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閑話・馴致編

 馴致じゅんち。一般的には、徐々に慣らすことを意味し、生を受けた馬や、天馬たちが、ある一定の歳になった際に人間の生活に加わるために、いろいろな物事に慣れさせていく作業である。馬車を引く馬は、馬車をひくための修行をし、人を乗せる馬は騎乗の修行を行っていく。それは、この世界に生まれたステファンにとっても例外ではない。ステファンは、既にケンプコンスト家に引き取られた天馬であり、騎兵の天馬となるべくして、今日からライヒと共に修練を行っていくのである。


 ステファンは、一度はライヒを乗せたとはいえ、牧場側が確認しているわけではない。彼らとしてもちゃんと人を乗せられる天馬ですよと認定する必要もあるため、このような段階も必要だ。


 小高い木板の壁を丸く囲まれた、ドーム状に木の柱で天井が作られている場所へステファンは、職員とライヒと共につれられる。


 丸馬場、通称ロンギ場。


 まずは、ここで人を乗せる訓練を行っていくのである。


 (そういえば、生まれ変わる前も同じような場所に来たな……)


 その当時の、ステファンといえば、他の馬との喧嘩が絶えず、生傷が多く時には、前歯を折って厩舎に戻ることもあった記憶もある。しかし、それは遠い昔。一度、違う世界とはいえ生まれてから死ぬまでの経験や記憶を取り戻したせいか、その当時よりも落ち着きを払っていた。


 第一段階として、鞍に慣れさせる訓練。


 まずは、ステファンをお腹の側面をさすって安心させながら、ライヒは『彼』に対して厚めの布や布を固定するための馬具をつけていく。そして、彼女は無口につながった長いロープを持ち、真ん中の位置に行き、ステファンを円形の壁に沿ってぐるぐると歩かせていく。休憩をはさんで、また同じように行う。これを一日中実施するのである。ここで、牧場の職員が良しが出れば、第二段階へと進む。早ければ、1日で第二段階にいき、慣れていなければ何日もこなさなくてはいけない。


 そこは、もうすでに慣れているという風に、ステファンは驚くこともなくどうどうと悠々に進んでいく。それには、職員としても、うんうんとうなずきすぐに第2段階への許可が出た。


 少し、ステファンも得意げだ。


「驚きましたわ。いつにもまして、大人しい……ですわね」


(それはそうだ。早くこんな場所からおさらばしたいからな。走るなら、もっと広い場所で、だ)


「そこは、生まれの性に逆らえないというわけですのね……」


 次は、布の上にもう一段階背中に布団のような分厚いものをのせて同じように一日中ぐるぐる回る。これもなんなくクリア。


 そして、第3段階から、鞍をつけて歩かせる。最初は、ステファンも違和感を覚えたものの、徐々に思い出したのか、慣れたように歩いていく。これもクリア。そして、鐙を垂らした状態でも、特に問題なく進んでいる。プライドの高そうなステファンでもやはり早く終わらせたいようだ。


 そして、第4段階はというと……。


「よいしょっと」


(げっ)


 ここから本格的に鞍を着けて、人を乗せていくのである。このときは、まだライはまたがらず、ステファンに対して、垂直で腹這いになるように、さながらステファンの生まれ変わる前の世界で例えれば小学校での鉄棒の前回りの直前のような、形で騎乗する。一発で成功。


 これも、丸馬場の壁に沿ってぐるぐる回るのだ。これも、人を乗せることに馴れさせるために必要なことである。まあ、ステファンに関して実は、必要ないのだが。


(さあ、娘、どのくらいで根をあげるかな?我としては別にすぐに降りてもいいんだぞ)


「……なんの、あなたに認めさせるため、こんなもの苦ではありませんわ」


 どちらが馴致されているか、わからない会話ではあるが、ライも学ぶ身。馴致を通してステファンの癖や、性格、どう心を合わしていくかを学んでいくのだ。


常に同じ姿勢でいなくては行けない集中力。休憩を挟みつつ、心をかよわせたい一心で、ライは取り組む。

 その光景にステファンは人を乗せたくないという気持ちも、ちょっとでも和らぎそうにもなるがしかし、変わらない。

 彼らが打ち解けるのも、もう少し時間がかかりそうだ。


        ***


 雨の日も、風の強い日も、晴れた日も、夏の暑い日、も、冬の寒い行きの日も、ステファンのお世話に取り組むライ。

 すでに、腹這いの形から、股がる形へとなり、人を乗せて走る訓練から、人を乗せて、空を飛ぶ訓練も行っていった。


 そして、半年を過ぎた辺りに一通り1日に行う訓練を終わらせたあと、ステファンは一言、

(人を乗せるのに、体を許しても心は許していないからな)

という動物会話(コミュニケーション)を受け、ライは、よしと、手応えを感じるように表情を崩していた。


        ***


 いつものように牧場の朝は早い。しかし、ステファンにとっては、それはいつものこと。いつものように、目が覚めるか覚めないかの瀬戸際で、ライが起こしいつもの馬房の掃除を始める。そして、いつもの訓練が始まるのだ。


 今日も、そのような一日がはじまり、そして一日が終わり眠りにつくのだろう……。


 と思いきや。


 ぱんぱんと手を叩くような音が鳴り、馬房の外の方へと顔を向ける。


 そこには、嬉しそうにステファンの方へと書状を見せているライの姿があった。


(なんだそれは)


「ようやく、ようやく来ましたのよ! 待ちに待った、士官学校入学証ですわ」


(おお、まあ、とりあえず、学校というのに行けるようになったのだな。それは、よかった、じゃ)


「何言ってますの。あなたも行きますのよ」


(は?一緒に生活するのは、一年だけじゃなかったのか?)


「それは、この牧場での話ですわね。一年だけであなたとはお別れとは言っておりませんわ。代々、ケンプコンスト家では、士官学校行く前に愛馬と共に訓練するとも言いましたが、士官学校に一緒に行かないなんて一言もいってはおりませんわ」


(それは、詭弁ってやつではないのか)


「はい、もう決定事項ですので。それに、もうあなたは私がお世話していた時点でもう、ケンプコンスト家の専属の天馬となっているのですもの」


(我の、意思はないのか……)


 人間であったら、ため息をつかんばかりの感情を動物会話(コミュニケーション)をステファンはのせる。そんなことも、ライはお構いなしに、


「まあ、士官学校に行くまでは、まだ期間はございますから、覚悟はしてもらいますわよ。はい、今日の朝御飯ですわ」


(それはもらう)


 まだまだ、平穏とは程遠いなと思う、ステファンであった。

~ブルームブルーム/Morfonica

風の日/ELLEGARDEN

を聞きながら~

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