第三話
「おい、訓練場で勇者が模擬戦やるんだってよ!」
「なんだと!? 早く見に行くぞ!」
さらに二日が経ち、騎士達は勇者の模擬戦を見に、飛び出して行った。
ずさんな対応をしている見張りの騎士なら、また自由に動ける時を作ってくれると思った。
「マックス」
二日ぶりに身体を起こし、最初に死霊誕した鼠――――マックスと名付けた――――に命令して二日前と同じ様に水と騎士が隠していたサンドイッチを取ってこさせた。
まあ騎士が居眠りしている隙に飲食は多少していたんだが、それでもしっかりしたものを食べるのは久しぶりだ。
「んんっ、んー」
食べ終わるとコップを元に戻させて、固まった身体を動かす。
骨がばきばき鳴る音を聞きながら、思考を巡らせる。
この二日間でマックスは沢山の死体を集めてくれた。そのほとんどが白骨化した鼠だったが、手駒が二十一体に増えた。
同時に死霊術を精密に操れるようになり、遠隔で死霊と視覚を共有する事に成功した。
その視覚共有を駆使して、この城の構造と街の外への逃げ方を確認出来た。これで脱獄の際には迷わずに最短ルートで逃げられる。
死霊術と並行して闇魔法も鍛えているが、こちらは進歩した実感が無かった。ほとんどが他人にデバフをかける魔法ばかりだからだ。
騎士で実験するわけにはいかないし、まあこちらは追々だな。
とにかく俺は死刑宣告されてから四日が経ち、あと三日後には殺されてしまう。
それまでに脱獄しないと本当に取返しのつかない事になるだろう。
「凄かったなあ、おい!」
「ああ! あれが勇者の闘いなんだな!」
帰って来たようなので、すぐに床に倒れて倒れたふりをした。
倒れた振りをしている間も、何もしていないわけではない。
死霊術師と言うぐらいだ。霊の存在も見えるのでは? と考え、何とか努力していると、五日目に空気中に浮遊する光の粒を発見した。
これは魂だ。死霊術師としての直感がそう告げる。
ならば対話は可能か? とやってみたが心の中で魂に声を掛け続けて、六日目についに可能となった。
『あら? 声が聞こえた様な……』
(聞こえるのか!?)
『あら。そういう貴方も私の事が見える様ですね』
不思議そうな声が聞こえ、光の粒の一つか女性に姿を変えた。
(その姿……、誰かの妻?か何かなのか?)
『いえ。私は現在の国王に殺された使用人です』
衝撃の事実が魂、いやネグリジェ姿の使用人の幽霊?から告げられた。
(殺されたって……)
『遊び半分にですね。毎夜、寝室に呼び出されては抱かれ、飽きたからとナイフで顔の皮を剥がされました』
ほら、と言われてよく見れば、使用人の顔は糸で無理やり繋ぎ合わされただけだった。
(…………なら、国王を恨んでいるのか?)
『ええ。だって、それが未練となって今もこんなな場所を彷徨っているんですから』
(復讐させてやろうか)
『っ、本当ですか!?』
(ああ。勿論だ)
実際、幽霊の【死霊誕】はやった事が無かったが、直感で出来そうな気がしていた。
『ちょっと待ってください!』
『私も恨みを持っています!』
『私は目を焼かれたの!』
『奴を、あの男を殺してやりたいのよ!』
『どうか私にもチャンスを下さい! あの髭を毟って、皮膚を切り裂いてやります!』
するとどうだろう、周囲を漂っていた魂も一斉に姿を現し、復讐を懇願して来た。
数は一や二では無い。軽く十を超える使用人が皆、百年に渡る王族への恨みを語る。
どうやらこの国の王族は皆、相当腐っている様だな。
(いいだろう。だが、少し待て。俺にも計画があるからな)
『かしこまりました』
(その時が来れば思う存分に暴れてくれ)
そしてもう一度、使用人たちは光の粒へと戻って消えて行った。
戦力は整った。脱獄の決行は今夜だ。
その日の昼、何やら忙しなく騎士達が部屋を片付け出した。数分もしない内に両名が地下牢から退室し、代わりにとてもこの部屋にいるとは思えない人物が現れた。
「お久しぶりね、勇者ミヤタ。いえ、【死霊術師】だったわね」
本来なら二度と聞きたくない声だった。
「聞こえているのか分からないけれど、明日貴方は死ぬわ」
今にも飛び出して、その喉を切り裂いてやりたかったが、ここでそんな事をすれば脱獄の計画がぱあだ。
「貴方のせいで散々だったわ。私の計画では貴方の職業は別に【村人】でも良かったのよ。王城のお金で養ってあげたし、女だって用意したわ。けれどまさか、【死霊術師】だったなんて……。私の計画が無くなる可能性もあったのよ。最悪で最低の人間ね、貴方」
ふざけるな! そう叫び出したくなるのを我慢して、爪が皮膚に食い込む程に力を込めて耐える。
「けれど他の勇者が有能だったのは幸いだったわ。得に【ソードマスター】と【剣聖】。あの二人は私の計画に必ず役立つわ」
徐々にアリウスの声が遠ざかっていくのが分かった。
「さようなら、大犯罪者の【死霊術師】さん」
扉が閉まる音がして、しんと地下牢は静まり返った。
怒りのあまりに発狂しそうになるのを耐え、俺は壁を殴った。拳の皮膚が破れ、少し血が出たが痛みなど気にならなかった。
ただ、ただあの女に怒りが湧く。
王族は例外無く最悪な様だ。
今日の脱獄にこの怒りは不要だ。
だから必死に抑え込み、夜に備えるのだった。
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