レギュラー
「だあああああ書けない!」
ほのかに豚骨の匂いが漂う店内。ゴン、と机に頭をうちつけてテーブルに突っ伏した俺は、心の限りを叫んでいた。
となりでスマホをいじりながら友達が興味なさげに聞いてくる。
「なにをそんなに叫んでるのさ」
「小説が書けないんだよ!」
ふーんと興味なさげに、ふぁっとあくびをしながら友達は答えた。
友達に誘われて俺は、知らないラーメン屋にきていた。そこで一人、うんうんと最近の悩みを友達と話していた。
店員が注文をとりにきた。
友達はラーメン並で、といったので、俺ははて、と首を傾げる。
「お前並って、大盛いっとけよ大盛、腹減ってないのか? お前」
「いや、この店はな……」
といいかけているところで俺は、ラーメン大盛で! と勢いよく告げた。
「おい、人の話を……」
「そんなことより俺の話を聞いてくれ! 小説が書けないんだよ!」
友達は、はあ……とため息をつき、どうなっても知らないと小声でいった。
「で、なんで小説を書いているのさ」
「いや、友達数人と継続は力だよなって話をしてて、それでなにか続けてみようって話になったのさ」
つっぷしたままの額に、ひんやりと冷たい机の感触が伝わってくる。それから逃げるように顔だけを友達の方に向けて、俺は続ける。
「それでお題を出してもらってそれに基づいて短編を書いているんだけど……今回のお題が難しくて……」
「ふーん、お題はなんなの?」
お冷をちびりと飲みながら友達は相槌を返す。
「レギュラーってお題を出されたんだけど……いろいろ意味が取れそうなんだよ……」
「レギュラーねぇ……」
ふーむ、と腕を組み真面目に考え始めた友達はいろいろ提案を始めた。
「一番身近なところでいったらサイズとかじゃない?」
「それは俺も考えた。でもそっから物語作るの難しくね?」
MサイズとRサイズでどちらが本当の真ん中サイズなのか戦争を起こす話とか考えたけど、結局自分がどっちでもよくねと思ってしまい最後まで書ききれなかったのだった。
「じゃあ部活動とかどう? レギュラー争いとか青春っぽくて書きやすそうじゃん」
「お前……ただでさえプロじゃない俺に経験したことない青春を書けと? 残酷だな……」
「そういうのはフィクションだからおもろいんだろ」
友人の容赦ない一言で傷つけられた。
「でも俺はこう……普通じゃないことが書きたいんだよ! なんか、こうあるだろう? レギュラーって普通っていう意味じゃん。そこを絡めてなんかうまいことこう……イレギュラーなことを書きたいんだよ……!」
「お前めんどくさ」
またしても友人の一言で傷ついた。
ガソリンのレギュラーとか、レギュとラーにわけて考えてみるとか、友達はいろいろ提案してくれていたが、全部ピンときていなかった。
「これじゃ拉致があかないよ」
俺があまりにも意見を出さずに否定ばかりするせいで、友達がしびれを切らしてしまっていた。確かにそれもそうだ。このままだと本当に間に合わない。
「いや頼む。最後の一回だけ、本当に最後だ。なんでもいい、それについて書くからなんかいい案出してくれ! 頼む!」
またしても大きなため息をつき、それでも考えてくれるこいつは、やっぱりいいやつだった。
「もういっそ書けないことについてかけばいいんじゃない」
「……ほう?」
なるほど、と思った。よくTwitterで、自分が体験したことしか書けない、とか言われていたことを思い出す。
「レギュラーってお題について悩んでいる二人の話、とかでいいんじゃないかもう。それについて考えてるんだからお題からも外れないんじゃだろ」
「アリだな……それいいじゃんめっちゃアリ」
ええ、それでいいのかよ……みたいな顔をする友達だったが、ようやくインスピレーションがわいてきた。
後はゴールへ進むだけだ……と思ったのも束の間。再びゴールが遠くなる。
「オチどうしよう……」
「それはお前が考えろよ」
脳天にチョップをもらった俺はうべ、っと変な声を出した。
「それはそうなんだけどさぁ、難しいよなあ。俺は自分の個性を出しながら普通じゃない話を書きたいんだよ」
ぐっとこぶしを握りこみ遠くを見つめるポーズをする。しらっとした目で友達がみていた。
「さっきから普通じゃないものってずっと言ってるけど、普通っていうのは王道ってことだよな? 初心者が普通の小説を書けなかったら一体なにが書けるのさ」
友達は痛恨の一撃を食らわせにきていた。
「普通の良さを理解してからでも遅くないんじゃないか?」
「ぐっ……ちょこちょこ俺をさしてくるな……でもなあ……」
煮え切らない感じでぶつぶつと悩んでいると、はいおまちどう、とラーメンを運ばれてきた。
お、きたきたと思いわくわくしていたが、一瞬でその顔は絶望にそまった。
俺はそのラーメンのサイズを顎が外れそうになった。
「え、俺、なんか超特大サイズとか頼んだ?」
「いや、だからお前大盛サイズ頼んでただろ」
「じゃあこれは……」
目の前にはどんぶりというか、タライぐらい大きいといっても過言ではない量のラーメンが差し出されていた。
「ウチは残したら罰金1万円だからね、ハッハッハ!」
カウンター越しに店長らしき人が大きな声でいう。
「……冗談だよな?」
「先月ガチでとられたやつが3人ぐらいいるって噂だぞ」
「終わった……」
俺は覚悟を決めて、箸とレンゲを手に取った。最初はあまりのうまさに余裕かもしれないと思っていたが、10分もたたないうちに俺の胃は、はちきれんばかりに膨れ上がっていた。
なんとか食べ終えた帰り道。俺は、腹がたぽたぽというか、もはや食道まで埋め尽くされていて、口でギリギリ蓋をしている状態だった。しゃべることすらままならない。
「な? やっぱり普通サイズが1番いいんだよ」
はーうまかった、と満足そうな顔を横目に見ながら俺は、
「そうかも……おぇ……」
と今にも吐きそうな具合で、答える。
俺は普通じゃないものが……とか言ってたのになあ、と友達がケタケタ笑う。そして
「オチができてよかったじゃん」
と笑いながら言ったのだった。