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 少し騒がしいファミレスの店内に、僕たちの机の上には、真新しいドリンクが四つ置かれていた。

 緊張している者、我関せずな者、楽しそうな者、浮足立っている者,それぞれ一つの机を囲んでいる。


 ついに始まった。


「えー、それでは! これから勉強会を開いていきます! はい、第一回目! 拍手!」

「わー!」


 満面の笑みで、手島えにしが拍手を送る。

 それに倣い、僕も周りに迷惑にならない様に、小さく拍手をする。


「まず自己紹介したら?」


 手島えにしの横で、興味なさげにアイスコーヒーにミルクを入れている長澤が、小さくため息をついた。


「そうだね! さすが由香ちゃん! 時間を無駄にしない、効率の良い案ありがとう! じゃ、悠壱から」


 長澤の方から一切顔をそらさず、僕を一番に指名してきた。


「八代悠壱です。よくまじめだと言われます。得意科目は文系です。よろしく」


 長澤は、相変わらずの態度で、謙太は、そんな長澤にご執心。自己紹介した意味を考えてしまったが、手島えにしが、小さく胸の前で拍手をしてくれていたのが見えて、考えるのを止めた。


「謙太、次行けよ」

「はい! 飯田謙太です!将来の夢はジャーナリストになる事です! 得意科目はありません! 苦手科目は国語と数学と理科と社会と英語です!」

「全部じゃねーか」

「あははは! だから、由香ちゃんと悠壱には期待しているぞというわけで、よろしく! せんせー方!」


 謙太が僕の肩をポンと叩く。それに呼応し、手島えにしもぶんぶんと首を縦に振る。


「長澤由香、理数系が得意、分からないところがあったら聞いて」

「……由香ちゃん終わり!? 次、もう私の番!?」


 僕の隣でスタンディングオベーションが起きている中、手島えにしは、手に持っていたオレンジジュースを慌てて机に置き、改めてこちらに向き直った。


「手島えにしです。陸上部に入っています。気軽にえにしって呼んでください。部活に打ち込みすぎて勉強はほとんど出来ないので、謙太君がさっき言ったように、由香ちゃんと、矢代君にはたくさんきいちゃおうと思います……! よろしくお願いします!」


 手島えにしが、ちいさくお辞儀をしたのに合わせ、僕と謙太が拍手を送ると、長澤も小さく拍手を送った。


「よし、それじゃあ今回は、顔合わせという事で、ご飯でも食べますか!」

「勉強しないの?」


 長澤は、不服そうに、謙太を睨む。


「まあ、まあ、由香ちゃん。一回目だし、仲良くいこうよ。私もお腹すいてるし」


 手島えにしは、何食べようかなと、楽しそうにメニュー表を開いた。

 僕と謙太はすぐに決まったが、手島えにしは、あれもいい、これも捨てがたいと悩み散らかしていた。


「悩むねー、えにしちゃん」


 謙太が、笑いながら軽く茶々を入れる。


「うん! だって、後悔したくないから! 私のお小遣いで食べられる中で、一番満足できる食事にしたい……!」


 芯の通った真っ直ぐな瞳でそう言い切った後、小動物の様な可憐さを彷彿とさせる笑顔をこぼした。


 僕は少々意外に思った。

 走っている時でさえ楽しそうで、あんなにも笑顔を振りまいているのに、後悔したくないといった時の顔は、まるで大の大人顔負けの表情だった。

 あんな顔もできてしまう手島えにしという人物が、どういう世界を見ているのか少し気になった。


 それから、数分、手島えにしはメニュー表とにらめっこを続けていた。

 全く興味なさそうにしていた長澤が、それを見かねて、「自分のも食べていいから私のやつも好きなの頼みな」と助け舟を出す。

 すると、手島えにしは、目を輝かせ、長澤に抱きつきながら、少ないであろうと容易に推測できる語彙で、精一杯の賛辞を送り続けた。

 そういうのは、長澤は嫌がるのではないかと思ったが、やめてと口では言うもののまんざらではなさそうだった。

 隣でやたら頷いている謙太が気になるが、二人が良き友人であることは、誰の目にも明らかで、いい関係性だと、少し羨ましく思った。


 料理が来て、皆が食事を囲む。

 僕達のテーブルは食器の音だけが響く少々寂しい席になっていた。

 いつもだったらやかましいくらいに喋る謙太が何故か今日は料理に夢中だ。

 少し気まずいなと思いつつ料理に手を伸ばしていると、手島えにしが、不意に僕に声を掛けた。


「八代君とは、ほとんど話す機会がなかったから初めましてだね。今回は勉強会受けてくれてありがとね」

「手島さん、こちらこそ勉強会の誘いに来てくれてありがとう。一応、購買の前で会ってるけど、はじめまして」

「えにしでいいよ、というか、あれ覚えてたんだ。恥ずかしい……」


 えにしは、手で顔を覆う様な仕草をした。

 本当は、登校する時にも会っているが、それは伏せておいた方が都合が良いと判断した。


「すごい身体能力だったね、さすが陸上部のエースと言われているだけあるね」

「私の事、知っているの?」


 しまった。謙太が情報通過ぎて当たり前の様に情報を喋ってしまったが、普通、自分の情報を赤の他人が知っているのは気持ち悪いか。

 えにしの方を見ると、料理に向かう手が止まり、少し俯き加減で、こちらを見ようとしない。

 これは、まずい。嫌われてしまったかもしれない。


「そりゃー、えにしちゃん有名人だもの! 人気者はつらいねぇ! ヒュー」


 謙太、ナイスフォロー。

 後でジュースがなくなったら持ってきてあげよう。


「飯田、あんまりえにしをからかうな」

「由香ちゃん……! えにしちゃん、ごめんなさい!」


 長澤がギロリと謙太をにらみつける。

 あぁ、すまない謙太。後でコンビニのアイスでも奢るから許してくれ。


「あはは、私は、全然大丈夫だから、そういうの歓迎だよ! ラフに、楽しくいこ!」


 やはり、にこやかに笑う顔は、そこいらにいる女子高生と何ら変わらない、普通の女の子だ。

 あの表情は、その源泉は一体どこなのだろうか。

 何が、えにしをあの表情にさせるのだろうか。

 気になる事は多いが、まずは先ほどの挽回をしなければいけない。これから、えにしを見守る過程において、嫌われているというのは大きな障害になる。

 まずは、会話をしよう。ジャブ程度の何気ない会話をふるんだ。


「えにしさんは、陸上が好きなの?」


 えにしは、驚いた様な顔をして、再び頬を赤らめた。


「うん、好きだよ。走っている時は走る事だけに集中できて、真剣になれるの。それが好き」

「そうなんだ。あの身体能力も、普段の努力の賜物なんだね」

「あ……あははー! そ、そうだね!」


 またしても、えにしは赤面し、手持ち無沙汰を解消するかの様に料理に手をつけた。

 謙太から、腕を肘で強めに突かれる。

 またやってしまった。

 腕の鈍い痛みとともに、苦々しい感情が、頭をぐるぐると回っていく。

 ついつい、あの身体能力の高さが凄すぎてまた触れてしまった。

 そもそも陸上部について質問したのがあまり良くなかったか。


 こういう時、どんな会話をしたらいいのか、分からない。謙太に助けを求めようにも、僕が喋らなければ結局何の意味もない。こういう時の練習をきちんとしておくべきだった。

 そんな僕を尻目に、謙太は長澤と順調に会話を重ねていた。

 あの気難しそうな、長澤相手によく会話が続くものだ。

 僕も見習って、次に何を質問すればいいか、考えながら食事をしていると、気がつけばもう自分を含め、みんなが料理を食べ終わっていた。


「えにし、あんたその細い体にどんだけ入るのよ」

「ん? ハンバーグと唐揚げと、グラタンとピザしか食べてないよ? まだ、食べられるよ!」

「あははー! 十分すぎるくらいだけどねー! それじゃ、どうする? デザート食べる?」

「んー、そうしたいのはやまやまなんだけど、そろそろ帰らないと。晩御飯作って待っててくれてるみたいなの」

「……え?」

「……まじで?」


 えにしの名残惜しそうなこの言葉により、第一回の勉強会(ただの食事会)はお開きとなった。


 ファミレスの前で別れる事になり、謙太は、意気揚々と長澤を送っていくと言って、嫌な顔をされながら一緒に帰って行った。

 そこで、僕は気が付いた。

 はからずも、えにしと二人きりという状況になってしまったのだ。

 頭の上にしっかりと掲げられている1という数字を見て、一度深呼吸をする。

 そして、考えた。

 今の僕は恐らく何もできないどころか、空回りして余計な事をやらかしてしまうかもしれない。

 よし、大人しく真っ直ぐ帰ろう。


「じゃあ、えにしさん。また次の勉強会の時によろしくね」


 意気地の無いくせに、こういう時だけ、そこそこ爽やかな挨拶ができる自分を恨めしく思いながら、帰る道を進もうとしたが、その時、不意にえにしから声を掛けられた。


「あの! 八代君!」


 思わぬ呼び止めに、びくりと肩から揺れてしまった。

 しまった、気を悪くさせてしまったかもしれない。


「あ、びっくりさせちゃったね、ごめん」


 振り返った先にいたえにしは、もじもじしながらぎこちない笑い顔を浮かべていた。

 少し握った手が汗ばんできたのが分かった。


「いや、大丈夫。それで、どうかした?」


 できているか分からないが、緊張を悟られぬ様に精一杯平静を装う。


「帰る道……そっちなの?」

「うん、そうだよ」


 ついつい、格好つけた感じになってしまったが、雰囲気が悪く映らないだろうか、不安が尽きない。


「なら、私も一緒に帰っていいかな?」

「……え?」


 僕は、驚いて数秒固まってしまった。

 まさか、えにしの方から一緒に帰ろうと打診してくるとは思いもしなかった。


「だめ……かな?」

「いや、ダメなんて事はないよ。いいよ、一緒に帰ろう」


 えにしは、ちょっと照れくさそうにはにかむと、ちょこちょこと僕の隣に並んだ。

 並んでみるとよく分かるが、制服姿のその体の幅は、とても陸上選手とは思えないほどに小さかった。

 僕でさえ、がっしりと掴んだら折れてしまいそうに思えて、どこか心細かった。


 頭の上にチラリと目線をやる。


 柔らかな笑顔を携えたこんな華奢な体に、さっきたくさんのご飯が入っていったのだと思うと、手島えにしという者の逞しさを感じた。

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