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「ここです! ここに来てみたかったんです!」


 川島が、拍手しながらその存在を讃えているのは、ゲームセンターだった。

 ゲームセンターや、牛丼屋が初めてというのは、やはり相当なお嬢様なのだろうか。


「早速、行きましょう! クレーンゲームとやらをやりたいのです!」


 自動ドアに、吸い込まれる様に入っていった川島を追いかけていく。

 騒がしい店内に少し驚いたのか、表情が一瞬歪んでいたが、慣れてきたのか、はじめて目が開いて世界と出会った鳥の様に店内をぴよぴよと周り始めた。

 男性の店員さんと女性の店員さんが働いていて、二人とも横を通り過ぎると、明るく「いらっしゃいませと」声をかけてくれた。


 このゲームセンターはかなり広く、クレーンゲームが多く置いてあるが、もう少し奥に行くとカートゲームや太鼓を叩くゲーム、プリクラなんかもある。

 土日や、学校帰りの学生がよく来る定番の遊び場という感じだ。

 店員さん達の態度が優しいのも、人気の理由の一つといえるだろう。

 僕も、謙太に何度か連れられてきた事があるが、その度に楽しい場所だと認識して帰っている。


「わぁ……すごい! こんなにたくさんの遊戯台が……!」


 遊戯台という言い方は恐らく、知らないなりの適語を引っ張ってきたつもりなのだろう。

 川島は、人がプレーしている姿をまじまじと見つめている。

 見られている人は、明らかに川島の視線を気にしている様で、やりづらそうだ。


「夏織さんも、何かやってみる?」


 とりあえずこの場から引き剥がそうと声を掛けると、川島は、待ってましたと言わんばかりに目を輝かせていた。

 お嬢様といえばお嬢様なのだが、こういうところは、お嬢様とは縁遠そうなえにしに良く似ている。


「はい! UFOキャッチャーがやりたいです!」


 しばらく、何を獲るかと台を物色していると、川島があれが良いと指差した台が一つだけあった。

 じゃあ、あれをやろうかと、近づいてみてかなりの不安にかられた。

 それは、平均的な背の中学生くらいの大きなのサメのぬいぐるみだった。

 お嬢様は、いきなり、このゲームセンターの中でも屈指のサイズ感のものをチョイスなされた。

 一発目から大物を狙うなんて、川島がかなりの大物だなと感心しつつ、何を言うでもなく、そそくさと川島は百円を投入していた。


「まずは、一度やってみましょう!」


 動かし方や、アームの動き方もままならない中、ひとまず放った一発目は、案外良いところにアームが落ちたが、弱すぎるのか、サメがビッグ過ぎるのか、持ち上がりもせずに、背伸びだけして、再びその場で寝転んだ。


「……これ、取れますの?」


 取れるか、取れないかで言ったら絶対取れる様にはなっているはずなのだが、このままではいくらかかるか分かったもんじゃない。


「取れるかもしれないけど、結構難しいしお金かかるかもね。他のやつなら取れそうなのも何個かあるかもよ」

「取れるのなら、問題ないですわ。私は、この子……ジャスミンを必ずお家にお迎えしますわ」


 もう、名前までつけてらっしゃった。

 ここまで闘志に火がついた川島は、もう止められないのだろう。そう言うところもどこかの誰かと似ている。


 それからしばらくは、川島とジャスミンの格闘が続いた。

 少しずつコツを掴んでいるのか、何となくジャスミンが景品出口に近づいている様な気がするが、川島のお小遣いが溶けるスピードもえらく速い。

 最初のうちは、声を出しながら、一喜一憂していたが、後半になるにつれて、目がどんどん真剣になり、言葉が無くなってきた。


 僕には、ジャスミンがだんだん嫌な顔をしている様に見えてきた。

 そろそろ、僕も手助けに動いた方がいいだろう。

 確か、謙太がよく女性店員さんに獲り方を聞いていた上に、それでも無理なら動かしてもらっていた。

 コミュニケーション能力のなせる技だと感心していたが、今回は、僕が、それを使わないといけないかもしれない。


「夏織さん、少し、店員さんにやり方を聞いてみようよ」

「そんな、ヘルプがあるのですか! 是非、ご教授願いたいですわ!」


 僕が行こうとしたら、川島が僕をこの台を見ていてくれとだけ言い残して、すぐに店員さんを探しに行った。


「この子の獲り方を教えてくださいまし!」


 そう言った川島の方を向いた時、僕は、その光景に目を疑った、と同時に、強い後悔が襲った。

 しまった、いつもは、謙太が女の人がいいと言っていたせいか、油断してしまった。


 川島が連れてきたのは男性店員の方だった。

 店員さんは、川島に優しくレクチャーしながら、おまけに少しだけジャスミンを出口側に寄せてくれるサービスをしてくれた。

 店員さんが優しく対応するのを見て、余計に罪悪感が苦味の様にじわじわと広がって来る。


 店員さんは、『返事をする 400657』という寿命と共に去っていった。


 川島は、両替した大量の百円を持って、また真剣にジャスミンと向き合い始めた。


 おかしい。

 寿命が見えているはずなのに、何故わざわざ寿命を減らす店員さんに声を掛けたのだろう。

 どうして、川島は人の寿命を消化する様な真似が出来たのだろうか。


 そこで、僕は一つの仮説に辿り着いた。

 もしかして、本当は見えていないのではないか?

 川島本人の寿命が見えない事、僕を知っていた事、この二つがある限り、間違いなく神様の元にいたあの子なのだろう。

 しかし、僕と同じものが見えているかは、甚だ疑問だ。

 もしかすると、寿命が見えていると嘘をついているのかもしれない。


「あっ! あっ! きたっ! やりましたわ!」


 巨体をゴロリンと、取り出し口に向かってダイブするジャスミンの姿が目に入った。

 ジャスミンが、ついに川島の手元へと渡った様だ。

 待ちに待った邂逅の瞬間に、川島は飛んで喜んだ。


「ジャスミン! あなたを抱きしめる事を待ち望んでいましたわ!」


 無邪気に喜ぶ川島を見て、僕は三歩程引いた距離でその姿を見つめていた。

 会って三秒で抱き潰されていたジャスミンに僕は同情を禁じ得なかった。


「やっと獲れましたわ! これも待っていただいた悠壱さんや、店員さんのおかげですわ!」

「……店員さんのアシストはナイスだったね」


 店員さんのおかげ、という単語に刺々しいものを感じる。


「悠壱さん、私、もう一つやりたい事があるんですが、よろしいですか?」

「あぁ、うん。いいよ」


 川島は、どうやらジャスミンを獲る以外にも、やりたい事があったらしく、僕を目的の場所へと、一直線に向かっていった。


「これ、さっき周っていた時に、やってみたいと思ったんですの!」


 川島のお目当てはプリクラだった。

 プリクラなんて撮るどころか、筐体の中に入った事すらない、完全なるブラックボックスだ。

 何なら、男子禁制とかじゃないんだろうか。


「さぁ、いきましょう!」


 川島は、ジャスミン片手に、僕の気持ちはお構いなしに、袖をぐいぐいと引っ張る。


 お金を入れ、筐体の中に入ると眩しい箱型の空間が、僕の前に現れた。

 二人には、少々手広く感じるが、これくらいの方が僕のメンタルヘルス的にはちょうどいい。

 そう思っていると、川島がペシペシいじっていたプリクラ機から、撮影ポーズの指示の様なものが出ていた。


「ニャンコポーズらしいですよ! 悠壱さん!」

「え、僕もやるの?」

「当然の助ですわ! はい! にゃんこ!」


 恥ずかしげもなく、手をニャンコの様に持ち上げ、テンションが上がっているのか、足まで上げてしまった川島は、SNSとかに流したら、通知が鳴り止まないのだろうなという衝撃だった。


「次、可愛く決めポーズですよ! 悠壱さん!」

「それも僕やるの? 毎回教えてくれるけど」

「当たり前太郎ですわ! はい! 可愛い!」


 とりあえず、顎の横でピースをしてみた。

 川島は、どうやら高飛車なお嬢様の様な笑い方を表現している様だ。

 SNSに流したら、ネットニュースが食いつきそうだろうなという、衝撃だった。


「次、最後……」

「うん? 何?」


 やけに歯切れが悪い。

 画面を見るとそこには、ハートポーズと書かれてあった。


 ハートを作れば、いいのか。そんなに動揺する程の事じゃないじゃないか。

 僕は、胸の前で手でハートマークを作った。

 すると、「そうじゃありませんわ!」と川島が僕の手をがっしりと掴んだ。


「こう……ですのよ!」


 川島は、そっと僕から奪っていった手の先にちょこんと自身の手のハートの片割れをくっつけてきた。


「なるほど……です」


 僕の顔は、ネットに晒されたら向こう五年は、ネットのおもちゃにされるのではないかという衝撃的さだった。


「これで、お外のブースで、落書きやら印刷やらが出来るらしいですわよ!」


 そう言って川島が嬉々としてプリクラを出た瞬間だった。


「きゃっ!」

「うわっ!」


 プリクラのブースから、出た時、川島が小学生くらいの子供とぶつかった。

 川島は、反射的に小さな悲鳴と共に顔を覆い隠すように手で防御した。

 子供は、軽く川島とぶつかっただけで、大した怪我はしていない様だ。


「こら、タイチ! ダメでしょ、勝手に走り出しちゃ! ほら、お姉さんに謝って! 本当にすいません!」

「ごめんなさい」

「いえいえ、全然大丈夫ですわ。タイチ君は怪我はありませんか?」

「うん! 大丈夫!」


 終始タイチ君を気遣っていた川島に、母親は平身低頭だった。

 そして、母親は、ぺこぺこ頭を下げながら、タイチ君を引っ張って足早に消えていった。


「怪我はない?」

「はい、大丈夫です。お気遣いありがとうございます」


 しゃんと立つ川島は、まるで何事もありませんよとアピールしているみたいだった。

 それよりも、出来上がったプリクラの方が気になるのか、足早に取り出し口の方に進んで行った。


「良いですわね! 一定のお金で対価が払われるのは」


 もう、ジャスミンに対するお小言だろうか。

 川島は、出来上がったプリクラを見て、満足そうに微笑んだ。


「悠壱さんも、いりますか? 2枚ずつ出せますし、スマホにも保存しておけるみたいな事が書いてありますよ?」


 少し見せてもらったが、盛り盛りのジャスミンと、スター級に輝く川島と、ネットの餌という、とっ散らかったメンツの写真で、ある意味、面白かったが処理にひたすら困りそうなので遠慮した。


「お慕いしている方とのプリクラ……宝物にしますわ」


 そこまでしてくれなくてもいいし、何なら無かった事にしてもらっても構わない。

 どうやら、プリクラを撮って、ジャスミンも獲って川島はひとしきり満足した様だった。


「いやー、楽しかったですわ」

「そうだね、ここはいつも楽しい所だよ」


 それにしても、さっきの衝突は、僕にとってラッキーな事故だった。

(もちろん、怪我人が出てないから言える事ではあるが)


 今ので確信が持てた。

 間違いない、川島にはきちんと寿命が見えている。


 川島はあまり背が高くない。

 タイチ君の背と頭二つ分くらいの差だっただろう。

 そうなった時に、手を顔の近くで防御するのはおかしい。

 頭が胸元辺りに来るのだから、手で守るのは胴体か、タイチくんの体を支える様に出てしまうのが自然だ。

 なのに、タイチ君の身長が届いていない顔元を守ったのは、寿命が不意に視界に入って来たからだ。


 つまり、川島は確実に見えているのに、見えていないフリをして、寿命をわざと減らす様な行動をとったという事だ。


 僕は、何故そうしているのかという理由が気になったと同時に、憤りの様なものを感じていた。

 何故、人を助ける事が出来るのに、助けないのか、それどころか貶めるような事までしてしまうのか。


「あっ……」


 ピースが小さくはまる音がした。

 貶める、という言葉が浮かんだ時に、感じたそのおさまりの良さは、すぐに僕自身を強く殴ってやりたくなる衝動に変わった。

 どうしてこんな簡単な事に気づかなかったのだろう。


「ふふ、今日は楽しかったですね。また、お付き合い願えますか?」


 何も知らない状態なら、川島の笑顔を見て、今日一日楽しく終われて良かったな、なんて思うだろう。

 今は、川島の笑顔が、恐ろしく危ないものに見えて仕方がない。


 謙太の寿命を減らし、貶めたのが、川島だと気付いてしまわなければ、今日はもっと平穏でいられたはずだったのに。

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