間話 如月雫vs
「これが一番綺麗かも」
「とてもお似合いですよ」
「ありがとう。ベータ」
私は誰もいなくなった都市の屋敷のクローゼットを漁っていた。
傍らには世話役にと琥珀君が残してくれたベータがいて、一緒にドレスを見繕っている。
「ところでどうして突然、ドレスを着たいなどと?」
「うん、まあ滅ぼしに行くんだし、ドレスコートとかは無いんだろうけどね。王城に行くなら正装するのも良いかな、って」
「なるほど」
「あと、琥珀君に可愛いって言って貰いたいし」
実はこれが本音である。
恐らくベータも分かっていながら聞いたのだろう。
満足気に頷いていた。
「これ、ベータにも似合うんじゃ――――」
瞬間、屋敷の空気が一段階重たくなった。
「ベータ。ちょっと後ろに下がって」
「え、あっ、はいっ」
和やかだった雰囲気はどこかに消え、ベータを机の下に隠れさせる。
私はそばに立てかけていた剣を取り、それの来訪を待つ。
一分もしない内に扉が開き、それは入って来た。
「およ?」
気の抜けた声を出し、全身が黒装束の女が現れた。
「久しぶり~、如月ちゃ~ん」
「……杏子ちゃん」
彼女は私も良く知る旧友、工藤杏子だ。
あまり手入れがされていないぼさぼさの髪に、粗末な程に目立つそばかすと乾きひび割れた唇。目は淀んでいて、人を見ている目をしていなかった。
「随分と愉快なものを持っているのね」
「あ、これ~?」
言われて、杏子は持っていた事を忘れていた様な反応をする。
そしてニチャア……、と口元を歪めて生首を投げた。
足元まで転がって来たそれは、ベータの父親のものだった。
「ちょっと人を殺したくなっちゃってね~、良い所にいたから首斬っちゃった~」
性格破綻者。今の彼女にそれほど似合う言葉は他にないだろう。
前までの彼女はそんな人じゃなかった。確かにクラスでは浮いている存在だったけれど、花瓶の水を取り替えたり、困っている人がいたら自分から進んで助けに行く素晴らしい人格の持ち主だった。
けれど訓練の最中に生きた動物を相手にするようになって、段々と彼女は変わって行った。
段々と殺し方が残忍に、残酷になって、同じ勇者でも浮いた存在になってしまった。
彼女自身も自分の異常に気付いていたのだろう。私達から自ら距離を取り、ついに訓練の時以外は人前に姿を現さなくなった。
ともかく、今の杏子は危険だ。
【暗殺者】らしく気配無く動き、捉えきれない早業で致命傷を負わせて来る。
出来れば戦いたくない相手だ。
「……どうしてここに私がいるって?」
「ん~? 何か占い師?のおばさんが、こっちの方角に行けば待ち人に会えるよ~って言うから来てみたの~」
懐から取り出した糸付きの暗器をゆらゆらと揺らし、杏子はどこか捕えようの無い動きをする。
ぺらぺらとよく話す。
良く分からないけれど、人を殺してハイになっているのかもしれない。
これなら情報を引き出せるかも……。
「待ち人って私の事なの?」
「ん~、多分違うと思うよ~。だって私、ず~~~っと、宮田君の事探してるんだ~」
「はい?」
「この国じゃ【死霊術師】は犯罪者なんでしょ~? じゃあ殺しても問題無いわけだ~。日本人で、しかもクラスメイトを殺せるなんてもう経験出来ないかもしれないでしょ~? どんな感触なのかな~、どんな悲鳴を上げるのかな~? イヒッ、イヒヒヒヒヒッ!」
我慢よ。我慢しなさい、私。
引き攣りそうになる顔を無理にほぐして、必死な形相を作る。
「それは嘘だったんだよ、杏子ちゃん」
「え~? ふふっ、そんな見え見えの嘘に~」
「ステータスって、呪文を唱えて見て。魔力を込めて」
「はい~?」
「いいから!」
「……ステータス~」
瞬間、杏子は動きを止めた。
その表情からは感情が抜け落ち、ただただ信じられないものを見る様に「そこ」を見た。
他人の私には見えないけれど、そこにステータスの文字板が浮かんでいるのだろう。
「どういう事なの、如月ちゃん!」
「ごめんね。もう斬っちゃった」
「は、え……?」
ようやく状況に追い付いたけれど、まだ理解は出来ないと聞いて来た杏子だったけれど、その両手は地面に落ちていた。
「痛ッ、たい……」
突然すぎると痛みって、後から追ってくるのよね。
特に目にも止まらない神速の剣なら、尚更ね。
「痛い、痛い痛い痛い痛い痛いぃぃぃ!!」
遅れてやって来た激痛に床にのたうち回って、悲鳴を上げた。
散々叫び、終わると私に向けて強烈な殺意を向けて来た。
けれど両手が無いんだから、杏子に何か出来るわけが無い。
私は剣を握り直し、杏子に近付く。
「や、やめよ? ね? 友達でしょ?」
「私だって本当は人なんて斬りたくないよ」
杏子は逃げる様にして這うが、結局背中に壁を背負って逃げ場を無くしてしまった。
「でもね。杏子ちゃん」
「ヒュッ!」
私の剣が届く距離になると、杏子は口の中に隠していた、恐らく毒針を飛ばしてきた。
「琥珀君を殺すなんて言うなら、私は剣を振るう事を厭わない」
剣で飛んで来た毒針を払い、そのまま一閃する。
「【砧】」
杏子ちゃんの頭から鳩尾辺りまで、一直線に剣を振り下ろした。
「ぁ、ぅ――――」
大量の鮮血が舞い、部屋は真っ赤に染まった。
「暗殺者なら、正面からじゃなくて背後から襲うべきだったね。杏子ちゃん」
剣を鞘に戻して、一息つく。
初めて人を斬った感触に浸りながら「……ステータス」と呟いた。
如月雫
人間 女 17歳
レベル 37
職業 【剣聖】
スキル
・絶対切断
・身体強化
・超直感
・聖剣召喚
「聖剣……?」
ステータスを開いてみると、強敵を倒したおかげで前よりも6もレベルアップしていた。
しかしそれとは別に気になる項目が追加されている。
詳細を見て見ると、どうやら聖属性を纏った「対死霊特化」の剣を召喚する事が出来るらしい。対死霊特化以外は、かなり斬れる名刀と同じイメージだ。
凄いスキルっぽいけれど、あんまり使わなそうだ。
死霊の王が琥珀君なんだから、死霊と戦う機会の方が少ないだろう。
けど普段は剣を持ち歩かずにいれるのはありがたかった。
前みたいに剣が無くて、閉じ込められて動けないなんて事は御免だったから。
「あ、忘れてた。もう出て来て良いよ、ベータちゃん」
「は、はい……。ひっ」
「おっと」
私はベータが一般人だった事を忘れて、気絶してしまうんじゃないかと心配したけれど、寸前で気を取り戻した。
「だ、大丈夫です……。ゾンビとか見て、慣れました……」
「ああ…………」
そう言えば少し前まではゾンビが廃城周りを徘徊していたなあ。
嫌な慣れ方に同情しながら、念のためにあの生首がお父さんのものか聞いた。
「あ、は、はい……」
しかし、思ったよりもベータは気を取り乱したりはしなかった。
気力の強い少女だと感心したが、それとは少し違うみたいだ。
とりあえず「大丈夫?」と声を掛ける。
「どう、でしょう。あまり……、驚いていないというか……」
「……虐待されていたの?」
私はこれまで色々な人と関わって来た。
その中で培われた経験が、自然と言葉を紡いでいた。
私の問いに、ベータはこくりと頷いた。
「私、あの人にレイプされて……、でも村の人は誰も助けてくれなくて……、ずっと冷たかった……」
ベータの眼にはふつふつと涙が湧き、ついには溢れ出す。
小さな肩が小刻みに震え出し、いままでにため込んできたものが一気に爆発したんだろう。
「この城の幽霊のメイドさん達の方が暖かくて、私、ずっとここにいたくて……」
気が付くと私はベータの事を思い切り抱き締めていた。
「大丈夫だよ。私が琥珀君にお願いして、ずっと働いてもらう。ベータの事は一生一人にしないから」
「っ、ぁ……ぁりがとぅ……ございます……」
それからしばらくの間、ベータの涙が収まるまではそうしていた。
泣き終わると残っていた美味しいものをたらふく食べて、他の屋敷に移動してドレス選びを再開した。
お互いに似合うと思う服を着せ合って、ファッションショーの様になっていた。
とにかく笑いが絶えない、そんな日になった。
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