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4.馬車の中でなんて早すぎる!

「結婚の儀? もちろんアゲートの王城でやるつもりだけど?」


 応接室のソファーに座るや否や、婚姻は魔国で結ぶと断言したスピネル。

 それでは娘の花嫁姿が見られないと、父は憤慨し勢いよく身を乗り出すが、彼は微動だにせず薄く笑う。


「別に来たければお好きにどうぞ。ただし再びラスターに帰れるという保障はないよ、いくら公爵であってもね」


 落ち着いた穏やかな表情で、おちょくるみたいに冷淡に物言うのが恐ろしい。

 売り言葉に買い言葉で父がついて来てしまっても、彼ならきっと冷酷にその手を払いのけそうだ。

 フレアージュは父に抱きつき「ラスターから見守っていて」と笑顔で最後の別れをした。


「さあ、そろそろ馬車に乗ろうか」

「スピネル様、お待ち下さい。私まだ準備が……」

「遅くなると不審に思った幹部たちが、国境近くまでウロウロすることになるけど?」

「……では、急いで支度をします」


 フレアージュが立ち上がると、リリーが慌ててこちらに駆け寄ってくる。


「お嬢様、ドレスはどれをお持ちになりますか? すでにトランクがいっぱいで」

「あら、そうね。じゃあこの青いビロードにしましょう。ロイズ殿下からのプレゼントで上質な宝石が散りばめられているし」


「ロイズ?」


 スピネルはこめかみをピクリと動かしそう呟くと、座ったまま右手を大きく振りかざした。

 その瞬間、フレアージュの手元で小さな炎が上がり、持っていたドレスが青白く燃え上がる。


「きゃっっ!!」


 何が起きたのか理解できない。

 炎はすぐに消え火傷もしなかったが、ドレスは宝石ごと一瞬で灰となった。


「荷物は必要ないって言ったでしょ。君は体一つで僕の元に来ればいい」

「今のは……スピネル様が?」

「ほら、さっさとしなよ。屋敷ごと燃やされたくなかったらさ」

「……」


 魔族が戦において武器いらずというのは、こういう事かと納得する。

 呆然と立ち尽くすリリーの腕をとり、フレアージュは追い立てられるように公爵邸の門をくぐり出た。

 そして魔王族の馬車の前に急ぐ。

 スピネルが用意した紫黒に金をほどこした豪華な客車。でも着目点はそこじゃない。 


「お、お嬢様、これ馬じゃないです! 顔がたくさんありますよ!」


 ジャージーと呼ばれる魔獣。

 鋭い目をした馬の頭が3つ、黒光りした巨体、尖った固い翼が左右に生えているのが何とも不気味で恐ろしい。


「リリー、落ち着きなさい」


 フレアージュは小声で叱咤した。きっと初めて目にしていたら、自分も悲鳴をあげていただろう。

 でもフレアージュはジャージーを見るのが2回目だった。

 そして何と10年前、無鉄砲にもこれに跨ったことがあるのだ。


「やっぱり怖いの? ほら」


 立ち淀んでいるフレアージュに、スピネルは投げるように自分の手を差し出してくる。

 

(優しいのか冷たいのか分からない人ね。でも似たようなことが昔も……)


 頭の中に薄っすらと苦い記憶がかすったが、思い出せないでいるうちにスピネルの表情が険しくなる。


「なに? 魔族の馬車なんか座りたくない?」

「いえ。決してそんなこと」

「ふ~ん、だったらさ」


 スピネルは力強く腕をひくと、フレアージュの体をそのまま横向きに抱え上げた。


「きゃぁ! す、スピネル様!? これは……」

「僕の膝の上に乗ってればいいよ」


 どういうこと!?

 寝落ちした子供を運ぶように軽々とフレアージュを胸に抱いて、そのまま馬車にのりこむスピネル。

 彼の整った顔が近い。

 少しでも体勢をくずせば唇がぶつかってしまいそうな距離に、心臓が跳ねた。

 

「お、降ろして下さい。1人で座れますので」


 動揺しているのを悟られまいと目をそらし、フレアージュは両手を伸ばしてスピネルの体から距離をとった。

 それを自分への嫌悪からと受け取ったのか、彼はちょっとムッとした表情になって、つかさずフレアージュの首筋に歯を当てる。


「んっ……!」


 ゾクッと肌が粟立ち、皮膚が熱くはれ上がるような感覚があった。

 

(もしかして私、もう食べられちゃうの? いくら何でも早すぎる)


 喰われかけた首元を手で隠しながら、フレアージュは慌ててスピネルの膝から飛び降りた。


「お止め下さい! 婚姻の儀もまだだというのに、こんな場所で!」


 まだ、食されるわけにはいかない。

 今年度分の『友好の証』が免除されるのは、婚姻の成立が条件なのだ。

 ラスター王国を出た瞬間に食料とされ、約束を反故にされてはかなわない。


「お預けか、残念。白桃みたいで美味しそうだったのに」


 彼は不敵な笑みを浮かべながら、ペロリと舌なめずりをした。

 

「分かったよ。式が終わるまで手は出さないと約束しよう。その代わり、僕は大の甘党でベタベタに溶かして時間をたっぷりかけて頂くタイプだから。覚えておくように」

「!?」


 何て残忍な事を言うのだろうと、フレアージュは背筋が寒くなる。

 彼は人間を串刺しにし、チョコフォンデュにでもする気だろうか。


(噂なんかじゃなかった。でも私だって、簡単に食べさせるつもりはないわ)


 フレアージュは精一杯の牽制のつもりでキッと睨みつけてやるが、スピネルはそれさえもどこか楽し気に片方の唇をつり上げるのだった。




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