出会い編・6
彼女が、その白い光の円が見えたのは、幼少の頃だった。
なんてことはない円。しかし不思議な円。普段は見えないけれど、じっと見つめると浮かんでくる円。父親や、母親など家族だけでなく、会う人や会う人すべてに、浮かび上がっていた。果ては、いろいろな動物や草木までも。
見えないものは、壁や、家、ベッドや机、お気に入りのぬいぐるみ等は試してみても、じっと見ても浮かび上がることはなかった
そして、共通することは、その円を見続けるとひどく疲れるという事だけ。数秒を見続けるだけでは、軽い眠気と疲れを覚え、長時間見続けてしまうとその場で倒れてしまう事さえあった。
普段意識しなければ、浮かび上がってこない。しかし、探そうと思って見続けると、すぐさま浮かび上がる円。
彼女は、その円に関して、気にすることもなく、日々を過ごしていった。
その白い円の用途を知ったのは、家族と一緒に出掛けた狩りでのこと。兄たちの狩りの場を、見学するためだけに同行していた。
最初は、父と一緒に馬上で、見ていただけだった。兄たちの狩りの様子を、応援し、時には喜びながら眺めていた。
そして、一頭の巨大な狼の姿があった。矢を放てど、投げ槍を放てど、刺さりはするが奥深くまで突き刺さらず、弾かれるか傷が浅いだけだった。普段であるならば、やすやすと狩りをやってのける兄たちであるが、その狼だけは違っていた。
獣の毛が、弓矢を弾き、皮膚が槍を突き刺すまでも、深く刺さることがなく苦戦する兄たち。
そこに、何を思ったのか、父と一緒にいた彼女が馬から飛び降り、横に護衛をつけている兵士から、槍を借り受け、狼へと迫っていた。一瞬の出来事に、あっけにとられた父は、すぐさま気づき声を上げ追いかけようとするが、既に少女は狼の目の前まで迫っていた。
そして、その少女は、とてつもないその巨大な狼に臆することなく、狼の体から『視える』、白い光の円へと吸い込まれるように一突きする。
その槍は、深々と狼を穿っていた。
借りうけた、その槍が特別なのではない。少女の膂力もまだ、鍛える前でそんじょそこらの少女と変わらない。
けれども、あの巨大な狼を刺し貫いていた。
そして、その巨大な狼は、自壊し始める。気づいたころには、肉が焼け骨となり崩れるところであった。
その後彼女は父、その不思議な円について話すと、父は厳命する。
その力は、無暗やたらに使ってはいけない、と。使うとするならば、人知を超えた強大な物から危険が及ぶとき、それから守るために使えと。
それが、ライが視る不思議な円の話。怖いけれども、どこか心強くなるようなそんな不思議なお話。
***
(く・・・、苦しい!首をしめるのじゃない!)
「あ、ごめんなさい!空を飛んでますもの。落ちないようについ……」
空を飛ぶ、一頭と一人。相対するは、魔力の塊を今か今かと射出しようとする獣。その口元は、よだれを垂らしている。意識を失っているとはいえ、本能には逆らえないのだろう。今にも、喰らおうとしていることが、見ただけでわかる。
狩りのためだけに作られる、魔力の塊。彼の獣は、この道具を使用して、森の魔力にとらわれた者たちを喰らい、牧場周辺の家畜を襲っていたのだろう。
(で、なんか、奴を倒す手でもあるのか?)
「……、あるにはありますわ。でも……」
(なんだ?)
「多少時間がかかりますの。だから、頑張って避けていただけませんか?それと、どうか、常にあの獣を見られる位置にいてくださいまし」
(……、我はこういう、飛び続けてるのは初めてだぞ。いや、まあ地上だったとしても、全くなかったが……。まあ、なるたけやってやる)
ライは槍を片手で持ちつつ、うつぶせになるようにしがみつく。片手でとはいえ、どうにか振り落とされないように。手綱がないのが、本当に不便だ。
「止まっているよりかは、幾分か相手の狙いを逸らすために飛び続けましょう。行きますわよ!」
(……わかった)
彼女は視線を、魔獣に合わせる。
『彼』は知ってか知らずか、羽を広げて飛び始める。
ライは、白い点を作り始める。完成するまで、瞬き含めても3分強以上。それも、5秒以上逸らしても、目をつぶってもいけない。5秒以内なら、白い点が少し小さくなるぐらいだ。
3分強。
それは、ステファンにとっても、縁のあるタイムだ。
彼が過去の世界で『ステファノメグロ』だった時、グレード1ランクの中で、一番最初に獲ったレースのタイムが一番近い。
そして、この世界で初めての人を乗せた競争となる。天候は、晴れ。走る馬場は、芝でも砂でもない。
『風』。
魔力が濃い分、馬場は稍重あたりか。
天馬として、初めて生を受けてからの競争だ。ゲートなぞない。しかし、目の前の魔力の塊を避け続けなくてはならない。止まってるなぞいられない。
けれど、背に乗る騎手が見えるようにつかず離れずに。
魔獣は、相手が飛び始めたことに対して、反応し、魔力の塊を射出した。計4発。
それは直進するのみ。魔獣が狙った位置には、ステファンの圧倒的速度により、既に塊が貫いた位置には、彼はいない。
「いけますわ!」
それも、ステファンお得意のいつもの飛行法。後半になればなるほど、速度が増していく。そして、その行動に対して獣にとって、相手の位置を予測して打ち出すなぞもってのほか。
意識のない魔獣であるならなおさら。
ステファンが大きく飛びながらUターンする。それも、速度は落ちない。もう一度、今度は魔獣が塊を6発分作り出し、打ち出しても、追いつかない。
速度はキープしたまま。
タイムの間隔としては、最初から中間へ。ライもしがみつきながらも、魔獣への視線を外していない。現在、白い点の大きさは完成まで、1/3から、1/2の間である。
――――――――ぐぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ
魔獣は、苛立ちからか雄たけびを上げる。いつもは仕留められたはずの、獲物が中々仕留められない。放出される魔力の霞が濃くなる。
とたん、魔力の塊の色が変わる。今までは、青色だったが、紫色へ。
「えっ!! あの色……まさかっ!!」
(どうした? )
「なんで……、魔獣が、理解してますの?!」
射出される。紫の塊、計4発。
「気を付けてくださいまし! あれは……、あれは!」
飛行する速度を徐々に上げる。まだ、時間としては中間。競馬でいえば、各々のポジションが決まり、あとはどの位置からどう走っていくか、どの道を使って相手から逃げるか、差すか見極めているところだ。
「今までが、基礎攻撃魔術レベル1『マジックショット』なら……」
紫の塊一発が、ステファンが数瞬前に存在していた位置を貫く。
「これは、基礎攻撃魔術レベル2『マジックミサイル』でしてよ! 追ってきますわよ!」
通り過ぎた4つの紫の塊が、反転しステファンへと目掛けてせまっていく。
(なんだ! それはっ!)
4っつの塊が、自由にくねくねと曲がりながらステファンを追っていく。
(ちっ、落ちるなよっ!)
「無理難題おっしゃいますわね! そのつもりですけれど!」
ステファンは上昇、下降、曲がりくねったり回転したりして、追ってくる紫の塊をギリギリ体から、そらす。そのまま、紫の塊はステファンを追おうとするが曲がり切れず、地面や木にぶつかり4つの塊は爆散する。
続けて、魔獣は、同じようにまた、4つの紫の塊を周囲に浮かび上がらせ、ステファン目掛けて射出する。
それもすべて、回避し、『マジックミサイル』を爆散させる。
(あと、どのくらいだ?)
「もうすこしですわ。頑張ってくださいまし」
魔獣から、つかず離れず、ステファン飛行しながら避け続ける。初めてとはいえ、敵の攻撃に対してここまでできるのは、過去の世界での勝負強さか、それとも動物の本能に備わっている生きるための天性の勘か、それとも天馬の力がなせる業か。
――――がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ
もう一度、魔獣は雄たけびを上げる。とたん。周囲の霞の色が赤く染まり、ビリビリと雷鳴が響き渡る。
苛立ちから、怒りへ。獲物に対する最終警告。
(やばそうだな。でもそろそろか?)
「ええ、そろそろ準備出来ますわ」
ライは、しがみつきながらもぶるぶると震える槍を、『対象』へと向ける。
魔獣は、大きな赤い塊を目の前に作り始め…、大きく両の手を振り下ろす。
大きな6つの斬撃が、ステファンに目掛けて放たれる。
(ちっ!加速するぞ!)
「承知ですわっ!」
ここが、彼らにとっての上がり3ハロン。己の名誉のためでなく、自分の命題を果たすためでなく、生きたいため人馬一体で飛ぶ。
斬撃は、6つ。
全て、かすることもなかったが、それでもギリギリであった。
ライは、ぼそぼそと言霊を唱え始める。
――――一撃必中状態へ移行
――――魔力路、全回路直結
――――対象、『魔獣』。照準開始
――――四肢身体、全膂力上昇中
――――魔力解放発動
「いけますわ!!」
ライの周囲の風が、舞う。瞬時に、槍を両の手で持ち、魔獣に向かって、飛び降りる。
そのまま、猛スピードで落下し、ライは吸い込まれるように、槍で魔獣を脳天から貫いた。
それは、一瞬だった。深々と突き刺し、魔獣は静止する。
そして、周囲を放っていた赤い霞も、徐々に薄まっていく。ライは、飛び降りて、魔獣から間合いを取る。
そして……。
魔獣の体中が蒼い炎で燃え始め、倒れ伏す。全身を燃やした後、すぐ鎮火した。
魔獣の方へと、近づき脳天に突き刺さった槍を、ライは引き抜く。
そして、その横にふわりと、ステファンが降り立つ。
(なあ、これで、おわったのか)
「ええ、終りましたわ。これで、魔力に侵されず、空を飛ぶなり、ゆっくり出口を探すなり出来るはずですわ……」
そして、彼女は目を閉じ、骨となった相対者へ、祈りの言葉を呟く。
これが、彼女なりの弔い方だった。
(ああ、なら、よかった。じゃあ、我はいくぞ……)
とたん、ライは、倒れる。
(おい、どうした!?)
そこには、すうすう寝ているライの姿があった。
(おい、いいのか?我は、見捨ててでも行くぞ? おい? )
天馬の蹄でぽんぽんと軽くたたくが気づかない。
ステファンは、周囲を見渡す。
(はあ……まあ、今は危険はなさそうだし、後ででいいか……)
と、ライを囲むように、ステファンも眠りにつく。
今は、一時のお休みを。また、いずれ彼らは、走るのだから。
***
(姉御! 牧場主が言ってた、少女と天馬が消えたのはここの森のようだぜ!)
「ええ、そのようね。レイス。薄いとはいえ、少し魔力の濃度が、普段と比べて濃い……。何事もなければよいのだけど……」
と、そこには黒くしっかりとした馬体で、鬼が宿っていそうな天馬と、背中に重厚なやりを持ち、黒色の綺麗な長髪を備え、軽装であるが、しかし立派な鎧を備えた眉目秀麗の女性騎士の姿がそこにあった。
天馬騎士団団長であり、ライの憧れの対象、イングリーデ・レイスドゥーシェの姿がそこにあった。天馬の名前は、レイスドゥーシェ号。代々、レイスドゥーシェ家は、天馬の騎士を担う家柄であり、代々の自分の愛馬に家名をつける習慣があった。
(しかし、だからといって、ここから探すにしても、骨が折れるっつーの。よくこんな仕事引き受けたな)
「ちょうど、個々の地域での対応とはいえ、天馬騎士団の皆が、出払ったり、忙しかったりしてたから、ちょうど私の部隊しかいなかったの。それに……」
(それに……?)
「聞けば、あの子だっていうの。おてんばだけど、よく私についてきていた、『妹』みたいな存在。ライヒ」
(へぇ)
「懐かしいわね。何年ぶりかしら……。しかし、心配。早く見つけないと……」
イングリーデの手綱の握る力が、少し強くなる。やはり、幼少のころとはいえ、長年一緒に過ごしてきた存在だ。姉代わりとして、心配なのだろう。
(……?)
とたん、レイスドゥーシェ号は、耳をぐるぐるさせ、なにかを聞こえたそぶりを見せる。
「どうしたの?」
(人間と、これは……、同族の寝息が聞こえる……?あっちからのようだぜ!)
「ええ、急ぎましょう!」
手綱を振るい、寝息の聞こえる方へと加速する、一頭と一人。
天馬のその優れた聴覚を頼りに向かう。そこは、広場へとたどり着く。
(……、おおい、まじか)
「これは……。ふふっ、いい寝顔」
そこには、馬体を枕にして、仲睦まじそうに寝ている葦毛の天馬と一人の少女の姿があった。
―――― Roselia/Opera of the wasteland を聞きながら