11
放課後、待ち合わせ場所である、学校から最寄りのコンビニに行くと、片手にカフェオレ、片手にスマホをいじりながらコンビニの壁にもたれかかっている長澤の姿があった。
やはり、近寄りがたい存在感がある。
人は、こういうのを美人だとか、かっこいいとか持て囃すのだろうが、僕はやはり、恐怖を覚えてしまう。
それは、長澤という美形の人物のせいなのか、はたまた長澤という人物のせいでそうなったのかは、分からない。
「すまない、待たせた」
「ほんとだよ、さっと来いよ」
こういう所である。
「んじゃ、行くぞ」
どこへ、なんて聞こうものなら、肘が飛んできそうなので、大人しく着いていく。
長澤は、最寄り駅に入り、そそくさとホームを駆け上がっていく。
着いた列車にすぐ飛び乗ると、二つ先の駅で電車を降りた。
この駅は大きなターミナル駅で、外に出たら飲み屋や、カラオケ、カフェ等の娯楽施設や飲食店がズラリと並んでいる。
高校生や、大学生等が、集まってやる事がないけど、ひとまずここに来れば時間を潰せるといった目的で寄ったり、一分一秒に忙殺されている社会人の方達が、隙間を埋めるように、駆け回っている様な騒がしい駅だ。
僕は、この駅が苦手だ。
理由は簡単だ。
人が多いから。
人がいればその分だけ寿命が見えてしまうから、こちらの気苦労も計り知れない。
ゆったり過ごしている大学生の寿命が途方もなく減らないものだったり、誰かの為に身を粉にして働いているサラリーマンの数字がすごく少なかったりなんて事がざらに起きている。
それぞれの人生に傾倒してしまうのだ。
これから、あの大学生はどんな人生を歩んで行くのだろうだとか、あのサラリーマンは誰の為に働いているのだろうか、人生に悔いはないのだろうかとか、そうこうしているうちに、また新しい数字を抱えた人が颯爽と過ぎていくのである。
人の一生とはなんなのだろうか。
この駅に来るというだけで、ここまで考えている人はいないだろう。
僕は、寿命が見えてしまうから、考えざるを得ないのだ。
だから、この駅に来ると、人よりも多く疲れてしまうからあまり好きではない。
そんな僕の気持ちとは裏腹に、長澤は慣れたようにスイスイと人の波を進んでいく。
駅前には、常に人が大勢いて、なんの目的か分からない人達が、募金やら何やらをたくさんしている。
そんな人達の優しそうな声を、長澤は聞こえていないかのごとく、スルーしていく。
待ち合わせてから約十五分程、何も話す事もなく、黙々と移動をこなしていた。
もしや、何かを試されているのだろうか。
この前言っていた、えにしを遠ざけるという、あれに関しての何かをこの駅でしようというのだろうか。
僕が、これから何かをしていくにあたって、えにしを傷つける事がないか、チェックしようというのだろうか。
それならば、今回は、気合いを入れねばならない。
長澤の後ろについていくと、一軒のカフェに入って行っていこうとしたのが見えたので、扉だけ開けて再び、長澤の後ろに戻る。
最近、近所に雨後の筍の様に店をたくさん構えだした、名前をよく聞く、有名な店だった。
「まだフラッペの新作飲んでないんだよな」
「そうか……」
長澤が、僕と待ち合わせてからはじめて喋った言葉がこれだった。
もしかすると、カフェでスマートに注文が出来るかなんて事を試されているんじゃないだろうか。
カフェなんて、来た事がない上に、謙太がたまに言っているあの呪文の様な長い商品名を今言わなくてはいけないのか。
これはさすがに万事休すだ。
何も出来ない。
「フレッシュパインの爽やかクールフラッペ二つお願いします」
死を待つだけだと思っていたら、まさかの長澤が注文してくれた。
それにしても、フレッシュに、爽やかにクールって、どれだけスッキリした感覚になりたいんだ、断捨離でもしたいのか。
手際良く、二つの爽やかフラッペとやらが運ばれてきた。
「長澤、お金」
「いいよ、ここは奢る。さ、いくぞ」
「あ、ありがとう」
席に座るわけでもなく、長澤は、僕にフラッペを一つ押し付けると、店の出入り口へと向かった。
僕が扉を開けて、二人で同じ新作のフラッペを持って外へと出る。
結局、何をしたいのだろうか。
フラッペを少し口に含んでみる。
パインの甘さが際立っていて、とてもスッキリとは言えない激甘スイーツの様な味だった。
僕にとっては甘過ぎる。一口飲む度に、背筋がゾワっとする感覚に陥る。
が、奢ってもらった手前、何も言わずに黙々と飲み進める。
「うまいか?」
「うん、甘い」
「そうか、甘いの嫌いか?」
「いや、好きだよ」
「そうか」
そう言うと、長澤もフラッペを少し飲んだ。
「これ、めちゃくちゃうまいな。爽やかめっちゃ推してたから、甘くないのかと思ってたけど、ちょうどいい」
長澤は、見かけによらず、ものすごく甘党だった。
いや、そういえばと、不味そうな甘いパンをえにしに買わせていたのを思い出す。
謙太とあのパンの為に、無理矢理腹痛を起こした事を思い出すと、フラッペの冷たさが腹部を刺激してくる。
「あそこのフラッペ、新作出る度に毎回飲んでるのか?」
「あぁ、みんなよくあそこの話するからな。本当は甘いコーヒーが飲みたい時もあるんだけどな」
甘いコーヒーとは、どのレベルなんだろうか。
長澤の言う甘いとは、もはやコーヒーの枠を飛び出ているのではないだろうか。
なんて考えながら、キビキビと歩く長澤の後ろを歩いていくと、長澤が入っていったのは、娯楽施設をごった煮にしたようなアミューズメントパークだった。
慣れた様に入り口に向かってするすると進んでいく長澤に、置いて行かれないように付いていく。
ドアを開けてあげなければと思い、前に出ようとすると、自動ドアが音を立てて僕と長澤を出迎えてくれた。
「いつもいつも、八代は何してんだ?」
「……別に何でもない」
これは、新しい発見だ。
自動ドアは、どうやら長澤が開けた事にはならないらしい。
頭の上の数字が微動だにしなかった。
「長澤、これから自動ドアを積極的に使ってくれ」
「はぁ? 自動ドア? 何言ってんだ?」
これは、大きな収穫だ。
何かをする系統の寿命は、自動化する事で回避できるんだ。
僕の中で、何か大きな扉が解放された様な気がした。
そのまま、長澤に付いていくがままに連れてこられたのは、ボウリング場だった。
「よし、今からボウリングやんぞ」
「ほう……?」
テスト週間中にこんな事をしていて良いのだろうか。
でも、そんな事言ったら膝が飛んできそうだ。
自動精算機で気がついたら会計を済ませていた長澤が、貸靴のコーナーに進んでいく。
「ほら、貸靴選べよ」
「あ、うん。お金は後で払うから」
「いいって、気にすんな」
160センチは超えているであろう長澤の背丈にしては小さめの23センチの靴を選び、ローファーを脱いで履き替えている。
顔のスタイリッシュさも相まってか、まとまりのある長澤の制服姿だったが、貸靴の独特のビビットカラーが、全ての調和を一瞬でぶち壊した。
ローファーの偉大さをひしひしと感じる。
「あんまり、ジロジロ見るな! 貸靴なんて、ダサいもんだろ、早く八代も履け! ほら!」
促されるままに、僕も貸靴に履き替える。
「ははは! よし、ダサい! これでお前も仲間だ! さぁ、行くぞ!」
長澤は、意外と大人げないところがあるみたいだ。
しかし、足下がどれだけダサくても、大人げなくても、ボウリング場へ向かうその足取りは洗練されていて、まるでモデルの様だった。
ここでもきっと、何かを試されるのだろうか。
ある程度良い成績を残さないと、相応しくない人物のレッテルを貼られてしまうのかもしれない。
レーンに行くと、ユカ、ヤシロと二人のスコアが上から吊るされているテレビ画面に表示されていた。
「よし、やるぞ!」
気がつけば、長澤は手にボールを持っていた。
女性にしては重めの11ポンド。
どうやら本気の様だ。
僕も適当に指に合いそうなボールを選び、持ってくると、長澤が投げたそうにうずうずしていた。
「ごめん、お待たせ。いいよ、投げて」
「おう!」
長澤は、嬉しそうに向かっていく。
様になっている構えから投げられた11ポンドのボールは、ゆっくりながらも、カーブを描いて、見事ピンの真ん中を捉えた。
「惜しいー!」
綺麗に倒れたが、不運にも残った二本のピンを見て、恨めしそうな顔を浮かべている。
「惜しい、長澤上手いな」
「友達とよく来てるからなー! 見てろよー!」
ウキウキで向かっていった長澤は、見事にスペアを取り自慢げに帰ってきた。
今までに見たことが無いくらい得意げな顔をしている。
「はは! どうだ!」
そういうと、長澤は手を僕に向けてきた。
僕が、不思議に眺めていると、僕の手を無理矢理掴んでハイタッチした。
「ここまでがセットなんだよ!」
「そうなのか、あんまり来たことがないから知らなかった」
「そうか、なら笑わねーから、好きに投げて来い! ほら、やってこいよ!」
そうやって、半ば強引に送り出された。
とりあえず、長澤の見よう見まねで投げてみる。
あんな綺麗なカーブはかけられそうにないのでなんとなく真っ直ぐに。
すると、いい音を立ててピンは一投で全て倒れた。
口をあんぐり開けている長澤の元に帰る。
確か、こういう時にハイタッチしにいくんだったよな。
「はい、長澤」
手を出すと、そっと手を合わせる様にハイタッチが返ってきた。
なんだか、元気がなさそうだ。何かしてしまっただろうか。
心配していると、そそくさと立ち上がり、ボールを念入りに拭きだした。
「負けねぇ……! 八代! このゲーム勝負だ!」
「あ、あぁ……分かった」
たかだか、一球ストライクになっただけで、長澤の何かに火をつけてしまったらしい。
どうやら、長澤はかなりの負けず嫌いらしい。
勝手に勝負の火蓋が切って落とされた。
序盤、僕は最初のストライク以外は、からきしだった。長澤もスペアを取ったり取らなかったりといった具合の立ち上がりだった。
しかし、長澤は尻上がりに調子を上げ、ストライクとスペアのみでスコアを埋めていく。僕は特になんの見せ場もなく、そのゲームは最終投球を迎える前に勝負がついていた。
長澤は、ストライクを取り損ねると、まるで負けが決まったかの様に悔しがり、逆にストライクを取ると、もう勝利したかの様に喜びを爆発させていた。
それは、ハイタッチの強弱にも現れていた。
しかし、僕がいい投球をした後でも、悔しそうにはしていたが、ハイタッチは欠かす事は無かった。
「ふふ、まぁ、こんなもんだろうな!」
僕に勝った事が随分と嬉しかったのか、終始上機嫌だ。
やはり、最終投球を終えても目立った活躍もなく終わってしまった。
これは、僕としては長澤の機嫌を損ねなかった事がプラスという事にしておこう。
「少しお手洗いに行ってくる。次のゲーム行くのは待っとけよー」
「分かった」
手持ち無沙汰になり、フラッペを口に含む。
やはり甘い。
運動をした後なだけに余計に甘さが際立つ。
長澤は、もう既に飲みきっていた。
よくこんな甘いものをこの短時間で飲み切れるなと感心しながら、空の容器を捨てに行き、水を二本自販機で買った時だった。
「やめろよ!」
近くで、聞き慣れた声がした。
体がすぐに反応した。
僕は声の方に飛んで行った。
声が聞こえた場所では、長澤が、二人の私服の男に絡まれていた。
トイレのすぐ外で待ち構えられていたのだろう。
片方が金髪で長澤に話しかけており、茶色髪の方が、トイレの入り口を塞ぐように立っている。
「君、女子高生? めっちゃ可愛いね! ちょっと俺らと遊ぼうよ!」
「は? 遊ばねーし、今連れいるから」
「え、まじ? なら連れの子も一緒に遊ぼーよ!」
「だから、遊ばねーって言ってんだろ!」
大学生くらいの二人組が、長澤に好意を持って共に遊ぼうと打診している。
見た目で判断して良いわけじゃないが、髪の色やルーズなファッションスタイルから見ても中々遊んでいる様に見える。
寿命は、物を落とすと、全力疾走で共に十万回以上ある。
長澤は、ひどく鬱陶しそうな顔をしながら、常に嫌だと言い続けているが、相手も中々下がらない。
「長澤、どうした?」
「八代! ちょうど良かった! あいつが連れだよ! もう分かっただろ、早く離れろ」
「ちっ、連れって男かよ」
「てか、そんな奴より、俺らと遊んだほうが楽しいよ? な? どうよ」
一人が、無理矢理長澤の腕を掴んだ。
それを見た瞬間、体が勝手に相手の腕を掴んでいた。
「嫌がってるの、分かりませんか? そろそろ警察呼びますよ?」
しばらく睨み合いの格好になった後、悪態をつきながら、男達は不機嫌そうにどこかへ去っていった。
比較的物分かりのいい人達で助かった。ひと暴れされてたらもっと面倒な事になっていた。
物だって落としていたかもしれないし、全力疾走しなければいけない場面だってでてきたかもしれない。
「ありがとな、八代、助かったよ」
「大変だったな、役に立てて良かったよ」
「あぁ……ほんとに、あぁいうの虫唾が走る」
長澤は、まるで気色の悪い虫でも見たかのように、顔を歪ませながら、怒りに震えていた。
長澤くらいのルックスだと、ああいう類の男達がわらわらと寄って来るのだろう。
散々嫌な目に遭ってきた、とでも言いたげな雰囲気だった。
「あいつら、私の何が良くて声かけたんだろうな、ほんと嫌になる」
僕は、返事をしなかった。
「よし! じゃあ気を取り直して、続きやろうぜ!」
「分かった」
長澤は、その後吹っ切れたように、全力でボールを投げまくっていた。
僕も負けじと投げ続けた。
二人で二時間ほど投げ続けたあたりで、僕の指はボールを持っていないのになんだか、ずしりと重たい感覚が残る様になっていた。
それを知ってか知らずか、長澤の方から切り上げようと言ってきたので、そのままボウリング場を後にした。
結局、一度たりとも長澤にはスコアで勝つ事が出来なかった。
長澤は、まだ次に向かいたい場所があるのか、歩みを進めている最中、僕に一度も負けなかった事をいたく誇らしげに話していた。
身振り手振りを交えて、一緒にいたというのに、わざわざ解説を丁寧につけて、自身の良かったところと、僕の良かったところや、アドバイスを嬉しそうに話している。
前を歩いている長澤が、チラチラと振り返り、そのキラキラした目を向けてくるのは、見ていて悪い気はしなかった。
次に向かった先は、ショッピングモールの中にある服屋だった。
「よし、次は服だ! 少し見たいのがあったんだ! 付き合ってくれ! そのかわりお前のやつも見てやる!」
これは、いわゆるショップというやつか。
僕の着る服は、いつも大手チェーンの服屋で済ませているから、こんなちゃんとしたテナントのお店は敷居が高くて入りづらい。
きっと、若いバチバチの店員さんが、服を売ろうと、あれこれ勧めて回ってくるんだろう。
そんな僕の憂いは当然の如く、長澤には理解されずに、なすがままに店の中へと入った。
「いらっしゃいませー!」
若い女性の店員さんの甲高い声が響き渡る。
イメージ通りだ。
長澤が、店内の服を何着か手に取って確認していると、どこからともなく、店員さんが現れた。
「何かお探しですかー?」
ほら、イメージ通りじゃないか。
こうなったら気まずい。何となく、趣味の合わないものでも、押し切られて買ってしまいそうになる。
服は、高校生にとっては決して安くない買い物だ。流されて買っていいものではない。
さぁ、どうやってやんわりと回避したものか――
「あ、今は大丈夫です」
長澤は、きっぱりと断った。
「はーい! また何かありましたらお声がけくださーい!」
にこやかに去っていく店員に一瞥もくれずに、服を真剣に見ている。
さすが長澤だ。こういう時、ものすごく頼りになるな。
それにしても、この服屋、完全に女性用の服ばかりで、男の僕がいるのは少々居心地が悪い。
「何か探しているのか?」
さすがに、少し後ろでついて回るだけというのもばつが悪くなってきた。
うーん、と適当な言葉が返ってくるだけで、相変わらず視線は服にかじりついたままだ。
もう少しだけでいいが、こちらを助けてくれると嬉しい。
店員さんの香水なのか、やたら甘いにおいがぼくの鼻をくすぐる。
「この二つがいいな」
長澤が持っている服は、僕には見分けがつかない程度の差しかないトップスだった。
「そういうのが流行っているのか?」
「流行り廃りは、関係ない。私は私のやり方で着たいものを着る様にしてる」
「そうか、それは良いな」
真剣に悩んだ末に、長澤は右手に持っていた服を買った。
試着もせずに買おうとするので、試着は良いのかと声をかけたら、ここの店のサイズ感は分かってるから大丈夫と言ってそのままレジを通した。
「それじゃ、八代の服見に行こうか」
表情にはあまり出てないが、紙袋を片手に満足そうにしている。
人並みを器用に抜けていくその後ろ姿だけでも、楽しかった事が伝わってきた。
「それ持つよ」
「お、サンキュー。八代、そういう気遣い出来るのな」
「僕は、何だと思われてるんだ」
「ははは、ごめんて」
長澤に連れてこられたのは、僕でも名前くらいは聞いた事があるような。比較的有名な店だった。
「いらっしゃいませーっ!」
どこに行っても、この感じなのかな。
もう少しトーンの落ち着いた人はいないのだろうか。
「八代には、こういうのが似合うと思うんだよなー!」
店内を見回していると、長澤が、もう上下セットを揃えて持ってきていた。
「お姉さん、こういうのとかどうですか? お連れ様スタイルが良いので、これは似合いそうですよ!」
「あぁ! それもいいですね!」
気づいたら店員さんと僕を仲良くコーディネートしていた。
本人そっちのけで、あーでもないこーでもないと、楽しそうに話を弾ませている。
おかしい、お店の雰囲気は僕の方よりなのに、人が明らかに僕よりじゃない。
「はい、八代これ着てきて、後これも」
「はい」
動くマネキンに成り下がった僕は、言われるがままに、着てみる。
おぉ、これは中々様になっている。
タイトなパンツとかあまり履いた事はなかったが、黒だと意外とシュッとして見栄えが良いな。
それにこの上のシャツも無難でありつつも、細かいワンポイントなどで、小洒落た感じがでている。
やはり、センスが良い。長澤と店員さんが改めてすごいと思った。
「着替え、終わりました」
笑い声が絶えない所、申し訳ないが、二人には本題と思しきこちらを処理していただきたい。
試着室から出て来たら、おぉーと、それなりの反応をいただけた。
優しい反応をくれてありがとうございます。
「そういう感じなら、上をオーバーサイズ気味に着せてみるのもありかなー」
「それか、少しルーズなパンツにして、前を開けた少し柄の強い特徴的なシャツと合わせるのもいいかもですね!」
その後も、動くマネキンを二十分程やった結果、二人の一番しっかり来るものが見つかった様だった。
黒のスキニーに、白Tシャツ、その上から薄青地のシャツを重ね着するという比較的無難なスタイルだった。
これは、かなり僕がまともに見えている気がする。
照れながらも、二人の前に姿を現した。
「どう?」
「おぉ! 良いじゃん!」
「お連れ様、かっこいいですね! 素敵です!」
何だか、照れてしまうが、素直に嬉しく思う自分もいる。
「八代は、そういうのが似合うんだな」
「そうなのかな」
「とってもお似合いですよ!」
ニコニコ顔の店員さんを見ていると、ほんとにそうなのかと思えてきた。
「これ買います」
気がつけば、僕の口はそう言っていた。
結局、僕は雰囲気には勝てなかった。
会計をする時、店員さんにぼそりと、「仲良さそうですね」と呟かれた。
それが、お世辞か何か僕には分からなかった。
服を買った後、特にやる事もなくなった為、そのまま帰る事になった。
テスト週間とはいえ、長澤に色々連れ回されて、最初は何をされるかとドキドキしていたが、案外そつなくこなせたのではないだろうか。
これで、まだ僕は、えにしとの関係を断ち切られるような事はないだろう。
駅までの帰り道は、上機嫌な長澤の後ろを荷物を持ってあるいた。
「八代、今日はどうだった?」
ホームで、待っている間、不意に長澤が尋ねてきた。
「いい息抜きになったよ」
「そうか、なら良かった。八代、最近なんか根を詰めた様な感じだったから、ちっとは息抜きになればいいなと思って誘ったんだ。どうだ、私の息抜きコースは。楽しかったか?」
煌びやかな流し目が、一瞬優しい瞳に変わる。
どの角度から見ても長澤は隙がない。
そうか、長澤は、僕を試す為に呼んだのではなく、僕に気を遣って、息抜きをさせてくれようとしていたのか。
それにしても、自分の息抜きコースをそのまま人にもやらせるあたりが、長澤らしい。
そして、これがおそらく、謙太が言っていたヤンキーが子猫に優しくしているところを見るとキュンとする理論だろう。
なるほど、少しその理論に納得がいった気がする。
「あぁ、とても楽しかったよ。ありがとう」
「そうか、そりゃ良かった」
肩の荷が降りた様に、ふっと笑う長澤は、とても自然だった。
「それにしても、なんか今日、店員さんの目がやたら温かかった気がするな。まるでなんか、微笑ましいものでも見ているような……」
そう言われて、今日一日を振り返りふと気がつく。
「あぁ」
「あ!」
これは、世間一般でいうところのデートというやつではないだろうか。
恐らく長澤も気付いたのだろう。迷子になった小さい子の様に露骨にあたふたしている。
だからあの服屋の店員さんは、似合ってますねと言ってきたのか。
気づいたと同時に、今日の事は絶対に謙太には言わないようにしようと、胸に誓った。
「いや、勘違いするなよ! ただ……私は八代が元気なさそうに見えたから、少し元気付けてやりたかっただけだよ。私にも責任があるし」
長澤が僕に対して感じる責任とは、なんだろうか。
ちっとも思いつく節がないが、元気付けようとしてくれる心意気は素直に嬉しい。
「大丈夫、分かってるよ。ありがとう」
かなりハラハラしていたのが本音な所はあるが、これはこれで楽しかった。
長澤の意外な一面がたくさん見れたのも良かったと思える。
「へぇー」
「……? どうした?」
「八代も笑うんだな」
「ん? 僕も人間だから、笑う時は笑うが?」
「そういう意味じゃねーよ! ほんとカタブツだなぁ」
そう言った長澤は、珍しく笑っていた。
一日中持ち歩いていた甘ったるいフラッペの空容器を、側にあったゴミ箱に捨てる。
長澤と別れ、僕は、夕焼けを背に帰路へと就いた。
指先に残る重たい感覚と、腕にかかる紙袋、背筋に走るゾワりとした感覚を大事に抱きながら。




