44話:竜は語る
前書き。
これは設定暴露回です。
決着を付けるためには、ここまでの倍以上の文章量が必要な諸々の事象について、ここでその裏側を全て暴露してしまうことにより、思わせぶりだった伏線の清算と、物語的落着を図った回でもあります。
そういった性格のお話となるので、アホみたいに長いです。ごめんなさい。
話の設定等に興味がないという場合には、アリスが「はらほらひら惚れぇ……」と言った辺りで読むのを止めても、この先のエピローグを読むのには、さほど支障が無いハズです。
『……また、随分と波乱万丈な人生を歩んでおるの、娘よ』
「ホント、どうしてこのようなことに、なってしまったのでしょうね……んぐ」
「ティアを名乗る誰か……とな。あんぐ」
体長十メートルを超す赤い竜、パザスさんが、豚の塊肉を口に放り込み、しばしそれを口腔に留めたかと思うと……なんと噛まずに嚥下してしました。
「……」
「どうした? 娘よ」
「いえ」
そっちのは、焼いてないので、生肉なんですけどね。
本日ここへお持ちした豚一頭は、男爵家よりの贈答品……というかご機嫌取りの貢ぎ物……です。前例のない、竜の平和的営巣に、だいぶテンパってる感じが伝わってきますね。
「なんでもないです。あむあむあむ」「そうか。んぐ、ごくり」
豚のユッケとか、人間には結構な危険物だった氣がしますが、そこは肉体もキチンとドラゴンのパザスさんということなのでしょうか。
まぁどうでもいいけど。
「お肉うまー」
こっちの、ほどよく焼けたのは、アリスの焼き加減がよかったのか、サーリャの塩加減が良かったのか、前世でも味わったことのない、美味なるかな、ですよ。
「ティーナ~、トントロ串、追加でいる~?」
「んー。じゃ、二本願い~」
「はーい。お持ちしますね~」
「こらぁ。ここはあたしが持ってくから。バカサーリャは引っ込んでる」
そんなわけで、ここはパザスさんが営巣した山の、洞穴の中です。
天井に大きな穴が開いているので、空洞といった方が近いかもしれません。
我らが男爵家のお屋敷からここへは、歩きだと一日以上かかります。高尾山は元より、道が整備されてない分、下手したら夏の富士山よりも大変な登山となってしまいます。
ま、今日の場合は「我々もお供に!」と詰め寄る男爵家の騎士兵士を引き離すため、山の麓までパザスさんに迎えに来てもらいましたけどね。「ここよりはそなたと、そこな侍女以外、許さぬ」と演技してもらって、アリスには別口から、飛行魔法でバヒューンと飛んできてもらいました。
時刻はまだ少しお昼を回ったくらいで、空洞の向こうには秋の青空が見えています。
風も少ない、いいお天氣です。
「それにしても……なんだこの、山でキャンプでバーベキューな感じ……んぐ」
追加が入るとのことなので、串に残っていた最後のお肉を、よく噛んでから自分も嚥します。こっちのは、焼いて軽く岩塩を振った人間用です。
先刻、これを焼くグリルを(岩から)生成するためだけに、あわや生体魔法陣にされかかったりもしましたが、そこはサーリャが石だけで手際よく組んでくれたので、なんとか難を逃れることができました。大自然豊かな山中でフルヌードになる趣味はないのです。サーリャGJ。
「香ばしい匂いが漂っておるの。我も焼いた方を貰うかの」
「あ、サーリャ~。パザスさんもトントロ串の方、欲しいって~。五本くらい持ってきてー」
「はーい」「うざっ!? パザスうざっ!!」
ユミファさんを封印したり、アリスとナハト隊長が争ったりと、色々とあったあの日からは五日が経過しています。
最初の一日は、午前中に現場検証等の諸々、その後に撤収……お屋敷へと帰還する行程に全て費やされました。そしてそこからの三日間はずーっと事情聴取でした。寝不足の一因はそこにもあります。ふわぁ……ん。
もっとも、討伐隊最高責任者の口添えがあったからでしょう、口裏を合わせられないよう、ひとりひとり呼び出されるという、いわゆる取り調べ形式ではなかったのですが、その分退屈な時間が続きました。
大体は、ナハトさんが答えてくれましたからね。
赤竜が仲間というか守護者というか庇護者になったくだりでは、「信じられぬ」とか「貴女は……それがどんな意味を持つことなのか、わかっているのか?」とか、色々言われてしまいました。強面の皆様に、シリアス面で。やーん。
そんなわけで、尋問二日目の後半は、私が祈るフリをして、アリスが念話でパザスさんを呼び出し、赤鬼と青鬼もビックリな自作自演劇を披露するハメとなりました。
そこはさすがに竜殺し部隊の皆々様でしたので、腰を抜かす、ひっくり返る、漏らしてしまうなどの醜態は見られませんでしたが、ポカーンとする者、驚愕し硬直してしまう者、信じられん、信じられんと呆けたように繰り返す者、色々ありまして……あっれー、この世界のドラゴンってここまでヤベェ扱いだったの? と、今更のように思った次第であります。
「それにしても、この間はすみませんでした。三文芝居に付き合ってもらって」
「構わぬ。絡んだ糸が断ち切れぬなら、そのままに己が模様へ組み込むが粋……とな……これはアイアの言葉であったか」
「粋、ねぇ」
微妙に日本を感じさせる九星の騎士団員、アイア。
四百年前のことは、まだまだわからないことだらけだ。
……それを聞くために、今日はここへ来たのだけれどね。
「はいティナ、これはティナの分~」
「え、と、パザス様、こちらがパザス様の分となります。串から外しましょうか?」
と、そこへアリスとサーリャがトントロ串、計七本をお皿に載せ、二人仲良く(?)現れます。
私がパザスさんとお話しをしている間、二人にはグリルの番をしてもらっていたのです。
「忝けない。お願いするとしよう」
「はい」
「……パザス、鼻の下伸びてない?」
「ふむ。竜の顔でもそこは伸びるのかの?」
アリスはメイド服に、頭の半分くらいを覆う白いボンネットを被り、両耳の耳たぶの辺りから金色のツインテールを垂らしています。サーリャもホワイトブリムであること以外は全く同じ装いで、そうして二人、並んで歩いていると、同僚みたいというか、姉妹みたいというか、見習いメイドとその教育係みたいというか、まぁ要するに、なんかこうセット感があります。
それはもう、どちらが攻め役なんだろうかと考えたくもなる、微笑ましい(?)絵面ですね……なんてことを考えてると知られたら、どちらからも怒られそうだけど。
「話は終わったの?……はい、ティナの」
「んー……あ、ありがと……いやこれからが本題かな……って?」
アリスが差し出してくれたトントロ串を受け取……ろうとした手が、空を切る。
「へーん」
なに? おあずけプレイ? 最近ちょっとアリスが意地悪なんだよね。
まぁ、首を絞められてもニッコニッコで通常営業のサーリャよりかは、わかりやすくていいのだけど。
「アリス?」
アリスは引いたトントロ串を皿の上に載せ、そこで隣のサーリャに倣うかのように、フォークで肉を串から外した。
そうしてから肉をフォークで刺して、私の方へ向けてくる。
あ~……これはアレか。
「はい、あ~ん」
「またベッタベッタなことを……あむっ」
「おっ、ティナってば男前~。こういう時、躊躇わないんだねぇ~……って……え?」
嬉しそうな、アリスのニヤニヤ顔に、私は肉を口に含んだまま、自分の顔を近づける。
「じゃは(じゃあ)、わたひもおかえひに(私もお返しに)、あ~ん」
「ちょ、ちょっ!? ティナ? ちょおっ!? まってまってまって、あ~んって口移しでやるものじゃないでしょ!? 違うの!? ねぇサーリャ! これが貴族流なの!? どういうことなの!?」
「アリス……貴女の負けです……それが覚醒したティナ様流です……成仏してください……」
「なんでありがたやありがたやって言いながら手を合わせているの!? ちょっまっ!? パザス~……んぐ!?」
唇が触れないように注意しながら舌を使い、アリスのおくちにお肉をシュート。
「はれぇぇぇ!?……」
瞳を七色に瞬かせながら、ぐるぐると目を回すアリス。ちょっと可愛い。夜の抱擁も、もう少し可愛ければ安眠できるのになぁ。
「……四百年で人の文化も、だいぶ変わったの」
パザスさんがなんかトボけたことを言ってますが、面倒なので訂正はしないでおきましょう。
今はようやっと、先日の件の報告が終わったばかりです。まだまだ話は長いのです。
「はらほらひら惚れぇ……」
「あ、それではパザスさんもトントロ串、どうぞ。お野菜はいけるのですか? 五本のうち、二本はピーマンとニンジンを間に挟んだモノですが」
「問題ない。味変には佳きバリエーションかな」
「また、ドラゴンの生態について、脱線しそうになることを……」
それではまぁ、蛇足が駄弁りへ惰性で脱線していく前に、本日の本題を始めましょうか。トントロを食うも蛇足だ、割愛しよう。
あんぐ。もしゃもしゃ。ごくん。
「そもそもはまず、九星の騎士団はなぜ、アリスのお母さん、リーンと争ったのですか?」
「それはのう……あまり子供には聞かせたくない話なのだがの」
「そういえばそれ、あたしにもちゃんと教えてくれたことないよね?」
子供には話したくない内容……ですか。
「その、子供には、というのは、リーンの子供であるアリスには……ということではないということですよね?」
「そなたにも、あまりお薦めはしないのう」
なんでしょうか、センシティブ案件なのでしょうか。R-15程度でお願いしますよ?
「もしかすれば……あの俗説が正しかった、ということなのでしょうか?」
「んう?」
何か知っているのかサーリャ。
「いえその……これは四百年前のエルフと人間との戦争、その開戦事由を語る、あるいは騙る……俗説のひとつなのですが……その昔、人間はエルフを、最上級の……その……奴隷として、売買をしていたという話があって」
「なにそのテンプレ」
「……そうなの? パザス」
アリスが、眉根を寄せてパザスさんに詰め寄ります。
「それは凄いのぉ。どうやって人間がエルフを、奴隷として扱えたというのだ?」
「テンプレにはテンプレで……ってことで、昔には魔法を完全に封じ込める首輪とか、奴隷紋があったとか?」
というか生体魔法陣って、見た目下手したらソレだよね。
「パザス、そうなの?」
ずずいとパザスさんに詰め寄るアリス。なんかパザスさん嬉しそう。
「……テンプレとはなんであるか?」
でも、そこで返ってきた答えは、とてものほほんとしたものでした。
孫娘に、これが今の流行なのよと、全く理解できないファッション(か何か流行のモノ)を見せられた、おじいちゃんみたいな感じ。孫は可愛いけど何を言ってるかわかんないなー……的な。
ですが、今はおじいちゃんの時代に何があったかを、知るためのフェーズなのです。
そこで、ほんわかのほほんとしているおじいちゃんに詳しく尋ねていくと、四百年前にも知恵者、知恵袋として扱われ、それゆえに世相、世情、世間の情報を日々集めていたパザスさんであっても、魔法使いを完全支配してしまえるような、そんなマジックアイテムの類、ガジェットは知らないとのことでした。
「呪い系統のユニーク魔法には存在しそうだがの、それで大々的に商売がされていたという話は聞かないのう」
「よかった……ちょっと優しくされただけでご主人様に惚れてしまう、チョロインな奴隷はいなかったんだ……」
「何の話?」
こっちの話。
「それでは……結局なぜ、どうして、どのようにして、エルフと人間との戦争は発生したのですか? あむ」
それならばと、サーリャが当然の疑問を口にする。なお、メイドさんは、今になって自分もトントロ串を食べていらっしゃいます。こちらにもすこぶる漂うほんわかのほほん感。
ですが、それへパザスさんは、孫娘……ならぬアリスの方を見、「アリス……そなたには聞かせたくないのだがの……」と、氣まずそうに答えました。
「やだ、聞く。教えてくれないんだったら、ティナの力を借りてその牙、十本くらい抜いちゃうんだからね」「え゛」
「な、な、なんと恐ろしいことをっ!?」
「抜くとすっごい痛いんでしょ? 回復魔法をかける余裕もなくなるくらいに。だから資金調達のために抜いて売ろうかって話になっても、全力で拒否ってたんでしょ? あたし知ってるんだからね」
「うぬぅ……アムンの外道に、最初の一本を情けでくれてやるんでなかったわい」
なんか、色んな意味で生臭い話が……。
勝手に私を巻き込むのは、勘弁してほしいのですけどねぇ。
「ま、話を聞けるなら、そこに協力するのは吝かではない」
「やったー」
「……その協力には、文字通り一肌脱ぐ必要があるのを、ティナ様はお忘れなのでしょうか」
「……仲良くなったのぉ、そなたら」
パザスさんは「ふむ」と少し考え、すぐにこちらへ真剣な目を向けました。
「仕方無い、いつかは話さねばと思っていたことでもあるしの……というか、むしろそなたらが知らなかったことの方が、我には驚きなのだがの」
「私?」「私達ですか?」
「うむ。この時代の全ての人間が……と言い換えてもよいの。これは、四百年前には、大人ならば知っていて当然のことだったのでな」
「大人……」「どうしました? ティナ様」
なんとなく、サーリャのその、大人な特徴的部位を見てしまいます。十七歳は、結婚していてもおかしくない年齢なので、一応大人の範疇に入ってなくもないと、言えなくもないのです。未婚だと子ども扱いされてもおかしくない、微妙な年頃ではありますが。
「今に残る童話や伝承、風説などを見るに、四百年でだいぶ歪められたようだの。ことの真実を知るは、各国の上層部などに限られておるのかもしれぬ。つまり……平民や下級貴族が知っていては、ならぬことやも知れんの……それでも聞くというか?」
パザスさんはそこで真剣な目を私へと向けて、その覚悟を問うてきた。
それだけ……過去のことは……重い話なのでしょう。子供には伝えたくない類の。
「私は……」
平穏無事な、普通の人生を求めてきた。
だけどもうその願望、希望、思惑からは、だいぶズレてしまっている。
その実感はある。軌道修正したいという氣持ちも、無くはない。
けど。
だけど。
アリスと友達になって……今、この胸にあるこの氣持ち……これを、大事にするなら。
「聞きます。後悔は、たぶんしません」
これは、聞くべきだと思った。
「そうこなくっちゃ」「ティナ様……」
聞かなければいけないと思った。
私の、その覚悟へ、パザスさんはしばし静かな目を向けていたが、やがて頷いて言葉を続けた。
「そうか。ならば聞け」
そうしてパザスさんが語ったのは。
それはとんでもない話で。
人類史の闇どころか、世界の闇、そのものみたいな話で。
「人類の生殖システム、それ自体を魔法で変革したぁ!? カイズと結ばれるために!?」
それは、とても矮小な動機による、チートが世界を変革したという話だった。
「嘘、ママってそんなことをしたの?」
「然様。四百年のある時期より前、その昔は、人間とエルフは、肉体的に結ばれたとて、子の生まれぬ別種族、別生物だったでの」
とんでもない事実。
それは生臭くて、幻想感を大事にするファンタジーであれば、絶対に登場してこないような生々しい話だった。
「人類にはの、四百年前、リーンとその命を受けたエルフの歩き巫女集団によって、生殖の濫觴に対肉魔法が穿たれたのだ」
「らんしょ……なんだって? 歩き巫女?」
「簡単に言えば、各地各国を旅する娼婦だの。男娼もおったが」
生々しい! 生臭い!
「これは後にアムンが解明したことになるがの、その歩き巫女達は、肉体にリーンの魔法を宿していた。彼ら彼女らと結ばれた人間は、その後エルフやその他、人に近い生物と子を成すことができるようになる魔法での。いわば性交によって生殖能力が拡張される魔法、ということだの」
「確かにそれは十八禁の薫りがします……」
いや本当に大丈夫か、この話。
「リーンは、カイズが十八歳の時に出会い、その男っぷりに惚れたそうな。本人が真っ赤な顔でモジモジと語っておったことには、の。……そこからエルフの女王であったリーンの、遠大な計画が始まった」「ママのイメージが残念な人に……」
「遠大な、計画?」「なんでアリスも私を見るんですか?」
狂氣の、計画……じゃないんかソレ。
「ここからは当時の、エルフと人間との関係性を理解してもらう必要があるのぉ。当然ながら人間は、魔法を使うエルフを怖れていた。我も子供の頃は、悪いことをすれば森からエルフがやってきて、尻子玉を抜かれてしまうと言われたものだの」
「この世界に、それの概念があったことも驚きですが……」
そういえば河童っているのですかね? この世界。
「人間はエルフを、怖れてはいたが、エルフの生息圏は基本森などの僻地で、そもそも人間とはあまり交わらない、関わらなかったのだ……ゆえにこれといって被る利権、権益、既得権もなくての、お互い、距離をとってそれなりに上手くやっておったのだ……それに……」
「……それに?」
パザスさんは、そこで最後の躊躇いを振り払うかのように、首を振った。
「エルフの娼婦、男娼はの、それ以前から、人間の子を成すことのできぬ美貌の種族ゆえにの、それなりに有名だったのだ。そういった商売にあっては、妊娠は面倒事以外の何物でもないゆえにな」
「はぁ」「ほぇぇぇ」「まぁ」
あ、最後の「まぁ」がサーリャね。私は最初。
「これは、我が人だからそう言うのではないが……エルフは人里に降りてくると、結構な確率で、誰に強要されるでもなく、自ら己の肉体を売っておったのだよ。手っ取り早く稼げるからの」
「ご先祖様の闇が深い……」
「パザス様が、人?……」
あ、ご先祖様~の方がアリスで、「人?……」と赤い竜なパザスさんを見上げたのがサーリャです。うん、人だったらしいよ、昔は。
「無論、魔法で稼ごうとする者もおったが、怖れられたり、トラブルになることも多かった。それに比べれば、エルフにとって身体を売るのは、リスクが少なかったという話でもあるの……解毒魔法はエルフの得意、ゆえに病気の心配もないからのぉ……つまりそういった歴史的、文化風習的な下敷きがあったゆえにの、エルフの歩き巫女集団がそれなりに活躍しだしても、誰も氣には止めなかったのだ。最近は人里に下りてくるエルフが多いのぉ……くらいでな」
「人類やべぇ」
「まったくの。氣が付いた時には、無視できぬレベルで、ハーフエルフや、いわゆる獣人が量産されておった。どうやら、最初に歩き巫女らと性交した男女が、人間と普通に交わっても、その相手方の生殖能力もまた、拡張されるようでの。氣が付けば手遅れとはあのことであったわ」
「ネズミ算式なのか……性質わりぃ……ん?」
あれ待って、獣人が量産? 獣人も、そこで、量産?
「ふむ、それはの、リーンの対肉魔法は、人間の生殖能力を、他種族と子を成すことができるようにしたモノだったのでな、歩き巫女と直接性交し、その魔法の効き目が強かった者は……まぁ、それが、ある程度体格的に近いモノであれば、完全な獣とでも可能となったりしたのだ」
「ぶっ!?」
そっちは多くの異世界転生、異世界転移モノで獣人が迫害される理由……ほとんどの場合は根も葉もなくデタラメな……そのテンプレ、そのまんまなんかいっ!
「ハーフエルフや獣人は、リーンがそのことを為すまでは存在していなかった。少なくとも我が子供だった頃にはおらんかったぞ」
「思ってた以上にママの闇が深いっ」
「確かにそれは、夜になると男は狼、女は蛇へと変化する世界だわ……」
「さすがに、完全な獣とまで子を作れる能力は、魔法の孫世代……これはハーフの更に子供、という意味ではないぞ。先に言った魔法感染者と性交した相手方のことよ……それ以降には引き継がれなかったようだがの。それが成っておったら、獣が人間を性的に襲う世界となり、とんでもないことになっておった。今、世界がそうでないのをこの目で見て、我は正直ホッとしたものよ」
「……」「……」「……あむ」
なんかもう絶句するしかないけど。サーリャだけトントロ串齧ってるけど。
いやさ、でもさ、なんでさ……どうしてリーンはそんなことをしたの?
「リーンはの、カイズと結ばれたかった。結ばれて子を成し、祝福されたかった。そしてそれが”普通”である世を望んだのだ」
「普通」
「他種族同士が夫婦となり、子を産み、それが祝福される世界……リーンは世界をそのように変革したかった……と語っておったの」
普通、を求めて、世界を変革する。
なんだろう、この、私には目から鱗の、恐ろしい概念は。
ただ……思えばある種の英雄は、そういうモノで……あるのよな。
エジソンは電氣、照明がある世界を普通化することで世界を変革した。
ビルゲ●ツはどの家庭にもPCがある世界を普通化することで世界を変革した。
ジョ●スは誰もがスマートフ●ンを持つ世界を普通化することで世界を変革した。
織田信長は、ナポレオンは、ダ・ヴィンチは、ピタゴラスは、ナイチンゲールは、始皇帝は、ガリレオ・ガリレイは、プラトンは、ダーウィンは、聖徳太子は、グーテンベルクは、コペルニクスは、グラハム・ベルは、ピカソは、ニュートンは、アリストテレスは。
そこに明と暗……功罪はあれども、世界を変革するとはそういうことだとでもいうかのように、人の暮らしを根本から変えてしまった人達。
彼ら、彼女らは、まさしく英雄だ。
ただ、それら偉人達が英雄であるのは、それによって間違いなく人類が進化したと、多くの人が思ったからだ。
人間がエルフと子を成せるようになる、獣とでもそうできる。
それを、当時の人達が、喜んで受け入れたとは……到底思えない。
むしろ、王制、貴族制という、血統が重要視される階級社会、その文明の段階において、それは禁忌そのものの冒涜とすら思われたことだろう。
「なんだその六分儀Gさん並に世界を巻き込んだ迷惑な恋心……」
人類股間計画ってか。やかましいわっ。ぐぐったらなんか色々出てきそう。
「実際は、エルフと人間とを、余計に分断させる結果となったがの」
「そりゃそーだ」
つまり……。
アリスのおっかさんは……よくいえばエルフ萌え、亜人萌え、ケモナー等の皆様方から大感謝されるようなことをしたと。
そして、そういう人はマイノリティであるがゆえに、大顰蹙を喰らったと。
禁断の関係が、普通となるように、世界を変革してしまったと。
それを、ただただ自分の恋心のままに、そのためだけにやってしまったと。
なんだそれ。
やべぇ……サスキア王女が、ちょっと可愛く思えてくるよ。
「待ってください……でもそれって魔法……なのですよね? 呪いではなく」
こういう時、冷静に疑問点を口にできるサーリャは、心が強いと思う。トントロ串片手でなければ惚れていたかもしれない。嘘だけど。
「然様、自分以外の肉体に影響を及ぼす魔法は、難しい。通常であればの。リーンは自身の魔法的才能も飛び抜けておったし、その周囲には何人も、生体魔法陣となったであろう波動持ちのエルフが侍っておった」
「そこは流石エルフの女王様といったところ……なのでしょうか……公私混同しまくってるけど」
「十八歳のカイズに惚れたリーンは、その時十三歳だったらしいからの。本人の申告を信じれば、だが」
「私とタメ!?」
「然様、今のそなたと同じではあるが、その心はそなたよりも幼かったのであろう。エルフの王は魔法的才能だけで選ばれる。その力を認められ、リーンが女王となったのは、彼女が八歳の時と聞いたの」
「ミアと同い年!?」
「リーンは、側近の者が、あたしも昔は人里に下りていい男に貢がせたのよ……云々、自慢しているのを聞いて育った……とも言っておったの。十にもならん子供には、良くない環境だったのかもしれぬな」
「やっぱりご先祖様の闇、深ぁいぃぃぃ!?」
「エルフと人間とが争い、エルフが人間社会から排斥された理由はわかりました」
とんでもない話だったけど、まぁここは魔法のある世界です。地球の常識を持ち込んで異常と言ってはいけないでしょう。リーンのことを、まるでダメなオカンと呼びたくなってくる氣持ちは抑えられないけれども
「そんなとんでもない話の末に、どうしてカイズとリーンが結ばれて、アリスが生まれてるか、そこも興味はありますけど、今はどうでもいいです」
「別に難しい話ではないぞ、最終的にはリーンがカイズを攫って監禁し、あれやこれやの誘惑をして、カイズがそれへ屈服したというだけだの。詳細は……聞こうとするとガチで殺しに来たのでな……知らぬ」
「さすがにそこまでは聞きたくなかったママの闇!」「どうでもいいって言ったのにぃ!?」
「リーンは多少精神系の魔法を使えたがの、誓ってそれは使ってないと言っておった。カイズもなんだかんだで絆されたのか、二人の仲は悪くなかったぞ。諸々の事情を忘れて見るのであれば、耳年増であれ意外と初心なリーンと、無骨で正義感の強いカイズとのカップルは、それはもう、微笑ましくさえあったしの。よくアイアにからかわれておった」
「ママって、クールな美人さんってイメージの人だったんじゃ……」
「口下手ではあったの。だから無口ではあったが、中身は残念な少女じゃったよ」
残念な少女……。
「……ですからなぜこちらを見るのですか? ティナ様、アリス」
「いや、静かだなって」「あんま喋んないなーって」
「でしゃばらぬよう、控えているだけですのにぃ」
まぁ私とアリスが絶句した時とかには、場の雰囲氣を戻すために発言もしていたか。
トントロ串の咀嚼に忙しいだけではないよね、うん。
「……まぁアレよのぉ。子供に、世界を変えるような力が宿っていたことが、そもそもの間違いであったのだ。これは魔法使い全般に言えることであるがの」
「……なんで今度は二人してこっちを見るの? サーリャ、アリス」
「いやぁ」「ねー?」
……私は、変えないからね? 世界。
アリスがやさぐれて、世界を滅ぼしたいから脱げと言われても拒否るからね?
「九星の騎士団、その分裂後の我らは、世界を元に戻せないか探る調査団でもあった。リーンの力をもってしても、それはなかなかに難しかったようだがの。……そんなことはどうでもいいから兎に角リーンを殺せというのが、リルクへリムの主張であった」
「だからそれは、今はどうでもいいのです。問題は、ではなぜ今になってティアを名乗る人物が、アリスを目の敵にしているか、ということです」
「あー……そういえばそんな話だっけ」
なんで狙われてる本人であるところの、問題の中心点が忘れているの。
「ふむ……おぬしは、裏にルカがいるか、それともティアと名乗った占星術師が、ルカその人なのではないかと推測しておるのだったの」
「……はい」
あの時、念話のダイアモンドの向こうにいた人物……それはサスキア王女によれば、カナーベル王国祭儀庁筆頭占星術師で、ティアと名乗っていたそうです。
九星の騎士団、猫睛石の騎士、ティア。氣を読み氣を操ったとされる武道家……その彼と同じ名前を語る……もしくは騙る何者か。
彼が何者であるか、それこそが目下、私が最優先で知りたいことです。
「直接話した時の、自分の直感を信じれば、彼、あるいは彼女は、四百年前にも存在していた誰かだと思うのです。理由はいくつかありますが……それは言葉にして伝えられるものではありません」
「ふむ」
「強いて言えば、アリス、リーンの名前をあげた時の、苛立ちを伴った響き、アムンという名前をあげた時の、どこか懐かしんでいるかのような響き、スライムの仲間はいるのかと私がほのめかした時の、なにかを楽しんでいるかのような感情の揺らぎ……そういう、はっきりとはしない、できない、感覚的なものになりますが」
「念話のダイアモンドが想いを伝えるマジックアイテムであることと、他ならぬそなたの感覚であることを考慮するならば、それは、それなりに信じられるの」
「そう……ですか?……ともあれ、もし彼、あるいは彼女が四百年前から生きる何者かであるというなら、人間にその永き時を、生き抜くことは不可能です。なら……スライムであったという、ルカがティアの名前を騙っている……そう考えるのが自然なのではないかと」
「あたし達みたいに、ずっと封印されていたとしたら可能なんじゃない?」
そうなると、同じ時代に、因縁の二人が示し合わせたかのごとく、同時に復活したことになってしまい、それはそれで恣意的なものを感じるが……。
「その可能性も捨てきれないし、他に九星の騎士団の関係者で、四百年を生きれる誰かがいなかったとも限らないから……だから私は、パザスさんにそこを聞きたかったの」
そこら辺を考察するのであれば、ならばそもそも、アリス達の封印されていた宝石は、四百年間、誰が管理をして、誰がジレオード子爵に渡したのか……という部分を考えなければいけなくなる。そしてそれは、ここでは得られない答えだろうから保留するしかない。
とりあえずはまず、占星術師ティアが何者であるかの考察からだ。
「ふぅむ」
そこでパザスさんはしばらく虚空を見、何かを考えていた。
厳しい竜の顔が、お盆にお墓の前で、真剣に手を合わせ祈る、親戚のオジさんのようにも見えた。それは……普段は氣安いはずなのに、その時だけは不思議と声をかけられないような……そんな氣持ちにさせる姿だった。
それはたぶん……過去という、私には未知の世界と繋がっている、大人の男の姿でもあったのだろう。
やがて数秒、パザスさんは目を瞑り、開眼すると同時に、ふぅとため息をついた……音にすればブォォォの方が近かったけれど。
「ルカではない。ルカが、スライムが歴史ある国の中枢に潜り込むことなど、不可能だ」
「……どういうことですか?」
「魔法使いやモンスターの変身、擬態、それらを見破るマジックアイテムというモノがあるのだ。破幻のエメラルドという。日の出から数刻の太陽光を数日間かけてチャージし、任意の時にそれを緑色の光として放出する」
「……なんと」
「魔法的幻術の類は、この光を浴びると全て解けてしまう」
「そんなモノが……」「ひえー」
ティナん家が王家とかじゃなくてよかった……と、アリスがとぼけたことを言いました。
まぁね。家ではしばらく、にゃんこだったもんね。
「歴史ある人間の国であれば、これは持っていなければおかしい類のマジックアイテムでの。魔法使いは、下手をすればひとりでも国を滅ぼせるのでな。それへの防衛にはどうしても必要になってくるのだ。そなたの国、カナーベル王国も当然、所持しておるだろう」
「それって、ルカが波立たぬ湖面を使っていてもダメなの?」
あー。
そういえば、その波立たぬ云々が何かって、あまり氣にしてませんでしたね。
なんなんです?
「無論。ルカのそれは、あらゆる物質への完全なる擬態であるが、破幻のエメラルドは擬態そのものを無効化してしまうのでな。アリス、そなたが猫の姿でその光を浴びればの、人の姿に戻ってしまう。その金髪も、元の薔薇色に戻る」
「へー」
「なるほど……」
スライムらしい能力ですが、その、破幻のエメラルドなるマジックアイテムには通用しないようです。
ならば、歴史あるカナーベル王国、そこで筆頭占星術師にまで登り詰めたティアなる人物……彼、あるいは彼女を、ここからはティア(仮)と仮称しましょうか……は、人間なのですね。間違いなく。
「九星の騎士団に、四百年を渡ることのできる者、たしかにそれはルカ以外にはない。ドワーフのオズには可能かも知れぬが、ドワーフがそこまで長命となるのは酒を断った時のみでの。ほとんどのドワーフは酒で身体を壊し、百にもならずに死ぬ。オズのヤツも、ドワーフの例に漏れず、大酒喰らいであったわ」
「カイズ、リルクへリム、アムン、アイアさんは人間、パザスさんは元人間のドラゴン、エンケラウさんが狼の獣人、オズさんが大酒呑みのドワーフで、ティアも人間、ルカさんがスライム、で合っていますか?」
「然様、その中で四百年を生きる者がいるとすれば、確かにソレはルカのみになるの」
「なら……」
「だがの、やはり安寧のダイアモンドの向こうにおった者は、ルカではないの。確かにの、ルカのカケラはアリスや我に殺意を向けておった。だがの、それは興奮し、我に身体の一部を喰われた、その瞬間に欠けたカケラであったがゆえのことに思えるの。ルカは、その心底はカイズを心底愛した乙女でしかなかったのでな。カイズを殺したティアのことを怨んでおった。そのルカがティアを名乗るとも思えん」
「そう……ですか」
けど……。
「ですが……アリスの復活を最初に知ったのは、やはりルカさんだと思うんです」
「確かに、それが一番濃厚に思えるのぉ」
「ならば、あの者はルカさんと繋がりのある人間の誰か……なのでしょうか?」
人間であるのならば、四百年は生きれない。
私の直感は……間違っていたのだろうか?
「ふむ……では人間が四百年の時を超える、ありえる可能性のひとつ、封印の方から考えてみるとするかの。これは……可能か不可能かを考えるのであれば、それはユミファが仲間におれば可能であろうの。ただのぉ……うーむ……これは、その場合、色々と知識と動機と行動の面で、あれやこれやがチグハグになってしまうという問題が発生してしまわぬか?」
「ん? どゆこと? パザス」
「……それは思っていました」
アリスとパザスさんの封印について、色々な部分の要素がそれぞれ矛盾して見えるという話です。
要はですね、とりあえず二点あるのですが。
壱……そもそも、私に封印石が渡ったのは偶然なのか否か?
偶然であるなら、これは無視できるのですが、偶然でない場合、ならばそれを意図した者は、私の元へ半月ほど封印石が置かれれば、その封印が解けるということを知っていたことになります。
ですが、少なくとも、ティア(仮)はそのことを知らなかったようですし、知っていたのであれば……彼、あるいは彼女の目的が、真にアリスの殺害、または奪還であるというなら……ティア(仮)が我々の前に登場したタイミングがおかしなことになるのです。
知っていたのなら、復活したアリスを、ひと月以上も放置するなど、あり得るのでしょうか?
それがティア(仮)であるとするには、知識(封印のメカニズムを知っているならば)と動機(そしてアリスの殺害等を意図していたのであれば)と行動(ひと月以上の空白はいったいなんであるのか?)が矛盾しています。
つまり、これが誰かの意図したことであったとしても、その誰かがティア(仮)である可能性は、限りなく薄いのです。
弐……ティア(仮)はユミファの魔法が封印魔法となることを知っていたか?
これも、だから知らなかったんじゃないかって思います。ユミファとの決着について、ティア(仮)はこちらの誘導した通りに誤解してくれました。そこで演技する理由も無い氣がします。いえ実際は演技であった場合も考えて、パザスさんをミアの護衛に回したのですが……結局、あの日、ティアかその尖兵らしき者の接触はなかったそうです。
となると……ティア(仮)は、アリスがユミファの魔法によって封印されていたこと自体、知らなかったんじゃないかって結論付けるのが正しいように思えます。
アリスの復活についても、あの日あの時点で、ようやっと確信したというようなことを言っていた氣がします。確か……『カナーベル王国を喰うのはやめだ。そんなのは暇つぶしでしかない。アリスの復活が確定した以上、私が最優先すべきはアリスだ』……でしたっけ。
この言葉に表れているティア(仮)の曖昧さ、すなわちアリスの復活に半信半疑だったことについては、それは壱における『三十日以上の空白』を説明する理由付け、すなわち、『ティア(仮)においても、私の元へ封印石を置くことでアリス達が復活するかは、偶然に頼った賭けだった』『ゆえに結果を知るのが遅れた』という理屈にもなるのですが……今、思考を巡らせているのは、ティア(仮)が四百年の時を封印魔法によって渡ったか否か……という問題です。
自分自身が、四百年の時を実際に超えた人間であるのならば、そこまで半信半疑に、曖昧になるものか?……ということです。
やはり行動(自分自身が四百年の時を実際に超えた人間であるのならば)と、知識(ユミファによる封印魔法が存在することを確信しているはずであり)と、動機(アリスが復活した可能性を前に、呑氣に王国を喰うとかやってないでしょう)とが、矛盾してしまっています。
つまるところ、ティア(仮)が四百年の時を『ユミファと結界魔法の合わせ技である』封印魔法で渡ったとすると、その後の彼、あるいは彼女のあれやこれやが、まるで破綻するかのごとく矛盾してしまうのですよ。
「これを封印魔法説のまま解決する方法はひとつ。ユミファの雪崩魔法を利用する以外の、なにかしらの封印魔法が、ティア(仮)の手元に偶然存在し、ティア(仮)はそれで四百年の時を渡った。そして全くの偶然に、私達と同じ時代に目覚め、偶然……いえ、ここは誰かに教えてもらうなどして、偶然でなくともいいのですが……ともかくアリスの復活を知り、今になって殺意を滾らせた……となるのですが……パザスさん、本当にそんなことが、現実に起こり得ると思いますか?」
四百年の時を渡る封印魔法は、リーンでさえも使えなかったという。まぁ熱を自在に操る魔法とか見ていると、コールドスリープのような魔法があってもおかしくないと思えるし、そこら辺はいくらでも理屈をつけられるのだけど……私にとってこれはまぎれもない現実だ。
いくらでも理屈をつけられることと、それが現実にあったことと捉えられるかは、全くの別物です。というか、フィクションであっても「そんな偶然が起こり得たのですー」って言われたら、多分「ふざけんなw」ってなりますよ。
「わからぬの。事実は童話よりも奇なりといっての、とんでもない偶然の連なりがとんでもない事態を引き起こすことがあるのだ。あり得るかと問われれば、それはあり得るであろうし、起こり得る事態に、なるだけ広範囲に備えるのが軍師、参謀の役目であるからの」
「レアケースを考えすぎても、身動きが取れなくなるだけじゃ」
「然様。そこのところはバランスとセンスの問題であるの。我はバランスを取ることにおいてはなかなかの名手であると自認するのだが、センスはなくての。直感で一足飛びに正答を閃くセンスは、カイズやそなたのように、頭脳の瞬発力が高い者のみに備わった、特異能力の類であるぞ」
「私?」「パパ?」「頭脳の、瞬発力ですか?」
そこでパザスさんは、自嘲でもするかのように天を見上げた。
昼下がりの太陽が、その身体に、複雑な影を作っていた。
「我はの、ある情報から推察できる推論が、どれだけ正しいと思えども、カイズがそれは違うと言うたならの、その推論は必ず破棄してきたのだ。そして、それが間違いであったことがない。世の中にはの、推理推測推察を抜きにして、限られた情報だけで真の正答を導き出してしまう人間というモノがおるのだ。それは、人智の及ばぬエルフとの戦いにおいて、生き残るには絶対に必要な資質でもあった。我はカイズの直感を信じたからこそ、今もこうして生きておる。ドゥームジュディとの闘いにおいても、カイズが生きておれば、我がこのような姿になることもなかったであろうよ」
「ドラゴンジョークが重いっ」
パザスさんのその信頼が、カイズを通して、私にも向けられているのだとすると……これもちょっと重いけれど。
「そなたにはリーンのみならず、カイズにも近いモノを感じる」
「ティナが、パパ……に?」
「うむ。これこそ我の、あてにならぬ直感かも知れぬがの。だがそなたは実績を重ねた。いくつかの場面で最適解を導き出し、アリスを守ってくれた。ならばデータ重視の我も、信頼を厚くしようというものよ」
妹に関することでは、熱くなり過ぎるのが玉に瑕のようだがの……竜はからかうようにそう言ってから……笑った。
「……すみません」
「なぁに、カイズも人情に厚い男であった。仲間の危機には冷静でいられぬ性質での。そこを援けるも軍師、参謀の役割よ」
しばし、場に沈黙が訪れる。
ここはそうであることが正しいと思ったのか、サーリャもまた、沈黙を貫いていた。トントロ串を齧りながら。……いや待って、それ何本目?
頭脳の瞬発力が高いらしい私が、サーリャのお皿に、並ぶ串の数を数えていると。
「軍師、参謀であった我が知る、封印以外で、四百年前の人間が、この世界に今も存在している可能性……それが、ひとつだけあるのぉ」
「……え?」
パザスさんが重い口を開いた。
「そなたが疑っているように、ティア(仮)なるものが、別の封印魔法で自らを封印していたという可能性も、あるにはある。だがのぉ……もう少し単純な、そうと疑えばいくつか根拠と論拠が見つかる仮説が、我にはあるのだ」
「……なんですか?」
「ティアがそも、不老不死の人間であったという可能性だの」
「……は?」
なんだその……別の意味で「ふざけんなw」って言いたくなる仮説。
だがパザスさんは大真面目だった。
「ティアは年をとらなかった。最初に出会った時、ヤツは十五歳くらいの……どう見ても二十歳は超えていない若者だったのだが……最後にアヤツの姿を目撃したのが……我らが封印される二年前くらいであるから……最初に出会ってより十五年近くが経っておったことになるの。その時にも、アヤツは十代の少年のような姿をしておったのだよ」
「……たまに若々しいまま、年をとる方もいらっしゃいますよ?」
地球だと、福●雅治ニキやDAIG●ニキのような化け物もいらしたことですし、十五に見える三十歳なら、探せばそこそこいるんじゃなかろうか。パザスさんが同性の産毛とか肌のキメの細かさとかをチェックするとは思えないし。
「まぁの。我もそういうことだろうと思っておった……否、思おうとした。だがのぉ……」
「だが……何ですか?」
「先に語った対肉魔法だがの……その直接の女性感染者……つまり歩き巫女であったエルフの男娼と直接性交した者……その中に、極稀に少女化するもの、少年化するものがおったのだ」
「……はい?」
少女化と……少年化、だと?
「なぜそんなことが起きたのかはわからぬ。我とアムンが収集できた事例でたったの三、少女化した者が二人と、少年化した者がひとり。それぞれ、追えた事実で、二十歳だった娘が十くらいの幼女に、二十八歳だった女性が十五ほどの少女に、二十五歳だった女性が十二か三の少年となってしまったというので、丁度実年齢の半分ほどになった計算だの」
「なんですか、それ……」
「この内、少女化した二人はその後再び年をとっていった。十だったものは、再び二次性徴を迎えたしの。ところが……の」
「ところが?」
「十二だか三に見える少年になった者……アムンが確認したことには、男性器も、精通前のそれではあるが、ちゃんと生えていたというの……この者を彼と呼ぶべきか、彼女と呼ぶべきか、悩ましいところではあるが……この者は、年をとらなかったというのだ」
「それって……」
「アムンはユミファに倒され、我らは四百年の時を封印されてしまう。ゆえにその者がその後、どうなったかはわからぬが……アムンが直接確認しただけでも二年、変化の激しい年頃であるはずの十二か三の少年が、まったくその姿を変えなかったというのだ」
それって……つまりパザスさんがここで示唆しているのは……。
「つまり……ティアも」
「その者と同じ存在であった……のやもしれぬ。これは、その事例を知った時にも疑ったのだ。アムンと言葉にして話し合ったしの。ティアは、もしや元は女性で、リーンの魔法……それを生み出した本人でさえも予想しなかった副作用……それによって、十五の少年にされてしまったのではないかと。だからこそ、あそこまでリーンを憎み、恨んでいたのだと」
ぐるぐると。何かが頭を巡る。
瞬発力が高いとかいうこの頭脳が、とんでもない直感をその内部に巡らせている。
これが真実であるなら……これが真なる正答であるというなら……。
嗚呼。
なんて……。
なんて、氣持ち悪い。
「パザスさん……なぜそんなことがおきたのかはわからぬ……とおっしゃってましたが、私の頭に今、直感のように閃いた仮説があるのです。パザスさんは、これを正しいと思いますか? 事例は三つとも、エルフの男娼と交わった女性……つまり、そこに男性はいない」
「我の知る限りでは、の」
「そして性別はともかく、若返る年齢は元の年齢の丁度半分くらい」
「うむ」
「対肉魔法は、人間の生殖能力を拡張するものだった」
「……然様」
人間の生殖能力。
それを変革する魔法。
女性の生殖能力というのは、つまり妊娠し出産する力のことだ。
「……本当に、わからないのですか?」
獣人という存在でさえも生んでしまう、デタラメな人体の拡張。
若返る年齢が、元の年齢の丁度半分くらいというなら、それは言い換えると二分の壱であるということだ。
ふたつのモノを足してひとつとし、それを二で割った数字だってことだ。
「仮説だ。娘よ、それは仮説以上のモノに過ぎぬのだよ」
男女が交われば、できるものはなんだ。
二分の壱の、いちがエルフの男娼から子種を預かった女性として、もうひとつのいちはなんだ。彼女達はどんないちを足され、二となり、それを二で割られた?
「……どういうこと、ティナ?」
無垢な、ミアにも似た空色の瞳で問い掛けてくるアリスに。
私は何も、返せない。
このことは絶対に、アリスに知られてはならない。
「……あ?」
眩暈がする、怖氣がする、お腹がムカムカする。
その不快の中で、悪魔が……あるいは”俺”の残滓が……私へと囁く。
(アリスならば、リーンの魔法を再現できるのでは? アリスによって対肉魔法を穿たれた男性と、そうした行為をすれば……つまりその果てにできた子供が女の子であれば、妊婦はそれを吸収して少女化するのだろう……だから、男の子を妊娠したのであれば……俺は……つまり私は……男性に戻れる?)
「う、う、う……うげぇ……」「ティナ様!?」「ティナ!?」
吐く。
調子に乗って何本も食べたトントロ串、その未消化の肉と野菜が、食道を逆流してくる。
「う……ぐ……おぉぐ……ぇ……れぇ……」
胃酸が喉を焼く感覚に、呻いた。
「ティナ様! ティナ様!」
「聡いそなたには、刺激の強すぎる話であったな……その”仮説”は、リーンにも伝えておらん。”仮説”が形となる前に、リーンはティアに殺されてしまったからの」
そうじゃない。そんなんじゃない。リーンのしでかしてしまったこと、それに、吐くほどに氣持ち悪いと思ったわけではない。
私が氣持ち悪い。
私自身が氣持ち悪い。
その先を想像してしまった、自分自身が氣持ち悪い。
嗚呼、そうだよ。
私は、男性に戻りたいと思っていた。
だってやっぱり、私は俺だから。
俺に、戻りたいという氣持ちは、十三年、この身体で生きても捨てられなかった。
だけどもう無理だ。
この身体が、明確に拒否してきた。
そのために使われることを、この身体が拒絶している。
世界が裏返ったような、圧倒的悪寒が告げてくる。
それを、許さないと。
それでもってこの身体は、私というイレギュラーな存在を戒めた。
だから。
ああ。
もう……無理なんだなと思った。
私はもう、この身体で生きていくしかない。
この身体と、生きていくしかない。
それは……。
悪くはない。悪くないとは思える。
子を産み、家族を生し、普通に年老いるまで過ごして、孫に、曾孫に……そうしたモノに看取られながら死ぬ。
それは、前世から俺が夢見ていたかもしれない、陶酔するほど幸せな末期だ。
そこに至れるのであれば、自分が男か女かなんて、どうでもいい。どうでもいいと思える。
だからそこへ至れないのであれば、男に戻る意味もないんだ。
わが子を犠牲にするという非道。
それが男に戻れる唯一の道ならば、その先に幸せな末期などない。
だからその道は選べない。
それを今、この身体が明確に思い出させてくれた。
「うぅ……ぅえ……ぁぐ……」「ティナ様……ティナ様……」
背中をさするサーリャの手が温かい。
この手を裏切れないように、私は私を裏切れない。もう裏切れない。
「もう……いいです……パザスさん……もう、いいです」
「……そうか」
「ティアはミアの敵です。アリスの敵です。もう、それだけで十分です。覚悟が決まりました。私はアリスと協力をして、ティアを倒します。その向こうの広がる闇が、顕となる前に、私はティアを殺します。リーンの、アリスの両親の仇でもあるティアを亡き者とします……それで、いいでしょう? パザスさん……」
パザスさんは私を氣遣う真剣な目のまま、しかし確と明朗な言葉を発した。
「その許しを与えるのは我ではない。そなた自身だ」
厳しいな、パザスさん……と思った。




