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 テストまで二週間を切った。


 それから、何度か勉強会を繰り返し、四人全体の雰囲気も最初に比べてかなり柔らかくなったと思う。


 えにしと、謙太も質問が的を射たものになってきたし、かなりやってきた事が身になって来たんじゃないかと思う。

 勉強会自体は、良いものになってきている。

 が、僕の中には、あの日のえにしの言葉が、ずっと残っていた。

 僕だけが、何だかあの日から取り残されたように感じていた。


 やらずに後悔し続けるくらいなら、やって死ぬ方が良い。


 この言葉が、とげの様に刺さって胸のつかえが取れない。

 のどに刺さった魚の骨の様に、夕方の長い影の様に、僕の体に刺さり、まとわりついてくる。


 僕がやっていることは、彼女にとって、邪魔な事なのだろうか。

 本当に、愛の告白をしたとして、寿命が尽きる事が、彼女の望む事なのだろうか。

 僕は、そうは全く思えない。

 きっともし、彼女に寿命の事を話したら、きっと人に何かを話す事が怖くなってしまうだろう。

 本能的に、死を回避しようとするはずだ。

 それでいいのだ、むしろそうあってほしい。

 それを押して、愛の告白をするなんて馬鹿げてる。

 それは自殺行為だ。命を粗末にしているとしか思えない。

 だからこそ、彼女のあの発言は、僕の中で、強い憤りを生んだ。

 しかし、自分の寿命を気にして怖がりながら生きるなんて、そんな縮こまった人生を送る事は、決して幸せだとは思えない。

 だからこそ、僕は、誰にも寿命が見える事を言うつもりはないし、教える事もない。

 近くにいる人の数字は、減らさない様に、隠れてやれる事は全部やっている。


 しかし、もしもえにしが、告白を強行するというのならば、その時は……。

 僕は、彼女の人生に太く大きな楔を打ち込む事を覚悟しなければならない。

 人の一生を、矮小なものにしてしまう十字架を背負う覚悟を。


 大丈夫、人の命よりも大事なものはない。

 僕は、この言葉を原動力に、自分のやれる事をやる。


 しかし、僕の中で、くすぶっているのは、この問題だけじゃない。

 えにしの件とは別に最近になって気になる事が出来た。


 謙太の様子が明らかにおかしい。


 いつもは、長澤を見かけたら、真っ直ぐ駆け寄ろうとするのに、最近は反応が薄い。

 それだけじゃなく、勉強会の帰りに、長澤を送っていく際に、何だか気乗りしない様なそぶりを見せていた。


 もしかして、勉強会で、勉強に身が入っていたのも、今思えばおかしなことだったのかもしれない。

 一体どうしたんだろう、去勢したのだろうか。宦官になりたくなったのだろうか。

 それなら、一言くらい相談があってもよかったんじゃないだろうか。


 それとも、ジャーナリストの夢は、あきらめてしまったのだろうか。

 もしかして、この前長澤が教室で謙太についてひどいことを言っていたのを聞いていたとか?

 いや、恐らくそれはないだろう。あの時、近くには誰もいなかった。


 とりあえず、ダメ元で話を聞いてみよう。

 休み時間なのに、教室を飛び出してもいかずに、じっと教科書を見つめている、謙太の肩を叩く。


「なぁ、謙太」

「んー?」


 教科書から、目を逸らさずに、返事だけがきた。


 やはりおかしい、もしかして病気か?


「最近、何かあったか?」

「何かって、何ー?」

「いや、なにって聞かれると困るが、変わった事とか、困った事とか、ないか?」


 一瞬、謙太の体が、ピクリと動いたような気がした。

 謙太が、教科書を閉じ、こちらに体を向ける。


「何もないよ! それよりも、今度の勉強会も楽しみだな! 最近、先生が何言ってんのかちょっと理解できるようになってきたんだよ!」

「今までは、理解できてなかったのか?」

「おん、呪文唱えてるようにしか聞こえなかった」

「よくそんなんで、学校に来れてたな」

「学校は楽しいだろー! 来るに決まってんじゃん」


 恐らく、謙太にとって、学校は学問を学ぶところではないのだろう。

 それでも、よく今までドロップアウトせずにきちんとやってきたのは謙太のやりたい事に対して真っ直ぐな性格の賜物だろう。

 あとは、可愛い子を追いかける事もそのうちに入るかもしれない。


「とりあえず、何かあったら相談してくれ」

「おーう。まぁ、俺にかかれば自分の問題だろうと人の問題だろうと、ちゃちゃっと解決ですよ!」

「頼もしい限りだ」


 とはいうものの、やはり心配だ、一応気にかけておこう。

 謙太とは小学生からの付き合いだ。だいたい何に対して無茶をするのかくらいは分かる。


 はじめて謙太と会ったのは、小学二年生の時だった。

 まだ、小学生になって一年しか経ってないからか、初めてのクラス替えに戸惑う子達が大勢いた。

 友達になろう、とか、同じクラスになれて良かったとか仲間に入れてとか、不安げに、だけど勇気を出して声をかける子がたくさんいて、可愛らしいセリフが教室の中を飛び交っていた時期だった。


 そんな中、僕は安定して取り残されていた。

 祖母を無くして、五年と経っていなかった為、頭の上の数字を見ると、人に声をかけるのが怖くなり、とてもじゃないが、たくさんの人との交流はできないと強く思っていた時期だった。


 最初の授業は、自己紹介だった。

 あいうえお順に、自己紹介をすることになり、先頭だったのが謙太だった。


 頭の上の数字を見ると、校庭を逆立ちで100周するとある。


 こんな嫌がらせの塊みたいな寿命は見たことがなかった。

 壇上に立って、ニコニコしている子が、逆立ちして校庭を100周回る姿を想像するとあり得なさすぎて、少し笑いが込み上げて来た。


「将来ジャーナリストになります! 飯田謙太です! 今のうちに俺と友達になっておくと、有名人と会えます!」


 謙太の自己紹介が教室に響き渡った。

 僕の笑いはどこかへいき、瞬く間に、謙太への羨望に変わった。

 周りの子達もぽかんとしている感じだったが、僕のそれとは少し違う、異質なものを見るような雰囲気が漂っていた。

 先生に、元気がよくてよろしいと言われ、ニコニコ顔で席に戻る謙太を見て、素直にかっこいいと思った事を強く覚えている。

 僕は、まだ何になりたいのかさえ分からないのに、なりたい事を決めて、人に向かって堂々と言えることがどれだけすごいのか、小学二年生ながらに驚嘆したのを覚えている。

 それに、謙太の言った言葉は、夢ではなく、目標に聞こえた。

 現実味を帯びた、彼の口から出た言葉は、僕の未来観を少しだけ変えた。


 彼となら、友達になりたい。

 頭の上の数字は減ること無い上に、あんなにかっこいい事を言える友達は僕にとって欲しくてたまらない存在だった。


 それから、謙太はクラスの中で、浮いた存在になっていた。

 無視をされるとか、そういうのではなく、おちょくられる様な感じだった。

 ジャーナリストになるんだろうといわれ、特定の写真を撮らされたり、人の尾行をしてみろ、なんて言われていた事もあった。


 それでも謙太は、それをゲームの様にこなしていった。

 謙太なりに、ジャーナリストになる足がかりくらいに思っていたのだろうか、いつでも謙太は、楽しそうにしていた。

 今でこそ、それはやってよかったのかと思うような事もあるが、小学生だから許されていた面もあるのだろう、謙太があまりにも上手くこなすもんだから、気がつけば、謙太の周りには、人が集まるようになった。


 一躍、クラスの人気者だ。

 そうなるまでに二ヶ月とかからなかった様な気がする。

 僕は、少しショックだった。

 あのまま、人が離れてくれれば、僕が友達になる機会があったのにと、ずるい事を考えていた。


 そんな、クラスの人気者になった謙太と日陰でじめじめと過ごしていた僕が仲良くなったのはちょうどその辺りの席替えで席が前後になった時だった。


「よろしくな! 悠壱!」

「……! よろしく」


 向こうから挨拶が来るとは思ってもみなかった。

 それに、あたかも前から友達だったかの様に挨拶された事に、戸惑いと嬉しさが入り混じって僕の中を渦巻いていた。

 もしかしたら、僕は、僕の中で謙太を、有名人の様なポジションに勝手に昇華させていたのかもしれない。

 だから、次に言われた言葉を聞いて、僕は嬉しくなった。


「悠壱は、俺の自己紹介の時、真剣に聞いてくれてたよな! ありがとう!」


 僕の事を認知してくれていたんだ。

 それも、僕がすごいと思った気持ちがきちんと伝わっていた。

 きっと、周りの子達には、あの場で謙太の凄さは分からなかったのだろう。

 自分だけ分かっていたとか、そういう自慢に変えたいわけじゃないが、後々に謙太自身の凄さに気づいたからこそ、謙太はクラスの人気者として存在しているわけだ。

 その凄さを認知していた僕を謙太が見つけてくれていたという事は、僕の中で言葉にならない嬉しさだった。


「あの自己紹介はよかった」

「へへ、だろー」


 それから、僕達は何かをする時は、二人でやるようになった。

 当然謙太は人気者だから、至る所に引っ張り回されるわけだが、いつもは僕の横に帰ってくるという不思議な安心感があった。

 僕らは、とても波長が合うのか、一緒にいても特別喧嘩などは起きなかった。

 謙太が怒る場面など想像もつかなかったのだが、一度だけ、謙太が怒った事があった。


 中学二年生の冬だった。

 中学生になっても、謙太はあの自己紹介を続け、その場を白けさせた後、持ち前のコミュニケーション能力で、クラスのみんなと徐々に打ち解けていった。


 そんな中、中学生にもなると、恋愛がついて回る事が多くなる。

 僕には無縁だったが、謙太は人気者で、どこからともなく恋の噂が流れる事が多かった。


 そんなある日、僕が隣にいる時に、クラスの男子からご飯に行く誘いを受けていた。

 話を聞く限り、男女同数で食事に行くらしい。

 いわゆる合コンというやつだ。

 中学生で、もうそんな事をするんだと、僕は話半分で聞いていた時、謙太が、「悠壱も行くよな?」と嬉しそうに聞いてきた。


 僕は、自分にその話が飛び火するとは思っていなかった為、非常に驚いた。


「え、俺?」

「あー、ごめん、あと一人なんだよ。八代は、ちょっと無理だわ、ごめんな」

「あー、全然大丈夫」


 誘ってきた男子が、やんわりと僕に断りを入れた。

 行きたかったわけじゃ無いので、話に巻き込まれずに良かったくらいに思っていたのだが、謙太はそうじゃなかった様だった。

 突然、謙太が「おい!」と怒鳴りつけたのだ。


「その断り方はねぇんじゃねぇの? 確かに、聞かずに誘った俺が悪かったけどさ、俺だけに用事があるなら、俺が一人の時に声かければいいんじゃねぇの? 今のじゃ悠壱がハブられてるみたいじゃねぇか」


 みたいもなにも、その通りなんだが、謙太はどうやらそれが気に入らなかったらしい。

 まさか、謙太が怒るとは思ってもみなかったのか、誘いを入れてきた男子は、あてにしていた人に裏切られて、大層ご立腹な様子で去って行った。


「ありがとな」

「ごめんな、余計な事して」

「いや、気持ちは嬉しかったよ。ありがとう」


 この時、謙太は不器用で、実直な、他人思いの人間なんだと知った。


 きっと、謙太が悩む事は、基本的に他人の事なのだろう。

 その点、謙太本人を心配している僕は比較的安心して見ていられる節はあるのだが、それでもよく見ておいて悪いという事はない。


 事態が動くまでは、静観していよう、と決めた次の日に、もう事件は起こった。


 謙太の寝ぼけた顔から出るおはようという声と共に、僕は絶句した。


 頭の上の数字が減っていた。


 そんなはずはないと、目を擦って頬をはたいて、太ももをつねった。

 しかし、謙太の頭の上の数字はしっかりと99と書いてあった。

 体から汗が一気に吹き出し始めた。


「謙太、昨日何かあった?」


 思わず聞いてしまった。

 聞かずにはいられなかった。

 謙太は、少し間を置いてからにこやかに微笑んだ。


「いーや、なんも」


 それは、まるで僕をシャットアウトする様な言い方だった。

 何も気にしなくていい。何故かそんな風に言われている様な気がした。


「そんな事よりもさ、テスト終わったら、打ち上げしようぜ! 四人でカラオケでも行こうぜ!」


 そんな事、という言い方に腹がもぞもぞする様な感覚に襲われた。

 しかし、僕が関わりにいくのはどう考えても悪手だ。

 ただ、いつでも、すぐ助けてあげられるように、準備はしておかなければいけない。


 いつもの様に飄々と振舞う謙太にもどかしさを感じながら、減るはずのないと思っていた数字をじっと見つめ、強く決意を新たにした。

 自分の手で、守りたいものは守れるようにしなければ。

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