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 夕焼けというには、まだ少し日の色が明るかった。

 誰もいない教室は一見寂しいようだが、ほのかに差し込む日差しが、陽だまりの様な安心感を与えてくれている。

 しかし、そんな雰囲気も、彼女がそこにいると、全て彼女を引き立てるための、セットの様に感じられるから、不思議である。

 まさか、机の上に足を組んで座った姿がここまで絵になるとは。

 カメラが下手くそな僕でも、百人に一人くらいは良いと言ってもらえる写真が撮れそうだった。


「要件は?」


 短刀直入に聞く。

 切れ長の目が、じっとこちらを捉えて離さない。

 何だか吸い込まれそうな錯覚に陥る。


「用って程じゃないけど、矢代はさ、今回の勉強会どう思ってる?」


 そんな事を僕に聞いてどうするのだろうか。

 何処までも、真意が読めない。

 それどころか、長澤から呼び出されたなんて、謙太が知ったら烈火のごとく怒られる事請け合いだ。

 手短に済ませてもらいたい。


「いいんじゃないかな。謙太なんか、あぁでもしないと勉強なんかやらないし」

「それは、うちのえにしも一緒だ。だからこそ、あえて聞くんだが」


 溜め息を一つ吐いて、再びこちらを向きなおす。


「あいつらに、勉強を教えて、意味があるのか?」


 雷に似た、衝撃が走った。

 まさか、そんな、身も蓋もない事を言い出すとは、思いもしなかった。

 確かに、あの二人に教えたとて、身になる分は少ないだろうし、今回限りの勉強会なら、また、彼らは勉強しない生活に逆戻りだろう。

 しかし、このまま、はいそうですねと、食い下がるわけにもいかない。

 僕にとっても、謙太にとっても、あの勉強会は、利のあるものだから。


「それは、あるないで言ってしまったらダメな話じゃないだろうか? 彼らなりに頑張ろうと言っているのだから、教える立場としては、きちんと向き合わないといけないと僕は思う」


 長澤は意外そうな顔で、僕を見ている。

 呆けた顔でさえ絵になるのかと思うと少し、にくい。


「矢代は、本当に真面目なんだな」

「よく言われる」

「いや、悪い意味じゃないんだ。気を悪くしたなら謝る。ただ、私の知っている中では、大体こういう事を言うと、まず同調して悪口を言ったりするもんなんだが……」

「僕を試したのか?」

「いや、まぁ、矢代がどんな奴か、人づてにしか聞いてないから、知っておきたくてな。これから、一緒に勉強していくにせよ、時を同じくする奴は、どんな奴か、知っておかないとな」


 そういう事だったのか。

 確かに、長澤の立場なら、人づて(どうせ謙太一人)にしか聞いた事のない相手と一緒にいるというのは不安もあるのだろう。

 ただ、これは、手法として少しやりすぎな気もするが、長澤の不安が払拭されるまで付き合うべきだろう。

 謙太の為にも、しくじったらいけない。それこそ、二度と口をきいてくれなくなるかもしれない。


「そうか、それで、僕に聞きたい事はまだあるのか?」

「そうだな、矢代は、飯田についてどう思う?」


 謙太についての質問とは、これまた中々独特の切り口だ。

 仲間をどう表現するかで人柄を見つめようという事か。


「抜けている、というか、世間の感覚とはナナメにズレてるところは多いが、一生懸命でいいやつだ。僕はあいつがいることでかなり助けられている部分がたくさんある」


 元々鋭い目をさらに鋭くして僕を見ている。

 まるで猛禽類にでも狙われている、おやつのホットドッグの様な気分だ。

 ここでふと、僕も謙太の為に動いてみたらどうだろうかと思考がよぎる。

 品定めされてばかりされるのも不公平だ。こちらからも多少は聞きたい事を聞かせてもらう。


「長澤は謙太についてどう思ってるんだ?」

「うざい、絡みすぎ、下心見えすぎ、きもい」


 聞かなきゃ良かった。ごめん、謙太。

 まさか食い気味にこんな辛辣な四拍子が返ってくるとは思いもしなかった。

 にしても、散々な言われ様だ。

 謙太、こんなこと言われてるって知ったら大泣きするんじゃないだろうか。

 こんなふうでよく勉強会をオーケーしてくれたもんだ。


「えにしについては、どう思ってる?」


 いやな質問だと、正直思ってしまった。


「そんな顔すんなよ」


 顔にも出てしまった。


「別に、えにしさんが嫌だとかそういうんじゃない。ただ、なんだか、不思議な感覚なんだ。あの子を見ていると、頑張らなきゃって思う時もあるし、ほんとうにこれでいいのかなって思えてくる」


 えにしのひたむきな姿勢は学ぶべきものがある。

 しかし、えにしを救おうとすると、やはり僕はひたむきではいられないのだろう。

 バカ真面目だ、愚直だと、昔から散々言われ続けてきたが、僕はこのセリフが向けられる事を、嫌がるどころかどこか誇りの様に思っていたらしい。


「ふっ、そうか」


 猛禽類の様な瞳が一瞬やわらいで、耳に聞き慣れない笑った声が入り込んでくる。


「何か、面白い事でも言った?」

「いいや、別に」


 僕は何か、しくじっただろうか。

 あの小さく上がった口角と、全てを見知った様な目はいたく心をざわつかせる。


「ただ、えにしを通して自分を見つめているのに変だと思っただけ。えにしをどう思うか、じゃなくて、えにしを見た八代がどう考えたかを伝えてきた」


 机から、ぴょんと飛び降り、僕の方へと一歩ずつ近づいて来る。

 腕一本もないくらいの距離まで、顔をぐっと寄せてくる。

 顔が整っている人が仏頂面で近づいてくるだけでこんなに恐ろしいと思うなんて知らなかった。

 目力が強い、今にも背けてしまいそうだ。

 こんな時でも、空の教室の雰囲気は長澤の味方だった。


「八代、あんたは、えにしの何を見ている? いや、何が見えてる? 事と次第によっちゃあ、私はあんたをえにしから遠ざけるぞ」


 それはまずい。今長澤から、八代が何かを企んでるぞ、なんて入れ知恵でもされたら、えにしの信頼は得られない。

 それどころか、もう二度とえにしと接触する事が出来ない可能性だってある。

 そうなってしまったら、えにしが本当に死んでしまうかもしれない。

 にしても、長澤は思った以上に人を見る目が鋭い。

 その視線のように鋭い観察眼は、少し厄介だ。


 しかし、寿命が見えると言っても信じてもらえるだなんて到底思えない。

 ぼくはなんて答えればいいのだろうか。


「僕は……」

 何を見ているのだろうか。

 寿命以外では、えにしの何をみているのだろうか。


「分からない」

「分からない?」

「あぁ、僕はまだ、彼女に対して何かを見出せる程、彼女を知らない」

「ちょっと待てよ、あんな風に言ってたやつがよく言うよ! そんなわけないだろう? 本当の事を言えって」

「いや、本当だよ。僕は、彼女の事を何も知らない」


 寿命以外では、僕はえにしの事はほとんど知らない。

 僕は、えにしが、何事にも一生懸命な事しか知らない。長澤や、他の人も知らない寿命の事を除けば、ただの全力少女なのだ。

 そして、その全力さが僕を苦しめているのだが、長澤はそれを見抜いたのだろう。

 しかし、これは言わなくても良い事だ。

 えにしの寿命が見えるという事は同時に長澤の寿命見えているという事になる。

 もし信じてもらえても、不用意に恐怖を与えるのは良くない。


「はぁ、そうかよ。んじゃ、もう少しだけ猶予をやる」


 そう言ったのに、何故か長澤はさらに距離を詰めてきた。

 もう、顔が当たりそうだ。


「えにしを傷つけたらただじゃおかないからな?」


 やはり、美形がきかしてくる睨みは怖い。


「大丈夫、傷つけない。約束する」


 僕だって、えにしを傷つけるのは全くもって本意ではない。


「……ふん」


 ようやく満足したのか、長澤は僕から離れ、教室の出口へと向かっていった。

 だが、僕とてここで引き下がるわけにはいかない。

 せっかくのえにしの親友との接触チャンスに、言われっぱなしで終わるのは勿体無い。


「待って」


 果敢に、長澤の前に躍り出た。

 ギロリとアーモンド型の目がこちらを向く。

 体が勝手に萎縮していくのを感じる。

 近寄りがたい雰囲気がすごいが、えにしはどうやってこんな猛獣みたいな人と友達になったのだろうか。

 謙太は良くこんな扱いを受けながらあんなにアタック出来るものだ。

 えにしと謙太のすごさが、長澤という人物を通して透けて見えた。

 しかし、これを言ったらまた、長澤には怒られるのだろう。


「えにしさんから、好きな人がいると聞いた。誰なのか教えてくれないかな?」

「……このタイミングで、そんな事を聞いてくるなんて、あんた愚直というより愚鈍なんじゃないか?」

「僕の番もあるかなと思って」


 ここは、僕もぐっと睨みを効かせた方が良いのだろうか。

 勝てる気は全くしない。


「……」


 しかし、意外にも長澤は、少し呆けた顔をした後、鼻で笑った。


「私に聞くっていう事は、えにしから直接聞いてないんだよな? えにしが言ってないなら、私の口からは言えないな。それじゃあ、次の勉強会でな」


 長澤が教室を出ようとしたので、すかさず、扉を開けた。


「おぉ、なんだ、びっくりしたな。扉くらい自分で開けれるよ」

「驚かせたならごめん、でも、なんか開けたくなった」

「なんだそれ」


 上手い言い訳が全く思いつかなった。

 こういう時に、アドリブ力のある謙太がいてくれたらそれなりに誤魔化してくれるだろうに。


 何はともあれ、無駄に、頭の上の数字を減らしてほしくない。

 僕は、愚直だろうと、愚鈍だろうとなんでも良い。

 もう、数字が減る瞬間を見たくはない。

 長澤はスタスタと廊下を歩き、階段へと消えていった。

 廊下を歩く後ろ姿でさえも、絵になるあたりは、さすがとしか言いようがなかった。

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