第二話
牢屋に入れられてから二日が経ったが、状況は何一つ改善しなかった。
『貴様は一週間後、王国法に基づき死刑が言い渡された』
後から知ったが、最初に俺を蹴って剣を突き立てた男は騎士団長だったらしい。
騎士団長から死刑と言われた時は動揺したが、剣をちらつかされて反抗する事も出来なかった。
地下牢はかなり悪質な環境だ。部屋の隅には蜘蛛の巣が張り巡らされ、ゴキブリや百足と同居している様なものだ。鼻が曲がりそうになる程に酷い糞尿の臭いが壁にこべり付いていて、今にも吐き出しそうだ。
そして牢屋の前に見張り番として騎士が二名いるが、彼らがこの悪質な部屋よりも最悪だ。
「へへっ。ほ~ら、今日の飯だぞ~」
牢屋の前に飯が入った皿を置き、男はズボンを下ろしそのまま小便を掛けたのだ。
小便を出し切ると皿を蹴って牢屋の中に入れる。
元々がかき混ぜられた残飯だったのに、さらに飯はぐちゃぐちゃになっていて、酷いアンモニア臭が漂って来た。
「へっ。汚らしい死霊術師が飯を食えるだけでありがたいってもんだろ」
「そりゃあそうだ! だが、だからって小便は汚すぎだろ!」
「いやいや死霊術師には俺の小便がぴったりだって!」
「「ぎゃははははは!」」
汚らしく笑い声を上げる二人の騎士。
ここに来てからの食事はいつもこれで、強烈な拒絶反応から俺は一度も食べれずにいた。水も似たようなもので、コップの中に唾を吐き捨てられる。
この世界の人々の、死霊術師に対する異常なまでの嫌悪感と敵対心は一体何なんだろう。
自分達が何かされたのか? いや、騎士団長が死霊術師は過去に数人しか確認されていないと言っていた。あの言い方だと最近はいなかったのだろう。
だとすると、人からの口伝から聞き、歴史書から学んだのか。
死霊術師という括りで俺を知った気になって、俺の何が分かって、こんな場所に入れたんだ。
『どいて下さい! 宮田君、宮田君!』
そんな時、扉を叩く音と一緒に如月の声がここまで響いて来た。
『どうして宮田君がこんな扱いを受けないといけないんですか!?』
本心から来る、悲痛な叫びだった。
この劣悪な環境で、いつぶりかに感じる、身体の芯まで染み渡る暖かい言葉。
二日も水を飲んでおらず、俺の身体の中にほとんど無いと思っていた水が頬を伝う。
『宮田く……!』
如月の声が聞こえなくなり、どさっと倒れる音が聞こえた。
『キサラギ様はご乱心だ。寝室で休んで貰いなさい』
騎士団長の声だ。
如月は多分、無事だ。
アリウス王女が【剣聖】を絶賛していたし、王国の人材状況から考えて大切に扱われるだろう。
「如月、ありがとう……」
掠れる声で呟いた。
如月のおかげで、生きる気力が僅かに湧いた。
「お前達! 騎士団長が緊急の集会を開くから上に集まれ!」
「これの見張りはどうするんすか!?」
「力の扱いも知らないゴミだ! 放っておけ!」
そして見張りの騎士が一時的にいなくなった。ガチャっと鍵が閉められる音を確認して、完全にこの部屋に俺だけとなった事を知った。
初めての事だ。今の内に出来る事が何か……。
だが飯も水も、腹には何も入っていない。
おかげで身体を起こす事も出来ないほど衰弱している。
何か打開策は無いかと考えれば、不思議とあの石を思い出していた。
何故だかわからないが、違和感を覚える。直感に近い感覚だ。
「…………すてー、たす」
宮田琥珀
人間 男 17歳
職業 【死霊術師】
レベル1
スキル
・死霊術
・闇魔法
・自動翻訳
僅かに残った力で何とか声を振り絞ると、空中に文字板が浮かんだ。
やっぱり、成功した。
アリウス王女は……、いやアリウスは嘘を吐いていたんだ。
実際にはステータスを見るのにあの石は必要ないのだろう。
ふつふつと、腹の奥底で湧き上がる。
待て。待つんだ。冷静になれ。
今は何かを口に入れる事が先決だ。
スキル死霊術を見て、俺はイチかバチか、白骨化した鼠の死体に手を伸ばす。
「死霊誕」
言葉は自然と紡がれた。
カタカタと白骨化した鼠が動き出し、俺の前に頭を垂れて平伏する。
「…………み、ず」
もうまともに喋れない。
それでも絞り出した命令の意味を察して、鼠が動いてくれた。
それから少しして、俺の目の前に水が注がれたコップが現れた。
「んぐ、んぐ……」
腕を伸ばしてコップを掴み、一気に飲み干す。
喉が潤い、食道を通り、全身に水分が巡った気がした。
活力が蘇る。
身体が動く。
俺はまだ生きている。
「……ふう、ありがとう」
声は少し掠れているが、水分が身体の芯にまで巡った様に指の先まで力が入る。
やっと身体を起こす事が出来たが、それでもしんどい。
「水をもう一杯と、あとは何か食べ物も頼めるか?」
こくりと鼠は僅かに首を動かした。多分頷いたのだろう。
「へえ」
さっきは見えなかったが、鉄格子の隙間を難なく擦り抜けた鼠は机の上に上り、そこにあった水が入ったグラスを見つけた。
コップよりもはるかにデカいグラスを運ぶのは不可能だと判断したのか、机の下にあるコップの位置を確認した上でグラスを倒した。
上手い具合にグラスの中身が、床に置かれたコップの中に注がれていく。床はびちょびちょに濡れたが、コップは完全に水が満タンとなっていた。
鼠はコップを背に乗せ、そのまま俺の前に運んで来た。
鼠の筋力や器用さから考えたら、こんな行動は出来ないはずなんだが。
もしかすると死霊術で強化されているのかもしれないな。
俺の命令にも従うし、これは脱獄に使えるかもしれない。
少し考えている内に鼠はクッキーを持って来ていて、それを摘まみながら水を飲む。
久しぶりに摂取する食べ物を味わえる幸せな時間だったが、長くは続かなかった。
ちょうど食べ終わった頃に鍵を開けようとする音が聞こえた。
騎士達が帰って来たのだ。
「まずいな。コップをグラスの下に置いて割って来るんだ」
鼠は命令通りに濡れている床にコップを置き、固い骨でたたき割った。
それから鼠を裾の間に隠し、再び倒れたふりをした。
「チッ、コップが割れたじゃねえか」
「おっかしいなあ、机の真ん中に置いたはずなんだけど」
「言い訳はいいからさっさと片付けろよ。邪魔くせえ」
「へいへい」
どうやらバレずに済んだらしい。
懐に忍ばせた鼠に「隠れて小動物の死体をかき集めて来い」と命令すると、天井の隙間に入って行った。
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