3.嫁入り道具はマカロン⁉
『闇に覆われた荒城では、人間を食すためのパーティが夜な夜な開かれている』
『友好の証はただの生贄。魔族は食料を得るために、人間を守るふりをしている』
これがラスター国民が知るアゲート魔王国だ。
針の雨が降るとも、川が燃え続けるとも聞くけれど、隣国でありながらその内情は不透明なヴェールで覆われている。
「あんまりです! うちのお嬢様はラスターの花ですよ!? それなのになぜ魔族のご飯なんかに!!」
メイドのリリーが涙をポロポロとこぼしながら、怒った口調で訴える。
「違うわよ、デザート。彼らはナイフとフォークで上品に人間を食すの」
「そんなのどっちだっていいんです! フレアージュ様が食べられる為に嫁ぐなんて耐えられません!」
「勝手に決めつけないで。これはれっきとした政略結婚。貴族の娘にはよくあることじゃない」
「何を仰るんですか、前代未聞ですよ! 魔王太子に人間が嫁ぐなんて!」
「はいはい、それもう3日も聞いてるから。ほら、今はさっさと手を動かしなさい」
フレアージュはなだめるように諭し、リリーに嫁入りの準備を急がせた。
大きな茶色いタレ目を向けられると、子狸に甘えられているようで憎めない。
姉妹のようなやりとりをもっと楽しんでいたいけど、もうそんな余裕などなかった。
正式な婚約者となった魔王太子がそろそろ迎えにくる時間なのだ。
「荷物は最小限でと言われてるの。スーツケース3つが限界かしら」
「ええ!? だとしたらこの大量のスイーツを持ち込むのは無理ですよ」
チョコとキャンディ、色とりどりのマカロンが、すでにスーツケースを2つ占領している。
「お嫁入の荷物になぜ甘味ばかり。お好きなのは知ってますが、今回はドレスや宝石を優先されてはいかがですか?」
「違うわ、これは私が食べるんじゃないの。食べられそうになった時、魔族の口に詰めこんでみようかと思って」
「や、やはりお嬢様!?」
「万が一を考えてよ。彼らは甘党だって言われてるから」
いざとなったらスイーツで満足させて、とにかく1日でも長く生き延びる!
自分の命と大切な人々が暮らすラスターの為に、やれる事をやるしかないと考えた。
「では、私も! 私の分も持っていきます!」
リリーはさらに涙目になって、棚に並べてあったキャンディーを自分のメイド服の両ポケットに詰めこんだ。
「何であなたの分まで」
「私もお供しますので」
「ダメよ。怖いもの知らずのあなたが、唯一、魔族の前では震えが止まらないじゃない」
10年前、彼女の父親である公爵家の庭師が、『友好の証』として連れて行かれた日のことを思い出す。
当時のリリーは唯一の肉親を失ったショックで毎日泣き明かし、数ケ月まともに歩けない状態だった。
魔国に入るということは、国民にとってそれほどの衝撃なのだ。
「だからです! そんな私を誰よりも気遣って、ずっとおそばに置いてくださったのはお嬢様です」
「気持ちは嬉しいけど。アゲートに行ったらあなた自身もどうなるか分からないのよ」
「覚悟はできています。何を言われても、私はフレアージュ様について行きますので」
年上とは思えないあどけない顔をしたリリーが、今日は何だかとても頼もしく見える。
フレアージュはふっと口元を綻ばせた。
侍女として連れていくのは責任も伴うけど、それでもやはり嬉しい。
本当は1人で立ち向かうのは不安でたまらなかったのだ。
そして1時間後、とうとうその時はやってくる。
教育が行き届いているはずの公爵家の者たちが彼らの姿を目にして、そろって悲鳴に近い声をあげた。