間話 アリウス・フィア・ローレンツ 2
「一体何が起こっているの!?」
私は自室に籠り、報告書を壁に投げつけた。
散らばる紙の一枚一枚には、一見すれば眉唾だと吐き捨てる夢物語の様な事柄が記されていた。
曰く、侵攻は二週間前から始まっていた。
曰く、謎のリッチがアンデットの軍勢を率い、夜襲を仕掛けて一晩で都市を落とした。
曰く、示し合わせたかの様に王国北部にデスドラゴンが現れ、都市を滅ぼして回っている。
驚くべきはこの報告の一つ一つに、高い信憑性がある事だ。
一週間前に王国南部にある都市に送った鳩便が、一向に帰って来ないのだ。本来ならば手紙に対しての返答を鳩に与え、迅速に送り返すのがマナーでありルールだ。
過去に鳩が上位者に捕食されたケースがあるが、同じ内容の手紙を与えた鳩を五羽も同時に飛ばしているのだ。その全てが捕食されたなどありえない。
つまり、都市には何らかの異常が起きていると言う事だ。
問題は他にもある。
【暗殺者】アンコ・クドウが帰って来ないのだ。
【剣聖】然り【ソードマスター】然り勇者は自由が過ぎるが、それでも王城にとどまってくれるならそれもまた良しとしていた。
しかしアンコは突然「何か~、向こうの方に運勢が向いてるらしいからいってきま~す」と言って、出て行ってしまったのだ。王城の金庫から少量の路銀を抜き取って。
アンコには【暗殺者】としての素質は確かにある。しかし性格に難があった。
訓練時では確実に人の急所を狙い、何人かの模擬戦相手に用意した騎士を病院送りにしている。
上手くいけば交配させられるかもと思い、奴隷の男を貸し与えてみたが、翌日には全身が傷だらけの状態で見つかった。
ある意味では勇者の中で最も才能があり、同時に危険な人物だ。
「……まさか、ね」
そんな彼女が簡単にやられてしまうとは考え難いが、その残虐性という部分に付け入る隙はある。
【暗殺者】として戦うよりも、人が恐怖に歪み顔が視たいという欲求を押さえ込む事が出来れば、彼女は大丈夫だ。そう信じたい。
それよりも、この眉唾の様な報告書。
これが事実だとすると、すでに王都周辺にまで迫っている可能性がある。
「ただちに暗部を集結し、調査に向かわせる? でもこの報告書が虚偽であれば、私の王城での立場も危うくなるし……」
今後の対応について思案を巡らせていると突然、部屋の扉が開かれた。
入って来たのは若い騎士の一人だ。
「アリウス様、アリウス様! 鳩が五羽共に帰って来ました!」
ノックも無しに開けるなどいつもなら別の部署に左遷させるところだが、今はその報告の内容が気になった。
「それで、手紙にはなんと!?」
「それが……、手紙は開けられた痕跡が無く、アリウス様の手紙がそのまま戻って来ました」
「ッッ!!」
確定だ。南の都市は落とされた。
この報告書は事実だ。早急に対応しなければ、王都が危うい。
「すぐに軍を編成して―――――「アリウス様!!」ッ、今はそれどころじゃ無いの!」
「王都の周辺に謎の三軍が出現! 包囲されました!」
「はあ!!?」
部屋の窓から外を覗けば、確かに都市周辺に展開する軍勢が見えた。
数万や数十万という規模じゃない。
恐らく、何百万という大軍勢だ。
「何なのよ、もうぅぅぅ!!」
アリウスは綺麗に整えた髪を掻きむしり、淑女の嗜みなどの放り捨て、国王がいる執務室まで走った。
聡明なアリウスは気付いていた。
王都の全軍……、いや全国民で対応しなければ王都は滅びる。と。
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