第一話
異世界転生というやつは漫画やアニメの世界だけでは無かったらしい。
ある日の放課後、教室に居残っていると突然足元に魔法陣が現れ、俺達は眩い光に包まれた。
「おお! よくぞ来てくれた、異世界の勇者たちよ!」
ゲームとかでありがちな台詞が聞こえた直後、目を開くとそこは別世界だった。
豪華絢爛な装飾が施された巨大な空間、玉座に座る王冠を被ったおっさんと、周囲を取り囲む多数の魔法使いみたいな人達。
そして目の前にいる美しい空色の髪の女性が両手を広げて待っていた。
「突然の事に理解できないでしょう? 私から説明させて下さい」
丁寧口調だが、その佇まいには魅了される華がある。
多分だけどこの人がこの国の王女様なんだろう。
その王女様が直々に説明してくれる。はずだったのに……。
「これはもしや、異世界召喚なのか!?」
「はあ!? どこかだよここ! 何なんだよ! どういう事だよ!」
ちょっとうるさい黙ってろ馬鹿。
アリウス王女が説明させて欲しいと言われているのに、喚いているのは恥ずかしながらクラスメイトだ。
林良平。眼鏡をかけた小太りで、まあ一言で言えばオタクだ。
佐藤鉄平。元々運動部で筋肉が付いているが、頭が足りないって印象がある不良だ。
どちらも自分の世界に入ったり、一つの事しか頭に入って来ない性格だ。
「うるせぇぞテメェら! ちょっと黙ってろ!」
「ひうっ」
「わ、わかった……」
沢村寅彦。ド派手な髪色、ピアスや指輪を付けている、見るからに不良だ。だが、何か常人には分からないカリスマ性があるのか、不思議とこの男の周りには人が集まった。
さっきの佐藤も沢村の取り巻きの一人で、一緒によくつるんでいた。
何はともあれ、落ち着いて王女様の話が聞ける。
「こほん。改めて、私はこの国の王女で皆さんを召喚したアリウス・フィア・ローレンツですわ」
やはり王女様だった様だ。
アリウス・フィア・ローレンツ……。
海外と同じように苗字が一番後ろに来るなら、「アリウス」がファーストネーム、「フィア」がセカンドネーム、「ローレンツ」が苗字と言う事になるな。
少し考えていると、裾を摘ままれて引っ張られた。
「ごめんね、宮田君。ちょっとそばにいて貰ってもいい?」
そこにいたのは、字に書いた様な大和撫子の姿をした如月雫だった。
「お、おうっ」
ちょっときょどってしまった。
如月雫。旧華族の家柄らしく、成績は常にトップで家も屋敷みたいにデカい。長く美しい黒髪と、日頃から習い事をしているおかげで一つ一つの仕草が美しい。おまけに男の夢が詰まった巨乳。
まさしく漫画に出て来る様なヒロインそのものだ。
如月は委員長を務めていて、クラスで孤立している俺によく話しかけてくれた。
中学生の頃なら勘違いして告白していたんだろうが、流石に如月のそれが好意じゃなくて、ただの義務的なものだと理解できた。
「早速本題に入りますが、現在この国……いえ、世界では人材が急速に不足しているのです」
人材不足。朝のニュースで良く聞く言葉だ。
日本では解消するために賃上げをしたり、もっと暮らしやすくサポートしなければいけないのに、それに比例して税金を上げるのだから貧乏人の気持ちが分かっていない阿呆な政治家ばかりだった。
「しかもただの人材ではありません。優秀な職業持ちがいないのです」
「職業……? それは、スキルか何か何ですか?」
「いえ。違います。どうやらそちらの世界には職業という概念が無いようなので、説明しますね」
アリウスはこの空間には相応しくない無骨な大石に手を当て、小さく「ステータス」と呟いた。
すると空気中に透明な文字板が現れ、皆が見入る。
アリウス・フィア・ローレンツ
職業 魔術師
レベル24
「ステータスはこの石でしか確認できませんが、その分、他人に見られたくない部分を隠す事も可能です。私も隠している項目が多いですから。そして、この職業という項目こそが我々が求めているものなのです」
アリウスが手を払うと文字板が消えた。
「ここ五年で生まれた子供の職業は【平民】ばかりで、はっきり言って国益に繋がる職業持ちはいませんでした。ですが異世界人には優秀な職業を持つ者が多いと過去に行われた召喚について記された書物で書いていました。皆さん、どうか私達の国で働いてくれませんか?」
その瞬間にぶるっと、裾を摘まむ如月の手が震えたのが分かった。
どうしたのかと顔色を伺うと、かなり体調が悪そうに見えた。
「俺らはこっちでどういう扱いになるんだ?」
「好待遇で迎える事だけは約束します。優秀な職業持ちだった場合は、さらに待遇を引き上げる事も検討します」
「へへっ。じゃあ、俺が女を寄こせって言っても用意してくれるのかよ」
「この国では奴隷制度もあるので、働いた後に賃金をお渡しします。そのお金で買うのならご自由にして下さい」
「ひゅ~っ、最高じゃねえか!」
沢村は笑いながら「俺は乗ったぜ!」と言った。
続いて他の面々も頷いた事で、アリウス王女は全員が了承したと判断して話を進めていった。
「如月、大丈夫?」
「う、うん。大丈夫だよ。ありがとね」
にこりと笑う如月だったが、その笑顔は引き攣っていた。
今すぐにでも休んで欲しいが、如月には可能な限り状況を把握して貰いたい。
俺は説明が下手だし、他の面々が丁寧な説明をしてくれるとは思えない。
これが終わればすぐにでも休んでもらおう。
「さて、まずは皆さんのステータスを確認します。そのためにこの石に触れてもらい、こちらにいるガルザックが石を発動させます。しかし雇用する側としては、皆さんの名前と職業だけは把握しておきたいのです。盗み見る事をお許しください」
特に否定する意味も無く、当然了承する。
「…………大丈夫な様ですね。では順番に前に出て来て下さい」
「じゃあ、まずは僕だ!」
と言って我先にと前に出て行ったのは、オタクな林だ。
まあ正直、皆は様子見で前に出ようとしないので助かった。
ここは林を生贄にして状況を見よう。
林が石に手を置くと、その反対側からアイザックと名乗る老人が手を置いた。
「リョウヘイ・ハヤシ! 職業は【錬金術師】!」
「錬金術! は、ははっ! そうかそうか、そういうルートもあるのか……! 僕が主人公なら銃から始まり、戦車や潜水艦……! ここから近代の発明で無双してやる……!」
林は何やらぶつぶつ言って自分の世界に入っているが、その間にアリウス王女が説明してくれた。
「錬金術師は薬や様々な金属を創造したり、金属の形を変える事が出来る職業ですね。戦闘には不向きですが、金銭的な価値が高い商品を生み出す事が可能な貴重な職業です」
どんまい林。まあ商売人としては人気でそうだし頑張ってくれ。
安全が確認されたので、次々にステータスを計りに行った。
「ロクタ・ヒラグチ! 職業は【弓師】!」
「ほう、珍しいですね。狩人などは多くいるのですが、弓師は本当に弓を使うためだけに特化した職業です。山脈を超えても人の顔が確認できる程に視野が広く、動きが速いのが特徴的ですよ」
へえ、弓師。それに狩人がいる事も知れた。
山脈を超える程とは、数百倍以上の視野の広さだろうな。
高い山の上に立って、そこから狙撃されたら死んだことに気付かないレベルで殺されてしまいそうだ。
「ダイチ・キタヤマ! 職業は【魔導師】!」
「魔導師……、しかも魔力量が常人の十倍もありますね。これはレアスキルですよ。十数万人に一人のレベルです」
魔導師に、魔力量。アリウス王女も魔術師だと言っていたし、やはり魔法はこの世界にもあるんだな。
もしかするとこのステータスを見る石も魔法かもしれない。
後から色々と質問するか。
「テッペイ・サトウ! 職業は【召喚師】!」
「っ、召喚師ですか! 五十万人、いえ、百万人に一人というレベルのレア職業です! どの国でも超重要人物として召し抱えるレベルですよ!」
アリウス王女がテンションを上げているのを初めてみた。
召喚師という名前通り、魔物とかを召喚して使役するんだろうな。
「アンコ・クドウ! 職業は【暗殺者】!」
「暗殺者……。またレアなスキルですね。とてつもなく身軽で、かつ器用さが高いです。暗闇に潜む事を得意にしていて、文字通りに暗殺や諜報が仕事になる事が多いです」
なんというか工藤は、暗そうな女子だった。髪は癖毛なのかもじゃもじゃしていて、ふと縁の眼鏡をかけている。とても可愛らしいとは言えないが、この職業を見た時は「きひひ」と奇妙な笑い声をあげた。
如月の番が来たが少しふらふらしているので、俺が途中まで手を貸して何とか石まで辿り着いた。
「シズク・キサラギ! 職業は【剣聖】!」
「嘘でしょう!? 持って生まれた者は必ず歴史に名を遺すと言われる、伝説級の職業ですよ!? 私が生きている内にお目にかかれるなんて……、感激です! 凄く嬉しいです!」
「そう、なんですか……」
アリウス王女が絶賛する前で、如月がふらっと態勢を崩した気がした。
気のせいだったらよかったが、石に辿り着く前までの体調を知っていた俺はすぐに駆けだした。
「っ、宮田君……」
そして何とか、倒れる前に肩を貸して支える事が出来た。
「如月!?」
「おい大丈夫かよ!」
外野が煩いが、無視して如月に語り掛ける。
「大丈夫?」
「うん。ちょっと、疲れちゃって……」
ぐったりとして、完全に俺に体重を預けている状態だ。
信頼してくれているのは嬉しいけど、インドア派の俺に如月を抱えきれる体力なんて無いんだけどな。
「それでしたら、寝室にご案内しますよ」
「そうなんですか? それじゃあ……、お願いします」
近くにいたメイドさんに如月を預けようとしたが、その華奢な手が俺の裾を握ったままだった。
目を見れば不安そうに、黒い瞳を潤ませていた。
そうだ。冷静に考えてみれば、突然知らない場所に飛ばされて、知らない人間に囲まれ、意味不明な説明をされるなんて怖いに決まっているじゃないか。
きっと如月は必死に理解しようと、冷静でいようと聞いていたけど、ついに限界を迎えたんだ。
そして、この家族も安心できる人も誰もいない場所で一人になる事を恐れている。
「すぐにお見舞いに行くから、先に休んでいてくれ。如月」
「……、うん。また」
そう声を掛けると如月は俺の裾から手を離し、安心した様に微笑んだ。メイドに連れられて、如月はこの部屋から退出して行った。
「てめぇ、調子に乗ってるんじゃねえぞ」
次の順番の沢村に通りすがり際にそう言われた。
どうやらこの沢村は如月の事が好きらしい。
その事に気が付いたのは最近だし、日頃から如月とよく会話をしている俺の事を疎ましく思っているんだろう。
実際に俺は如月と仲良く無いし、嫉妬される様な関係では無い。
「トラヒコ・サワムラ! 職業は【ソードマスター】!?」
「ソードマスター!? 剣聖には届かないまでも超レアスキルです! 現在、世界に存在しているソードマスターは三名しか確認されていません! 【剣聖】と並ぶ程のレア職業です!」
「っしゃあ!」
余程嬉しかったのだろう、沢田が大きくガッツポーズをした。
アリウス王女は如月の時と同じかそれ以上に興奮していた。ただでさえ喜んでいた【剣聖】と同レベルの職業がもう一人出て来るならこれだけ興奮するのも当然だ。
それはそれとして次は俺の番だ。
石に近付いてから手を置き、読み上げ係のガルザックの言葉を待つ。
「コハク・ミヤタ! 職業は、職業は…………」
いつまで経っても黙っているガルザックを待っていても、何も言おうとしない。
気になり表情を覗いてみると、かなり青ざめたものだった。
「し、ししし、【死霊術師】です!」
瞬間、アリウス王女の悲鳴が響き渡り、同時に俺の腹には強烈な痛いが走った。
「っ、あ……!」
「離れろ、下衆が!」
身体が浮き上がり、そのまま転がり壁に激突する。
一瞬の出来事だったが、俺がさっきまでいた場所には足を大きく振り上げた騎士の姿があった。俺は蹴られて、そのまま吹き飛ばされたのだ。
壁に叩きつけられた背中と蹴られた腹部に痛みが走る。
胃酸が逆流し、喉が焼ける様な不快感が湧き上がった。
動けない俺を大勢の騎士が取り囲み、剣や槍の刃を突き立てる。
「皆、国王陛下とアリウス王女、それに勇者達を安全な場所に!」
俺を蹴り、剣を喉元に突き立てている騎士が部下に命令して、他の皆を連れ出させた。
騎士達の隙間から、沢村のニヤ付く顔が見えた。
ここに残ったのは俺と騎士達だけで、乱れた呼吸を何とか取り戻して声を振り絞る。
「どう、ぢて……」
「黙れ!」
余りに殺気が込められた騎士の叫びに、怯んだ俺は声も出せなかった。
「死霊術師は過去に数名しか確認されていないレア職業だ! しかし、そのほとんどが犯罪者として歴史に名を刻む! 何十、何百万人が犠牲になった事か、今でも正確な数は把握できない程だ!」
つまり俺は死霊術師という職業だけで判断されて、今剣を突き立てられているのか?
ふざけるなよ。叫びたくても、怯んで声が出せない自分の弱さに苛立った。
「この汚物を地下牢にぶち込んでおけ!」
「はっ!」
刺股に似た、先端が二つに割れた棒で四方から押さえられた。
刃が無くても鉄塊だ。骨が軋む程の痛みで悲鳴を上げる。
「立て!」
「抵抗するなよ!」
「さっさと歩くんだ!」
もうされるがままの状態で、俺は地下にある牢屋に押し込まれた。
異世界生活、初日。俺は牢屋に押し込まれるのだった。