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7話:バレん他印


「お前に贈り物だ」

「はい?」


 そんなわけでやってきましたパパズルーム。嘘、応接室の隣にある控え室。

 パパズルームは夫婦の寝室。滅多なことじゃ子供は入れませんよ。

 サーリャは(当然)くっついてきたけどミアはマイルーム。ミアのマイルームじゃなくて私の。今日は一緒のベッドで寝ようって約束をしたのです。


 ちなみに寝間着の上に膝丈ベージュのニットを羽織ってきました。パパが相手ならこれでいいよね。裁縫チートさんは編み物もいけます。ヒュー。


「ジレオード子爵からだ。妙な時期に重なったな」

「あー」


 ここで改めての確認となりますが、貴族の結婚というのは面倒です。だいぶ面倒です。

 特に女性側からすると、本人の希望で結婚相手が決まるなんてことは滅多にありませぬ。


 まぁ手練手管を年少より備えた女性、女の子なら、さりげなくアピールして自分に上手く惚れさせる……という手法を使えるのかもしれませんけどね。残念ながらというか当然というか、私にそんな手練手管はありません。また、その腕を試してみたい、発揮してみたいと思う相手もいません。いてたまるかっての。


「それにしても、ジレオード卿も困ったお方だ。当家と派閥を同じくする伯爵家の傍流(ぼうりゅう)であるから、筋違いというわけではないが……」

「物好きですよねー」


 そんなわけで、この世界で貴族の結婚というと、それはほぼほぼ政略結婚なのである。


 パパもママ(前世の母さんとこの呼称で区別)も、世間一般の貴族家のそれよりかは、私のことを愛してくれているとは思うけど、ソレはソレ、コレはコレ。


 いい結婚こそ娘の幸せという社会通念的なモノ(エンドクサ)もあって、私の結婚は「娘の幸せに最大限考慮した政略結婚」というラインで探られている。探っているのは主にママだけど。


「ティナよ、いつも言っているだろう。自分を卑下するのはやめなさい。お前に恋するのは誰であっても至極当然のことなのだからな」

「へい」


 それ、外見上は結構、父親似らしい娘に言っちゃいますー?


 豊かな黒髪(まだ三十台半ばなのだから当然)を毛先だけ軽くウェーブさせた、輪郭だけならどこか大帝感のある壮年のナイスガイ。ここでいう壮年は働き盛りって意味の方ね。

 実際、対外的には大概、威圧的な強面なんだけど、その薄い琥珀色の瞳は今現在、なんかこう……自分の娘におもねる情けなさを醸しだしています。かもすぞ~。


「まぁジレオード卿はいい人ですよね」

「いい人……か」


 さて、そんなわけで件のジレオード卿。

 無言で控えてるサーリャが、その名を聞いてぴくっと反応したジレオード子爵。


 おん歳三十五歳。


 パパの友人(出兵した時、仲良くなったらしいよ)で、十年前に(貴族には珍しい)ただ一人であった妻を亡くしてからは後妻も取らず、だが二年前、十一の私に一目惚れした悪趣味な人(ロリコン)である。死すべし。だったらお前も死ねとか言うない。


 ……まぁその辺から家での私の地位が上がり、サーリャが私に付けられたのだとすると、それはそれでありがたいことではあるのだけどね。


「いえ、ひとつ上とはいえ上位の貴族様でしょう? 当時はやっばいのに目を付けられちゃったかなーと心配したものです」


 なんせ身分の違いが、ほぼほぼ絶対といっていい貴族社会である。

 前世的には悲恋ものとか、宮廷ものとか、もしくはエロマンガ(覚えてないけどイメージで)とかのテンプレ、今世的にはママのお茶会(そこら辺)とかでよく聞く横暴(よく聞くんだよっ)のように、私もやっべーカタにハメられるんじゃないかって心配したもんです。


「卿はそのような非道をするお方ではない」

「うん、存じ上げてますよ」


 ジレオード子爵、こっちがちょっと引くくらい、気弱で緊張しぃな普通の小父さんですからね。


「私もそのようなことは許さぬ。我々は男爵家とはいえ、この土地を何代にもわたり統治してきた名家だ。上位貴族の横暴には断固たる覚悟をもってあたってみせようぞ」

「はい」


 パパかっちょいい。

 でも、できれば『娘は誰にもやらん!』とのたまうダメ親父であるならなお良かったっ。


「卿は人としては立派なのだが、前妻の子が三人も壮健であるとあってはな」

「上から長女、長男、次男の二男一女でしたか。どちらかといえば卿の長男か次男の嫁ですよね、私」

「長男の正妻に、と求められたのなら良縁であったのだがな……」

「今年で十八歳でしたか?」

「そうだ。だがその長男は既に同じ派閥の貴族家と縁付いている。お前を後取りでない次男にくれてやることもできぬからな」

「貴族社会のっ、次男の地位っ」


 まぁそんなわけでジレオード卿の求婚は、パパ的に『ナシ』の分類になっている。

 長男の嫁にと求め、実際は自分のお手つきにしてしまうというよくある手口(よく聞くんだよっ)を使わなかったのは、卿のいい人っぷりを表しているけれど……まぁねぇ……流石に三十五と十三歳じゃあ、今世であっても外聞が悪い。


 年齢差二十を超えていても、仮にこちらが行き遅れの娘とかであれば美談にもなるだろうけど、残念ながら私はこれからが絶賛結婚適齢期なのである。一生行き遅れたい。


 その上、命をかけて男児を産んでも、その子は次男以下の扱いである。


 更に言うと、自分の子と上の子らとの相性が悪ければ、後妻、および後妻の子などいくらでもが冷遇されてしまうわけで……そういう危惧をしたくなる実例が身近にあるわけで……ジレオード子爵は、本人に(とが)が無くとも『ナシ』にカテゴライズされてしまうのです。

 まぁ私的(わたしてき)にはアリナシでいったら全部ナシなんだけどさ。梨のナシゴレンなんだけどさ。まずそう。


「で、なんでしたか? 贈り物?」

「うむ、これなのだが……」


 と、パパが机のひきだしから飴色の小箱を取り出し、開けたその中には……。


「……宝石、ですか?」


 丸い、まん丸で半透明に薔薇色の石が、台座に納まっていました。

 大きさは……ゴルフボールくらいだろうか? でこぼこはしていなくて、完全な球体のようだけど。


「マリヤベルに確認させたが、これは、これまで見たことが無い宝石なのだそうだ。故に価値が有るとも、無いとも言えない」

「……どういうことですか?」

「半透明でこの色となると、ピンクサファイア、ピンククォーツ、ピンクトルマリンなどが近いものとなるが、それらとは発色の具合が違うらしい。なにせ」

「?」


 パパはそういうと「火を」とサーリャへ指示する。

 サーリャが準備した蝋燭立てを、パパが宝石に近づけると……。


「え?」


 ピジョンブラッド……という宝石の名称が頭をよぎる。

 濃い目のピンク……それまでは薔薇色だった宝石が、ルビーのように深紅なものへと変わっていた。それは鳩の血のようと形容される濃い赤だ。半透明だったはずの石が、炎の光を浴びているところだけ……なんというか……深紅であるということ以外のアイデンティティを拒絶するかのように、不透明な深紅に染まっている。


 アレキサンドライト……という宝石の名称も頭をよぎる。

 光源によって色の変わる宝石、変色効果を持つ宝石の代表格だ。


 なお、この辺りは女史さんがくれた知識チートだと思う。前世の俺が宝石に詳しかったとは思えない。なんせ女性に指輪を贈るなど考えたことも無い人生だったのでね!


「な? このような宝石は見たことが無いだろう?」


 パパが蝋燭の光を宝石の周りで動かす。

 すると深紅の部分が、まるで魔女の赤い瞳であるかのように炎を追っていた。


「子爵はなんと?」


 やべえ何これ? こんな宝石、前世でも今世でも見たことが無い……それどころか聞いたことも無い。

 好きとはいえ、十三歳の小娘に贈るものとしては重すぎじゃないかな? アナタ赤スパチャで殴る系リスナーですか子爵。


「出入りの商人から譲ってもらったそうだ。その商人に何か不手際があったらしいな。償いの現物払いといったところか」

「……出所が不吉なんですけど」

「まぁその商人もしたたかかもしれんな。珍品というのは価値が付けづらい。買う者がおれば一城程の価値にもなろう。だがいつまでも買う者がおらぬのであれば、それはただの不良在庫だ」

「……で、これを私にどうしろと?」


 いやー……こんなん、パパの一存で受け取りを拒否しちゃってよ。


 別に宝石を受け取ったからといって、なら婚約を受けたんだなー、結婚するんだなーって直結思考には……すぐには結びつかないだろうけど……これは珍品過ぎて、唯一無二(ユニーク)過ぎて、社交界に着けていこうものなら「私はジレオード子爵のものですよー」って喧伝(けんでん)してるみたいなもんですわ。子爵はそういうことに(うと)そうなので、そんな意図はないのかもしれないけど……いやあるのかな? 誰かに入れ知恵された? どっち?


 嫌だぞ俺、「私を口説き落としたいのならば、これ以上の宝石を持ってきなさい」とか言うの。なにその高ピームーブ。


 もちろん、男の誘いを断る口実はいくらあってもいいけど、万が一持って来られたらどうするの。でっかいダイアモンド……は、この世界じゃ地位低かったな、じゃあスターサファイアとかスタールビーとかそういうのを。


 かぐや姫じゃないんだからさ……って……ん?


「マリヤベルとも話したが、お前の意思を聞こうと思ってな。大前提として、私はお前と子爵との結婚を認めない。幸せになれるとは思わないからな」

「まぁ私も、幸せになれるとは思っていないのですけどね」


 そうだろう、そうだろうと頷きながらパパは話を続ける。友人とはいったい。


「それは子爵にもそれとなく伝えてある。先方も納得している。お前から好いてくれるならできうる限りの待遇でいつでも受け入れるが、そうでないのならけして無理強いはしないそうだ」

「私が子爵を、男性として好きになるというのは、ありえませんよ」


 それだけはないよー。断言できるよー。でも子爵って本当にいい人だなー。


「……だろうな。それは見ていればわかる。マリヤベルはまた違う見解のようだが」

「ママはなんて?」

「……まぁ、それはよかろう。であるなら、これは丁重にお断りした方がよいか?」

「ううん」

「む?」


 かぐや姫って、誰とも結婚しないまま月に帰ったよね?


 歴史に学ぶは賢人であると誰かが言った。竹取物語は歴史じゃないけど。フィクションだけど。天へと還った天才、高●勲に乾杯。


「いただきます。これは凄く綺麗だから」


 後ろから、サーリャの驚愕したような雰囲氣が伝わってくる。


 パパは、というと……流石に動じることは無かったみたいだけど、いつもより少し目を見開いてる。そうすると顔の大帝感が薄れて、少し親しみやすい感じになる。私は無駄に威圧感を振りまく大帝の顔より、こっちの方が好きだ。


「……いいのか?」


 いいのです。


 これを社交界に着けていこうものなら「私はジレオード子爵のものですよー」って宣伝している……みたいなもん。既にお手つきですよー、触わんなよー、NTRNGですよー。


 寄ってきた男性には、「私を口説き落としたいのならば、これ以上の宝石を持ってきなさい」と言えばいい。

 万が一、でっかいスターサファイアとか、スタールビーを持って来られたら……こう言って切り捨てよう。


『私がこれ以上と言ったのは、この宝石以上の珍品を……という意味です』


「これは下手に売ってお金にするのも難しい珍品、なんだよね?」

「まぁそうだな。ただし王族や公爵家辺りの高位貴族がその価値を認めれば、その価値はとんでもなく跳ね上がるぞ。なにせ宝石商でさえ、見たことも聞いたことも無い宝石なのだからな」


 グッド! いいものを貰いました!


 後ろのサーリャがとうとう「どうしましょう。あんな宝石、どこに収納すればいいのでしょう……紛失したら……責任問題……くび……」とか呟きだしたけど氣にしない。


「それにしても、お前が宝石を綺麗と言うとはな……心も身体も成長しているのだな……」


 なんだかパパが涙ぐんでいるけどそれも氣にしない。知ったことじゃない。


 いい虫除けをありがとうジレオード子爵。

 貴方はいい人だ。

 今度手の甲にキスをされた時には、ニッコリ微笑む……努力をしないでもない氣がしないでもないので許してください。

 貴方の虫除けを胸に? 髪飾りに? して、パパとママが私に一番いいと思う相手が見つかるまで、つつがなく過ごしてまいりたいと思います。自分からは探すまい。意地でも探すまい。


 貴方の事は本当にいい人だと思うけどごめんなさい、どうしても無理なんです。


 いいよね、貴方もう子供三人もこさえるほどリア充したよね? 前妻、パパが言うには金髪のナイスバデーな良妻だったんでしょ? その上まだJCと子作りしたいって? ふざけんな爆発しろ。もげてから爆発しろっ。


 ……おっとそうじゃない。そもそもこの王国に、異世界転生モノの貴族社会にはありがちな学園は存在しません。JCってなんですかー、ですわー。みんなカテキョ頼みですことよー、おほほほほー。


 ……何キャラ?


「ジレオード子爵には感謝の言葉と、改めて卿とは婚約できない旨お伝え下さい。これはいずれ卿を思い出す時に……初めて私へ好意を向けてくれた男性である卿を懐かしく想い、偲ぶ時に……その(よすが)となるよう、大事に大事にしていきたい思います。ですが……アナベルティナはいずれ他家へと嫁ぐ身の上、これ以上のご好意に甘えることは、もはや難しいですとも」

「そうか……つまりこれを少女であった自分との別れの証、サムシングレッドとするのだな。ジレオード子爵もそれなら納得しやすいだろう」

「あー……はい」


 ああなんかそういう古い文化もあったね、あったあった。


 地球でいうとサムシングブルーとかサムシングオールドに近いやつ。それは結婚式に花嫁が身に着けるものだけど、この王国では結婚適齢期になった娘が身に着けるサムシングフォーってのがあるの。っていうか私達から数世代前にはあったの。TS補助チートに最初から知識が包含(ほうがん)されてたの。


 サムシングオールド、祖先から受け継いだ何か古いもの。地球で同じ(意味合いの)名前のソレと同じ。

 サムシングニュー、その娘一人のために作った何か新しいもの。地球と同じ名前のソレとはちょっと違う。

 サムシングブルーム、自分はもう満開だよーってことを表す証。開花した花か、その形をした何か。

 サムシングレッド、少女であった自分との別れの証。何か赤いもの。言葉は意味深だけど膜の有無は関係ありませんよ。ブルームの方も。だって貴族社会じゃ初婚を迎えてないご令嬢、イコール膜有りですしええ。無しで生まれたかった。


 今では本当にそんなもん着けてたら笑われるレベルで古臭さ漂う、廃れた文化ではあるけど、まぁそれもいいやねー。伝統を大事にするお堅いご令嬢ってイメージの方が、都合いいでしょ。私にしてみれば。


 ……流行に乗れないと女社会じゃ生き辛い? 知らんわ。


 いいんだよ、(ウチ)は独立性の強い男爵家なんだから。親の言う通り結婚します。その覚悟ならこの生涯の半分以上……十年くらいを使ってなんとかひねり出したんだよ。それで許して。それが譲歩できる限界ですよ。


 そろそろミアの待つ部屋に帰っていいかな?




 ……とかなんとか考えてた時代が私にもありました。




 この時、私は氣付いていなかったのです。


 この宝石が、私の人生を変えてしまうことになるだなんて。


 そんなサムシングオールドな火サスのジングルが鳴りそうな感じで、また少し時が飛ぶよ。話も飛ぶよ、あさっての方向に。あと私も飛ぶよ。な、なんですってー。








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