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6.三日月の初夜。マカロンを忍ばせて

 祝いの宴が終わり、ついに初夜。

 枕元にマカロンを忍び込ませて夫を待つ妻なんて、たぶん自分だけだろうと可笑しくなる。

 婚姻は無事に成立した。

『友好の証』が免除される条件は満たされ、あとは自分を守るのみ。

 

 フレアージュは白い寝衣をまといベッドの端に座りながら、大きな窓の向こうで光る金色の尖った月を眺めていた。

 やがてスピネルがやって来る。

 すぐに体は柔らかい布に倒され、覆いかぶさってきた彼の肩で月も見えなくなる。


「やっとだ……」


 ついばむような口づけが落とされた。

 彼の掠れた声と水っぽい息づかいが、唇をつたって聞こえてくる。

 どうやら一口で食べることはしないらしい。

 何度も繰り返されるそれに焦らされて、フレアージュの恐怖はよけいに募った。 

 頬に触れた手が思ったよりも温かかったのに、これからされる行為を想像すると震えが止まらない。

 でも弱さを見せてはいけないと、目をそらさず気丈に振るまう。


「まだ……早いんじゃないでしょうか。先ほど夕食を召し上がったばかりですのに」

「だってデザートは別腹でしょ?」


 スピネルはそう言ってフレアージュの両手を頭上で拘束すると、今度は深く咥内に侵入してくる。

 まるでジャムを舐めるようなねっとりとした動き。

 絡められた舌がそのまま持っていかれそうになり、フレアージュは焦ってぶんっと首を横に振る。

 

「このまま私にかぶりつき、一気に食すおつもりですか!?」


 スピネルは一瞬きょとんとした顔をして、くつくつと喉奥で笑った。


「それも悪くないけど。ほら、君も知ってるでしょ? 脳みそ、心臓、目玉って、魔族がどう人間を食すのか」

「うぅ……」

「ねえ。だったらその他は、どんなふうに食べるのか知りたくない? ――なんて」


 お腹のあたりに、スピネルの右手がするりと伸びてくる。

 内臓を、柔らかいところを狙われたらひとたまりもない。


「スピネル様……待って……お願い」


 思わずすがるような声を上げると、彼の動きがピタリと止まった。

 手の拘束が心なしか緩む。


(今だ!)


 フレアージュはその隙を逃さず、枕の下に隠しておいたマカロンを勢いよくスピネルの口の中に押し込んだ。


「!?」


 仰天した顔でモグモグと口を動かす魔王太子。

 さすがに予想外だったのか、呆れたのか、通り越した怒りなのか。

 スピネルはフレアージュにしていた独善的な行為を止め、体勢を正して距離をとる。


「これ、何の真似?」


 唇の端についたチョコをペロリと舐めとって、低い声で問う。


「わ、私の心臓なんかよりおいしいと思うのです。それに甘いものは、食欲の抑制につながると」

「食欲? ちょっと、待って。今初めて理解したんだけど……。君は新婚初夜だっていうのに、僕が人間を――その躰を腹に入れると思ってるの?」

「違うのですか? だって昼間からずっと、私を早くデザートにしたいって」

「はぁ。言葉遊びのつもりだったんだけど」

「え? で、では、私を傷つけるつもりはないのですか?」

「さあ、それはどうだろう。痛みを与えるのは間違いないだろうから」


 スピネルは一度目を閉じ、次に開けた瞬間にフレアージュの手首を再び強く握った。


「イヤッ!! 止めて、助けて!!」


 ここまで強気な姿勢を崩さなかったフレアージュだが、彼の言葉の真意がつかめず、恐怖が頂点に達してしまう。

 ガタガタと全身が震えて歯がぶつかる音が響く。


「っ!」

 スピネルは諦めたように、手の力を抜いた。


「クソッ。こんなのを望んでたわけじゃないのに……」


 今にも泣きだしそうな顔。

 何で、あなたが?


「もういい。今夜は食欲も失せた」


 スピネルはそう吐き捨てて寝室を後にする。


(良かった、スイーツ作戦は成功ね。でも……)


 去り際に見せた哀感漂う彼の横顔が気になって、なぜか手放しで喜べない。

 フレアージュはそんな自分の気持ちに困惑しつつも、最初の夜を乗り越えられた安心感で、そのまま倒れるように眠りに落ちた。



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