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「僕と、付き合って下さい!」


 驚き過ぎて、顔を覗かせてしまった。

 手前にいるえにしに対して、先輩である会長が、深々とお辞儀をしていた。

 えにしは、かなり狼狽えている様で、え、だとか、あぁ、とかの声にならない声というのをとにかく出し続けていた。

 しまった、まさかこんなにすぐに告白イベントが始まってしまうとは。

 盗み聴きなんて良くない事をしてしまっている。


「あ、あの、どうして私を……?」


 お辞儀をしていた会長が、向き直る。

 表情は真剣そのもので、側から見ていると気迫さえ感じてしまう。


 ひとまず、えにしが告白をしなかった事に安堵しつつも、この状況に対する疑問が沸々と湧いてきた。

 会長とえにしはどういった関係なのだろうか。

 そもそも仲は良いのか。

 えにしのどういうところが好きになって、このタイミングでどうしてそんな表情で告白するのだろうか。


「陸上部で、一緒に走っている時、君はすごく楽しそうだった。生徒会と陸上部の掛け持ちは大変だけれど、君がいると元気になれるんだ。そして、気がついたら君の事を好きになっていた」


 ありふれた理由だ。


 まず、会長の告白を聞いてそう思った。

 それと同時に、そんな理由のみで、ここまで行動できる会長が、どれだけえにしに対して本気なのかというのも、むしろ伝わって来る。


「ふと、何か人に言いたいなって事があった時、君に話したいなと思うんだ。何気ない日常のほんの一コマに、君がいてくれるとすごく嬉しいと思う。それに、僕達、付き合えたらきっと楽しいと思うんだ! 遊園地デートとかどうかな? 観覧車とか乗ろうよ! 夜景なんか観ながら、その後ちょっといいご飯を食べてさ!」


 あなたが観覧車を推すのは、僕が推せないが、えにしへの並々ならぬ思いは再三伝わっている気がする。


 これは、えにしの捉え方次第で、成功してもおかしくないのではないだろうか。

 そもそも、えにしの好きな人が誰かは分からないが、もしかすると会長なのかもしれない。

 恋愛素人だが、このまっすぐな告白は比較的好感が持てるぞ。

 もちろんえにしの命が一番大事だが、一世一代とも言える勇気の告白が報われて欲しいとも思うようになってきた。


「私の事をよく思ってくれるのは嬉しいです。でも――」


 えにしが、不穏な言葉で遮った。

 聞いているこっちがドキドキしてくる。


「ごめんなさい、私、高い所あんまり得意じゃないんです!」


 まさかの遊園地デートのお断りだった。

 観覧車には、どうやら乗れないらしい。

 僕としては、万々歳の結果だ。


「え、あぁ、遊園地の事? それは、これからまた考えればいいよ。その……告白の返事は……」

「すいません! 私、好きな人がいるんです! 私、もうすぐ、競技はじまるので行きますね! あ、会長も私の活躍見ててくださいね!」


 有無を言わさずに、えにしはハイテンションで手を振って僕の横を颯爽と走って行った。


「あ……あぁ……」


 会長の、悲しいのにあっさり振られ過ぎて悲しむ間も与えてくれない時に出てきた絞りかすみたいな言葉に同情を禁じ得ない。

 もしかしたら、僕に好意を伝えてきた川島もそんな風に思っていたのだろうか。

 僕としては、誠実に対応したつもりではいたし、向こうは全く気にもしない勢いでいたが、実は傷ついていたのかもしれない。

 少しはこういう事も考えないといけない。


 しかし、えにしに関してはあぁいう人だ。そういうところも含めて、会長はえにしの事を好きになったんだろう。


 会長の様子をちらりと確認する。

 うなだれながら、携帯をぽちぽちといじっていた。

 その隙に、僕はその場から立ち去った。


 ひとまず、えにしの好きな人が会長では無い事はよく分かった。

 会長を思うと心苦しいが、えにしが告白をする事がなくて本当に良かった。


 何食わぬ顔してクラスのテントに戻ると、長澤にたくさん話を聞いてもらって満足したのか、うっすらと笑みを浮かべ、菩薩様の様な表情をしながら、のど飴の袋を抱えた謙太がいた。


「おー、悠壱ー。今、えにしちゃんが部活動対抗リレー出ようとしてるぞー」


 本当に、競技がすぐ間近に迫っていたのか。

 よく、そんな状況で生徒会長からの呼び出しを受けたものだ。


 椅子に座って一息つくと、部活動対抗リレーが今にも始まりそうだった。


「あれ、なんか雨降ってきてね?」


 謙太が言ったすぐ後に、ポツポツと雨が降り出した。

 本降りはもう少し後、と言った感じだが、テントの下にいても音が聞こえるくらいには降ってきた。

 まるで、会長の気持ちを代弁してるかの様だ。


 そんな生憎の天気になっても、どうやら部活動対抗リレーは、決行するらしい。

 各々のユニフォームでずらりと並ぶ第一走者達の姿は異種競技らしい物珍しさがあった。

 一周二百メートルのトラックを四人で一周ずつ走ることになる過酷な競技だ。


 スタートの合図がなると同時に駆け出す本気の部や、ラケットを使いながら球をリフティングしている部、音楽をかき鳴らしながら練り歩く部もいた。

 本気でやっている中には、陸上部、野球部、柔道部、サッカー部、剣道部等がいたが、剣道部は道着を着て走っている為、一列遅い所で走っていた。

 バトン代わりにサッカーボールや野球ボールとグローブを抱えて走っている、サッカー部や野球部は、流石の身体能力で、陸上部といい勝負をしている。


「相変わらず自由やなー」


 えにしは、この競技の打ち合わせに参加していたのだろうか。

 本人は、何を言っているか分からなかったと言っていた。

 しかし、競技は真っ当に、楽しく進んでいる。

 えにしのクラスの応援ボードをチラリと確認する。

 最近、アニメ化したキャラクターがでかでかと描かれていた。

 しかし、遠目で見てもえにしが失敗したといっていたような所は見当たらなかった。


 やはり、彼女は迷惑などかけていない。

 もし、何かをやらかしていたとしても、周りがきちんとフォローしてくれている。

 それなのに、えにしの悪い噂を聞いた事がないのは、みんな彼女のフォローをする事を嫌だと思っていない何よりの証拠だ。


 雨が先程よりも、強く降り出した。これは、午後の競技は無しになりそうだ。

 サッカー部が、ボールを落とし、先頭争いから離脱する。

 トップは陸上部、二位が意外にも道着を土で黒くしながら柔道部が来ている。

 次いで野球部だ。これは、グローブの差だろうか。


 やはり、普通のバトンを使っている陸上部には勝てないか。

 第二走者から、第三走者にバトンが渡るときだった。


「あっ!」


 謙太が小さい悲鳴を上げたと同時に、陸上部がバトンミスをした。

 少し雨も影響してか、バトンを滑らせてしまった様だ。

 慌てて第三走者が拾い上げるが、柔道部と野球部に抜かれ、単独の三位になってしまった。

 雨が少しずつ強くなっている中、陸上部のまさかのミスに、柔道部のジャイアントキリングがあるかと、観ている人達も陸上部が勝つだろといった空気から、柔道部を応援する様な空気に変わってきている。


「柔道部後少しだ! 頑張れ!」

「そのまま勝っちゃえ!」


 至る所のテントから、応援の声が柔道部を後押しする。

 真っ白な道着のままの第三走者が勢いを増す。

 少しずつ野球部との差が広がっていっていく。

 陸上部も、野球部に追いついてきてはいるが、柔道部にはまだまだ及ばない。

 柔道部は、帯をバトンにしており、難なくアンカーへ渡す。

 その一秒半程後に、野球部がボールをグラブに収めて走り出し、それに追随するように陸上部のアンカーにバトンが渡る。

 えにしだった。

 いつのまにか陸上の服に着替えており、またいつもみたいに、無邪気に楽しそうに走っている。

 その無邪気さは、まるで雨の中で傘もささずに遊び回る男子小学生の様だ。

 ピンチをものともせず、むしろ楽しんでいる。

 さすがはえにし、それでこそえにしだ。


 それに、さすがは陸上部のエース、えにしは難なく野球部員を交わしていく。

 男女の差など物ともしない力強い走りで、走路の悪い中、一完歩事に、柔道部を射程圏に捉え始めている。


「負けるな! 柔道部!」

「いけー! ファイト!」


 雨の中、みんなが心を動かされ、応援している。

 ボツボツとテントを殴る水の音は強くなるが、それ以上に歓声も鳴り止まない。


「お前も行かなくていいんか?」

「いや、行く」


 謙太に背中をポンと叩かれ、僕はテントの外に出た。

 トラックの淵ギリギリまで出る。

 ちょうど目の前では、楽器を持った軽音学部が小走りで外周を走っていた。

 もうすぐでえにしが目の前を通る。

 廊下から練習を見た時の楽しそうな顔そのものだった。

 あの顔が、僕は好きだ。

 真剣に楽しんでいるあの顔は、失われてはいけない。


「えにしさん! 頑張れ!」


 横にいた、ギターの人が僕に気がついて、ちょっとしたアレンジを加えてくれた。

 勢いの増す応援になっただろうか。

 それどころか、ちゃんと届いただろうか。

 僕は、謙太みたいに自分の想いをきちんと伝えられているだろうか。


 一瞬で駆け抜けていったえにしは、さらに柔道部を追い詰める。

 もう少しでかわせるというところで、柔道部のアンカーも最後の粘りを見せている。

 後は、ゴールがどのタイミングで来るかという所だった。


 周囲の応援も最高潮になる中、ゴールテープが二人を出迎えている。


 まだ体半分、えにしの方が後ろにいる。

 あの差を、ここまで追いついただけでもすごい事だ。

 ここまできたなら勝って欲しい。


 しかし、僕の願いは届かなかった。


 もうあと三、四歩でゴールというタイミングで、えにしの足がもつれた。

 このままでは転倒してしまう。

 レースどころではなく、怪我の心配が全員をよぎった。


「てやぁー!」


 しかし、転んでもただでは起きないのがえにしだった。


 転びかけたえにしは、そのままの勢いで、ぬかるんだコースに向かって前にヘッドスライディングをした。


 一瞬、グラウンドが大きくざわついた。


 そのままゴールを通過し、まさに、間一髪、柔道部と横並びになった。

 肉眼では判断をしきれずに、写真判定くらいしなければいけない程に接戦だったと思う。


 あまりの好勝負に、観客は大きな声で歓声をあげていた。


 が、僕はえにしがひたすらに心配だった。

 泥まみれになりながら、むくりと立ち上がったえにしは、

 すごすごと、校舎の方へ消えていった。

 僕は、慌ててえにしの方へ向かった。

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