What's your name?
火野「妖怪が出たって聞いたんですど?」
阿久津「は?」
火野「警察署に妖怪が出たって聞いたんですけど?」
阿久津「・・・・・・。馬鹿馬鹿しいなぁ。小学生だってそんな話、しないでしょ、今時?」
火野「それはそうなんですけど。」
阿久津「記者って仕事はそんなに暇なの? ・・・・・それで、誰がそんな事、言ったわけ?」
火野「うん? 署長さんですけど?」
阿久津「ん?」
火野「え?」
阿久津「・・・・・・・・・・・・・・・」
火野「妖怪が出たんですか?」
阿久津「署長が言ったの?そんな事?」
火野「ええ。電話がかかってきましたよ。」
阿久津「・・・・・・あの、えっと、署長から、記者さんに電話したの?」
火野「ええ。うちの警察署に妖怪が出た、どうしようって。」
阿久津「はぁ~。署長が・・・・・。」
火野「出たんですね。警察署の入り口に、お札、貼ってありましたよ?」
阿久津「・・・・・・・・」
阿久津「署長~。失礼します、署長~。記者さん、お連れしましたよ。」
署長「おおおおお! 待ってたよ!火野さぁぁぁぁぁぁん!」
火野「あ、お久りぶりです。」
署長「お久しぶり~!元気だった~?」
火野「ああ、ええ。私は元気ですけど。妖怪が出たんですって?」
阿久津「単刀直入!」
署長「そうなんだよぉぉぉぉぉお!」
阿久津「署長!いいんですか?部外者にそんな事、言っちゃって。」
署長「阿久津君。隠したってしょうがないじゃない。警察権力でどうにか出来る話じゃないんだから。こういう話は専門家に解決してもらわないと。」
阿久津「まぁ。確かに、そうですけど。」
火野「え?私? 私、妖怪の専門家じゃありませんよ?ただの記者ですけど?」
署長「え?」
火野「は?」
署長「えぇ? 火野さん、そういう、妖怪の専門家じゃないの?ゴーストバスターズじゃないの?」
火野「違いますよ? どこからそういう話が出て来たんですか。」
署長「えぇぇ!だってほら、呪われたホテルとか呪われたショッピングモール、呪われたコンビニ、呪われた自動販売機。」
阿久津「呪われてばっかりじゃないですか」
署長「呪われた奴、テレビでやってるじゃない? 呪われの専門家じゃないの?」
阿久津「呪われる専門家って近づきたくないですね。」
火野「いや、あれ、全部、フィクションですよ。嘘です、嘘。」
署長「えぇぇっぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇええええ! あれ全部、嘘なのぉぉぉぉぉぉおおお? 信じてたのにぃぃぃぃぃぃぃぃ、えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ?」
阿久津「署長、どれだけピュアなんですか?」
署長「夢我ちゃんとさぁ、霊媒師の人が、除霊するじゃない? あのシリーズ好きで全部、チェックしてたんだよぉぉぉぉぉぉぉぉぉ? えぇぇぇぇぇぇぇぇぇええ?」
火野「全部嘘です。本当に呪われていたらテレビで放送できるわけないじゃないですか?考えてもみて下さいよ?あんな堂々と映して、呪われているなんて言ったらこっちが訴えられちゃうじゃないですか。全部スタジオです。嘘です。」
署長「えぇぇぇぇぇ? じゃぁ、夢我ちゃんも?」
火野「夢我さんはアイドルですから。クレジットに撮影所の名前とか出てますし。それに番組最後、登場する人物、団体、名称、地名に関係がないって書いてありますでしょ?」
署長「そんな最後まで見ないよぉぉぉぉぉぉ?」
阿久津「ああいうのドラマだけじゃないんですね。」
火野「バラエティだってドラマみたいなもんですからね。」
署長「えぇぇぇぇぇぇぇぇ? それじゃぁぁ火野さん、除霊出来ないのぉぉぉぉぉぉ?」
火野「除霊?」
火野「署長さん、落ち着いて、お話、お伺いしましょうか」
署長「えぇぇぇ?火野さん、除霊できないんでしょう? じゃぁ帰ってもらってもいいよ。戦力外だよぉぉ、戦力外通告だよ、金村だよぉおおおおおお!」
阿久津「署長。署長が呼ばれたんですからそれはさすがに大人気ないって言いますか」
署長「だって阿久津君。こっちは非常事態なんだよ?除霊できないんじゃぁ意味ないじゃん!」
火野「さっきから除霊とおっしゃってますけど、その、幽霊が出たんですか?」
署長「だから電話で言ったじゃない?妖怪が出たって。あ、もう、火野さんは部外者だから、これ以上は国家の守秘義務になるので話せません。」
阿久津「国家の守秘義務・・・・・」
火野「・・・・ちなみに、妖怪は除霊できませんよ?」
署長「えっ!」
火野「落ち着いて考えて下さい。霊を払うのが除霊ですよ。妖怪は払えません。」
署長「えぇぇぇぇぇぇ? えぇぇぇぇぇええええ! そうなの?」
阿久津「いや、知りませんけど。僕、専門家じゃないんで?」
署長「そうなの?どうなの? 火野さんぁぁぁん!」
火野「いや私。国家の守秘義務に立ち入ると、逮捕されちゃうんで。冤罪で立件されても嫌ですし。これ以上、私、踏み込めないんで。ごめんなさい。何も言えません、署長さん。」
署長「えええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ? そりゃぁぁないじゃないぃぃぃぃぃぃぃ?」
阿久津「・・・・・・・」
火野「・・・・・・・」
署長「ああ、もう、いいよぉぉぉぉぉ! 全部、話すよ、火野さぁぁぁぁぁぁぁぁん!」
火野「そうですか。じゃ、お伺いします。」
署長「阿久津君、この人、怖いよ。」
阿久津「署長が呼んだんでしょ?」
署長「あのねぇ火野さん。これは誰にも言っちゃダメだよ。内緒だよ。大きな声で話せない事だからね。」
火野「はい。分かってます。」
署長「絶対分かってないよ、この人。本当だったら警察庁に報告しなくちゃいけない事なんだからね。」
阿久津「報告しても相手にされないと思いますけど。」
火野「妖怪とか除霊とか、・・・・何があったんですか?」
署長「妖怪のババアが出たんだよ。」
火野「妖怪のババア? ・・・・・っ!」
署長「なんで笑うの?笑い事じゃないんだよ、こっちは。こっちは国家権力なんだよ!」
火野「いや、すみません。すみません。すみません」
署長「阿久津君。この人、ほんと、失礼だよ」
阿久津「ですから呼んだの署長じゃないですか。我慢して下さいよ。」
火野「それでどうしたんですか? 妖怪のお婆さんが出てきて・・・・・・・っプ」
阿久津「記者さんは実際の現場を見ていないから笑っていますけど、本物を見たら、笑っていられないと思いますよ?」
火野「いや、すみません。 すみません。はい。どうぞ。」
阿久津「五日前でした。その妖怪だか、僕は分かりませんが、その不審者のお婆さんが現れたのは。時間は午前十一時。」
署長「よく覚えてるねぇ阿久津君。」
阿久津「ええ。仕出し弁当が届いた時間だったので覚えています。さっき記者さんが入って来た、署の入り口。入ったところ、受付の前、ホールになっていますよね?警察署も行政の一部ですから色々な課があるんですよ。弁当の受け取りとかもそこで行いますし。広くなっているんです。」
火野「ええ。」
阿久津「その十一時頃、ホールがにわかに騒がしくなったので見に行ったんですよ。おかしな人間が来て、騒いでいる可能性もありますからね。不審者や暴れている人間がいたら、署内の人間、全員で対応にあたらないといけませんからね。僕、手が空いていたんで見に行ったんです。そうしたら、もう五、六人、署員がいて、お婆さんを取り囲んでいました。」
火野「はぁ。・・・・そこで件のお婆さんが登場するんですね。」
阿久津「ええ。何か、一人の署員に喰ってかかっている様子でした。周りの署員も、落ち着け、落ち着けって、お婆さんをなだめている様子で。
状況が状況なんで、お婆さん一人くらいなら、男、五人もいれば制圧も簡単だろうし、ただ喚いているだけのお婆さんぐらいにしか思っていませんでした。でも、様子が変なんですよ。」
火野「変? というのは?」
署長「見た目がヤバイんだよぉぉぉぉぉぉおおおお! うわぁぁ!って感じで!」
火野「・・・・・・・」
阿久津「五、六人いるんだから騒がせていないで、とっとと、どっかの空いてる部屋に連れて行って、取り調べでも何でもすればいいのに、って思ってたんです。当然ですよね。ホールには、仕出し弁当を持ってくる業者の人も出入りするし、事件の被害者、加害者だって、そこを通りますから。免許証の書き換えとかね。まったく関係ない一般人もいます。とにかく、ホールで騒いでいて、良い事なんて何もないんですよ。迷惑ですし。
それで僕、早く、部屋に連れて行こうと思って、その騒ぎの輪に入っていったんです。
そうしたら『あんたの名前は何だ~? あんたの名前は何だ~?』って言っているんですよ。」
火野「『あんたの名前は何だ?』」
署長「おかしいでしょ? ねぇ、おかしいでしょ?」
阿久津「男の警察官に、抱き着いて。抱き着いてっていう表現じゃないですね、まぁ、抱き着いているんですけど、襲いかかるような感じで。それに警察官もそのお婆さんを振りほどけないんですよ。お婆さんですよ?お婆さんなんてたかが知れているじゃないですか?お婆さんですよ?
警察官に抱き着いて『あんたの名前は何だ~?』って。
いやぁ正直、怖かったです。」
火野「・・・・・・あの。阿久津刑事。言っちゃ悪いですけど、語弊がありますけど、あえて言いますけど、認知症のお婆さんじゃないんですか? 認知症で錯乱しているお婆さんが警察署に紛れ込んで来た、それだけの話なんじゃないんですか?」
署長「火野さぁぁぁぁん、そんなんじゃないんだって。」
阿久津「僕も最初はそれを疑いました。認知症の人が、徘徊して、たまたま警察署に入って来た。それなら警察は保護する義務がありますから。
でもねぇあれは明らかに認知症の患者ではありませんでした。ここは警察署ですから、アルコール中毒、違法薬物で、精神が錯乱している人もやって来ます。ま、小さい警察署ですから滅多に来る事はありませんが、それでも、見ますよ。ただ単に飲酒して、酩酊状態のそれとも違う。どれもこれも、当てはまらない。」
署長「違法でも合法でもさぁ、薬物の異常摂取するとねぇ、それに見合った行動をとるわけ。」
火野「ああ、躁状態になったり鬱状態になったり。」
阿久津「そうです。あの時のお婆さんはそれのどの状態にもそぐわない。ただ、認知症を悪化すると、力の加減が制御できなくなり、常人ではあり得ない力を出す事がありますが、それに近い症状ではないかと、思います。男が、お婆さん一人、振り払えなかったんですから。」
火野「じゃぁやっぱり認知症だったんじゃないんですか?」
阿久津「僕は医療の専門家じゃないので、そんなに詳しく認知症っていうものを知っているわけではないので、それを踏まえて話しますが、認知症って、物忘れの酷い版じゃないですか。」
火野「いや、私も、それは分かりませんけど」
阿久津「ここで保護した認知症の患者は、まるで小さい子供のようです。見た目は老人ですが、言動や行動は、三歳児以下の子供。何か質問しても質問の意味が理解できない。覚えていない。怖がる。物を覚えられない、すぐ忘れる。さっき自分がしていた行動も覚えていない。すぐ飽きる。言う事を聞かない。まぁ、ざっとこんな感じですよ。子供の悪い所だけが集まった感じです。だから扱いに苦労するんですよ、認知症は。
認知症の患者なら、警察官に、喰ってかかる事もありますが、それも長くは続かない。飽きちゃうから。飲み物とか食べ物とか与えておけば、だいたい大人しくなる。そもそも、大人五人もいれば、どっかに連れて行けますよ。」
火野「それが出来ない」
阿久津「ええ。ずっと、ずぅぅぅっぅぅぅぅっと、一人の警察官に固着して、名前は何だ?名前は何だ?って離れないんですよ? 異常じゃないですか?」
火野「・・・・・・異常ですね」
署長「やっと分かったぁ?火野さぁぁぁん!」
阿久津「それだけじゃないんですよ。」
署長「伝染しちゃったんだよ。」
火野「伝染?」
署長「そのババアがくっついていた警察官。今度はその警察官がおかしくなってね。・・・・・白目剥いちゃってさぁ。隣にいた警察官に抱き着いて、そのババアと同じ事、言うんだ。『お前の名前は何だ? お前の名前は何だ?』ってね。
同僚だよ? 名前、知らないわけないじゃん? こんな小さい警察署で。みんな、顔は知ってるよ。仕事で接する事はなくても、顔と名前くらいみんな、知ってるよ。」
火野「・・・・・へぇ。」
阿久津「さすがにおかしいってなって、みんな逃げ出したんだ。とにかくそこにいると危ないって。
何が危ないとか、よく分からないけど、巻き込まれたら大変だって思って、みんな逃げたんだ。パニックだよ、パニック。」
署長「そう。蟻の子を散らす勢いでみんな、逃げたよ。ホールを閉鎖して。」
阿久津「何かの伝染病かも知れないし、事態の収拾も図れないし、機動隊に連絡するか、一応、消防を呼ぶか、なんて話になったんだよね。救急車だけは呼んだけど。」
火野「それで、・・・・・・どうなったんですか?」
阿久津「すぐ救急隊が来てね。事情を説明したんだけど、警察署に置いておいても事態が改善するわけでもないから、連れて行くって話になって、・・・・・連れて行っちゃった。」
火野「・・・・あの、どちらへ。」
署長「病院だよ。なんの病気か分からないけど。薬物中毒の疑いもあるし、精神疾患の可能性もあるし。感染症の疑いも、ないわけじゃないし。」
火野「ああぁ。」
署長「そう。それでさぁ、その警察官。次の日、帰って来たんだ。ケロっとして。何ともなかったって。」
火野「は?」
署長「しかもさぁ。覚えていないんだって。その間のこと。ババアがしがみ付いていた時の事は覚えているけど、だんだん意識がなくなって、覚えてないんだって。気が付いたら病院で寝ていて。検査しても異常はなかったし、再発の恐れって言っても、原因が分からないんだから、再発も何も分からないじゃん?それで退院。」
阿久津「それで、あの時のお婆さんが妖怪だったんじゃないかって、話になって。」
署長「だって妖怪じゃない? あんな異常なの、妖怪しかいないじゃない? 妖怪じゃなかったらゾンビだよ? ほんと怖かったんだから。ねぇ阿久津君?」
火野「確かに異常事態だったんですね。」
署長「妖怪だよ。妖怪ババアだよ。・・・・火野さぁぁん。これだけ話したんだから、除霊。除霊してよぉぉぉぉぉ? もうこんな事、この署内で起きて欲しくないんだからさぁぁぁぁぁぁ?ねぇ?」
火野「そうですね。・・・・・・分かりました。」
署長「ほんと、分かったぁ?」
火野「じゃ、とりあえずこれ、置いておきますね。可愛がってあげて下さい。メアリーちゃんです。」
署長「えぇ?」
火野「可愛いでしょ?」
署長「可愛いけど・・・・・・え? ちょっと、え?」
火野「経緯は少し不明なんですけど、二百年以上前のヨーロッパで作られた、完全ハンドメイドのお人形さんだそうで。このクオリティでハンドメイドですからそりゃぁ高貴なお家柄だったと言われています。」
署長「言われています?」
火野「非業の死を遂げた持ち主の生霊が乗り移っているっていう噂の人形で、・・・・どこをどうやって日本に来たのかは不明なんですけど、明治期にはとある華族の下に行きついたそうで。この人形が元でその華族が没落したという噂もあります。定かではありませんが。なかなか、自我が強い子みたいで、他の霊と喧嘩しちゃうそうなんです。」
署長「霊と喧嘩って、どういう事ぉ?」
火野「ほら、硝煙の臭いがするヨーロッパで、血と肉を嫌と言うほど啜って来た子だから、平和な時代のハンパな霊が許せない。怨念の気合が違うみたいで。見た目かわいい青い目のお人形ですけど、中身は、愛と正義と忠誠心、アンドレ~♪オスカル~♪ みたいな人形です。」
署長「えぇぇぇぇぇ? えぇぇぇぇ?」
火野「除霊はすぐ行えませんが、その間、メアリーちゃんを貸しておきましから。まぁ、メアリーちゃんがいれば大抵の事は、ドロ船に乗った気持ちで、どんと構えていてもらって結構だと思います。」
署長「・・・・逆に呪われたりしない?」
火野「呪うとか、そういうじゃなくて、メアリーちゃんの勘に障るかどうかなんですよ。ほら、メアリーちゃん。戦場の一匹狼だから。」
署長「漢くさあぁぁぁい!」
火野「そうですね。血生臭い事も起きるかも知れません。壁に耳あり、障子にメアリー♪ じゃ、そゆことで」
署長「え? ええぇぇぇ? 困るよぉぉおぉ、火野さぁぁぉあぁぁぁん!」
火野「ほら笑ってる、笑ってる。メアリーちゃん、喜んでる。メアリーちゃん、署長の事、気に入ったみたですよ。良かったねぇ、メアリーちゃん。・・・・・・ちなみに署長。メアリーちゃん。その筋では、一千万円以上で取引される有名なお人形です。そういう意味でも大事にして下さい。一千万円ですからね。」
署長「ちょ・・・・・え? 一千万円? この古い、人形が?」
火野「そういうお化けとか霊とか、世界的なオークションだとかなり有名な子です。どの世界でもマニアはいるんですよ。」
署長「一千万円でも、・・・・・」
阿久津「署長、メアリーちゃん、笑ってますよ。気に入られたんですよ、署長。良かったじゃないですか。」
署長「えぇぇぇぇぇ?」
メアリー「・・・・・・・・・・The Die is cast HAHAHAHAHAHAHAHAHAHA!」
署長「え? え!ええぇぇぇぇぇぇぇ?」
火野「HAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHA!」
阿久津「HAHAHAHAHAHAHAHA! HAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHA!」
署長「えぇぇぇぇぇぇえええええええええええ!」
タイガ「ああ、聞いた事あるぜ? 妖怪ネームレスだろ?」
火野「ネームレス?」
タイガ「名前を聞いてきて、うっかり、答えちゃうと、地獄に引きずりこまれちゃうんだ。」
火野「そもそも、それって、妖怪なの?」
タイガ「知らないけど。ネームレスってクラスの奴が言ってたぜ。あのさぁ、今度は、妖怪の事、調べてんのかよ?杏子も暇人だけど、御影もたいがい暇人だな?」
火野「暇人言うな!あと、大人に対して、呼び捨てで言うな」
タイガ「いいだろ?お前なんか、いつも、杏子と一緒に、ゲーム屋入り浸ってんだからよぉ?」
火野「お前、言うな!」
タイガ「だいたいお前、俺とかユアは学校、終わらないと来られないのに、朝から、ここでデュエルしてるらしいじゃねぇか? 店長が言ってたぞ? 終わりの時間までいて、朝一番で来るって。・・・・・働けよ?」
火野「あのねぇ、タイガ!いい? 杏子は知らないけど、私は、ちゃんと働いているの。」
タイガ「は? どうだか?」
ユア「なになにぃ?今度は何、調べているの?」
タイガ「おいユア。こういうニート野郎と付き合ってるとニートが移るぞ?」
ユア「え? 御影ちゃんはウンコ新聞書いてるって、杏子ちゃんが言ってたよ。」
火野「はぁ?」
タイガ「なんだよ、それ? ウンコ新聞って?」
ユア「なんか知らないけど杏子ちゃんが。ウンコ新聞書いて、お金貰ってるって。あんな大人になりたくないって。」
火野「あのクソニート、そんな事、言ってたの?」
タイガ「・・・・・お前も似たようなモンだろう?目クソが鼻クソを笑うなよ?」
ユア「タイガ君が偉そう・・・・自分だって耳クソのくせに」
タイガ「・・・・・・。ユア。女の子がクソとか言うな。いつも言ってるだろ?」
ユア「私、彼氏面する人、嫌い・・・・・。歯クソのくせに!」
タイガ「いや、待て。ユア。待てって。クソクソ言うな、女の子なんだから、な?」
火野「・・・・・タイガ。もうユアちゃんのお尻に轢かれてるの?」
タイガ「別にいいだろ?」
ユア「それで御影ちゃんは何のウンコ新聞、書いてるの?」
火野「・・・・・・ウンコ新聞じゃないから!」
火野「”名無し”?”ネームレス”?」
ユア「そう言われてる。・・・・・・友達の友達が見たって。」
火野「え? 嘘?」
タイガ「ヨシアキだろ?」
ユア「そう。ヨシアキ君。」
火野「誰?」
タイガ「クラスで吹かしてる奴がいるんだよ、ヨシアキって言って。」
ユア「顔はそんなタイプじゃないんだけど、面白いの。ヨシモトじゃ通用しないけどジンリキシャならギリいけるくらいの子なの。」
タイガ「ユア・・・・・・ジンリキシャでもキツイんじゃないか?オオタ?ワタナベ?」
火野「オオタもワタナベも老舗よ?」
タイガ「だからそれくらいの奴なんだよ。アイツは笑いを舐めてる。すぐギャグに逃げる。笑いで勝負しろ!って俺はいつも思ってる。」
火野「・・・・・・タイガはどの目線で語ってるのよ?」
ユア「ヨシアキ君が教えてくれたんだけど、その、”名無し”?」
火野「妖怪なの?」
ユア「妖怪かどうかは分からないけど、『お前の名前を教えろ~』って来るんだって。」
火野「名前を教えろ?」
ユア「そう。見た目は至って普通の人間なんだって。どこにでもいる子供。それで、突然、『お前の名前を教えろ~』って来るんだって。」
火野「教えちゃうとどうなるの?」
タイガ「だからさっき言っただろ?地獄の底に引きずり込まれるんだ。」
火野「さっきはタイガ。地獄に引きずり込まれるって言ったじゃない?底とは言ってなかったわよ?」
タイガ「地獄も、地獄の底も一緒だろ?」
ユア「ユアわかんない。地獄、行った事ないもん!」
火野「・・・・・正確には別の所よ。ほら、ディズニーランドだって、入口と、奥のイッツアスモールワードじゃ距離があるじゃない? 地獄って言っても住所があるから、場所によっては違うのよ。」
ユア「えええ! 地獄に住所があるの? 知らなかった!」
火野「ほら、血の池地獄とか、針の山。火炎地獄、水地獄、荷物を背負わらせて山を登る地獄もあるのよ?」
タイガ「なんだよそれ?地獄じゃん!」
火野「だからさっきから地獄って言ってんじゃん! それに、眠りたくても、眠らせてもらえない地獄もあるし、働きたくても、女の膝の上で、ゴロゴロする地獄もあるのよ?」
タイガ「天国じゃん!」
火野「馬鹿ねタイガは!」
タイガ「女の膝の上でゴロゴロしていられるんだろ?」
火野「何かしたくても、何もさせてもらえないのよ? お腹が空けばご飯を作ってくれるし、遊びたければ遊んでくれる。だけど、一生、その女から逃げられない。」
タイガ「・・・・・ちょっと、考えちゃうな。」
火野「ユアちゃんの場合なら、見た目マッチョな超イケメンに、一生、愛されるの。」
タイガ「・・・・・それ、なんの地獄なんだ?」
火野「退屈地獄。人間、退屈ほど、キツイ事はないわ。ずぅぅぅぅぅぅぅぅぅっと、退屈なのよ。死にたくなるわ。でも、死ねない。そういう地獄だから。」
ユア「ちょっと嫌かも。」
タイガ「・・・・・でも杏子みたいな奴にとっては天国なんだろ?」
火野「あのバカは・・・・・・・きっと天国って言うでしょうね。」
皇「ウンコ新聞」
火野「喰いつく場所が違うでしょ? 妖怪の方に喰いつきなさいよ。」
皇「だってお前。・・・・・・・ウンコ新聞・・・・・・・合ってるじゃねぇか。ウンコ新聞。」
火野「・・・・・ウンコ、ウンコ、連呼しないで。あのねぇ、ユアちゃんもタイガに怒られてたわよ?女の子がウンコって言うなって。」
皇「だってお前ぇ。ウンコ記事書いてるウンコ記者じゃねぇか。きひひひひひひひひひ きひひひひひひひひひひひひひひ あぁぁぁぁあ腹いてぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ」
火野「・・・・・・・・・・・・・」
皇「悪かった、悪かったってぇ。機嫌直せよ、ウンコ新聞・・・・・・・・あぁぁっぁぁぁああ」
皇「へぁ・・・・・それでぇ? それで、なんだっけ? 妖怪だっけ?」
火野「そう。妖怪。名前を聞いてくる妖怪。」
皇「お前さぁ、そんな話、どこにでもあるだろ? だいたいどこの怪談話も妖怪も、名前、聞いてくるじゃねぇか?答えると、何処かへ連れて行かれちゃう。古典だよ。古典。古典噺だよ。」
火野「そう言われちゃうとそうだけど。」
皇「ほら、」
火野「なによ?」
皇「『お前の名前は何て言うんだ?』」
火野「え? 怖い事、言わないでよ?」
皇「さぁ言え!『お前の名前は何て言うんだ?』・・・・・・俺の名前は斉天大聖孫悟空だ! お前、聞いた事、あるだろ?」
火野「ああ! 西遊記!」
皇「孫悟空が名前を言ったら、そのまま、金閣銀閣が持ってる、ひょうたんの中に、ズボン!だ。一番有名な話かどうかは知らないが、西遊記は、中国の三大古典の一つ。紀元前から伝わる物語だ。この金閣銀閣のエピソードだけ取って、どこかに移植されても不思議じゃないし、実際、それを元になっている話も多い。・・・・何処にでもある話っていうのはそういう理由だ。」
火野「ああ、そういう。」
皇「しかも中国っていうのはな。シルクロードっていうユーラシア大陸を横断する、文化を輸送する下地がある。たまたま西遊記で知ったからって言って、同じ話が、ヨーロッパでもインドでも、存在していてもおかしくない。むしろ存在しているだろ?
たとえば、”じゃんけん”だ。この三すくみで勝ち負けを決する方法。世界中に存在する。人間が、あらゆる場所に、流れて行ったか示す指標でもある。文化っていうのは、世界中に、広がるんだ。
名前を聞く妖怪の話だって、時代と形を変えて、世界中に伝わっている可能性だってある。ま、確実にそうなっているだろうけどな。」
火野「じゃ、別に、その話があっても、おかしくはない?って事?」
皇「そういう事だ。
言っておくぞ? 妖怪がいるいないは別の話だからな。文化が伝播するっていう話と、妖怪が存在するって話は別だからな。」
火野「そう。・・・・・・でも、タイガとユアちゃんの同級生。その妖怪、見たって。」
皇「・・・・それ、どこまで信用できるんだ?」
火野「いや、詳しくはまだ聞いてないけど。・・・・・小学生の戯言だと思って、聞き流してたし。あ。それに。警察署の人も見たって。」
皇「ん?」
火野「妖怪、『名前聞きババア』」
阿久津「いえぇ?」
火野「いえぇ?って事はないでしょう? いや、あの、カメラとか設置してないんですか?」
阿久津「いやぁ。そうですねぇ。・・・・・火野さん。自分の職場に、わざわざ監視カメラつけるアホがいます?いないですよねぇ?」
火野「いや、だって、ここ、警察ですよね? 警察は自分から、カメラ、付けないとダメでしょう?」
阿久津「あのぉ、冷静になって考えてみて下さい。取り調べは可視化の方向ですよ?でも、玄関ホールに、カメラは付けないでしょう?全部に全部、カメラ付けてたら、お金、幾らあっても足りないでしょう?」
火野「じゃぁ、無いんですか?」
阿久津「無いです。」
火野「その時の映像、まったく無いんですか?」
阿久津「まったく無いです。」
火野「・・・・・いい加減にして下さいよ、まったくぅ。はぁ?・・・・・・じゃぁ、じゃぁ、そのお婆さんがその後、どうなったのかも皆目見当がつかないって事ですか?」
阿久津「ははっはっはっはっははは。ええ。その通りです。」
火野「なにやってるんですかぁぁぁぁぁぁぁぁあ!」
阿久津「そう言われても。無いもんは無いですし、何処に行ったか分からないもんは、分からないですよ。」
火野「行方不明って事ですか?」
阿久津「いや。行方不明って言われても、捜索願が出てないものを行方不明とは言いませんし。」
火野「じゃ、じゃぁ!じゃぁ! じゃぁですよ、その、名前を聞いてきたお婆さん。本物の妖怪の可能性だってあるって事じゃないですか!」
阿久津「はっはっはっはははははは。・・・・火野さん。まさか。妖怪って。署長みたいな事、言わないで下さいよ。実際、僕、この目で見ているんですから。僕だけじゃないですよ、他の署員だって。」
火野「でも証拠がないじゃないですか。消えちゃったんでしょ?」
阿久津「消えたっていうより、救急隊が来て、バタバタ揉めてた時に、気が付いたらいなくなってたんです。消えたって、お化けじゃないんだから。ねぇ?」
火野「誰もその時、お婆さんの事、気にかけてた人、いなかったですか?」
阿久津「だって、だってですよ?あの時、正気を失った署員の方が、重要じゃないですか。知らないお婆さんより、同僚ですよ。同僚が、急に、おかしくなったんですよ?あのなんて言うんですか?台車?」
火野「・・・・ストレッチャーです」
阿久津「ああ、その、台車。台車、乗せるのも一苦労だったんですよ。もう、暴れて乗らない、乗らない。ずっと、うわ言で『お前の名前は何だ? お前の名前は何だ?』って言ってるし。・・・・・・怖かったんですから。」
火野「・・・・・じゃぁ、まぁ、仕方がない。お婆さんの行方が分からないんじゃぁ。
あ、それで、その、呪われた警察官の人、今は、どうなんですか?」
阿久津「ま、ま、ま、呪われたっていう言い方も。・・・・・呪われたんでしょうけども。僕も呪われたと思っていますが。」
火野「おかしな言動は見受けられないんですか?」
阿久津「そうですね。あれから、おかしな言動は無さそうです。」
火野「無さそう?」
阿久津「無さそうです。」
火野「無さそうって、言うのは・・・?」
阿久津「・・・・・・火野さん。ここだけの話ですよ?一度、変なババアに祟れたわけじゃないですか?そんな人、近づきたいと思います?誰も近づきませんよ?当たらず触らず近寄らず。こっちが祟られちゃぁ嫌ですからね。」
火野「・・・・・阿久津刑事ぃ。」
阿久津「だから自由にさせているんですよ。やりたいように。自由に。それで今のところ、一週間になりますが、発症はしていない模様。ただ、こういうのって時間差で発症したりするじゃないですか?呪いって。」
火野「知りませんけど。」
阿久津「まぁこれで、あの婆さんの祟りが消えてなくなってくれれば運の字なんですけどね。・・・・でも、その、原因となった婆さん。あれは何者なんでしょうかねぇ?」
火野「いやだから、それを調べたいから、カメラの映像、残ってないの?って聞いたんでしょ?」
阿久津「あ、そうか。それは失礼いたしました。」
火野「あ、君、君! 君、ヨシアキ君? ヨシアキ君だよね?」
ヨシアキ「え?誰!」
火野「ヨシアキ君だよね?」
ヨシアキ「・・・・・・・・・・・・・・・・」
ビィィィィィィィッィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィ!!!!!!!!!!!!!
火野「防犯ブザー、すなぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
ヨシアキ「・・・・・・・・・・」
ピィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィッィ!!!!!!
ヨシアキ「いきなりスーマーマリオくんでツッコまれたの初めてだよ。誰、オバサン?」
火野「お姉さんだ。」
ヨシアキ「お姉さんっていうのは、ちょっと」
火野「おい、ワハハにぶち込んでやるぞ?」
ヨシアキ「・・・・ワハハはちょっと・・・・・」
火野「あなたの話。タイガとユアちゃんから聞いたのよ。」
ヨシアキ「え? 真正のローエイジャー?」
ビィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィッィ!!!!
火野「押すなっつてんだろがぁぁぁぁぁ、オイ!」
ヨシアキ「え? だって、さすがにホンモノは僕もちょっと。・・・・・・えぇぇぇぇぇ?」
火野「だぁかぁらぁぁぁぁ、話を聞きたいだけ。別に、あなた自身に何の興味もないわよ。小児性愛者じゃないし。」
ヨシアキ「みんな犯罪者はそう言うんだよ。」
火野「『妖怪ネームレス』の話を聞きたいのよ。タイガとユアちゃんから聞いたわ。あなた、『ネームレス』を見たんですって?」
ヨシアキ「えぇぇ? 見てないよ! タイガの奴、そんな事、言ってたの? 冗談じゃないよ。見てないよ?」
火野「はぁぁぁっぁぁぁぁ? どういう事よ?それ」
ヨシアキ「いや、だから、塾で知り合いが『ネームレス』を見たんだ。その話をしただけ。オバサン、勘違いしてない?」
火野「タイガとユアちゃんは、あなたが見たって。」
ヨシアキ「じゃぁもうタイガとユアちゃんが間違ってるんじゃん。もう。」
火野「・・・・・・・まぁ、どっちでもいいけど。」
ヨシアキ「よくないよ?僕が見たみたいな事になってて、僕が悪者みたいになってるじゃん? おかしいじゃん、それぇ?」
火野「言った言わないはよくある事だから。」
ヨシアキ「もう、だから、話したくなかったんだ。もう、絶対、僕が見た、みたいな風になってると思ったから。」
火野「・・・・・その、君の友達が見た、っていう、妖怪? その話、聞かせてくれない?」
ヨシアキ「えぇぇ? 嫌だよ、面倒くさい」
火野「でぇ、ボクゥ?話す気になった?」
ヨシアキ「あ、はい。僕が知ってる事、全部、お話します。」
火野「あ、そう。子供は素直じゃなくちゃね。タベさんもそう言ってたでしょ?」
ヨシアキ「あ、はい。全部、しゃべりますから勘弁して下さい。」
火野「その、『妖怪ネームレス』っていうのは何者なの?」
ヨシアキ「あ、はい。妖怪です。姿かたちは人間そっくりで、色々な人に擬態するそうです。」
火野「擬態・・・・?」
ヨシアキ「あ、はい。化けるっていう意味です。狙った人間を仕留める為に、その人間の身近な人に化けて、近寄って来ます。だから最初、ネームレスだと気が付かないんです。」
火野「それで?」
ヨシアキ「あ、はい。でも化けている妖怪だから、ちょっと話しているとちょっと違うなって気になっちゃうんです。それに、友達とか家族のカッコをしているのに、『お前の名前はなんだ?』って聞いてくるんです。友達とか家族が、その人の名前を知らないハズないじゃないですか?だいたいの人は、それで、おかしいって気づくらしいんですが、中には、気づかない人もいて、答えちゃうんです。」
火野「名前を?」
ヨシアキ「あ、はい。そうです。名前を教えちゃうんです。すると、ネームレスはその人と入れ替わっちゃうんです。」
火野「入れ替わる?」
ヨシアキ「あ、はい。ネームレスはネームレスなんで名前が無いんです。ただ、相手の名前を聞き出す事で、相手の人間の全てを奪うんです。名前を奪うんです。名前を奪うっていうのは、その人の、全てを奪うのと一緒なんです。」
火野「・・・・・名前を教えちゃうと地獄に落ちるんじゃなかったの?」
ヨシアキ「あ、はい。地獄には落ちません。体、心、ぜんぶを奪われちゃうんです。」
火野「奪われちゃうとどうなるの?」
ヨシアキ「あ、はい。その人の体がネームレスの体になっちゃうから。また、違う、ターゲットを探して、彷徨うんです。『お前の名前は何だ?』『お前の名前を教えろ?』って言いながら。」
火野「じゃ、・・・・その、元いた人?擬態されてた人はどうなっちゃうの?」
ヨシアキ「あ、はい。そこまでは知りません。ただ、ネームレスはどんどん、どんどん、乗り移っていくって事です。だから、仲の良い友達も、パパもママも、ネームレスの可能性があるんです。化けている可能性が。」
火野「・・・・・そっくりに化けていたら、そりゃぁ、分からないわよねぇ。」
ヨシアキ「あ、はい。だからネームレスを見分ける方法があるんです」
火野「見分ける?」
皇「ポマード、ポマードみたいなもんか?」
火野「まぁ、平たく言うと、そういう事ね。子供って天才よね? 妖怪でも何でも倒す方法を知っているんだから。」
皇「どんな生き物にも弱点の一つくらい、あるだろう?」
火野「そうなんだろうけどさぁ。妖怪ネームレスを見分ける方法っていうのがね、目から鱗で。」
皇「・・・・・・」
火野「『お前の名前は何?』ってこっちから聞いてやるの。そうすると、ネームレスは名前が無いもんだから、苦しみだすんだって。」
皇「・・・・・・・名前が無い、だけで?」
火野「知らないわよ、そこは。だって、ヨシアキ君がそう言ってたんだから。名前を答えると、その人間、全てを奪ってしまうけれど、逆に、自分の名前が無いから、答えられず、苦しんで死ぬってわけ。」
皇「ふぅん。理に適っているような。適っていないような。・・・・・まぁ、あれだな。金閣銀閣も、逆に、名前を聞かれて、答えちゃって、自分で自分のひょうたんに吸い込まれちゃったからなぁ。あり得ない話ではないわな。」
火野「・・・・『妖怪ネームレス』っていうものの概要は見えて来たけど、じゃぁ、何者か?っていうのは、まだ、まるで分かってない。」
皇「分かるのかよ?」
火野「警察署で、集団食中毒で集団催眠に陥ってたか、集団幻覚を見ていたか、まぁ、落とし所はそんな所かしら。」
皇「・・・・・・そんなに集団で行動しないだろ? 」
火野「錯覚?幻覚?洗脳?」
皇「薬師丸ひろ子の映画じゃないんだから。」
火野「それこそ宇宙人? 妖怪? お化け? 寄生虫?・・・・未知の生物の可能性もあるわねぇ。」
皇「その手の漫画も多いけど。・・・・結局、何一つ、分かってねぇじゃねぇか。」
火野「うぅぅぅううん。そうなのよ。」
火野「ですから署長さん。みんなで夢でも見てたんじゃないんですか?」
署長「火野さぁぁぁん! なにそれ?その投げやりな感じ? あれ、ちゃんと取材したの?調べたの? 調べた結果がそれなの?」
火野「調べた結果がコレです。」
署長「ちょぉぉぉぉぉぉぉ、えぇぇぇぇえええ? 困るようぉぉぉぉぉぉ!」
火野「はははははは。 どうもお役に立てず、すみません。」
署長「はぁぁぁあああああ?」
火野「でも、署長さん。あの後、なんともなかったでしょう? そのお化け、出てこなかったでしょう?」
署長「出てこなかったけれどもぉぉぉぉ、なぁぁぁんの解決にもなってぇないじゃないぃぃぃぃ?」
火野「返す返す、申し訳ありません。ははははははは。」
署長「火野さぁんさぁ、妖怪の専門家とか、知り合いにいないのぉ? もっとマシな人、紹介してよぉぉぉぉぉ?」
火野「あいにく、ベムベムハンターに知り合いがいなくて。」
阿久津「おおおおおおおおおい! おおおおおおおおおおい!」
バァァァン!
火野「うわっ!」
署長「なに! 脅かさないでよぉぉおおぉ阿久津君! いきなり署長室に入って来てぇぇぇ、ノックくらいしなさいよぉぉぉ? 礼儀だよぉぉ?」
阿久津「おおおぉぉぉぉぉおおおい! お前の名前を教えろぉぉぉぉぉおおおお!」
火野「え?」
署長「はぁぁぁああ?」
阿久津「おおおい! お前! お前の名前を教えろぉぉぉおおおおお!」
署長「ちょちょちょちょちょちょ!ちょっと待ちなさいよぉぉぉぉおおお! ええええええええええ!」
火野「阿久津刑事、まんまと呪われましたね。 ぷっ」
署長「えぇぇぇぇ? 笑い事じゃないよぉぉぉ!火野さぁぁぁああん!」
火野「署長さん! 署長さん!」
署長「やめてよ! 押さないでよ! 押さないでぇぇぇええ!!」
阿久津「おい! お前の名前を教えろぉぉぉおおおおお!」
火野「本当に意識が無いですね。これ、完全に呪われてますよ。妖怪ネームレスに呪われてますよ!」
署長「ど、ど、ど、どうしたらいいのぉぉぉ? 火野さぁぁああん! うわぁあ、押さないでぇぇぇえ!」
火野「署長さん! 絶対、名前、言っちゃ、駄目ですよ!」
署長「分かった! 分かった! 分かった!」
火野「あ、そうだ! こういう時、助かる方法、教えてもらったんだ!」
署長「えぇぇぇ? なに? 助かる方法、あるのぉ? 早く、早く、早くしてよぉぉぉ! 早くぅぅぅぅ!」
火野「反対に、反対に、こっちから名前を聞くんですぅ! そうすると死ぬって! 妖怪が死ぬって!」
署長「ぇぇえ? 名前を聞けばいいのぉ?」
火野「そうです、そうです、早く、早く、署長!」
署長「落ち着いて! 落ち着いて! あなた?あなた、お名前は何て、おっしゃるの?」
阿久津「・・・・・・俺の名前かぁぁああ? 俺の名前はぁぁぁぁ、武者小路でぇぇぇすぅ。」
署長「むしゃ?むしゃのこうじさん?」
火野「え?」
阿久津「武者小路と申します。今後ともよろしくぅぅぅぅぅ!」
署長「えぇぇぇぇええええええええええええええ! ど、どうなってんの? 死なないよ? 死なないよ、普通に名前、答えてきたよ、火野さぁぁああんん?」
火野「いや、え? えぇぇぇ? いや、だって、聞いたんですよ?そうすれば妖怪が死ぬって。」
署長「ガセネタ掴まされたんだよぉぉおお!」
火野「どうにかして下さいよ、署長さん! 署長さん、男でしょ! 高給取りでしょ?エリートでしょ?」
署長「妖怪相手に、男も女も無いでしょう! 火野さんこそぉ、変態のプロじゃないのぉぉお?」
火野「誰が変態ですかぁぁ!」
阿久津「おおおおおおおおおおおお! 今度はお前の名前を教えろぉぉおおおおおおお! 礼儀だろぉぉぉおおおおおお?」
署長「おっしゃる通りですけれどもぉぉおおおおお?」
メアリー「HAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHA! HAHAHAHAHAHAHAHA!」
署長・火野「!」
阿久津「?」
メアリー「I’m Mary. I do kill at you. HAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHA!!!」
阿久津「・・・・?」
署長・火野「!!!!!」
阿久津「え? 人形がしゃべったんだけど?」
火野「ぎゃああああああああああ! 署長さん! あいつ、英語、英語、わかんないんですよ!」
署長「に、に、日本の妖怪だからじゃない? ネームレスとか言ってるくせに!」
火野「本人が言っているかどうかは知りませんけどぉぉぉおおお?」
阿久津「・・・・・・怖ぁい。人形が喋った。笑ってる。怖ぁい。」
火野「あ、あのぉ、」
阿久津「?」
火野「あの人形、あの人形、メアリーちゃん。メアリーちゃん。 ねぇ、メアリーちゃん!」
阿久津「メアリー?」
メアリー「I am Mary・・・・」
阿久津「??? ぐぉぉぉおおおおおおおおおおおお! ぐぎゃぁっぁあああああああああああああああああ!!!!」
署長「! なにか苦しんでるよぉぉおお! 苦しんでるよぉぉおおおおお! 阿久津君!阿久津君!」
火野「メアリーちゃん! メアリーちゃん! メアリーちゃん!」
メアリー「HAHAHAHAHAHAHAHAHAHA! open your eyes. open your maind. not drop a tears.」
火野「なんか、なんか、カッコイイ事、言ってる!」
メアリー「I’ll be back. HAHAHAHAHAHAHAHAHAHA!」
火野「メアリーちゃん? メアリーちゃん? メアリーちゃぁぁぁぁぁぁあああああ!」
署長「阿久津君? 阿久津君? 阿久津くぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅうう!」
阿久津「あれ? 僕、どうしちゃったんですか? あれ? ここ、あれ? あ、署長。おはようございます。」
署長「おはようじゃないよぉぉおおおお! 阿久津君、君ぃ、呪われてたんだよ?」
阿久津「呪われてた? え? 僕が? え? そんな馬鹿なぁぁ?」
署長「ホントだよぉぉおお。 阿久津君。君、減俸。僕、怖かったんだから、君、減俸。」
阿久津「えええぇぇっぇえええええええええ! えぇぇぇぇ、そんなぁ、意味分からないですよぉぉおおおお! 署長ぉぉおおおおおおおお!」
署長「火野さん?」
火野「・・・・・メアリーちゃんが死にました。メアリーちゃんが私達を守ってくれたんです。私は、私達はメアリーちゃんの勇姿を、忘れない。」
署長「メアリーちゃん・・・・・・」
阿久津「?」
火野「メアリーちゃん。さようなら。さようなら、メアリーちゃん。・・・・・そういう訳で、妖怪も殺す、極悪最恐のフランス人形。署長さん。署長さんに託しますね。」
署長「えぇ?」
火野「なんか戻ってくるとか、言ってましたよ?メアリーちゃん。」
署長「えぇぇぇぇええええええええ! えぇぇぇ、いや、もう、えぇぇぇぇえええええ!」
火野「助かったんだからいいじゃないですか、それに、メアリーちゃんに助けてもらったんだし。大事にして下さいよ、私の手には持て余しますけど。」
署長「僕も困るよぉぉおぉオおおおお? えぇぇぇええええええ! ええええええええええええええええええええええええええええ!」
火野「妖怪ネームレス事件はこうして、うやむやのまま、幕を閉じる事になったんだけど。」
水島「・・・・・そうですか。」
火野「毎度の事ながら何一つ謎は解決しないまま、謎だけが増え、日々の忙殺の中に消えていく。諸行無常よね。」
水島「諸行無常ですね。」
火野「ただ、世の中、よく分からないものはいるって事よ。人の物差しで測れない、そういう、ものが。」
水島「それは分かりますけど。」
火野「認知症のお婆さんが奇声をあげて、暴れているなら、きっと、昔もそれを見た人間が、キツネに憑かれたとか、そういう具合に、妖怪の話になっていくっていうのは分かるんだけど、働きざかりの成人男性が、しかも現役の警察官が同じ様になっちゃったからね。それだけじゃ説明がつかないわ。
そう。その人、その場で、アルコール検査、尿検査、精神鑑定されたそうよ?」
水島「フルコースですね。」
火野「異常な薬物を入れたんだろう?って疑われて。警察って身内に甘いって思ってたけど、意外に、厳しいのねぇ。」
水島「それで、出たんですか? 異常な数値?」
火野「なぁぁぁんにも。まったくの正常だったそうよ。・・・・・上司に対して、日頃から恨みがあったんじゃないか、過度なストレスが溜まっていたんじゃないか、って事に落ち着いたみたい。本人は納得いってなかったみたいだけど。」
水島「・・・・・ははははは。それは、その、異常行動として認められた?って事ですか、心神喪失の為。」
火野「ううん。正常な判断で、自分の意思で、上司に殴りかかった、っていう事になったわ。」
水島「それって懲戒免職?」
火野「減俸だから懲戒処分でしょうね。・・・・・妖怪に呪われるし、給料は減らされるし、散々よね。可哀そう。」
水島「災難ですね。」
火野「やっぱり、生きている人間が一番、怖いのよ。
ところで、あなた。そう、あなた、名前、なんて言うんだっけ?」
水島「嫌だなぁ、火野さん。僕の名前は・・・・・・・・・
※全編会話劇