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旅立ち~上都編・6

「さあ、やりましょうか。『組手』」


 朗らかながらも、ピリッとした空気発した、現天馬騎士団団長。


 そのピリッとし始めた空気に、ライは気圧されていた。無理もない。相手は、見知った仲であるとはいえ、一旅団の団長だ。


 それに対するライは、天馬騎士の一族の血筋とはいえ、まだ騎士見習いの片足も突っ込んでいない少女である。父や、兄、また専属の指導者からも手ほどきを受けているとはいえ、場数が雲梯の差だ。お互いに切磋琢磨していたあの頃とは違う。


 そんな、剣呑な空気にぞろぞろと集まり始める大衆である。「あの子が例の……」であったり、「団長と組手とは、お気の毒に……」などの話し声が聞こえる。


 中には「さあ、一世一代の大勝負。どっちが先に膝が崩れるか、見ものだよぉ!はったはった!」

と、賭け事さえ楽しみ始める者もいた。


 ライが、持っているのは非殺傷の訓練用の槍であり、イングリーデも、同じ槍を受け取っていた。


 非殺傷ではあるものの、撃ち所が悪ければ大けが必須である。


 お互いがお互いを見合い、ゆっくりと槍を構え始める。張り詰めた空気。ほぼ同じ構え。事実として、二人の槍の指導者は同じ先生の下で学んでいる。


「……なんか、急に騒ぎ始めたかと思った、どういった見世物だ。これは」


「あ、ジェイ、お帰り。馬車の荷物積みご苦労様~。こっちで手続きは済ませたよん。いやぁ、まあ詳しくはかくかくしかじか。かいつまんでいうと、今回の旅の一団を守る兵士の団長さんがライちゃんのお知り合いで、久しぶりに組手やろうってこうなったわけ」


「……、暇というかなんというか……。団長さんも変わったお人だ。旧来の知人に対して、組手を申し込むなんか」


「ジェイは、どっちが勝つと思う?」


「……彼女には言っちゃ悪いが十中八九、団長さんが勝つだろう。けど」


「けど?」


「ライ嬢のこれからの未来も含めて、応援するつもりだ」


「うん、私もその通り」


***

 先に動いたのは、ライ。標的に向かって疾走する。そして、前へと突き出す。


 しかし、いとも簡単に、イングリーデは払う。直後、払った槍を返すように、ライへとたたきつけようとするが、それをわかっていたかのように、一足飛びで避ける。お互いに相手の癖がわかっているからこそできる芸当。


 突き、叩きつけ、振り下ろし、横なぎ。たがいに、槍での攻撃で一進一退の攻防だ。ライは、少し焦る表情だが、対するイングリーデの表情は、少しも変わらない。そこは、如実に力量の差が現れていた。しかし、イングリーデの攻撃にも対応できるライの様子は、知っている相手とはいえ、歴戦の団長に合わせているのは舌を巻く状況といえる。


「さすがに、鍛錬はおこなっていないわね。相変わらず、ライは頑張り屋さんで安心したわ」


「お姉さまに、褒められていただけるなら、とても光栄ですわ」


 何度も、穂(注:槍の突き刺す刃に当たる部分)と穂、穂と柄(注:槍を持つ部分)、柄と柄をぶつけ合いながらも、2人はしのぎを削っていた。


 より、基本に忠実であり、型にはまった戦い方のライは、若いながら目を見張るものがあった。周りからすれば、将来を期待できると言ったところだろう。そして、イングリーデは、より実践的にかなった動きをする。ライの攻撃をひらりひらりとかわす様は、見事といっても過言ではない。


 突き、突き、払い、叩きつけ、振り上げ。


 お互いに、技の応酬が光る。けれども、ライはぎりぎりかすめてしまうが、イングリーデは、戦場の勘か、ライの攻撃はものともしていなかった。

 

 草を食んでいた、ステファンの耳にも、異様な槍と槍がぶつかり合う音が届き、そちらへ意識を向ける。


(おや、旦那がこの前乗せてたお嬢とうちの姉御の戦いが気になりますかい?)


(あの、人間どもの熱気は、そういうことか)


(そうそう。うちの姉御が、息巻いてたんだぜ。久しぶりに手合わせできそうで楽しみってさぁ)


(人間どもは、よくわからんな)


(まあ、大方、オレらの走り比べのように、人間どももああやって、どちらが上かを比べるってわけでさぁ。生まれ変わる前にいた人間は、そんなことはあんまりしなかったが、こっちでの人間どもは、そうやって上を決めるっぽいねぇ)


(……そういうものか)


 風が舞う。心地よき風が、2頭を包む。そして、槍と槍のぶつかる音が、()()()()


(もうじき、決着するな)


(お……?)


(これで、あきらめるようでは、我の上に乗せるのはふさわしくないぞ、娘)


 と、ステファンは、草を食べることを再開していた。

 


 ライは、集中する。視点を彼女に合わせる。集中する。徐々に徐々に、イングリーデの中心に、円が見えてしまっていく。

 

 穿(うが)とうとし――――。


 ライは、相手がイングリーデであることを、気づいてしまった(思い出してしまった)


――――あ、だめ。なんで。相手はお姉さまなのに。


 とたん、槍が鈍る。その機微を、イングリーデは見逃さなかった。ライの持った槍を思いっきり弾き飛ばし、穂先をライの顔へと向ける。


 ライは、ぺたんと座り込んでしまった。


「勝負あり!!勝者、団長!」


 そして、勝者の彼女は、槍をふるい、背負うように構えを解く。


「強くなったわね。ライ」


 ライと、イングリーデを包む静寂。お互いに視線が、重なる。イングリーデは、微笑んでいた。


 そののちにどこからか、ぱちぱちぱちと拍手する音がなった。


 それは、カナンから発せられる音だった。そこから、徐々に広がり、大きくなり、盛大に2人の健闘を祝福に包み込んでいった。

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