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 体育祭がついに始まった。


 今日は、体育祭日和の快晴といいたいが、生憎の曇り空で、今はまだ耐えているが、午後からは雨が降る予報だ。


 そんなどんよりとした天気の中、生徒会長が、選手宣誓の挨拶を行っている。

 生徒会長といえば、きびきびしていたりしっかりものといったイメージがあるが、うちの高校の現生徒会長は、一言で言えばもやしっ子とでもいうべきか、風が吹けば飛んでいってしまいそうな弱々しい見た目と声だった。

 まさに、今の天気の様ななんとも言えない雰囲気である。


 全く見た事もない様な人だったが、本当に生徒会長だったのだろうか。

 頭の上は、『観覧車に乗る 306』と書いてあった。

 あの感じで、遊園地に行ってはしゃぐ所は想像がつかないが、遊園地好きなら、少し怪しい数字ではある。


 生徒会長が宣誓を終えて、つつがなく開会式は終わっていった。


 なんだかんだで、立っているだけと言うのも疲れるもので、みんな口々に疲弊の色をだしていた。


 とは言いつつ、競技が始まると、食い入る様に見つめ、応援の声がグラウンドいっぱいに広がっていった。


 僕は、今回の体育祭である作戦を思いついた。

 えにしの好きな人を見つけてしまおう大作戦だ。

 きっと、こういうイベント事では、気持ちが舞い上がって自然と好きな人に対する距離が近くなったり、目が行ってしまうのではと予想した。

 つまり、えにしの動向を逐一探っていれば、好きな人が誰か分かるかもしれないというわけだ。


「由香ちゃーーーん!! がんばれー!!! いけー!!!」


 こんな風に、露骨に出てくれれば分かりやすい。


 今ちょうど、二百メートル走で、長澤が目の前を通り過ぎていったみたいだ。

 分かりやすい奴がいるから、知り合いの応援がしやすい。

 明らかにそうだろうという人影を真ん中のレーンで見つけた。


 本当に長澤はなんでも出来るみたいだ。

 一緒に走った人達に敵はいなかった。

 ゴールテープを駆け抜けた後、係の人が気を利かせて二着の人の為にテープを張り直す余裕がある程に後ろをちぎっていた。


「由香ちゃーん! ナーーイスラーーン!! 由香ちゃん最高ー!」


 ここまで振り切って他クラスを応援できるのも、謙太のなせる技か。

 と思っていたのも束の間、長澤へ向けられた声が、至る所から湧き始めた。

 これは、長澤の人気がなせる技なのかもしれないと、少し長澤に対して、有名人のような距離を感じてしまった。


 二百メートル走が終わり、次は、玉入れが始まった。

 僕は次の百メートル走に出ないといけないので、早めに準備をしなければいけない。


「お、も゛ーいぐのが! ゴホン! きばれよ゛ー!」

「頑張るよ……声大丈夫?」

「枯れた……」


 本当に、謙太のこういう所は素直にすごいと思う。

 そんなガサガサ声の謙太に見送られ、入場門の方へ向かう。

 そこには、二百メートル走を終えた選手達が退場していた。


「おう、八代」


 久しぶりに聞く声が僕を呼んでいる。


「長澤、一着おめでとう。 すごかったな」


 素直に褒めると、長澤は頬を緩めた。


「まぁなー! あれくらいどうってことないけどなー!」

「そうなのか、本当にすごいな」

「あっはっはー! そうだろ、そうだろ! まだ、私には出番があるからな! 私のもっとかっこいい所見てろよ!」


 背を向けて、颯爽と手を振っていた長澤だが、ぴたりと止まり、鬼の様な形相で戻ってきた。

 何か、してしまったかと焦っていると、「忘れてたが、飯田にやかましいと言っといてくれ」と、謙太に対する苦情を入れてきた。


「たぶん、もう大丈夫。声枯らしてたから」


 そう答えると、喉に骨がつかえた様な顔をして頭を抱えながら、長澤は去って行った。


 あの喧騒の中で、謙太の声を聞き分けるのは、なんだかんだ言って、応援してもらえる事が嬉しいのかもと、考えてみるが、それでは謙太と同じ様な思考になってしまう気がして、考えるのをやめた。


 綱引きが終わり、百メートル走の選手達の入場が開始された。

 案外、さっぱりしているもので、紹介等は特に何もなく、これから、百メートル走が行われる旨だけが放送で説明され、もうスタート前に並んでいた一列目の人達が、スターティングブロックの調整をしていた。


 スターターが号砲の準備をして、音が鳴ると同時に、一列目の人達が飛び出して行った。


 目まぐるしく変わっていく状況に少しついていけないところがあるが、走っている人達の姿を見て感じる。

 僕は場違いなところに来てしまったかもしれないと。


 明らかに、練習していた僕よりも圧倒的に速い。

 後ろから見ていて良く分かる。

 スピード感が全く違う。


 恐らく、僕と一緒に走る人達もかなり速いのだろう。


 なんとなくでこの競技を選んだ事を今になって強く後悔した。

 一人で走るのは楽しかったが、みんなで走るとなると、どうしても比較してしまうし、されてしまう。

 その中にきっと、僕が得られる楽しさは無い。


 僕の番が近づいて来るにつれ、心音が高鳴っているのが体を通して直に伝わって来る。

 その心音は、僕に緊張を強く自覚させ、ただでさえ少ないフルパフォーマンスを僕から奪って行くに違いない。


 深呼吸をしてみるがあまり効果は無さそうだ。

 次から次へと選手がスターティングブロックから飛び出して行く。


 カウントダウンはあっという間に終わり、僕の番が回ってきた。


 えにしにスターティングブロックの置き方からスタートまで教えてもらった。

 それは大丈夫。

 隣を見ると、僕よりもずっと手慣れた様子でスタート位置についていた。


 やはり、僕は間違えた所に来てしまったようだ。


「位置について、ヨーイ」


 号砲がなった。

 それと同時に、僕の視界に、左右にいるランナーが全員入ってきた。


 出遅れた。ぶっちぎりのドベだ。

 これだから体育祭は苦手だ。

 運動競技というのは、身体能力がものをいう残酷な世界だ。

 まざまざと見せつけられて、嫌にならない人間などいるはずがない。

 えにしのアドバイスを頭の中で反復する。

 地面はグァっと蹴る。腿はグッとあげてグイッと前に出す。それの繰り返し。


 いい感覚で走れている。少しずつ勢いもついてきた。

 しかし、やはり最初に走った時の様な感覚は無かった。

 明らかに前の人達がぐんぐんと僕を突き放していくのが見える。

 きっと、比較されてしまっている。


 半分を切った。未だにドベからは抜け出せていない。


 流れていく景色の中にいる生徒からは、すこぶる遅い惨めったらしい姿に映るだろうなどと想像してしまう。

 それでも、僕の中ではかなり進むスピードは良くなっていると感じていた。

 胸をグッと張り、視界を前に向ける。これもえにしから教わった事だ。


 先頭は5メートル程先にいるだろうか。

 でも、意外とみんながみんな離れているわけでは無さそうだった。


 そして、前を向いて、周りが見えたおかげである事に気がついた。


 えにしがいた。

 着順の旗の下で、えにしが他の係の人と一緒に誘導しながら一着の旗の下で立っているのが見えた。


 こちらをじっと見つめている。

 いや、僕の走りを見ているんだ。

 そして、小さく笑った様に見えた。


 あ、そうだ。僕が唯一褒められた一番大事な事があったじゃないか。


 楽しまないと。

 周りがどう比較しようが関係ない。

 この世界は今、僕だけの一本道で、僕はこのレーンを真剣に、一歩ずつ踏みしめてゴールへと駆け抜けるんだ。


 景色が流れている事すら曖昧になった。

 僕はただ、ひたすらに足を動かして、前に進んだ。


 僕は、真剣に走っているかどうかさえ考える余地が無かった。


 ゴールラインを駆け抜けた時、テープは残っていなかった。

 大人しく、ドベの旗の前に歩いて行くと、係員の人から声をかけられた。


「あなたもう一つ隣ね」


 そう言って、僕はブービーの旗の前に案内された。

 どうやら、後半で一人だけ追い抜いていたらしい。

 僕にしては上出来だ。


「我が弟子よ、おお、ドベ2とは情けない」


 弟子になった覚えはないが、教えてもらったという意味では教え子の方が近そうだ。


「僕なりに頑張って走りました」

「うむ、後半になって楽しんで走っていたのは伝わっていたぞ! グッドじゃ! ただ――」


 そういうと、えにしは、くるりと背を向けた。


「ここに来てくれると信じてたんだけどなー」


 と言いながら、一位の旗の元に戻って行った。


 なるほど、教え子の勝った姿を間近で見る為に、そんなサプライズを用意していたのか。

 ひらひらと手を振りながら、旗の周りでうろちょろしながら、に一心不乱に笑顔を振り撒いている。


 期待に応えられなかったのは非常に残念だ。

 これから少しずつ、体を鍛えてもいいかもしれない。

 自己研鑽は、研鑽している時間を楽しみ、磨き抜いた先に、ある大きな喜びへと向かう予備動作なのかもしれない。

 そう思えたら俄然やる気が出てきた。

 僕はきっと、こういうコツコツとやる系の事は向いているのかもしれない。


 今度こそと胸に熱い想いをこめて、来年も再び百メートル走に出ようと誓った。

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