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 謙太の頭の上の数字が減ってから一週間が経ち、テスト週間に入った。

 周りがテストに向けて、真剣に動き出す中、僕たち四人も、ほぼ毎日の様に集まり、勉強を行っていた。

 あれから、謙太の頭の上の数字は減っておらず、様子も特におかしい所は見せなかった。

 僕の前で、見せない様にしているだけなのは、分かりきっているのだが、謙太が明らかに踏み込んでほしくないオーラを出している為、聞けずじまいでいる。

 えにしも、部活が一時ストップとなり、部活に所属していない三人と一緒のタイミングで勉強出来るようになり、かなり捗っている様だった。


 このままなら、過去最高点も余裕だと息巻いている。

 彼女の最高点がいくつかは知らないし、これだけ勉強しているのだから、とってもらわないと困るわけだが、なんにせよ、やる気があるのはいい事だ。


 それに引き換え、僕はあまり勉強に身が入っていなかった。

 突如として現れたえにしの存在もそうだが、謙太の事も頭から離れない。

 そういった不安から、みっともない所を少しでも見せたら、長澤によってえにしと距離をとらされてしまいそうで、息つく暇もない。


 人は、意外にも精神的な疲れに弱いのだと、実感する。


「八代君、ちょっといいかな」


 えにしが、オレンジジュースを飲みながら、世界史の問題集を開き、分からないところに指をさしている。


「ここなんだけど……」

「ちょっと待ってね……あぁ、ここの答えはAかな」

「違うぞ、そこの答えはCだ」


 長澤が自分の教科の片手間でえにしの方まで体を乗り出して、僕にまで伝わる様に懇切丁寧に教えてくれている。


「なるほど! 由香ちゃんあったまいいー!」

「なるほど……」

「由香ちゃんすごーい!」

「飯田は黙って勉強してろ」

「はいぃー! すいませーん!」


 謙太は、塾のCMに出てきそうなくらいにわざとらしくペンを走らせていた。

 僕とした事が、文系科目は僕が教えないといけないのに、長澤の手を煩わせてしまった。

 やはり、集中しきれていない。

 もっと、頭を回転させないと。こういう場でもきちんと頭の中に内容を入れないといけない。

 ひとまず、謙太と、えにしの事は一旦忘れよう。

 今すぐどうにかなる様な問題じゃない上に、今が疎かになっては元も子もない。


 勉強に戻ろうとしたら、額に何かが当たる感触がした。


 前を向くと、えにしも、長澤も机に向かっている。

 おかしい、念の為謙太の方を見てみても、やはり小学生向けの通信教育のCMばりにペンが動いている。

 逆にそんなに動かして意味があるのか気になってしまうレベルだった。


 ぽつんと、再び何かが、額に当たった。

 今度は、何が起きたか視認する事が出来たが、少し信じ難かった。

 長澤が消しゴムのカスを丸めて爪で僕の方に弾いて遊んでいたのだ。

 しかも、バレない様に、巧妙に、勉強しているフリをして、指先だけでカスを弾いている。

 あえて、声を出さずに、長澤の方をじっと見つめる。


「なんだよ」

「……別に」


 声色と、目つきはいつも通りの反応だった。

 しかし、そんな顔で睨もうとも、口元が笑っていたら意味がない。

 イタズラをするのに慣れていないのか、笑いが全く堪えれていない。

 全く、高校生にもなって、消しゴムのカスをぶつけて遊ぶだなんて、長澤も意外と幼稚な面があるものだ。

 長澤に邪魔されて、集中力も切れかけている。

 少し、休憩がてら飲み物を取りに行ってこよう。

 席を立つと、何故か長澤が、「飲み物か? 私も行く」と言って、わざわざ、えにしの奥の席から飛び出てきた。

 僕の隣に並ぶと、長澤はケタケタと笑い出し、肩をバシバシと叩き始めた。


「あはは、悪かったって」

「別に、怒ってはないけど」

「お前、中々いい反応するから面白かったぞ。キョロキョロして、警戒してる猫みたいだった」


 長澤は、笑いながらずっと僕の肩を叩いている。

 持っているコップが落ちそうになり、少し力をこめる。

 長澤は、意外と力が強い。こんな華奢な体のどこにそんな力があるんだ。


「あ、ごめんなさい」


 近くで、小さな女の子がコップを持ちながら、知らない大人の男性とぶつかった。

 男性の頭の上は、『動物を撫でる10000』

 少女の頭の上は、『転ぶ 200』と書いてあった。

 男性は、優しく対応して去って行ったが、僕は少女の方が気になった。

 転ぶと、二百という数字は、あまりにも少ない上に頻度が高い。

 それに、コップに集中しているせいか、足元がおぼつかない。

 少女が、よたよたと歩きながら、ドリンクバーの元へ、行く途中だった。


「あっ!」


 少女がよろめいた。

 見ていた僕は、咄嗟に体を掴み、抱え上げた。

 少女が持っていたコップと、僕が持っていたコップが同時に地面に放たれて割れてしまった。

 すぐに頭の上を確認する。

 よかった。数字は減っていなかった。


「うぇーん!」


 突如として、少女が泣き始めてしまった。

 コップを落とした事や、転びそうになった事が怖かったのだろうか。

 コップを二つ割った上に、泣き叫ぶ少女と狼狽する高校生がいる現状は、衆目の見るところであった。


「どうしたのリカちゃん!」

「ママー!」

「お客様お怪我はなさいませんか?」

「はい、僕もあの子も無事です」

「由香ちゃん、八代くん大丈夫?」


 その後、事情を説明して、リカちゃんと呼ばれた女の子の保護者からはお礼を言われ、店員さんにガラス片を片付けてもらい、謝罪をして事なきを得た。


 無事、飲み物を取り、席に着くと、まず真っ先に、えにしが口を開いた。


「何事かと思ったけど、怪我がなくて良かったよー」

「私は何にもしてないからな。それよりも、お前……」


 長澤が鋭い瞳でじっと見つめてくる。

 前にもこんな事があったような気がする。


「あの女の子がこける事分かってたのか?」


 しまった。長澤はこういうところがやけに鋭い。

 寿命が見えていたせいか、あぁいう時の反応がつい早くなってしまう。


「いや、なんかよたよたしてたから、少し気になって」

「それにしては、その前からずっと見てたよな」


 長澤は、僕の事観察しすぎじゃないか?

 息苦しさを感じる程に問い詰めてくる。

 どうしようか。


「もう、由香ちゃん! あんまり八代君にそれやっちゃだめ! 困ってるでしょ!」

「あぁ……すまない」

「ごめんね、八代くん。由香ちゃん気になる事があると質問マシーンになっちゃうの」

「質問マシーンに……」

「そこ、真に受けるな!」

「悠壱、ここの問題が分からないんだが」

「おぉ、マイペースだな謙太」


 長澤の疑念が払拭出来たのかは分からないが、謙太の誤魔化せた。

 僕達は、その後も時間いっぱいまで勉強をした。

 他の三人は手応えを感じているらしいが、僕はどうしても身が入らなかった。

 どこからともなく、帰ろうかという雰囲気が流れた時だった。


「テスト週間だが、明日の勉強会は中止だ」


 寝耳に水だった。

 何を思ったのか、突然そんな事を言い出す長澤の真意をはかりかねていると、謙太が僕より先に質問した。


「どうして? 勉強すればよくない?」

「お前達、よく頑張ってるだろ? 頭悪いし、勉強もまともにしないのに」

「二言くらい余分だけど、由香ちゃんの言う通り頑張ってるよ」

「だから、たまには休もうって話だ。そんだけ。勉強したりないなら集まんなくても、家で勉強して、明後日の勉強会で分かんないところは私か、八代に聞けばいい。とにかく明日は休み! 分かった?」

「はーい」

「はーい!」


 そういうことで、と言って締める様に、長澤は両手を叩いた。

 真似して謙太も両手を叩き、ファミレスを後にした。

 長澤の提案とはいえ、一人で過ごせる時間はありがたい。

 考えを整理して、少し眠るのも良い。

 勉強が出来そうなら一気にやってしまうのもありだ。

 どうしようかと、降って湧いた休息日に思考を凝らしていると、肩をツンツンと叩かれた。


「おい、八代」


 長澤だった。

 謙太やえにしに聞こえない様に、こっそりと話しかけてきているのが、不思議に思ったが、何かやましい事でもあったのだろうか。


「なに?」

「明日の休み、ちょっと付き合え」

「……え?」


 休みの日が、休めない予定で埋まってしまった。

 社会人が平日に働ききって、休日に、何か気が乗らない予定が入る気持ちはこういう事かと、何故か大人に同情する気持ちが湧いた。

 生きていくというのは、存外難しいのかもしれない。

 人と関わるという事は、避けては通れない上に、この上なく大きな壁なのかもしれない。


 何故、謙太やえにしじゃなくて僕なのだろうか。

 帰り道でいくら考えても答えは出なかった。

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