出会い編・5
ライはニコッと笑った後、あごに手を当て考えるしぐさをする。
「しかし、どういたしましょう……。あなたを見つけたはいいもの、迷ってしまいましたわね……。あそうだ、乗せていただければ――――」
と、ライはステファンの視線を送る。
(乗せてはやらんぞ、我は勝手に戻る)
「えーー、そこは一緒に戻りましょう~」
(元はといえば、お前が我を追いかけるからじゃないか)
「それは……、貴方だって……、逃げますもの……」
と小声で、「まあ、あなた達の種族の習性をド忘れして、脅かせてしまったのは反省しておりますけれども……」と、小さく両の人差し指をとんとんと、いじけるしぐさをする。彼女は、多少の悪気があるようだ。
(まあ、とにかく、我は戻る。まあ、運がよければまた顔を見られるかもな)
と、ステファンは羽を広げ、大きく羽ばたきふわりと飛び立つ。
「ちょっと! お待ちに―――――」
そして、木々を飛び越え、空に向かいライヒの視界から消える……、
ことはなかった。
空へ向かったステファンの体は、見えない何かに包み込まれ、押し戻される。
(!?)
飛行している状態でもう一度、空へと羽ばたこうとするが、何かに抵抗されて、木々より高く跳ぶことができない。
この感覚を、ステファンは知っている。いやむしろ、普段であるならば、その感覚はもっと前に受けていたはずだった。
その感覚がなかったからこそ、ステファン自身がここにいるのだ。
そう、牧場の柵に備わる魔力壁。それと同じ感覚だった。
「どうなさいましたの? 」
(……飛び越えられん)
「はい?」
(あの、お前たちが我たちを囲む『柵』とやらと同じように、出られんのだ)
「柵?っということは、魔力壁でしょうか?」
と、一頭と一人が顔を見合わせ、数瞬過ぎ去る。と、ライヒは思い出したかのようにぎょっとした表情に変える。
「……あああ!私としたことが……、やらかしまいましたわ。この森の魔力の密度……。どおりで、疲れの回復が早いのですもの」
(どうした? )
「はやく! はやく! ここから逃げますわよ! ゆっくりしていられませんもの幸い、この魔力量で、疲労がすぐ吹き飛びましたから! 」
と、ステファンをせかせる形で、急いで頬り投げた槍を拾い、あたりを見渡す。
(疲労……?ああ、先ほどの動きづらくなることか。なら別に、そんな急ぐこともなかろう。まだゆっくりすればよい。むしろ、ここをお前たちの巣にすればいいのではないか? )
「それが、出来ない理由があるんですの! いいから行きますわよ。森の出口を探しながら、お話します。着いてきてくださいまし」
(う……、うむ)
ライヒは、おっと発見したかと思えば、そちらの腰の高さぐらいまである目の前の木々方へと向かい、それらを槍で切り払う。運よく、馬と人が歩けるぐらいの獣道が現れる。一頭と、一人はそちらへと歩み始める。
「いいですか? この周りを漂うこの見えない魔力という物は、私たちの生活を便利にした反面、直接触れすぎると、過剰吸収・・・。いうなれば、魔力の食べ過ぎによって、思わぬ副作用……『とんでもないこと』が起こりますのよ」
(そういうものなのか。その魔力という物は)
「ええ。魔力は、少しの間触れるだけなら、吸収され魔力が体内をめぐり、疲労や体力の回復……、果ては怪我や病気の治りを早くしたりと、体中を癒すことができますの。その効果を生かして研究されたのが、回復魔術と呼ばれる物ですけれど、今は関係ありませんわね」
(ほう、便利だな……。ああ、そういえば、この前怪我をしたときに、手をかざすだけで傷口が塞がるのはそういう事だったのか、『昔』ではそんなことはなかったな)
「昔? あなたが、生まれた時にはもうすでに確立してる魔術だったのですけれど……。まあ、それはよくて。」
行き止まりだが、ライはもう一度、目の前の草や木を槍で払いつつ進んでいく。少しずつ、足早になりつつあるのは気のせいだろうか。
「そこで、私達には、魔力を持てる量が決まっていますの。その量を超えて魔力に触れ続けるとどうなるか……」
(……どうなる?)
「『魔』に意識を乗っ取られ、暴走状態になりますのよ。いうなれば、『自分』が『自分』でいられなくなる……。そう、貴方は『魔獣』と呼ばれるものになり、私は『魔人』と呼ばれるものになる……」
(それって、どのくらいここにいればソレになるのだ?)
「もって、半日…」
(よし、急ぐぞ!娘! 早く、この森から脱出するぞ! 我が何者かに操られるのは我慢ならん! )
「だから、先ほどからそう言っておりますの! それに、私のことはライって呼んでくださいまし!」
(それは……、まあ考えておく)
「もう!」
***
(まだ、かかるのか? )
「いえ、あそこから、日の光が見えますわ!よかった。まだ、『魔』に取り込まれる前に間に合いそうですわね。あそこを切り払えば……」
と、ライは走っていき、目の前の大きな緑を切り払う。すると、眩しい光が差し込む。
「脱出できそうですわ!いきましょう!」
と、一人と一頭は、光の中へと駆け出していき……。
――――またもや、森に囲まれた大きな広場へと躍り出た。
「……、……」
(抜けた……、わけではなさそうだな……)
「ああああ、もう、どうしましょう!!時間がないですわぁ!どうすれば、どうすれば……」
(とりあえず、落ち着け)
「元はといえば!あなたが、ここの森に逃げなければ!!」
(それを言うなら、元々だって、お前が我を追ってくるのも……!)
「ああ、そうでしたわね! 私が悪ぅございましたわよ! 」
と、ライは、そっぽを向きながら言葉を吐く。多少は、悪気はある物の、それはお互い様だというような意識もあり、頑なになる。
「ぎゃぉおおおおおおおおおおお!!!!」
「なんですの?私、謝っているのではありませんか」
「ぐわぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ」
「もう、叫んだって解決はしませんわよ!」
(娘、我ではない、一言もしゃべっていないぞ)
「へ? 」
ライは、目を丸くしステファンの方へと振り向く。それもそのはず、その声は天馬の叫びというよりも、もっと凶暴な獣の叫び声。
と、広場の向こうから、木々を何かで焼き切り裂かれるような、破壊音が鳴り響いた。
そこには、凶暴な表情を浮かべる、獣の姿がそこにあった。
蒼き魔力の霞を、体中から放ち、目は赤く、4足歩行の黒き獣。ライは、気づく。この地方で最もあってはいけない、獣。『熊属』。それが、魔獣の状態になっているのである。
ライは、気づく。あれが、牧場の主が言っていた、魔獣騒ぎの元凶と。そして、思い出す。
この森の魔力の濃さは、魔獣から発せられる霞によるもので、倒すことにより発生を抑えられると。
あんなのに、襲い掛かられたらひとたまりもない。けれど。
けれど。
持っている槍を、両の手で握る。
これ以上、脱出するためにも、魔力の濃度を抑えるためにも。
「やら……、なきゃ」
とたん、魔獣の周囲から、4つの塊が発生する。4つの塊は、瞬間、ライ目掛けて射出される。
ライは、動けなかった。戦おうにも、避けようにも恐怖で足が動かなかった。
――――あ、死んだ。お父様。お母様、2人のお兄様。妹。ごめんなさい。
目をつぶってしまう。
しかし。
後方からの急な突風が、ライを包み、4つの塊をはじき返した。
そこには。
(いや、やってみればできるものだな、我)
ライは風が吹いた先である後方へと振り向くと、羽を広げたステファンの姿があった。天馬の羽根で起こした風で、魔力の塊を弾き飛ばしていた。
「ステファン!」
(あんな危険な物我らに向けるのが悪い。で、脱出する方法でも、考え付いたか?)
「ええ、思い出しましたわ。脱出する方法は、見つかりませんでしたが、魔力を抑える方法を」
(ほう、それは)
「あの魔獣を、斃しますわ。あれを倒せば、少なからず『魔』に取り込まれることはなくなりますわね。それに、魔力壁も、薄くなります。空からの脱出はたやすくなるでしょう」
(なるほど。わかった。あのような、輩になりたくはないからな。それに、我も飛べるし、お前もゆっくり森から出口を探せる)
「そこは、乗せてくださりませんのね」
彼の魔獣は、徐々に4つの魔力塊を作り始めていた。
(『乗れ』)
「え?」
(いいから、乗れ。お前の速さじゃ、あれは避けられないだろう。まあ、乗らないのなら避けられず、そのまま当たるか?)
「乗りますわ!!」
(今回だけだぞ)
ここにステファンと、ライの初めての人馬一体が誕生する。
そして、長きにわたる一心同体の歴史の一歩だった。