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 後、花火が上がるまで二十分程だった。

 謙太に連絡しても、当然の様に返ってこない。

 境内をざっと探してみたが、あまりの人の多さで人探しどころではなかった。

 そこで、一か八かで、謙太が言っていた、花火が見える穴場へ向かって見る事にした。

 神社から少し離れた場所に小さく丘になっている場所があり、そこを登りきった所に、ベンチが置いてあるのだと言う。

 境内を駆け降りて、その小高い丘を目指す。

 辺りは真っ暗になって、街灯もあまりなく、足元に注意しないといつ転んでもおかしくない。

 そんな状態で、僕は全力疾走で丘に向かった。

 その途中だった。

 街灯よりも、一際低い灯りの前に、二つの影が見えた。

 自動販売機の前で、謙太と長澤が二人で立っていた。

 二人の手には三本のジュースがあった。

 きっと、えにしに上手い事言って協力してもらったのだろう。

 謙太が思いを伝えるにはうってつけの状況だった。


「飯田! 早く、戻るぞ! せっかく買った飲み物がぬるくなっちまう。それに、虫が気持ち悪すぎる!」

「あぁ、うん……あのねちょっといいかな、由香ちゃん」

「歩きながら話せ! 虫が気持ち悪いから!」

「あ、うん。分かった」


 ここまで歯切れの悪い謙太を見たのは初めてかもしれない。

 いつも、告白して砕け散る時はもっと勢いで攻めるタイプだったのに、今回はやけにしおらしい。

 バレない様に、ゆっくり後をつけていく。

 徐々に街灯が無くなり、後一つ街灯を越えたら真っ暗な丘に差し掛かるというところで、まるでふと思い立ったかの様に、謙太はぐるりと長澤の方へ向き直った。


 最後のスポットライトに当てられた、謙太の勝負所がそこにはあった。


「あのね、由香ちゃん。俺、由香ちゃんの事が好きなんだ!」


 ついに言った。

 よく言ったと、心の中で強く謙太を励ます。


「知ってる」


 長澤は、冷たく言い放った。

 おいおい、長澤よ、それはないんじゃないか。

 せっかく勇気を出して思いを伝えたのに、その言い草はあんまりだ。

 謙太も、心なしかおどおどし始めている。


「なぁ……飯田、お前私の何が好きなんだ?」


 間髪いれずに、長澤が同じトーンで再び言い放った。


「顔が可愛い! スタイルが良い! 気立てがいい! 才能に溢れてる!」


 謙太が捲し立てる様に長澤の好きな所を大声で列挙していく。

 つまり、謙太は長澤の全部が好きと言う事が言いたいのだろう。

 それは、普段の謙太の行いから手にとる様に理解できる。

 その思いが長澤に届いていないわけがない。

 はずなのだが、謙太の情熱は、どこか長澤には伝わりきっていない様だった。


「それだけか?」

「……それだけじゃないよ」


 謙太は、恥ずかしそうに、目を逸らした。


「俺が、ジャーナリストになりたいって言った時に、笑わずに聞いてくれた。『そうか、かっこいい夢だな、頑張れよ』って言ってくれた! みんな、俺の事馬鹿にするんだよ。そんなのなれやしないって。でも、由香ちゃんともう一人だけ、笑わずに聞いてくれて、かっこいいって言ってくれた奴がいるんだ。俺は、あの言葉が何よりも嬉しくて! それから、由香ちゃんの事が大好きなんだ!」


 謙太は、多分ジャーナリストがよく分かっていない時から、ジャーナリストになりたいと言っていた。

 僕は、謙太なら本気でなれると思っていたし、何より、笑われてもその夢を常に堂々と語る姿に心底かっこいいと思った。

 長澤も、夢を笑う様な事はしないだろうが、真っ当に取り合う様にも思えなかったので少々意外ではあった。

 謙太の話を聞いて、長澤の雰囲気が少し柔和になっていくのを遠目で見ても感じ取れた。


「だから……その……付き合って下さい!」


 謙太がダメ押しの一言を付け加えた。

 よくこの状況で、心折れずに言えた。

 よく言った、やはり謙太はすごい。大物の素質を持っているおっきい人間だ。


「……悪い、お前とは付き合えない」


 おぉ……と思わず声が漏れてしまい、慌てて口を塞ぐ。

 当てられたスポットライトが、いやに悲しく見えてきてしまう。


「どうしても……ダメかな?」

「あぁ、ダメだ。だから今まで通りで頼む」


 長澤は、そう言って、謙太の横を抜けて歩き出した。

 うなだれている謙太を見て、僕はいたたまれなくなって目を背ける。


「理由……聞いてもいいかな?」

「……」


 謙太の絞り出す様な声に対し、長澤の足はぴたりと止まった。

 しばらく黙っていたが、重たそうにゆっくりと口を開いた。


「私には、お前と付き合う資格はない」

「付き合う……資格?」

「あぁ、お前が私の見た目だけで判断しているなら、普通に断ってやった。けど、お前は私の中身や言動まで鑑みて判断してくれてた。私の見てくれだけを見て、声をかけてくるクズ野郎達とは違うんだって、今分かった」


 僕といる時にも、長澤はナンパされた後に、相手から見た自身の価値を問うていた時があった。

 見た目が良いという事は、見た目だけで好かれてしまうという事でもある。

 見た目だけで判断して寄ってくる人間は、長澤にとっては自身を否定された様な気持ちになっていたのだろう。

 本当は中身まで見て愛してほしい。

 そんなありふれた小さな願いを、長澤は切に持ち続けていたのだろうか。

 整った容姿に生まれてきたからこその悩みだ。

 中々、人には相談しづらいだろう。

 だからこそ、えにしが友達だというのも頷ける。


「……じゃあ……!」

「私がダメなんだ。私が……飯田が思う様な人間じゃないから……」


 長澤は、しばらく躊躇う様に俯いた後、意を決した様に話し出した。


「私は、勉強会を提案してきたお前を利用したんだ! お前が私の事を好きで、えにしが八代の事が好きなのを知ってたから、お前の好意を利用して、えにしが近づける様に仕組んだんだ! 私は……うわべだけで私を見てきた他の奴らと変わらない様な事をしたクズなんだよ!」


 僕は、大声が出そうになるのをぐっと手で口を塞いで堪えた。

 心臓の高鳴る音が鳴り止まない。

 えにしが好きな人は……僕だったのか……。

 息が荒くなり、落ち着ける手段が思い浮かばない。

 あのラブレターは、僕に向けて書かれたものだったのか。

 頭ごと目が回る様な感覚に陥る。


 ひとまず、目の前の二人に集中しよう。

 肩を小さく震わせる長澤に対し、謙太は温かく微笑んでいた。


「由香ちゃんは、クズなんかじゃないよ」

「慰めはよせ……」

「だって、俺、えにしちゃんが悠壱の事が好きなの知ってたから。その上で、由香ちゃんは受けてくれると思って声をかけたんだよ。だから、本当のクズは俺だよ。だから、大丈夫。由香ちゃんは、クズなんかじゃないよ」


 僕とえにしを引き合わせる為に、そんな駆け引きがあったとは知らなかった。

 事情も詳しく知らないのに、すぐに手伝ってくれた謙太には本当に頭が上がらない。

 謙太にも、長澤にも後できっちりとお礼を言っておかないといけない。

 謙太は、ゆっくりと伸びをして、息を大きく吐いた後、長澤の横に並び歩き出した。


「さ、行こっか! えにしちゃん待たせてるから」


 言いたい事は言えたのだろう。

 長澤の理由にも納得して、謙太なりにこの恋はオチがついたみたいだ。

 また今度、慰め会を開いてやらないと。


「じゃあ、戻って花火観ーまーしょー」


 すっきりとした様に、歩き出す謙太に対し、長澤は、小さく震えたまま止まっていた。

 街灯には、長澤だけが照らされていた。


「待て……」


 長澤の絞り出す様な声に対し、謙太の足はぴたりと止まった。


「いいよ……お前がクズでも、お前なら……いい」


 しばらく、間が空いた。


「え……! え! それって!」


 謙太は、事態を察したのか、テンションが急に高くなった。

 舞えや歌えやのどんちゃん騒ぎだ。


「うるせぇ! ごちゃごちゃするな! 早くえにしのとこ行くぞ……謙太!」

「――! うん! 早く行こ、由香!」

「おい、調子乗んな!」

「あはは、ごめんごめん由香ちゃん!」


 そう言って、二人は丘の暗闇へと消えていった。


 僕は、心底良かったとほっとする気持ちと、今し方告げられた事実を飲み込みきれずに、砂嵐が表示されたテレビ画面の様な心持ちが混在していた。


 しかし、心は嵐の日の木々の様にざわついていても、身体は何をすれば良いのかが分かっていた。


 心なしか、一瞬体が軽く感じた。


 僕は暗い道を丘に向かって全力で走り出した。

 えにしに教えてもらった走り方を活かして、全速力で走った。


 丘に着くと、獣道の様な荒れた斜面が僕を出迎えた。

 それでも、全速力で駆け登る。

 少し走るだけで、息がかなり荒れた。

 坂道というのは、運動していない僕にはやはり堪える。

 肺がちぎれそうな痛みが走る。

 腕は回らずに、足も上がらない。頭はぼんやりしている様な気がする。

 後、どのくらい走れば辿り着くだろうか。

 普段の僕なら迷わず歩いていただろう。

 けれど……それでも、この道を駆け登って今すぐ、えにしに会いたかった。

 もし、今、えにしに届かずに力尽きたとして、それでいいと思った。

 僕は、今、この瞬間、一秒たりとも後悔をしたくなかった。

 早くえにしに会いたい。

 その想いだけが体を突き動かしていた。


 病院の帰り道、えにしの好きな人がどんな人か伝えられて胸の奥がざわついた事、長澤にそれはえにしの為かと聞かれた時、即答できなかった事。告白なんてしない方がいいと口をついて出てきてしまった事。

 これは全て、僕の心の奥からのサインだったんだ。

 寿命ばかり気にするふりをして、本当の気持ちに蓋をしていたんだ。


 僕は、今やっと自分の感情に気がついた。


 僕は、えにしが好きだ。

次が最後です。

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