくような間隔が体を蝕んでいく。どうしようもない怒りと悲しみ……そんな感情がわたしを支配していき、わたしは知らず自分の体を抱き締めていた。
それはわたしだけじゃない。
みんなも彼を失って混乱するように涙を浮かべていた。初めてここで会ったはずのバルフォードさんという人ですら涙を流し、その娘の二人も泣いていた。
「坊主……な、なんだ……この感覚……? 初めて会った奴のはずなのに……ちくしょうっ!」
「しゅ、シュウさん……」
それだけシュウの存在が大きかった? 分からない……でも、すごく悲しい。
そうして、みんなの中に絶望した空気が流れた時だった。
「ここまで来たのに―たまるか」
「シュウの声……?」
わたしは自分の耳を疑いた……だって、彼は間違いなく『ヒュドラ』の炎に飲まれたのをこの目で見たのだから。地面すら溶かしてしまうあの炎を受けて無事なはずがない……でも、他の人達にも聞こえていたみたいでエリシル達もその目を見開いていた。
そこでふとあることを思い出したわたしは思わず小さくこぼした。
「……そういえば、シュウはさっき『ヒュドラ』の炎を受けてたのに生きてた」
「……え?」
わたしの声にエリシルやマフィ達が声を返す中、『ヒュドラ』の炎に目を向けたわたしは希望を持って声を返した。
「さっき、シュウはあの炎を受けても生きてた……あの時もシュウは生きていたのよ!」
「そ、そういえば……!」
「じゃあ……!」
そうして、シュウの声にわたし達が驚いた次の瞬間―
「―ここまで来たのに、死んでたまるかよ!」
「シュウ!?」
その炎から全身に火傷を負いながらもシュウが現れ、暗かったはずのわたし達の間に流れた空気が一瞬で明るいものへと変わったのだった―。
◇
「―ここまで来たのに、死んでたまるかよ!」
『ヒュドラ』の炎に包まれ、全身に火傷を負った体は文字通り焼けるように痛い。
どうにか剣を握り締めた俺の横にあるステータス画面がバグったように変化していく中、俺はがむしゃらに『ヒュドラ』へと向かっていく。周囲から俺を呼ぶ声が聞こえ、俺は剣を強く握り締めると『ヒュドラ』へ構えた。
――『竜属性ダメージ軽減』があってこれだけの火傷……もし、なかったら死んでた。でも、例えそれでも、こんなところで死んでたまるかっ!
俺の横でひたすらステータス画面が変化していく。握り締めた剣は『ヒュドラ』の熱を帯びて熱くなっており、まるで打ったばかりの剣のようで、そんな俺に気付いた『ヒュドラ』は再び俺に向かって炎を吐き出そうと口を開く。
「グオオオオオオッ!」
「シュウ!?」
そして、『ヒュドラ』の口から再び炎が吐き出され、俺の体が炎に包まれると、周囲から悲痛な声が聞こえてくる。だが―
「―もう熱いのは慣れたっての!」
俺は『ヒュドラ』の炎から飛び出しながらそう言うと、ミュラ達が驚いた様子で声を上げるのがなんとなく聞こえてくる。 そして、俺は『ヒュドラ』の最後の一つの首に向かいながら熱のこもった剣を思い切り振りかぶると、俺の横のステータス画面が更新されていく。
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Lv 36
『』
【竜殺し(ドラゴンスレイヤー)】
竜特攻
弱点特攻
竜属性ダメージ軽減
基礎ステータス上昇【鍛錬】/【実戦】
魔法ステータス上昇【鍛錬】/【実戦】
魔法【初級・全属性】
武器補正上昇【鍛錬】/【実戦】
剣撃【小】
全状態異常耐性【大】
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「シュウ!」
「シュウさん!」
「坊主!」
みんなが俺を名前を呼ぶ中、再び俺に炎を吐こうとする『ヒュドラ』の最後の首に向かって、その頭上から『ヒュドラ』の炎で熱された剣を向けた俺は、さっきまで怖かったはずの『ヒュドラ』に負けないように声を張り上げた。
「お前の炎で熱くなった剣だっ! 自分の炎で熱くなった剣……たっぷり味わいやがれっ!」
そして、次の瞬間、俺はその剣を『ヒュドラ』の頭上に向かって振り下ろした。すると、『ヒュドラ』の頭の鱗とぶつかって鉄のような音が響いて火花を散らす中、俺は黒焦げになった顔で笑みを浮かべると、声を上げる。
「―なあ、モブキャラと主人公の違いを知ってるか?」
そんな俺に向かってどうにか口を開こうとする『ヒュドラ』を見ながら、剣を振りかぶった俺はまるで『ヒュドラ』に言い聞かせるように声を上げる。
「それはな、―」
火花を散らしてぶつかる剣を両手に持ちながら俺はさらに力を込めると、自分を奮い立たせるように声を上げた。
「―何があっても、死なずに、最後にはハッピーエンドにできることだよ!」
そして、さらに力を込めて剣を握り締めた俺は炎の中で見えた記憶を思い出すと、ギリッと歯軋りしてしまう。
――走馬灯みたいに見えたミュラ達の記憶……あれはゲームの景色なんかじゃない。少し歯車が違っただけで、ミュラはマフィや俺の敵になって殺し合うことになるんだ……そして、その世界ではツィオラさんも死んでいて、誰も止めることができなかった。あんな世界、俺はもうごめんだ……!
「―だから、」
―パキッ。
さらに力を込める俺に再び『ヒュドラ』は炎を吐こうと徐々に無理矢理口を開こうとする。だが、俺はさらにそれを振り下ろした剣に体重を掛けていくと、剣をぶつけている『ヒュドラ』の鱗が徐々に赤く光り、ヒビが割れるような音が響いていく。
「誰がなんと言おうと、俺は絶対に―」
―バキッ! バキッバキッバキッ!
そして、その音は徐々に大きくなっていき、それと同時に『ヒュドラ』の鱗にヒビが入る。すると、炎を吐き出すことができなくなった『ヒュドラ』の首全体が赤く光っていく中、俺はさらに力を込めるとその剣を一気に振り下ろした。
「そんなクソみたなエンディング―認めてたまるかあああああっ!」
「グオオオオオオ!? オオオ、オオオ!?」
そう言って、鉄のような音とともに剣は『ヒュドラ』の首を真っ二つに引き裂いていき、『ヒュドラ』の断末魔が響き渡っていく。
そして、次の瞬間―『ヒュドラ』が吐こうと炎が音を立てて、一気に爆発した。
「シュウ!?」
あまりにも大きい爆発音とともにミュラ達の俺を呼ぶ声だけが木霊した―。




