表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
泡人  作者: 夢カル
1/6

プロローグ1 謎の少女との出会い

私は二つの顔を持っている。

まるで高校生として、二つの異なる人生を生きているかのように。

ひとつは、教室の中での“私”。もうひとつは、それ以外の場所での“私”。


別に、偽るためにこんな生き方を選んだわけじゃない。

でも私は、自らその道を選んだ。


学校では、成績は決してトップではないけれど、上位に入っていて、性格も「明るくて親しみやすい」なんて評価されてる。

話しかけてくれる友達もいて、昼休みに一人きりになることなんて、ない。


でも、そんな順風満帆に見える学園生活の裏側で、家に帰ると私はただの無気力な存在。

やる気なんてどこにもなくて、お父さんからも冷たくあしらわれてる。

理由?わたしにもわからない。ただ、そうなったのは、あの日からだった。


中学二年の冬、両親が離婚した。

大人の恋愛も、家庭の事情も、当時の私には理解できなかった。

ただひとつ分かったのは、その日から、この家は「家族」と呼べる場所じゃなくなったってこと。


大きくなるほどに、私はどこかで迷子になっていた。

夢を育てることも、理想に向かって進むことも、私には遠すぎた。


映画も音楽も、ゲームも、ほんの一瞬の楽しさをくれるだけで、

その喜びはすぐに消えてしまう。


毎日はまるで、終わりのないループ。

どこにも向かえない、同じような時間の繰り返し。


きっと私は、行き先もないまま空に浮かぶ、泡のような存在。

帰る場所も、目指す場所もない。

そしていつか、そっと吹いた風に弾けて、空の青に紛れて消えてしまうのだろう。

まるで、初めから存在なんてしていなかったみたいに。



######



また同じ朝が来て、

気づけば、ありきたりな午後の授業が過ぎて、部活の時間が終わって、帰るのは大嫌いな家。

それから、宿題。


何回同じ日を繰り返したんだろう。

そしてあと何回、それを繰り返せるのか。

いつか、退屈に喰われてしまう前に。


私はベッドから身を起こし、壁にかかった猫型の時計を見た。

「……もう11時半、か」

この時間なら、当然「夜更かし」に分類される。

でも、もう眠れないなら、眠気もどこかへ消えてしまったようだ。


少し、外に出てみよう。

お父さんには、たぶん気づかれない。

いや、気づかれても気にされない。

パトロール中の警察にも、出くわさないことを祈って。


そんな風に自分に言い聞かせて、

私はそっとドアを開け、忍び足で階段を下りた。


夜の外出は初めてじゃないけど、

この秘密めいた空気に、少しだけ胸が高鳴る。

呼吸が浅くなって、身体がほんの少し震えて、

久しぶりに、「わくわく」という感情を思い出した。


夜の抜け出しって、思ったより、面白いかも。


どこに向かうか決めていなかった私は、

とりあえず家の南側、駅の方向へ歩き出した。


歩いて五分ほどで、道の右側にある小さな公園が目に入る。

放課後、よく立ち寄ってはベンチに座って夕焼けを眺めていた場所だ。

夜の公園も、悪くないかも。


「ちょっとだけ、座ろう」

そう呟いて、私は静かにベンチに腰を下ろした。


昼とはまるで違う。

朝の爽やかさも、夕暮れの郷愁もない。

けれど夜のこの静けさには、不思議な魔力があった。

まるで、この世界に私ひとりだけが残されているような。そんな感覚。


ふと、視線の先に動く影。

50メートルほど離れた遊具の方へ、数人の人影が近づいていく。

ここからなら、私のことは見えない……はず。

そうであってほしい。できれば、近づいてきてほしくない。

こんな夜更けに知らない人と関わるのは、ごめんだ。


彼らはブランコや滑り台のある遊具のあたりに立ち止まり、何か話していた。

どうやら一人の女性と、二人の男のようだ。

女性はポニーテール。

男の一人は細身、もう一人はがっしりとした体格。


彼らの声は、ここまで届かない。

でもその雰囲気に、私はなんとなく嫌な予感がした。


「……家にいればいいのに。わざわざこんなとこで……」


ぼそりと呟いた、そのとき。

目の前の光景が、一瞬で私の思考を止めた。


細身の男が、突然その女性に近づき、

彼女の顔を両手で押さえるようにして、顔を寄せた。


キス?

いや、違う。

それはどう見ても、無理やりだった。


女性が抵抗する間もなく、もう一人の男が背後から彼女を押さえ込み、

そのまま、信じられないような行動を取り始めた。

彼女の身体に触れ、乱暴に、繰り返し。。


驚きから、不安へ。

そして、不安はやがて、恐怖へと変わっていった。


あれは、まさか……

彼女は、本当に、レイプされてる?


助けに行く? 私が?

でも私は、ただの女子高生だ。

誰かを呼ぶべき? でも、スマホも持ってない。

この辺りにはもう、灯りの点いた家もない。


頬を一筋、汗が伝った。

全身が痒いような感覚に包まれ、震えが止まらない。

心臓が、破れそうなほどに鳴っていた。


女性は必死に手足を振っていたけど、二人の男はそれを無視していた。


背後に立つがっしりとした男が、

彼女のズボンを無理やり下ろしていく。

前にいる男は、その口を奪い、声すら封じていた。


手は彼女の下半身を這い、

口元は敏感な部位に押し当てられ、前の男は彼女の身体を強引に自分に引き寄せ、

髪を乱暴に掴んで、逃がさないように固定した。

背後の男は、最後の布すらも引き裂くように剥がし、

両脚をつかんで広げると、その顔を間近に。


すべてが、あまりにも早すぎた。

いつの間にか、背中は汗でびしょ濡れになっていた。


私には、何もできない。あの人を助けることもできない。

それならせめてこの場から逃げて、全部忘れてしまおう。

この、汚らわしい記憶もろとも。


私は立ち上がろうとした。その瞬間。


「……ねぇ、ゾクゾクしない?」


耳元で囁かれた声に、身体がびくりと跳ねた。

反射的に、短い悲鳴が漏れる。


振り向いた先にはひとりの女子生徒が、ベンチの背もたれに肘をかけて立っていた。


黒髪のロング。輪郭の整った、まるで絵のような美しい顔立ち。

思わず私は、心の中でつぶやいていた。


きれい……


だがすぐに、現実に引き戻される。

さっきの私の叫び声。

まさか……


私は慌てて視線を遊具のほうへ向けた。

そこにいたはずのがっしりした男が、こちらに向かって歩き出していた。


「やばい、見つかった!」


「しーっ、静かにしなきゃ」

その声と同時に、女の子の細い手が私の口元を塞いだ。


「なにしてんのよ!」

すぐにその手を振り払って、私は怒鳴る。

「見つかったじゃん! アンタ、馬鹿なの!?」


心の底からの怒りが、声に滲む。

あの子さえいなければ、私は誰にも気づかれずに逃げられたのに。


けれど,私が怒鳴っても、その女の子は微動だにせず、

じっと、遊具の方を見つめていた。


その視線の先、

男がすでに私たちに向かって歩き始めていた。


「やばい……っ!」


私はとっさに立ち上がり、踵を返す。

女の子もすぐにその後ろをついてきた。


でも、今の私に彼女の存在を気にしている余裕なんてなかった。

脳内に危険信号が響き渡り、

心臓は喉から飛び出しそうなほど跳ね上がる。


捕まったら、終わる。

きっと、死ぬ。


逃げろ。

逃げろ、逃げろ、逃げろ。

逃げるしか、ないんだ。


がむしゃらに走り続け、

とうとう私の身体は限界を迎えた。


息が切れて、膝に手をつきながら酸素を吸い込もうと必死になる。

足はもう、棒のよう。私はその場にへたり込み、顔を上に向けてなんとか呼吸を整える。

額を伝う汗を手の甲で乱暴に拭った。


あの奇妙な少女、私ほどではないが、それでも肩で息をしていた。

汗で肌が光っていて、どこか幻想的にさえ見えた。


私は彼女を警戒しながら睨んだ。

どう考えても、普通じゃない。


「……あんた、何が目的?」

荒い息の合間に、なんとか声を絞り出す。


「ただ、見てみたかっただけだよ?あんなの、ゾクゾクしなかった?」

その無邪気な声色に、私はぞっとした。


「は? ……あんた、あの女性が何されてたか分かってるの?

っていうか、あんたのせいで、もう少しで捕まるところだったんだけど!」

私は立ち上がるように声を荒らげた。


「捕まるわけないって。それより、あの人のこと気にしてたんでしょ? 助けたいんじゃなかったの?」


「……助けるって、今さらどうにかできるわけじゃないし。それより、自分の身の心配しなきゃ。あいつ、こっち見てたじゃん……」


「だからこそ、黙ってればよかったんだよ。

だって、忘れたかったんでしょ? 全部、なかったことにしたいんでしょ?」


心の奥を、鋭く抉られた気がした。

そう、私は、あの人を見捨てようとしていた。

見捨てて、逃げて、ただ忘れようとしていた。


口の中が苦くなる。

何も言えずに目を逸らすと、私は話題を変えた。


「……で、そっちは何者なの? 名前は?」


川口彩花かわぐちあやか。美浜高校、二年生」


聞いたことのある名前の学校だった。うちの学校からそう遠くない。なんとなく、少しだけ安心した。

本当にただの女子高生……少なくとも、見た目だけなら。


高橋芽衣たかはしめい。聖華高校、二年」


「えっ、同い年? わお、偶然〜」


「っていうかさ、こんな時間に外出してて大丈夫なの?普通に危ないでしょ、女子高生が夜に出歩くなんて」


どこか説教くさく言ってしまった自分に、少しだけ引いた。


「いつも夜に出てるよ。落ち着くから。

……ま、あんたも似たようなもんでしょ?」


「私は、ただ眠れなくて……」


「だったら、私たち、けっこう似てるのかもね」


「……そうかもね。

……もう、帰ろうかな。疲れたし、まだ追ってきてるかもしれないし」


「ふーん……」

彩花はなぜか、思案顔で黙り込んだ。

そして、唐突に。


「ねえ……ラブホ、行ってみない?」


その言葉は、今日どころか、私の人生の中で聞いた中でも一番、意味がわからなかった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ