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 白髪の生えた、よぼよぼのお爺さんが、一人、何もない所に立っていて、僕をじっと見つめている。

 まるで夢の様な感覚でぼんやりとその姿を見ていると、お爺さんが僕に言う。


「私は神だ、今から君を、とある夫婦の元に授ける。きっと幸せになれるはずだ。人は死ぬまでに、何を何回出来るか決められている。それは何か、君達には分からない。だからこそ、精一杯生きなさーあいたたた!」


 荘厳な空気を醸し出していた顔が、突如として皮膚が上部に寄せ集められ、深夜に目が覚めて寝れなくなってしまった人の様に、バキバキの眼力でこちらを見てくる。

 どうやら誰かが髪を強烈に引っ張っているらしい。

 痛い痛いと言いながら、神様が後ろから首根っこを掴んで持ってきたのは、赤子だった。

 どうやら女の子で、白い毛を大量に携えて無邪気に笑っていた。

 それを見た神様は、赤子とは逆に、顔面蒼白になりながら残り少ないのにと落胆の色を見せていた。

 しかし、さすがは神様と言ったところか、切り替えは早く、即座に仕事モードになったらしく、赤子に対し、注意する姿勢を見せる。


「ちょっとちょっと! 君は、まだだってさっき言ったじゃあいひゃひゃひゃ!」


 しかし、赤子を叱っていると、またしても後ろからの攻撃が神様を襲った。

 口の中に手を突っ込まれ、ぐいぐいと引っ張られている。

 神様の口が、まるで、ソーダ味のとある棒アイスについているパッケージの男の子の様に口が広がるのをじっと見ていると、再び赤子が神様の手にぶら下がってくる。

 赤子二人を持ち上げている神様はまるで神様の威厳がない。もはや保育士さんの様だった。


「もう! 君は、まだもう少し後でしょう! なんでこんな所まで来ちゃったの!」


 またしても女の子の様だ。

 この子は、特に表情を変えずに、真剣な顔で未だに神様の口を狙っている。

 僕は、何をすればいいのか、赤子二人抱えて悪戦苦闘している神様をぼーっと眺めながら考えていると、体から小さな光がぽつぽつと溢れ出してきた。

 徐々に、輪郭がぼやけてきて、ここにいられなくなるんだという事が直感で分かるくらいに、感覚が曖昧になっていく。

 だが、それは、いやな感覚ではなく、何か暖かく包み込んでくれる様な安心感の様なものを感じていた。


「あー! もう! この子にちゃんと別れの挨拶したかったのに! 君達何してくれてんの……って、あれ!」


 神様が、慌てふためいて周囲を探しているのが見える。

 不意に肩を叩かれた感触を感じて、そちらを振り返る。


 そこには、神様の後ろ髪を調達した女の子がいた。

 きっと抜け出して、神様が探していたのだろう。

 じっと僕の方を見つめるその目は、頑張れよとでも言いたげだった。だから、僕も頑張るよと目で伝えた。

 伝えきれたのかは分からない。しかし、そっと僕の手を取って握りしめてくれた事は僕の心を大いに勇気づけてくれた。


 ついにこの世界から旅立つという時、神様がこちらにすごい勢いで這い寄ってくるのが見えた。


「それ、離して! 早く! じゃないと力が! 寿命が見えてしまう!」


 何の事だろうかと、手を覗いて見る。


 僕の手には白いよぼよぼの毛束が握られていた。

 そこから先は記憶が無い。

 きっと無事に母親のお腹の中に辿り着き、こうしてこの世界へと生まれ落ちる事が出来たんだろう。

 神様の残り少ない髪の毛と引き換えに、この、寿命が見える目を持って。


 何故、神様の数少ない髪の毛を持っていたら寿命が見える様になったのかは分からない。しかし、あの時の記憶は考えても仕方がないので、寿命が見える目と共に、誰にも言わずに胸にしまっている。

 神様に無礼を働いたなんて、誰に言っても伝わらない。


 はずだった。

 まさか、あの時の神様の汚い毛束を渡してきた女の子とこんな所で会うとは。


「申し遅れました。私、川島夏織と申します。ふふ、知り合いなのに、名前を知らないだなんて、少し可笑しいですわね」


 川島は、口元を、手で隠しながらやんわりと口角を上げている。


「名前を知ってもらえてない相手に告白するのもおかしな話では?」

「いいえ、そんなことありませんわ。だって、私達は、最も古い旧知の仲ですもの」


 そう言って、川島は、今度は口元を隠さずに、ほんの少しだけ笑った。

 何だか、危ない気配がする。

 お上品な雰囲気に隠されているように見えるが、いきなり会って告白してくる人は明らかに危険だ。

 名前をどうやって知ったのかも気になるところだ。

 ひとまず、告白のお断りをいれて、この場を去らないといけない。


「確かに、旧知の仲かもしれない。けれど今の僕は、君の事を何も知らないし、いきなり付き合うだなんて無理だよ」

「なら、お友達からならよろしいかしら?」

「いや、そういう話じゃ……」


 そう言って、川島は、携帯電話を取り出すと、自身の連絡先を僕に向かって提示してきた。


「まさかとは思いますが、これ以上レディーに恥をかかせるおつもりではないでしょう?」


 そういう言われ方をすると、僕は弱い。

 仕方なく、僕は川島の連絡先を登録した。

 すぐに僕の携帯が、川島からのメッセージを読み込んだ。

 可愛らしい犬のスタンプが送られていた。

 そっと携帯を懐にしまうと、それを見て、川島も、満足そうに携帯をしまった。


「これからいつでも連絡が取れますわね」

「……あぁ、そうだね」

「矢代君ー!」


 角から、ひょっこりと、えにしが顔を出してきた。

 僕が、知らない女の子と話しているのを見て、やらかしたと思ったのか、ばつが悪そうに、再び引っ込んでいった。


「お取込み中だった?」

「いえ、用はもう終わったので、大丈夫ですよ。矢代さんをお引止めして申し訳御座いませんでした」

「あ、いえいえ。とんでもございませぬ」


 えにしは何時代の人だろうか。顔も見せずに何をしているのだろうか。


「ごめん、心配かけて。今行くよ」


 川島の横を通り、えにしの元へ向かう途中だった。


「そういう事ですか」


 川島が、そう呟いた。

 慌てて振り返ると、もう川島は踵を返して帰って行ってしまった。

 その後ろ姿は、顔も見えてもいないのに確かに笑っていた。

 やばいのに絡まれたかもしれない。

 旧知の存在と会って、ここまで得体のしれない恐怖に苛まれるのは初めてだった。


「あの人誰? お人形さんみたいですごく可愛かったね!」

「昔の知り合い。まさかこんな形で会うとは思ってもみなかった」

「何話してたの?」

「告白された」

「へぇ、そうなんだー……て、えぇ! 告白!? されたの!?」


 これは、言わない方が良かっただろうか。

 えにしが、鳩が豆鉄砲かと思ったら本物の鉄砲撃たれた様な顔をしている。


「それで、あの……矢代君はなんて答えたの?」

「あんまり知らないから無理って」

「昔馴染みなのに!?」


 説明するのは、上手くできる自信が無いから省略しよう。

 しかし、何も言わないのも怪しまれる可能性がある。

 そういえば、どうやら向こうは僕の事を詳しく知っていたみたいだから、それは言っても大丈夫だろう。


「向こうは、僕の事詳しく知ってるみたいだった。でもどうやって知ったのかよく分からないんだ」

「え、それってもしかして……え? でもあんな綺麗な人が? 正々堂々いった方が絶対に好感持てるのに何でそんなやり方を……?」


 確かに、川島の狙いはよく分からない。

 それに、今は、僕よりもえにしの身の方が危うい可能性が出てきてしまっている。

 何とかして、川島の狙いを突き止めないと。


「とにかく、えにしさんはあの人と関わらない方が良いよ」

「え? 私が? なんで!? 私よりも矢代君の方が危ないんじゃ……」

「僕は、大丈夫だから」

「そう……なの?」


 僕の事は二の次でいい。しかし、僕が関わったせいで他の人にまで迷惑かけ、危害が加えられてしまうのは許せない。

 世の中は、厄介な人間が意外と多いのかもしれない。

 また、問題が増えてしまった。


 頭を抱えながら、扉の隙間越しに見えた長澤リサイタルの中にこっそりと入り込んだ。


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