第四話 脱獄と誓い
六日目の深夜。見張りのはずの騎士は完全に酔っていた。
「チッ、くしょがよお……、何で俺がこんな事してりゅんだぁぁあ?」
昼間、相方との会話を聞いていると彼女に振られたらしい。
今はやけ酒中で、もう空瓶を十は床に転がっている。
「…………男」
何やら騎士は俺を見て呟いた。
それから牢屋に近付いて来る。
「へ、へへ……。まあ、あれだ……、男でも穴はあるしな……」
ちょ、ちょっと待て。お前何する気だよ。
騎士は腰に下げていた鍵で牢屋を開けて、侵入して来た。
「抵抗するなよぉ? いや、できねぇか……。へへっ、まあ多少叫んでも誰も来ねぇからよ……」
本当にヤル気らしい。
ズボンを落とす衣擦れの音が聞こえる。
気色が悪い。深夜というには少し早いが、もう始めるか。
「よっこいしょ」
「【視界暗転】
倒れる俺に騎士が覆い被さろうとした瞬間、闇魔法を掛けた。
【視界暗転】は相手の視界を暗闇で塗り潰す魔法だ。
「ぁう? 何だぁ? 暗ぃ……」
「マックス、掻き切れ」
瞬間、騎士の首から鮮血が弾け飛ぶ。
喉笛を潰されたのだろう。悲鳴も上げられず、騎士は出血大量で死んでいった。
鼠のスケルトンは非力だが、動きが封じられた相手の動脈を狙わせる事は容易い。
「少し早まったが、始めるか」
起き上がり、固まった身体を動かして骨を鳴らす。
徐々に使用人たちが姿を現して……。
『マ、待ッテ欲シイ! 我ニモ暴レル機会ヲクレ!』
先ほどは現れなかった、騎士風の男が使用人に混ざって立っていた。
「何だお前は。騎士……、なのか?」
『カツテ王女ニ利用サレタ挙句、反逆者トシテココデ餓死サレタ騎士ダ! コノママ何モセズニ死ンデタマルカ! 奴ラヲ少シデモ多ク道連レニシテヤル!』
使用人に確認のために目配せすると、こくりと頷いた。
本当の事らしい。まあ、怨念は嘘を吐かないからな。
こいつも相当な怒りを抱えているのだろう。
「良いだろう。お前もこの世に蘇らせてやる」
と言っても、幽霊ではこの騎士の力を存分に発揮できないか。
何か出来ないかと探せば、ちょうど下に死にたての騎士の死体がある。
これならちょうどいい器になるだろう。
「【死霊誕】!」
「「「お、おおっ!!」」」
そして誕生する、二十一体の幽霊と一体の首無し騎士デュラハン。さっきまで死体の首はあったが、どこに行ったんだ? まあ問題無さそうだし大丈夫か。
「好きに暴れろ。ただし、長い黒髪の女は殺すな」
『『ハッ! 感謝シマス、我ラガ主ヨ!』』
そして、デュラハンは扉を打ち破り外へ。幽霊は壁を擦り抜けて、王の寝室へ向かった。
ひとまず外の注意が彼らに集まるまで、視覚共有で城内の様子を覗く事にした。
『殺ス殺ス殺ス!!』
「ひ、ひぃ! 何なんだこの化け物は!」
「デュラハンだ! 危険度Aのアンデットだ! 聖水を教会から持って来い!」
デュラハンは地下牢から出た後、ひたすらに兵士を蹴散らして、愚直に進んで行った。
派手だが効果的だ。城内の兵士たちが皆、デュラハンに注意を向けて集まって行く。事前に鼠を城内の要所に散らしていたので、その辺りも確認できた。
そんな中、誰よりも先にデュラハンの前に立ちふさがる男が一人。
「……何やってるんだ、林?」
懐かしいクラスメイト、林だった。
たった六日しか経っていないのに
「ふははは! 来た、来た! イベントだ! ここで僕が覚醒して無双―――――『邪魔ダ、デブ!』―――――ぴぎゃっ」
オタクの林は、呆気なく右半身と左半身を両断されて死んだ。
馬鹿だなあいつ。生産職だって事を忘れていないか?
完全に近接型のアンデットに敵うワケが無いだろう。
「ゆ、勇者様が一人死んだぞ!」
「奴を包囲しろ! いずれは力尽きるはずだ!」
不思議だ。
友達でも無かったただのクラスメイトだったとは言え、同郷が一人死んだのに何の感情も湧いて来ない。
死霊術師は例外なく犯罪者、というのもあながち間違っていないのかもな。
『ウ、ウウ、オオオオオオオッッッ!!!」
デュラハンが雄叫びを上げ、騎士達をなぎ倒す。
負けじと騎士達も集まり、デュラハンを殺そうと陣形を組み出した。
決着に時間はかからないだろう。
視界を王の寝室に向かった幽霊たちに切り替える。
「な、なんだこやつらはぁああああ!?」
「くっ、陛下! 私の後ろに隠れて下さい!」
二十一体の幽霊と相対しているのは、国王を背に庇う騎士団長だ。
『陛下ぁ~? 私を、私達を覚えているかしら~?』
「お、おおお、お前はアンジェラ!? フランに、ガルシアも……! だが、貴様らは死んだ! そう、死んだはずだ!」
「蘇ったのよぉおおおお! 陛下の顔の皮を剥ぐためにねぇええええ!」
騎士団長と言えども、国王を庇いながらではまともに戦えないらしい。
防戦一方で、このままなら殺せそうだと思っていれば、一つの影が躍り出た。
「騎士団長! 加勢するぜ!」
「サワムラ!?」
「テメェら、叩き斬ってやる!」
現れたのは沢村だった。
六日間で随分と鍛えたらしく、剣を振るって幽霊を両断して行く。
デュラハンの方にも平口や佐藤が向かったので、これだとすぐに終わりそうだ。
その前にさっさと逃げてしまおう。十分に王城の注目も、デュラハンと幽霊に集まったしな。
俺は壁に掛けていた外套を纏い、地下室から出て右に回った。
突き当りの壁を叩くと石が外れ、そこから脱出すると庭が広がっていた。
そのまま王城の下、城下町を通り、騎士団の馬小屋にまでやって来た。
「ごめんな」
適当な馬を選んで、喉を切り裂く。
大量の血が飛び散るが外套がそれを遮った。
俺は馬に乗れないし、一度殺して死霊誕して命令した方が上手く操れるんだ。
ゾンビとなった馬に乗り、血まみれになった外套で傷口を塞ぐ。
これでゾンビだとは人目で分からないはずだ。
「行け!」
そのまま疾走する。
かなりの速度が出ているはずだったが、風を感じなかった。
今は夜だ。体感では二十三時半。大半の人間は眠っているが、それでも王城での騒ぎを聞きつけて起きるかもしれない。
時間との勝負だ。門まで続く大通りを一直線に走り抜ける。
道中、住民が少しずつ通りに出て来るのが見えた。
やはり騒ぎが大きすぎたか。王城は……、だめだ。デュラハンも幽霊も対峙された様だ。視界が繋がらない。
だが今は走る時だ。
そう思い、さらに速度を上げて疾走するが、ある場所に視線が向いた。
服屋の壁に設置されていた、大きな姿見。
屍となって走る馬と、その上に乗る……。
「ス、スケルトンだぁぁぁぁ!!」
誰かが叫んだ。煩い。黙ってろ。
「何だよ、何なんだよこれ……」
俺の姿は、骸骨になっていた。
見間違い? そんなわけがない。実際に住民が叫んでいたではないか。
どういう事なんだ。俺が骸骨? だって、さっきまではちゃんと……。
「と、止まれぇ!」
「くそっ、黒煙!」
ここじゃ落ち着いて考える事も出来ない。
門を通らせないと立ちふさがった門番に向けて、黒い煙を放ち視界を塞ぐ。
その上を飛び越えて、俺は王都の脱出に成功した。
王都が見渡せる丘の上で俺はステータスを開いた。
宮田琥珀
人間 男 17歳
職業 【死霊術師】
レベル9
スキル
・死霊術
・闇魔法
・自動翻訳
状態異常 【アリウスの呪い】
・・・姿を骸骨に変えられ、味覚と触覚を奪われる。四千四百四十四万人の魂を捧げる事で解呪される。
ステータスに良く分からないものが追加されている事に、今になって気付いた。
状態異常の呪い……、アリウスからの物か。
でもなんだってこんな事を……。
いや、そもそもアイツは嘘吐きだったか。
国王も使用人を理不尽に殺し、騎士団長は俺に蹴りを入れて……。
好き勝手に俺をこの世界に召喚し、国にとって都合が悪いからと殺すのか? 呪いをかけるのか?
もういい。もういいよ。そっちがその気なら、やってやるよ。
四百四十四万人の命は、この王国の人間に支払って貰うさ。
「全員、ぶっ殺してやる」
――――後に不死王と呼ばれ、世界中で恐れられる男の誕生の瞬間であった。
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