旅立ち~上都編・2
「そういやー、お名前聞いてなかったねー。っと、聞くならまず、……私から。カナン=マルガレーテと言います。マルガレーテ商店という行商人をやっとりまーす。注文があれば、なんでもござーい!食料・および生活必需品から、冒険に必要な武具から何まで何でも揃えちゃうよー。まあ、用意する時間なるはやだけど、勘弁してね。よろしくね~」
斧をよいしょっとと背負い歩きながら、話す行商人。行商人とはいえ、その斧を担ぐというのは、道中が生半可な旅路ではないことを印象付ける。国内は、都市と王都を結ぶ王路付近や、都市近くの道は治安が良いのであるが、辺境の地であったり、今でも小競り合いがある敵対国の付近や、盗賊団の縄張りだと噂される地域、そし
てステファンとライが、遭遇したような魔力の密度が濃い土地など、国内でも油断にならない場所は多い。
しかし、行商人であれば、注文があればその地域へと出向かなくてはならない。そう、懇意にするお客様のためなら。そう物語っていた。
「えっと、私は、ライヒと申しますわ!ライヒ・フォン・ケンプコンスト。ライと呼んでくださいまし」
「ケンプコンスト……。え、ガチのお嬢様じゃん!あ、ごほん、お嬢様でございますか……?」
「いえ、そうかしこまらずに結構ですわ! むしろ、かしこまりますと私が戸惑ってしまいます。むしろ、普段通りにしてくださいまし!」
「ああ~、そう? じゃあ。お言葉に甘えて」
「はい。そうして頂けた方が、私も気が楽ですわ。改めてよろしくお願いします」
「うん、よろしくね。いやぁ、しかし、名門ケンプコンスト家のお嬢様に、介抱されるとはねぇ。まーた、ほんと人生ってわっかんないわー。あ、お店はこっちねー」
と、とことこと歩いていく。その、後ろにライはついていく。向かう先は、行商人たちが集う市場。商業地区の南東側に位置し、都市に申請さえ下りれば、行商人たちが自由に商売ができる場所だ。ここにはない、地方の特産品や仕入れ品などのいろいろな商品、中には貴重品や掘り出し物まで売っており、ライも父親と一緒にお忍びで見物したこともあった。
「そういえば、本当にいいのでしょうか? お代金はいらないというのは、申し訳なく……」
「いいの、いいの! あなたが助けてくれなきゃ、私はあのまんまだったんだから。あのまま、ジェイに見つかったら……」
「ジェイ……?」
「ああ、うん。うちの相棒兼、うちのお店の専属傭兵。護衛を務めてくれてるんだよー。私がここで行商するための申請のために、ちょっとこの街に前のりしてねぇ。後からうちの店の馬車と、ジェイと合流する手はずになってるんだ」
「あー、それでジェイさんに見つかりましたら……」
「うん……。実はね、こう見えて、結構お酒での失敗やらかしててね。あと一回でも、ジェイに見つかりでもしたら、ドヤされて、徹底された、管理された禁酒期間が……期間が……」
「え、ええ……」
ライは、こう見えても何も、あの様を見せられたらなんとなしにお酒の失敗は繰り返してるんだろうなと考えてしまう。
「だから、ほんと、ライちゃんが女神に見えてくる! もう、お姉さん、何でもしてあげちゃうよー。だから、お礼させてね!」
「は、はぁ」
***
「あ、ジェイやっほー」と、声をかけた先には不思議な形の馬車と、その馬車に背を預けて待っていたと思われる、男性の傭兵に声をかける。青い髪が印象的で、腰に剣を携え、服装は剣を使うために身のこなしの軽そうないでたちだ。鎧で固めるよりも、蝶のように舞い蜂のように刺すという剣の技術があると聞く。少し見える素肌は、しなやかな筋肉が見え、ライとしても、手練れだと感じた。
「……、……ああ、カナンか。珍しい。どっかでまた、飲んだくれているのかと思った」
「もう、人聞きの悪いこと言わないで~。ちゃんと来れますぅ」
「……じゃあ、次からそうしてくれ。……えっと、そちらは……」
その、ジェイと呼ばれた男は視線をライの方へとむける。突然の部外者に戸惑うのも無理がない。
「……、ああ、さっき知り合ったライちゃん。えーと、まあ、ちょっとお世話になってねー。それの、おれいをば……」
「ライヒと申しますわ。カナンさんと先ほど知り合いましたの。そこまでしていただくほどではなかったのですが、カナンさんがどうしてもと……」
とライは自然と優雅にお辞儀をする。今度は、驚かせまいと苗字は言わずに。
「……なるほど。珍しく合流地点に着いたかと思えば、そういうことか。それは、大変お世話になった。こちらから、探しに行く手間が省けたよ。助かる。私からも、お礼を言いたい」
とジェイも、彼女のいつもの所業なのか、彼の方でも察したらしく深々とお辞儀をする。
「いえいえ、お構いなく、すぐに退散いたしますわ!」
そしてライには聞こえないほどの小声で、「それにまた大層な方と知り合いになったなと」つぶやいていた。
「さてさて、ではライちゃん。見ててね」
カナンは不思議な形をした馬車に手を触れる。すると、触れた場所に紋章が浮かび上がる。そのまま、紋章から様々な光る線が、馬車を多い、ガシャンガシャンと変形して行く。そう、馬車が見事な小さなお店となった。
「いらっしゃーい。マルガレーテ商店へようこそ!」
「はい、失礼しますわ……」
ライヒが入ってみると、様々な品物が目に入った。すべての品物が、あの不思議な形をした馬車に詰め込まれていたのだ。食料から、装飾品や書物、果ては武器まで。
「さてさて、どれでもいいよ~!お、この掘り出し物の剣とかおすすめだよ」
「……いやいや、それはちょっと、大きすぎるだろう。こっちの宝石とかどうだろうか」
と二人は、あらゆる品物を提案してくる。ライは、どうしたものかと考えていると、自らのポケットの中にかすかな魔力の気配がした。
ん?と思い、ポケットから取り出す。そこには。
「お、それは?」
それは、白と黒が織り交ざったような美しい葦毛の羽根。これは、間違いなく、ステファンの羽根である。ライは、牧場の作業中にいつの間にかポケットの中に入ってしまったのかと思う。
「ん? それって、天馬の羽根じゃない?」
「え、ええ、そうですわ。私、牧場で天馬のお世話をしておりまして、作業中にポケットの中に入ったのではないかと……」
「……それ、天然の魔術アイテムじゃないか。でも、なんとも心地よい感じだ」
「うん、なんというか、ライちゃんのこと、優しく見守っている感じ」
「え、そうですの?! うれしい! 態度ではそっけなかったり、興味なさそうでしたのに、やはり未来の相棒として認めつつありますのね……ふふふ」
「もしかして、その相棒さんというのが、今お世話してる天馬のこと?」
「ええ、そうですわ。ステファンという天馬でして、気高くてマイペースで、人のことなど一切気にしない、けれど私のことを助けてくれた、大切な相棒予定の天馬」
ライは、一呼吸置く。
「実は私、天馬の騎士を目指しています。だけど、天馬の騎士になるには、『彼』と一緒でなくては嫌なのです。でも、ステファンは、私を乗せたがらないほど強情なのですわ。そのために、『彼』に私のことを認めさせなくてはいけません。けれど、認めてくれないのです」
「……なるほどな。だが、その羽根の感じからしたら、ある程度信頼しているようにも見えるな」
「お、その理由は?」
「……ただの勘だ」
「そう、おっしゃっていただけるだけでもうれしいですわ」
「あ、そうだ。なら」
と、カナンは思いついたかのように、拳と手のひらをたたきつける動作をする。
「ライちゃんが、よければなんだけど、その羽根、アクセサリーにしてもよいかな?」
「え?!」
「……おう、それはいいな。未来の天馬の騎士へ、しがない行商人らのお礼と贈り物だ」
「それは、是非!」
「はい、毎度あり!」
にかっと、その行商人は微笑んでいた。




