1.指1本××で、婚約解消された私
花と緑に包まれた芸術豊かな国、ラスター王国。
その王宮で催されたパーティーに、第2王子が愛らしい平民の少女を伴なわせて姿を見せた。
集まった貴族が騒然となる。
そんな中、本日の主役フレアージュ・デ・リバルディは、友人の輪の中心からするりと抜け出し、颯爽と彼らに近づいた。
「殿下、さすがに非常識ではございません? 私の18の誕生日にこれは」
緩く波うった明るい湖色の髪が、歩くたびに腰のあたりで艶やかに揺れる。
瞳は大粒のエメラルドのように強い光を放ち、わざと細めると長いまつ毛がパサリと音をたてた。
「これまで殿下の忍びやかな交遊関係には、目をつむってきたつもりです。ですが本日は、婚約披露もかねた正式な顔合わせですのよ?」
「だ、だからあえて彼女を連れてきたのだ。フィアンセなんて名ばかりで、全く面白みのないあなたとの関係をハッキリさせる為に!」
ロイズ王子は開き直って、興奮気味にフレアージュを指さす。
「――と、仰いますと?」
フレアージュはあえて怪訝な顔で首をかしげた。
「だって、あなたは……指……ない……」
「何ですの? もっとはっきり――」
「指1本、(ドレスの中に)入れさせてくれた事ないじゃないか。固すぎるんだよ!」
「はい!?」
公衆の面前でこの方は、何を叫んでいるんだろうかと思う。
これでは、背に隠した少女とはすでに深い関係にあると、自ら暴露しているようなものだ。
「彼女とはずいぶん親しいようですわね」
「ああ。だからフレアージュ、あなたとの婚約は本日をもって解消する」
王子が言い放つと、周囲が再びざわざわと騒ぎ出した。
フレアージュは横を向いて小さなため息をつく。
(もっと上手く立ち回って下さればいいのに)
ロイズ殿下との婚姻は自分が生まれる前から決まっていた、王家と名門リバルディ公爵家の閨閥結婚だ。
だから彼に対して特別な感情などないが、面倒なことに二つ返事で受け入れるわけにもいかない。
「殿下、場をお考え下さい。国王陛下ともご相談したうえで、もう一度話し合いましょう」
「いや、もう決めた! オレは誰に何と言われようと、あなたとは今日限りにしたい!」
「じゃあさ、僕がもらうよ」
突然、ロイズ王子を戒しめるような声が、頭上から勢いよく投げこまれた。
広間と吹き抜けの2階ラウンジをつなぐ中央階段。
王族や貴賓のみが利用を許されるその場所から、見たことのない男性が降りてくる。
年齢は20代前半だろうか。
まず目に飛びこんできたのは、濡れたように艶めく黒い髪。額の真ん中で分けられたそれが丸みをおびながら、顎先でサラリと揺れている。
そして見え隠れする、燃えるような深紅の瞳。
体つきは細身ながらも鍛えられた騎士のようで、スラリと伸びた手足はもはやアクセサリーと言ってもいいほど、黒地に金色の装飾がほどこされた華やかなスーツをより一層引き立てていた。
まるで黒い宝石。
(誰? こんな美しい男性、見たことがないわ)
そう感じたのはフレアージュだけではなかったらしく、広間にいた全員が自分の役割も忘れて、異彩を放つ彼の姿に息をのんだ。
見目麗しい男は目の前までくると、足元にスッと跪く。
「ぜひ、僕の花嫁として君を迎え入れたい」