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泡人  作者: 夢カル
3/6

プロローグ3 謎の少女との別れ朝

"高橋芽衣の記憶"


それは、私と家族の、幼い頃の小さな旅行の思い出だ。


母の勤めていた会社が社員向けの旅行を企画し、家族同伴も許されていたらしく、私たち一家はその旅に参加した。

行き先は、南のどこかの県にある、観光客で賑わう平凡な海辺だった。


風景も、遊びも、どれも退屈で、好奇心旺盛な子どもだった私には少しも惹かれなかった。

だけど、ただ一つ、白いワンピースを着たあの少女の姿だけは、今でもはっきりと心に残っている。


彼女は私と同じくらいの年で、背丈も似ていた。

腰まで伸びた、滑らかな白髪が、潮風に揺れていた。


ある夜のことだ。

その白髪の少女が、海辺を一緒に歩こうと誘ってくれた。

私たちは満天の星空の下、さざ波と月光に包まれながら、何かの話をしていた気がする。だけど、内容はもう思い出せない。


ふいに、彼女は別れを告げた。

遠く離れた国へ旅立つのだと言う。確かにその国の名前を聞いたはずなのに、今となっては思い出せない。


彼女は私の手をそっと離すと、白い砂の上を走り出し、海の方へと向かった。その足はためらいもなく、水面に向かって進み続ける。


どんどん遠ざかる背中。

どんなに呼びかけても、私の声はもう届かなかった。


そして、そこから先の記憶は、ない。


気がつけば、私は両親に激しく叱られていた。

その日を境に、両親は一週間以上、ずっと喧嘩を繰り返していた。


私は溺れかけていたのだ。


#######



奇妙な悪夢から、私はふいに目を覚ました。

背中と額は汗でびっしょり濡れ、手も小刻みに震えていた。

夢の記憶は曖昧だったけれど、恐怖だけはありありと、まるで現実のように残っていた。


まるで昨夜の逃避行のように。

何も考えられず、ただひたすら震え、死の影から逃れようともがいていた。


必死に呼吸を整えようとしていたその時、ふと気づく。

川口さんが、ベッドにいない。


私はすぐさま立ち上がり、部屋を見渡した。

どこにも姿はなかった。

もしも彼女が私を置いていったのだとしたら、それは本当に困る。

財布は昨日、家に置いてきた。支払いは川口さんがすると言っていたはず。


焦りと不安が胸を締めつけ始めたとき、ドアがゆっくりと開き、姿を現したのは他でもない、川口さんだった。


「おはよう!」


「どこ行ってたの!? 置いてかれたかと思ったんだから!」


彼女は軽く笑って言った。


「はは、大丈夫。置いていったりしないよ。朝ごはん、買ってきただけ」


「でも、せめて一言言ってよ……」


私は少し責めるように言った。


「ごめんね。あんまり気持ちよさそうに寝てたから、起こしたくなかったんだ」


「まぁ、ありがと。買ってきてくれて」


そう言って彼女は私の目の前に、卵サンドとぶどうジュースを差し出した。


本音を言えば、卵サンドはあまり好きじゃない。

でも、そんなことを言ってる場合じゃなかった。


朝食を一緒に済ませ、部屋代を払ったあと、フロントの壁にかかった時計を見たら、まだ五時四十分だった。

まだ早いけれど、外はすでに明るく、私はそろそろ家に帰って、学校の準備をしなければならない。


私と川口さんは、ホテルをあとにした。


「昨日のことはなかったことにしようか。多分、もう会うこともないだろうし」


「え〜、でもまた夜の街でばったり会うかもよ?」


「いや、もう十分だよ。あんな夜は二度とごめんだし、思い出したくもない」


「そっか……」


「さよなら」


「うん、またね」


“またね”こんな状況でその言葉を使うなんて、どこかおかしいと思った。

けれど私は、川口さんのことも、夢のことも、あの哀れな女性のことも、すべてを頭の中から振り払って、日常へと戻るために足を進めた。


終わり。


それが、あの夏に書かれた奇妙な日記帳だった。

“川口彩花”という謎の少女について、ぽつりぽつりと三つの出来事が綴られているだけ。


しかし、それ以降のページは、どれも不気味なほど白紙だった。


何かに引き寄せられるように、私はページを一枚一枚めくっていく。

川口彩花に関する、何かほんの欠片でもいい、残っていないかと探すように。


そして、最後のページだけにこう書かれていた。


「彩花ちゃんは死んだ。あの子は最初から存在しなかった。泡のように、跡形もなく消えてしまった。」

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