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出会い編・4

 青々と茂った森。風が吹き、木々がざわめく。


 まるで、突然の来訪者を警戒するかのように。それとも、来訪者に対する警告であろうか。ここに来てはいけない。ここにいてはいけないと。その証拠に、やけに静かである。聞こえてくるはずの、鳥や動物たちの歌声や、ざわめきが聞こえてこない。


 その様に臆することなく、葦毛の天馬は、森林の中にあるぽっかりと空いた、少し大きな草地の広場にふわりと着地する。


(撒いたか……? いや、ああいう人間は、あきらめが悪い。とことん悪い。まず間違いなくここまで来るだろうな)


『ステファノメグロ』はうずくまるように、休む。疲労困憊である。まあ、身を隠せば、なんとかなるだろうと。そこから先は、疲労が回復してから、動こうと。彼女が、ここまで来たなら……、それはその時になってから。


(あきらめが、悪いか……。そう言えば、あの時も、そうだったな……)


『ステファノメグロ』は、転生前のレースを思い出す。そして、もう一頭、それは黒き暗殺者とも呼ばれていた競走馬の存在を。その暗殺者とは、とある大きなレースで一度激突をした。『ステファノメグロ』自身は知る由もないのだが、それは『彼』自身にとって3連覇をかけた大きなレースだった。目の前には、転生前の世界で生まれた時の牧場の同輩が、先頭を駆け出す形になりその後ろに『ステファノメグロ』ともう一頭が位置する。そして、その後ろに()の黒い暗殺者がいた。


 このレース自体、長い距離である。しかし、『ステファノメグロ』の持ち前のスタミナはそれをものともせず、2~3番手の位置で()()()()()。その後ろへと迫る、黒い暗殺者。さほどの圧はあったが、葦毛の『彼』は物ともせず、自分のペースを保つ。

 

 そして。


 『ステファノメグロ』は外側へと回り、お得意のラストスパートにて一気に脚を開放した。スピードを加速させ、かの前方の同輩に迫り、突き放す、


はずだった。


 けれども、後ろから迫る暗殺者。幾度スピードを上げても、なおも追いつこうとする脚。走れども走れど、その黒き影はなおも迫るばかり。引きはがそうにも、影のようについてくる。


 ――――その、黒き『彼』はあきらめが悪かった。


 お互いに、加速する。


 駆ける。歓声のボルテージも上がる。あともう少し、後も少しで。


 『黒き暗殺者』は、『ステファノメグロ』を追いつき、突き放す。


 そして、黒き暗殺者は、このレースにて、一番にゴール板を通過した。


 紙吹雪が、舞う。『ステファノメグロ』は、あきらめの悪い彼にレースで負けたのだと、悟る。


 あの頃は、かなりイライラしたが、今となっては懐かしい思い出だ

 物思いにふけると同時にあることに気づく。


(ん? あんなに、体の動きが鈍かったのに、もう動けるようになったな。あの『巣』でも、こんなにすぐ動けることはないのに……なんか変だ)


 こんなに雰囲気は、外敵に対しては拒絶しているようなのに。動物の勘がざわめく。ここにいては危険だ。回復したなら、早々に立ち去るべきだと。


 ガサガサ。ガサガサ。ガサガサ。


(なんだ?! こわい!なんだ! )


「やああっと、見つけましたわ! 観念しまして!さあ、お縄につきましてよ! 」


(うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!)


 彼女の登場で、『ステファノメグロ』は馬特有の、臆病さで発狂。暴れ狂う、はずだった。


「あ、ごめんなさい。叫んでしまいましたわ……。どうどう、どうどう」


 と、すかさず、持っていた槍を頬り投げ、ライヒの人間離れした馬鹿力が、『ステファノメグロ』を抑える。


 ライヒは、優しく囁くように、言葉をかけた。


 「怖いものはいませんわよー。取って食うわけではありませんわよー。 さあ、落ち着きましょー。どうどう、どうどう」


 『彼女』は、『彼』の側面に位置し押さえこみながらも、首元をやさしくさすったり、肩や背中を優しくたたく。いく分かするうちに落ち着いていく彼。


 この方法は、馬を落ち着かせるための方法の一つ。


優しく声をかけ、優しく優しく触れていく。自分は敵ではないと落ち着かせ、警戒心を解かせるためだ。


天馬と言えど、馬の本能には逆らえないようである。


「そうですわ。お近づきにこれをどうぞ」


 と、腰に装備しているポシェットみたいなものから、葉のついたオレンジ色の野菜を取り出す。言わば『彼』の転生前の世界で言うところのニンジンのようなもの。この世界でもこの手の野菜は彼の好物である。


 まじまじとみる、『彼』。


 にっこりと笑う、ライヒ。


 彼は迷ったのか少し間を置いたあと、ぱっくりと食いつく。


(お、おいしい)


 モシャモシャ食べる様をみて、


「まあ、いい食べっぷり! 私のを食べて頂けたということなら、許したってことですわね。 さあ、乗せてくださいまし」


と、両の手を前に差し出す。


(いろいろ過程すっ飛ばしすぎだ! 誰が乗せるか)


「えー、だって、私のあげたキャロリ。特注品ですのよ。食べさせるために選別した、特注品中の特注品。

もう、私のおこづかいの3倍ですもの3倍、言わば結婚指輪ですのよ」


(だからって、追いかけ回されたあげく、知らない怪しい雌にいきなりそうなるか!)


「まあ、おこづかい3倍は冗談として」


(冗談なのかよ)


「でも、いつかはあなたの背に乗って見せますわ。それまで、おとなしき待っててくださいましね」


(いや、おとなしきしてやらん。暴れてでも抵抗するぞ、というか)


「なんですの?」


ふと、『彼』は、素朴な疑問を問う。


(なぜ、我の意思や言いたいことがわかるのだ? 今まで、ここまで大まかに理解する者はいても、我の意思をここまで理解する者はいなかった)


「ああ、それは!」


とライヒは人差し指をたてる。


「天馬の騎士を目指すもの、自分の愛馬との意思を理解する、動物会話(コミュニケーション)は必須科目! あなたの表情、しぐさ、動作、いななきの細かい部分を、観察すればおのずとわかるように訓練しましたわ。」


(そういうものなのか……? というか、我なんで、お前達の言ってることがわかる?)


「そこに疑問持ちますの? みなさん、私たち人間の言葉理解してますわよ」


 そういうものなのかとおもいつつ、この世界に来る前はここまで理解力はなかったような気もすると、ふと彼は思う。


「あ」


「なんだ?」


「そういえば、肝心なこと忘れてましたわ」


そして、両端のスカートをつまみ、恭しく挨拶する。


「改めて、はじめまして。私の名前は、ライヒ。ライヒ・ケンプコンスト。天馬の騎士を目指すもの。そのために、あなたとの一心同体を望みますわ。よろしくお願いしますね。ライと呼んで頂いてもよろしくてよ」


(ふん、どうだか)


「あなたは、62ちゃんでよろしくて?」


(どうと呼んでくれてよいが、それだけは気にくわないな)


 とたん、記憶のなか思い起こさせる、大勢の歓声の中で、首を優しく叩きながら囁き労う声。


『よくやった、ステファノメグロ』


 その言葉が今理解できたように、紡ぐ。


(ステファノメグロ、と『昔』は呼ばれていた)


「ステファノメグロ、いい名前ですわ。うん、ステファンって呼んでも? 」


(さっきも、伝えたぞ、どうとでも呼んでくれって)


「よろしくですわ。ステファン」


(ふん)


これが、後に天馬の騎士として轟かす、一頭と一人の初めての意志疎通だった。






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