第12章 後編 ウサギさん
アリスとは白ウサギを追いかけ不思議の国に迷い込んだ少女をさすことで……名前がアリスでもなければ少女でもない男子に対して言うものではないと思う。
「僕らをどうするつもりですか?ウサギさん。」
「不思議の国に連れてってあげるんだよ!でもねっ、一度行ったら帰れなくなる人もいるみたいなんだ。君らは帰ってきてね!」
「不思議の国?」
「そうっ。僕だけが作ることが出来るんだよ。」
高い声に低い身長。幼い顔だち。高校生3年生には血迷っても見えない。貴方自体が不思議ですよ。
にしても何をするんだ?お仕置き……とも言っていたし、不思議の国って。発想がファンシーすぎて通常語に解読出来ない。
「なぁ……雅也。俺、ウサギさんがBクラス生徒だってこと忘れてたわ。あの笑顔にクラッときて現実離れしてたよ。」
「僕もだ。海斗。そうだよね。Bクラスだよ?普通の常識は持ってないとは言ってもここまでくると……な。」
「3年後の俺達の姿だよ?何かワクワクするよなっ。」
「未来より今を考えようか……。にしつもウサギさん怖いな。」
優しい笑顔だと思ったら裏がありそうだし……いきなり縛られるし。そういえば悠夜会長……ウサギさんのこと気分屋って言ってたな。
「俺はウサギさんが実はSであることに矢一本賭けるよ?」
「地味に要らないもの賭けるな!なんだよ……矢ってっうわ゛。」
ウサギさんが回していた懐中時計が勢いよく僕目掛けてきたのを避ける。
時計って振り回すもんだっけ!?
「君達、緊急感が足りないよ〜。こんな時は黙り込んで素性を探らせないようにしないとイケないんだぞっ!」
ビシッと人差し指を立てるウサギさん。黒い耳……いやウサ耳の方だよ。も直立している。
あの耳フワフワしてそうなんだよなぁ……。
「なぁ……雅也。」
「黙れ海斗。」
僕は今あの耳がとても気になっているんだ!
「…………。」
パシッと手に懐中時計を取ったウサギさんは大きい目をさらに大きく開いた。紅いその目を。
「君の専用武器は小型ナイフでしょ。その切れ味見せてよっ。」
「えっ……。」
すんなりと僕のベルトからナイフを抜き出す。
よく隠し場所分かったな。後で縄切ろうと思っていたのに……。
「へー。なかなか鋭そうだねっ!」
ナイフをケースから出し、刃をいじり弄ぶウサギさんに少し嫌悪する。
だって……手に馴染むような仕草で僕の愛刀を扱うから。早く返してくれないかな。
下を向き溜息をはく。
「危ない雅也っ!?」
「なっ!!…………えっ?」
海斗が僕に対しアタックしてきた。二人とも縄で縛られているため倒れこんでしまう。
何だよ……と言って起き上がり海斗を見ると首元の下辺りから制服が赤に染み付いていた。起き上がらない海斗。
「かい……と……?」
「何〜雅也。」
「生きてる。」
「そりゃ露骨辺りを薄く一直線に切られただけだからね!生きてるよ。」
海斗が気怠そうに起きあがる。見れば本当に露骨辺りの制服が一直線に裂け、そこから赤黒く染まっていた。海斗が僕を庇ったから?えっ……ウサギさんが僕を切りつけようとして海斗がそれに気づいた。でも僕は気づかなかったから。こんな大切なときによそ見していたから……。
「ダメだよっ?出てきちゃったら。でも〜そういう顔するならやって損はないねっ。」
ウサギさんは先程と変わらない口調で声の高さで笑顔でナイフに染み付いた血を払うように一降りさせた。
そういう顔?
「その不安と恐怖に染まった顔っ。そしてお菓子のような甘い血の色と臭い!僕は大好きなんだっ。」
とびっきりの笑顔が僕の思考を遮断する。
「伯爵〜。顔に血が着いてますよ?とってあげます。」
「血に濡れる伯爵って素敵!」
「さすが『 真赤な国への案内人』の異名を持つ伯爵です!」
なんでこれを普通だと感じているんだ?正しいのはウサギさんの方?
「錐吾先輩よりタチが悪い……。」
「雅也?」
悠夜会長に負けず劣らず痛め付けるのが好きそうだ。そして周りの女子も悠夜会長愛好者とさして変わらないじゃないか。この学園の病んでるはけ口になっているのは悠夜会長だけじゃない……。
「瀬羽君っ。不思議の国が一瞬見えたでしょ?」
不思議の国……。
何をいうんだと眉間にシワをよせる海斗。
「…………は?」
「今度はちゃんと連れてってあげるねっ?」
そういうと黒ウサギは、かしずき目線がちょうど海斗と同じ高さになる。そしてクスリっと口端を上げた。
「真赤な不思議の国へご案内っ。」
「「「It's a Show Time!」」」
周りの女子も口をそろえて笑顔を作り出した。
不思議の国。一瞬だけ見えた?……切られた海斗。僕が気がかりな不思議の国ってもしかしてー
「避けろっ!海斗!」
ウサギさんが大きくナイフを振り上げた瞬間、弓なりの音が聞こえた。
「えっ……。う゛ぅっ。」
振り返ったウサギさんの腕をかすり、ナイフがカランっと落ちる。ウサギさんの白ブラウスの腕が赤く染まりウサギさんは苛立ったように眉を寄せた。
「誰〜?僕の不思議の国を作る時間を潰す人はっ。女王様以外そういうのは許されないんだぞっ。」
かすった物は矢。この矢を扱うのは僕の知る限り海斗と彼しかいない。
「不思議の国を作る時間……?笑わせないでください。貴方がしているのは殺戮の時間でしょう?赤く染めることで欲を満たす貴方は僕が関わりたくない人物ですよ。」
黒髪に黒ぶち眼鏡。これが正しい制服の着方代表を勝ち取る錐吾先輩が教室へと足を踏み入れていた。手には弓を持っている。
天からの救いだ!
「錐吾先輩〜俺切られましたよぉ。」
「いつからそこに……。」
「貴方達が縛られた辺りですね。2人とも捕まるとはやはり実力がないんですね。また明日からきっちりしごくのでそのつもりで……。」
錐吾先輩もタチ悪いっ!最初から助けてくれよ。鋭い目がギランと睨みつけるからさらに怖い。
「なんだ~。錐吾じゃないかっ僕を傷つけるだなんて意味分かってるのかなっ!それって僕に殺されたいってことでしょうっ?弟を殺すのは惜しいなっ。」
「僕は貴方と同じ血が流れているだけでも嫌なんですよ。兄として自覚がない行動も嫌っています。制服を着て来ないのもウサギの耳付けているのも放課後、用もないのに残っていることもその歳で可愛いところも悠夜会長に一目置かれているところも嫌っています。そして何より後輩に手を出されて黙っていられないだけです。」
最後らへんに私情挟んでないか?まぁ嬉しいんだけどさ。
「よって貴方を兄と思ったことはありません。殺されたい?良いですよ。僕だって手加減しません。今までの恨みを返して差し上げますよ。」
「ふ〜ん。1年前とは違い自信ありげだねっ。守るものが出来たのっ?」
守るもの?錐吾先輩の顔を伺えばくだらない、といいたげなやっかいそうな顔をした。
「そんなもの必要ないですよ。」
「嘘っぽいなぁ。でもねっでもねっ、今回は退いてあげるよ?だって……帽子屋さんが来たからねっ!」
ウサギさんは目を細め、錐吾先輩を見据えた先より後ろを見た。
帽子屋さん?誰のことだろう。
教室へと無駄のない歩きで入ってきたのは太陽のような金髪に蒼い瞳には笑顔を宿した悠夜会長の姿があった。
「えっ…………?」
周りにいた女子生徒達が悠夜会長の姿を確認したのと同時にバタバタッと彼女達は倒れだしたではないかっ!
なっ……何をしたんですか!?悠夜会長!
「今度は帽子屋さんか……。いつになったら僕をちゃんとした名前で呼んでくれるのかな……。」
「帽子屋さん!僕のアリス達に何したのっ?」
「眠らせただけだよ。心配しなくても魔法がとければ起きるから。」
「僕はウサギなんだよっ。追いかけてくれないアリスには興味ないんだっ。」
「そうやってまた捨てるんだね……。」
「僕の物をいつも奪ってるくせにっ!よくそんなこと言えるな〜。」
二人とも笑顔でありながら漂う空気は冷たい。まるで錐吾先輩と悠夜会長の探り合いにレベルアップしたような感じだ。
その間にも錐吾先輩が落ちたナイフを拾い、僕らの縄を切ってくれた。
「ありがとうございます。」
「先輩〜。すみません。」
「しっ。静かにしてください。」
久々の解放感。30分にも満たないはずなのに長い間縛られていた気がした。
「海斗……貴方は生徒会室へ来なさい。その姿を人目に触れさせるわけにはいきません。1年管理生、貴方は悠夜会長の補佐に周まわってくれますか?このまま何もないといいんですが……兄は血を見ると興奮してしまうので悠夜会長に手を加えてしまうかもしれませんので。」
「分かりました。錐吾先輩。海斗をお願いします。」
錐吾先輩からナイフを渡され手に馴染む感覚にホッとする。
海斗は苦い顔で立ち上がると錐吾先輩に支えられる形でこの教室から退出した。
「あっれ〜。錐吾と瀬羽君行っちゃったの?」
「賢明な判断をしたまでだよ。ウサギさん、僕は管理生徒として君を罰する。昼間の武器使用。1年生の拉致。そして生徒にたいし殺戮行為に陥ったこと。そこまで君は落ちたのかい?周りにいるアリス達じゃあもう不満?」
「血に染まることを許してくれるアリス達でも死にたくはないみたいでさっ。いっつもオワズケなんだよっ。僕耐えられないよ〜。」
「そう……。本当に残忍なんだねウサギさん。犠牲者をこれ以上増やすのは生徒を守る管理生としては許せないよ?自分たちから犠牲となる女子生徒ならともかく雅也君達は望んでアリスになろうとしていないようだし……。なによりも僕は怒っているんだよ?僕が力を入れて育てている芽を摘むようなことしないでくれる?」
僕を一度見てウサギさんへと視線を戻す悠夜会長。笑顔ながら目は笑ってなどいなかった。
怖い……。さらに凍えそうだ。
「少しは謹んでもらえるかな?ウサギさん。これは友達として言っているんだよ?」
「帽子屋さん……友達になってくれるのっ?」
冷たい空気が一瞬にして、暖かくなった気がした。友達の言葉に重要素が含まれている気がしてならない。
何が起きた!さっきまでの不思議の国を作り出そうとした腹黒ウサギはどこにいった!?
「うん。だから今後いっさい関係のない生徒には手を出さないでね?」
「分かった!帽子屋さんって認めて……認めてくれるんだねっ。」
「えっ…………まぁそういうことかな。」
「ありがとう!帽子屋さんっ!」
太陽よりも輝かしい笑顔でウサギさんは悠夜会長に抱きつきそうな勢いで駆け寄った。
さっきまでナイフ片手に怖いこと言っていた黒ウサギには見えない……。悠夜会長、あなたって女子だけに限らず小さい男の子にも手出しているんですか?
「雅也君。僕がそんな人間に見える?」
えっ!?僕の心の小言に返事返しちゃったよ!?この人!
「いえ……見えませんよ。」
「そうだよね。」
「あのっ帽子屋さん。それじゃ……それじゃあ、これもらってくれる?」
後ろ手から何かゴソゴソと出そうとしているウサギさん。
もしかして武器を出すんじゃっ!危ない悠夜会長っ!
「帽子屋さんの帽子~!」
チャラララッタラ~ン!!っていこう効果音が似合いそうなほんわかなテンポで一つの帽子を出したウサギさん。これには悠夜会長も瞬きが出来ないようだし、僕もずっこけてしまった。待てっ僕の見せ所がなくなったぞ!
「これねっこれねっ!オーダーメイドなんだよっ?帽子屋さんに似合う物と思って特注したのっ。作ったは良かったんだけど……帽子屋さんは僕のこと友達とは思ってくれてなかったみたいだし封印してたんだけど。良かった!嬉しいよっ。」
「そっか……僕も嬉しいよ。ありがとう。」
白いシルクハットに黒いリボンと花がアクセントになっている。あれこそ伯爵が身につけてそうな物だぞっ。
とりあえず笑顔で受け取る悠夜会長はすぐさま被るというようなことはしなかった。
「…………。」
「…………。」
「……被ってくれないのっ?」
背中に哀愁漂うオーラをだし、今にも泣きそうな顔をしているウサギさん。なんだっなんて可愛いんだ!?
悠夜会長に僕は無言で被った方がいいんじゃないですか?というような視線を密かに送る。きっと似合うんだろう。かっこいい人には何を着ても似合わないことがない。
「……僕より雅也君の方が似合うよ?」
またこの人。僕の小言を!なんですか?超能力っ。それならさっき女子生徒が倒れ込んだのも話がつくよっ。なんで僕今まで気づかなかったんだ!?
「本当だっ。う~ん。じゃあ今日から君が帽子屋さんね。」
「ほらっ銀髪には白い帽子がよく似合うんだね。素敵だよ。」
「帽子屋さんっ!さっそく僕とお茶会で紅茶でも飲もうか~。」
ええぇっ!?僕はいつのまにか悠夜会長に被せられたシルクハットに唖然とする。
ウサギさんに可愛い笑顔で手を引かれ、僕はお茶会に招待されることとなってしまった。
「えっ……ちょっと?」
「ほらほらっ早く~。」
「安心していいよ。雅也君。彼は今、白ウサギだから。約束もあるし……。」
「そうだよっ。友達を傷つけない!」
いやいや……分かりませんよ。てか僕殺されますって。
「じゃあね。雅也君?」
またそんな笑顔でこれから死にに行くような人を送り出すような手の振り方をしないでください!!
きっとこの後に雅也は白うさぎの気分を損なわせて悠夜会長に助けを求めに行くんだろうな……。