出会い編・1
(え……。なんか、我、本当に空を飛んでいる……だと……!!)
と、葦毛の『馬』は驚愕する。その大きな羽を備えた姿で。
その驚愕によって少しバランスを崩しそうになるが、いままでそうであったかのように羽を大きく羽ばたかせ、崩しそうになった馬体を戻す。
そして『彼』は安堵する。
『彼』自身、ちょっと少し前までの記憶では、夜の小屋でゆっくりと眠ろうとしたはずであった。お世話をする人間がいなくなり、同胞達のいななきもなくなり、あとは眠るだけだった、のはずだ。
(なぜ、我は空を飛んでいる……?いや、そもそもどこだ。ここは?どうして我はここにいる……?一体……。思い出せ……。思い出すんだ……)
空を飛ぶ葦毛の馬は今、向こうの記憶を思い出してしまったが、違う。状況を整理するために、この世界に羽根が生えて生まれてからの記憶をたどる。
こっちでの記憶は……そう、『彼』が気づいたころには、すでにこの、大きな羽を持っていた。母に寄り添い、昔の記憶と同じように、草原を走ることもあれば、彼女に従って大空を飛んでいたこともある。走るだけでなく、大空を飛ぶのは気持ちいいものだと感動を覚えていた。体も、羽が生える前よりも、軽くなったという感じもしていた。
あとは、羽が生えてなった頃の記憶と、そう相違ない気がした。そこは、昔の記憶と同じく群れを嫌い、一頭で悠々自適に草原の中を走り回った。我が物のように。
(そういえば、彼らに乗られ長い距離を走ることもなくなったか。懐かしいな。まあ、我とてもう二度と行いたくはないが)
人々との歓声と罵声とともに、大きなターフを疾走したあの記憶。もう、かなりの記憶の彼方かもしれないが、『彼』はいまだに覚えている。当時は楽しかったが内心嫌々ながら走らされていたが、今となっては、そう人間でいう所の懐かしさと呼ばれる感情に近い物も持っていた。そこで、いま、どういう状況であるか、どうして空を飛んでいるのかを彼方下方からの呼びかけにより、思い出す。
「お待ちになりなさい~!! 私の夢の一部~!! 」
(ああ、そうだ、そうだった!! )
『彼』は、彼女から逃げていたのだった。人間の、それもまだ幼さはあるが、大人への第一歩を踏み出したばかりくらいの年端の女(雌)が追いかけてくる。髪の毛は、腰まで届くように長く、白と黒を混ぜて、もう少し白を余計に追加したような、灰の髪色。少し高貴な上下の衣服とスカートを着、銀色の胸当てをつけ、また軽そうな銀色の具足をつけ、そして、必要のないはずの長柄の得物を携えて、かちゃんかちゃんと。
(我は、もう、人間を乗せたくはない―――――――!!)
話は、少し前にさかのぼる。
それは一瞬だった。
『彼』が草原をひとっ走り、又は大きな羽を広げ軽くひとっとび等、放牧をおこない、自らの体の動作を確かめた後、お世話を受けている人間と少女が話しているところを見かける。
『彼』は、馬特有のその広すぎる視界で、その彼らの方へと一瞥をやり、あとはさっさと関係ないと走り去るところだった。
とたん、彼女と眼があってしまった。その目は、どこか、記憶の片隅に残っていたあの眼と重なってしまった。
あの、昔の戦友と。
彼女と眼があった瞬間、ぱあっと笑顔になったかと思いきや、そのままの表情で、目が獣のようになり、槍を構え、『彼』へと押し迫ってきたのだ。
その時『彼』は、思った。
(乗られて……いや、殺されてしまう!!)
一声いななきを上げ、一目散に逃げる。
「完全な走りの強さは、時に人々を無為無聊とさせる」と表現された、当時最強をうたった競走馬ステファノメグロは、今、天馬としてこの異世界で生を受けていたである。