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 テストが終わり、夏休み前最後の登校日が終わった。いよいよ明日から夏休みだ。

 川島からのメッセージは日ごとに文の量が増え、さらには絵文字までもが追加され、その日を待ち侘びている事が手にとる様に分かった。


 それを見る度に、僕は深くため息をついた。

 適当に返事をし、携帯をカバンの奥深くに押し込む。

 ホームルームが終わり、たった今夏休みに突入したばかりの興奮を携えて廊下に飛び出していく生徒達を横目で見送る。


「なーんか、とんでもない事やらかしちゃってるみたいだねー、悠壱ー」


 帰り支度を終えた謙太がなんて事ない雰囲気で話を持ち込んでくる。


「あぁ、人生で二番目に大きなやらかしをしているよ」

「そりゃー、大変だ」


 本当にそう思っているのか分からないくらい軽い。

 勉強会に二人が来なくなった時には、謙太は残念そうにしてはいたものの、何があったかは聞かれなかった。

 今は、これくらい軽い空気感の方が、僕にとっては良いのかもしれない。


 帰り支度を終えて、謙太と共に、廊下に出る。

 これで僕も晴れて夏休み突入だ。

 これまでに、ここまで気が乗らない夏休みがあっただろうか。


「んー、今年も暑いねぇー」

「そうだね」

「明日、暇? 飯行かねー?」

「いいよ、どこ集合?」


 謙太が、他愛のない会話を絶え間無く与えてくれる。

 僕はそれに、一つ一つ丁寧に考えながら答えていく。

 そうしていれば、今この瞬間は何も考えなくて済んだ。

 校庭には、青々とした葉を枝いっぱいに付けた木々が、そよぐ風に枝葉を揺らしながら、嬉しそうに太陽の光を浴びている。

 みんな、この瞬間、この季節が楽しくて仕方がないのだろう。

 なんだか、世界から僕一人だけ取り残された様な気持ちになった。


「それで? まーた、何やらかしちゃったわけー?」


 急に、謙太が切り込んできた。

 僕の心臓が半分程に小さくなる様な感覚に陥る。

 しかし、それと同時に、みんなのいる世界に引き戻された様な気がした。


「えにしさんが、夏休み中に告白をするって言ってきたんだ」

「ほう! で、悠壱はなんて?」

「やめた方がいいと思うって」

「おぉ……そんな事言ったんか……」


 あの謙太でさえも、少し引いてしまっている。

 もしかすると、ものすごくいけない事をしてしまったのかもしれない。

 しばらく何かを考え込む様に、謙太は何も話さなくなった。

 アスファルトからの照り返しに、肌が焼ける様に暑い。

 じっとりとした汗が、僕の体にまとわりついて離れない。


「悠壱はさ、なんでそう言ったの?」

「え……何で……」


 何でと言われても、それはえにしの寿命の為に決まっている。

 愛の告白をしてしまえば、彼女は死んでしまうのだから、止めるに決まっている。

 それで誰に嫌われようともそうすると決めたんだから。

 だから、僕のやった事は正しいと思っているし。後悔もしていない。


「えにしさんの為にそう言った」

「それは、例の秘密関係の話か?」

「……あぁ」

「なーるほーどねぇー」


 謙太は、近くの自動販売機にふらりと立ち寄り、コーラを二本買って僕に一本寄越した。


「いくら?」

「いーよ。難儀な道を歩まされている親友への俺からの手向けのドリンクだ」

「……ありがとう」


 難儀な道、と言われると、あまりピンと来ない。

 確かに難しい対処を迫られる事は多いが、基本的に人の為にやっている事だ。特別に僕自身が難儀だと感じた事はあまりない。


「悠壱はさ、真面目すぎるからさー、もう、これでもかってくらい他人に入れ込むところがあるよな」

「そうかな? 別に普通だと思うけど」

「そんな事ねぇよー、それを普通と言える悠壱を俺はすごいと思ってるぜ」


 何だか、いつもの謙太らしくない。

 コーラを奢ってくれるし、やけに褒めてくれる。

 もしや、夏休みにもっと何かを協力してくれと、頼むつもりなのだろうか。

 だとしたら、こんな回りくどい事をしなくても、素直に言ってくれれば協力するのに。


「なぁ、悠壱」

「何? 頼み事?」

「いーや、違う」

「……何?」

「悠壱は、もう少し自分の心に寄り添っていいんじゃないか?」

「自分の……心?」


 自分の心に寄り添う?

 僕は、今まで、自分の信念に従って、人の寿命を減らさない様に、天寿を全う出来る様にと、心から願って生きてきた。

 祖母の様な悲しい思いをしない様に、もう二度とあんな目に遭わない様に。

 それは、僕の心に寄り添う事では無いのだろうか。

 なんだか、急に自分が分厚い鎧を着ている様な気持ちになった。


「悠壱はどうしたいの?」

「僕は……」


 どうしたい。


 そう投げかけられて、逡巡した挙句、したい事、というものが浮かんでこなかった。

 僕はただ、寿命を減らさずに人が生きていてくれれば良いとだけ考えていた。

 でも、それは僕自身が何かをしたい事とは何の関係も無かったのだ。

 長澤にドアを開けさせないのも、店員さんに気を遣って返事をさせないのも、僕がそうしたくてしていたわけではない部分が少なからずあったのだ。

 僕は、この言葉で、自分自身に主体性が全く無い事に気がついた。

 いや、謙太が気付かせてくれた。


「何かをやらなきゃいけない、じゃなくてさ、何をしたい、で考えてみろよ」


 やらなきゃいけない、ではなく、何をしたいか……。

 僕は、今までやらなきゃいけないと言う義務感の元で行っていたのか。

 自分の信念に従って、人の寿命を減らさない事を第一に考えると、自分の中で義務化していたんだ。

 義務化して、何も考えずに寿命を守る事だけを考えて、自分の気持ちには目を向けてこなかった。


 僕の体から、何かが剥がれる様な音がした。

 分厚い鎧が脱げ、今まで、露出した事がない部分が露わになっていく。


 もしかしたら、この先に、長澤に聞かれたあの質問を即答出来なかった理由があるのかもしれない。

 今、僕は何がしたいのだろう。

 寿命を抜きにして、八代悠壱という人間は、今何をどうしたいのだろうか。

 もう一度、真剣に考える。



「……もう一度ちゃんと、えにしさんと話をしたい」

「そうか」


 謙太は、にこりと白い歯を見せた後、コーラを飲み干した。


「なら協力してやるよ」

「――ありがとう!」


 僕も、コーラをぐいと飲み干した。

 喉にくる炭酸の刺激は、心なしかいつもより弱く感じた。


「謙太は優しいな。いつもいつも僕を助けてくれて」

「よせよー、友達なんだから当たり前だろー」

「そんな当たり前を、ここまで親身に出来る謙太は、とてもすごいよ」

「……よせよー! 恥ずかしいわー!」


 バシバシと背中を叩かれる。

 少し強く、痛みがじんわりと背中に広がる。

 しかし、全く嫌な気持ちはしなかった。


 僕らは、空になったコーラの缶をゴミ箱にひょいと投げ入れ、明日からの事について話し合った。


 夏祭り、その日が来たらきっと僕の気持ちに整理がつくのだろう。

 アスファルトの照り返しは以前として暑い。

 しかし、体から流れは汗は、どこか爽やかな気がした。

残り3話です。

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