ハンバーガー屋さん
お腹が空いたので、ハンバーガー屋さんに行こう。
ダンッ。
しまった、自動ドアが開くより早く歩いたせいで、ぶつかってしまった。
「あいてて……」
背中を押さえながら入店する。
人が並んでいるので、最後尾から2番目に並ぶ。
ハンバーガー屋さんに行くのは多分久しぶりなので、レジ上のメニューを眺めて困惑する。
なんでもいいや。そう思った。
自分の番が来たように感じたので、注文をしてみる。
「すいません、ハンバーガー1つください」
前のお客さんが、えっ、と振り返る。
しまった、まだだった。うつむいていると、何もかも分からない。
まっすぐ前を見ると、背中に「雁字搦め」と書かれたシャツが目に入った。
みんな大変なんだな。自分も早く解放されたい。朝顔の観察には、もううんざりだ。
雁字搦めTを着た猫が注文を終えたので、いよいよついに自分の番だ。
「うっ」
やばい。
めちゃめちゃ緊張してきた。
というか、なんならお店に入る前から緊張している。早く注文してラクになりたい。
入という字を手の甲に書いて、ため息をついた。
「いらっしゃいませ。ご注文は」
後ろからプレッシャーを感じる。3秒以内に注文を完了させないと何されるか分からない。
「なんでもいいです」
「え?」
「すいません間違えました」
ケアレスミス。
「(からあげ弁当で)」
はっとして辺りを見回す。良かった、声には出していなかった。
「ハンバーガーください」
よし。それでいい。
「セットにいたしますか?」
「はい」
?
「カスタムはいかがなさいますか?」
「はい」
?
「サンタクロースは信じていますか?」
「はい」
?
「えっとですね、当店ではマスタードやピクルス抜きを選ぶこともできます」
なるほど。親切な店員さんが説明してくれた。しかし考える時間はなかった。残り1秒。
ハンバーガー早く食べたい。
「ハンバーグ抜きでお願いします」
「は?」
店員さんが困惑する。無理もない。自分でも何を言っているか分からない。
人間焦ると、思っていることと全く違うことを言ってしまうようだ。
だが後には引けない。自分は今日、元々ハンバーグ抜きを注文するつもりだった。
そのスタンスを崩さないよう、自己暗示をかけて己を洗脳する。
「本当にハンバーグ抜きでよろしいですか?」
「もちろんです。ダイエット中なので」
やせなきゃいけないのです。
「あの……さしでがましいようですが」
店員さんが口をはさむ。
「ダイエット中でしたらバンズ……パンの部分も炭水化物なので良くない気がします」
気が利くタイプの店員さんだった。これは嬉しい。
「ありがとうございます。バンズも抜きで」
「かしこまりました。バンズもハンバーグも抜きですと野菜とソースのみになってしまいますが、そのまま召し上がりますか?」
食べづらそう。
「他の具材も抜きでお願いします」
「かしこまりました。ジュースやポテトもカロリー高いですが……?」
心配そうに店員さんがたずねる。
「飲み物は中身抜きで、ポテトもポテト抜きでお願いします」
「かしこまりました。ご注文を復唱させていただきます。ハンバーガーセットで、ハンバーガーがハンバーグ、バンズ、野菜、ソース抜きで、お飲み物が中身抜き、ポテトがポテト抜きでよろしいですか?」
「はい〜」
「以上ですと0円でございます。お支払いは現金ですか?」
「いや、Suicaでお願いします」
ピッとタッチする。ちょうど残金0円だったので助かった。
「店内でお召し上がりですか? お持ち帰りにいたしますか?」
どうしよう。
あ、そういえば今家におばあちゃんが3人とも来ているんだった。せっかくなので、みんなで分けるか。
「持ち帰りで」
「かしこまりました。お時間少々いただきます」
店員さんがレシートと呼び出し番号の書かれた紙を渡してきた。
番号は37564。画面を見ると、まだ37番までしか呼ばれていなかった。
「鏖の方〜」
もう呼ばれた。注文終えてから1秒も経ってないのに。キッチンもプレッシャーにやられたか。いや、さすがファストフード店だと褒めておこう。
先ほどの店員さんが説明を始める。
「当店ただ今サステナブルな取り組みをしていまして、袋や容器をなしにしましたら、5円キャッシュバックされる期間限定キャンペーンを行なっております」
時代だねぇ。
「袋や容器は、なしでお願いします」
「かしこまりました。では、こちら5円でございます」
受け取った5円を、レジ横の貯金箱に入れる。
さて帰ろう。お腹ペコペコだ。
と、自動ドアの前で立ち止まる。危ない危ない。またぶつかるところだった。
ドアが開くことはなかった。