第十九話 王国滅亡編 アリウスの最後と終戦
王城最上階。謁見の間。
一際大きな扉を通ると、奴はそこにいた。
「お待ちしておりました。新たなる国王よ」
まるで待っていた様にアリウスが赤いドレスに身を包み、床に跪いて俺を出迎えた。
「……随分と待たせた様だな」
「いえ。そのおかげで御身に捧げる物が用意出来ました」
床には剣や宝石、高そうな衣類、様々なものが並べられていた。ぱっと見で目が惹かれる物もいくつかある。
あの指輪なんて雫に似合いそうだ。
「これら全てを差し上げます。何卒、私を貴方様の配下に入れて下さい」
「なるほど、な……」
つまりは命乞いか。
すでに王城にまで突入した、侵略者に対して随分と余裕だな。自分に価値があると思っているのか? 何にしても面白い。
俺と雫はヨシヒロの背から降り、アリウスの前に立った。
「っ、シズク様?」
「お久しぶりですね、アリウス王女」
まさかの再会に、アリウスは目を丸める。
「ちなみに俺も分からんか?」
「は、い? 申し訳ありません……。私にはお会いした記憶が無く……」
「宮田琥珀」
「ッッ!?」
まさか。そう言いたげな表情で、アリウスは俺の顔を見た。
「信じられないか? だが、お前は知っているだろう? 俺に呪いをかけた張本人なんだから」
「くっ、それは……」
言い逃れ出来ないか?」
「ねえ、アリウス王女。私達にステータスは石を使わないと見れないって言ったのはどうしてなの?」
「……、当時は貴方達勇者を利用するために騙したわ。自分の力量を把握されてしまうと、反逆の可能性も出て来るから。だから口頭で伝える事にしたのよ。強すぎるスキルは黙って、使わせない様にしました……」
しらを切られるかと思ったが、随分と素直に喋るな。
「でも、コハクさんの呪いに関しては事故なのよ! 【死霊術師】でいれば危険が迫るから、別の職業に転職させようとしたの! でもそれが失敗してしまって、結果的に呪いに……」
「へえ、そうかい」
「信じて、コハクさん! 私は嘘なんてついてないわ!」
何と言うか、上手いなあ。
最初に別の罪を素直に見つめ、次は絶対に知らないと言う。
人間の心理的に「うん? まさか本当に知らないのか?」と思ってしまうのもしかたないだろう。
「でも、まさか【死霊術師】によって、王国がこうなるとは……」
「驚いたか? それとも自分自身に幻滅したか? お前が見下していた、死霊術師によって国が滅ぼされたんだからな」
「……いえ、私が間違っていました。死霊術師こそがこの世界を支配するに相応しい職業です!」
さっきまで低姿勢に頭を下げていたのに、アリウスは急に立ち上がって俺に詰め寄って来た。
「何故今まで気付かなかったのでしょう!? 歴史によって大犯罪者として名が残るという事は、その時代の統治者にとっては都合が悪い者なのです! ならば、歴史に名を遺す【死霊術師】こそが世界の解放者、いや革命者なのです!」
汚い唾が飛ぶから近付くな。
手で身体を押すが、それを押しのけて近付いて来る。
「「このまま軍王国や共和国を攻め落とし、西大陸どころか東大陸、北大陸、南大陸を支配すれば、この世界そのものが貴方のものになるんですよ!? 貴方ならばきっとなれます、なので―――――っ!」
ぷつん。何かが切れる音が聞こえると今まで抑えていた怒りが一気に爆発した。
魔法で一振りの黒い剣を生み出す。
「【暗黒ノ剣】」
この剣が与えるのは死でも、恐怖でも無い。
――――ただの痛みだ。
俺は力を入れず、アリウスの頬に刃を立て、僅かに傷を付けた。
「ぎっ、ぎゃあああああああ…………っっ!!」
淑女にあるまじき、潰れた蛙の様な声だ。
だがこのみっともない姿を見て、怒りが少し収まったよ。
「私に、この私になんてことをするの!?」
ついに化けの皮が剥がれたか。
だが許してくれ。流石にあんな発言で、怒りを抑える事は不可能だ。
「私は王族よ!? この世界で一番美しく、高貴であるはずの私に傷を付けるなんて許されざる大罪! 普段ならば極刑なのよ!? はあ、まあいいわ。今日は許してあげるわ。私が許すなんて――――」
何を言っているんだ、この女。
隣にいる雫の表情を見たが、最早汚物を見る様な視線でアリウスを見ていた。
俺はもう一度、【暗黒ノ剣】を振るった。今度は少し大きめな傷だ。
再び汚い叫び声を上げ、のたうち回る。
「お前が、俺に何をしたのか忘れたのか?」
そして、そう問いかける。
聞こえているか分からんが、言わないと気が済まない。
「俺を【死霊術師】だからという理由だけで地下牢に閉じ込め、あまつさえ呪いをかけた。この姿が見えるか? こんな姿になったせいで俺は何を食べても味が分からず、夜になっても眠る事が出来ない。この姿になったせいで、解呪のために444万人を殺したんだ」
「そ、それは貴方の選択の結果でしょう!? どうしてわざわざ人を殺したの!? 別に一生、その姿のままでいればよかったじゃない! そんな醜い姿になっても、愛してくれる人がいるんでしょう!? それでいいじゃない! どうして人を殺したのか、貴方が殺したかったからじゃないの!?」
確かにそうかもしれないな。
雫はこんな醜い姿になっても俺の事を愛してくれた。
好きだと言ってくれて、そばにいてくれるとも言ってくれた。
でも俺は雫と一緒に眠り、朝に寝惚けながら「おはよう」と言う事も出来ない。
雫が一生懸命作ってくれた、少し焦げ付いた料理を笑いながら食べる事も出来ない。
手を繋ぎ、キスをして、抱き合っても、その体温すら感じる事が出来ない。
俺は嫌だ。雫と同じ時間を眠り、同じ味を感じ、互いの体温を感じたい。
つまり、何が言いたいかと言うと――――
「俺はただ、愛する人の温もりを感じたかったんだ」
「は、はあ……っ!?」
何が言っているかわからないという顔だな。
良いんだ。自問自答した結果、自然と口に出た言葉だから。
お前に共感して欲しいとも、分かって欲しいとも思わないよ。
「貴方も私と同じよ。私利私欲のために他人を傷付けても何も感じない、自己中なの」
「……そうだな」
「いつか、いつか必ず報いが来るわ! だって私もそうだったんだから! 私と貴方は同じ、私が報いを受けたのだから、貴方もいつか――――」
そっと俺の手に、雫の華奢な手が収まった。
「大丈夫よ。だって、私が隣にいるから」
なんでだろうか、触覚は無いのに雫の手がそこにあるって分かる。
恥ずかしい台詞になってしまうが、これが愛の力とかいう奴なら嬉しい。
「そうだな。俺は大丈夫だ」
雫がいる。それだけで俺は安心できる。
俺は握っていた【暗黒ノ剣】でアリウスの腹を貫いた。
当然、凄まじい絶叫が上がるが、この剣は痛みという概念だけが与えられる。つまりこそ先、この痛みによって死ぬ事は無いし、腹に刺さる剣が原因で死ぬ事は無い。
「ああ、そうだ。お前に感謝する事が一つだけあった」
この世界に来て、雫の想いが聞けた。
愛する人が出来て、将来を誓った。
一生、隣で支えてくれる人が出来た。
そして愛する側近が出来た。
俺を背に乗せてくれる愛馬が出来た。
「【死霊術師】として、この世界に呼んでくれてありがとう。さよならだ、アリウス」
掌を開くと小さな黒い球が浮かんだ。
ゆっくりと浮かび、不規則な動きでアリウスの周囲を飛び、やがて触れた。
「【奈落】」
瞬間、黒い影がアリウスを包み込んだ。
影は小さくなって行き、やがて小さな黒い球に戻った。
これは【奈落】。他者を永遠に封印する魔法だ。
この奈落には物理的な時間は流れていない。【暗黒ノ剣】によって腹を貫いたが、その傷が癒える事も無い。
つまりアリウスは永久にその痛みを味わい続けるのだ。
「……終わった」
「琥珀君」
ぎゅっと、俺と繋いだ雫の手に力がこもった気がした。
宮田琥珀
不死王 男 17歳
職業 【死霊術師】
レベル 217
スキル
・死霊術
・闇魔法
・物理耐性
・自動翻訳
・時空収納
状態異常 【アリウスの呪い】
・・・姿を骸骨に変えられ、味覚と触覚を奪われる。四千四百四十四万人の魂を捧げる事で解呪される。(残り0人)――――解呪開始。
身体が光ったりする様な、劇的な何かがあったわけじゃない。
ただ当たり前の様に、いつももそこにある様に、俺の手の中に雫の手があったんだ。
「雫……?」
「うん?」
「これは雫の手なのか?」
「うん、そうだよ」
握った手を、持ち上げると確かに雫の肩から伸びた腕、その先に華奢で小さな手があった。
柔らかくて、小さくて、でも暖かい。
「暖かい、暖かいよ……」
雫の華奢な手を、両手で包み込む様に額に近付けた。
まるで神に祈る様な仕草だ。何万人も殺した俺が言える事じゃないが、ただ今は神に感謝を伝えたい。
「大丈夫。ここにいるわ」
雫はもう片方の手を、俺の左頬に当てた。
「ありがとう、雫……」
「わかってるわ」
「大好きだ」
「私も大好きよ」
「この先もずっといてくれるか?」
「勿論よ。ずっと一緒よ」
「雫、俺と結婚してくれ」
「うん。幸せにしてね」
手を離してから、雫がそこにいると確かめる様に優しく抱き締めた。
ああ、幸せだと。幸福感が身体に満ちる。
まるでお互いに引き寄せられるかの様に、唇を重ね合った。骸骨の頃とは違い、雫の瑞々しい唇の感触を味わった。
幸せで、甘くて、このまま溶けてしまいそうだ。
雫の身体をさらに強く抱き締めて、今はただ幸せなキスを味わった。
第一章 完。
これにて第一章完結です。
ここまで読んでいただきありがとうございました。
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