38話:アリスVSナハト
<アリス視点>
ああもう! 鬱陶しいったらありゃしない!
結界は全方位に張ると音も光も遮断してしまう。
中から様子を窺うことは……まぁ多少はできるけど、行動にタイムラグが生じてしまう。そんなの、後ろの方が……ティナとサーリャが心配で……やってらんない。
かといって、ティナ達に「あたしとは脅されて行動を共にしていただけ」という、言い逃れの道が残されてる以上、あまり共闘してる風を装う……っていうか明らかにするのも悪手だ。
だから攻撃される方向にだけ結界を張って、凌いでるけど……。
「ああもう!! なんで無駄だってわっかんないのかな!?」
「それはどうかな、魔女よ」
「っ!?」
何合目か、久しぶりに正面から打ち込んできたと思ったら、槍が結界に当たる前に……軌道を変えた!?
動きが早すぎて見えない!?
「くっ!」
ただの勘で、両脇の結界の強度を上げ、その範囲を広げた。
右脇に、結界が何かを止めた感覚。
「ふむ。その顔……賭けに勝ったというところか? だが、あと何回、勝ち続けられるかな?」
右脇の結界に、揺らぎが感じられる。
今のは何!?……繰り出された槍がその軌道上でクンと滑らかに曲がる……そんな幻影を見た。
「調伏の手懸かりは既に頂戴した。その盾、その防壁、綻びがあるな?」
槍の……握りが違う?
左利きなのか、左手に持つ槍の、その握りがどこかおかしい。
薬指と小指、それだけであの長大な槍を握っているように見える。
ミスリル製のようだから、重さこそ、見た目ほどではないにせよ、普通、あのサイズの槍は両手で持ち、扱うモノのハズ。アイアもたまに片手で槍を扱っていたけど、アイツの槍の長さは身長のよりも少し短い程度のモノだった。
コイツの槍は……コイツの身長よりも長い。
「突き出しの最中に、指の動きだけで軌道を変えた?……」
身長よりも長い武器なんて、扱い難いと思うんだけど、コイツはそれを自由自在に使いこなしている。
今の動きが、どういうモノだったのかは想像だにできないけれど。
けど、槍を片手の薬指と小指だけで確実に支持できるというなら、残る指、残る腕で何かしらの操作は可能……ということなのだろうか?
このチビ、どういう指の力をしてるんだ?
「風魔法! 空爪加虐!」
「おっと?」
風魔法の様式のひとつ、空爪加虐。
かまいたちを生み出し、それでやたらめったら対象を引っ掻くように斬る魔法。
それが、チビには命中せず、岩にぶつかってザギという嫌な音を立てる。
この魔法は、あたしが使える攻撃魔法の中では、雷魔法に次いで効果範囲が広い。
雷魔法は制御が難しくて、あたしじゃ、それをショートレンジで友軍誤爆せず行使するなんて芸当は不可能。空爪加虐なら、威力はイマイチだけど、対人戦闘に一定以上の威力なんて必要ない。人体は脆いから。
それに、面で攻撃できるってことは、結界の向こうにもうひとつの結界を作れるってことにも等しい。防御を固めるという意味でも、現状には適していた。
だからこの場では、実質これが最善手となる。
……ハズなんだけど。
「当たれ! 当たれ! 当たれ! 当たれ! 当たれ!」
「荒い」
相手のチビはもう、とにかくもう、こちらに狙いを定めさせないよう、動く動く動く。
左に跳んでは右に返り、向かってきたかと思うと次の瞬間、遠くにいる。それはもう、なんじゃこりゃってレベルで動き回っている。ウザイ。凸凹した地形も向こうに有利のようで、せり出した岩を足場にして動き回り、それを盾にも、目隠しにもしているようだ。
空爪加虐が悉く岩にぶつかり、皆が寝静まった夜に、ザギ、ザシュ、ガギ、ガゴという非生産的な音が沢山響いた。
……と。
「そら」
真横。左側面から直線でチビが突っ込んでくる。
「んっ!?」
慌ててそちらへ結界を傘状に張る……が。
「賭けろ」
槍が地面に刺さり、チビの身体があたしの視界から消える。
刹那……うなじにぞわりとする悪寒。
直感に従い、結界を頭上へと移した。
「ふむ」
ちらと頭上へ視線を送れば、そこで蠢く雪華模様。
「いい判断だ……否、殺氣を読んだか?」
「ん!?」
目の前の、地面に刺さったままだった槍が……細い鎖のようなもの?……で引っ張られ、チビの手に戻る。
今、槍を手元から放していたコイツは、ならば何で攻撃してきたの?
手や足でなかったことは確かだけど……。
「しっ!」
その疑問に答えを出す暇もなく、再び四方八方から槍で攻められる。
「ああもう! ウッザイ!」
「ふんっ」
再び空爪加虐をあちこちへばら撒くが、どんな危機察知能力をしているのか、全部が全部、避けられる。
運悪くか、風刃の通り道にあった貧弱な木が、めきという悲鳴、あるいは怨嗟の声をあげ、まっぷたつに割けて落ちた。
「威力こそ、当たるならば即死の域。だが感情が乗った攻撃は避け易い」
ハイハイハイ! だから何!?
「互いに攻撃が当たらないとなれば、これは防壁を破る勝負」
……って喋りながら高速移動すんじゃない! 声が周囲からぐるっと聞こえて、ぞわっとするわっ!
「五十人あまりの集団を一度に寝かした魔法は使えないようだな。なにかしらの制限があるのか?」
「だからそれはあたしじゃないっての!?」
「この身体は十年の無為より、もはや眠らないモノと化したハズだったのだがな。数年ぶりに、夢で恩師の顔が見れたことには、感謝しよう」
「知らないよ!?」
なにコイツ、不眠症?
だから眠りに抵抗力があるとか?
まぁどちらにせよ……あたしの睡眠魔法の効果範囲は狭い。小船の上とか、身動きのとり難い場所で使うならともかく、こんな開けたところで動き回る相手には、使い物にならない。
……それはあたしが使える、大体の攻撃魔法でそうだけど。
「攻める手段が他にないなら、この勝負、こちらに分があるな。その防壁は、いずれ破れようぞ」
「……はっ。だから何? 確かにあたしの結界には多少の穴は空いてるかもね。でも」
結界を、別の形で展開する。
籠目状結界。
槍の穂先も通さないほどの、小さな穴を開けたまま、身体の回りを球状に覆う結界。
これなら光も音も通るし、息が吸えなくなることもない。
「あんたの槍を絶対に通さないことなんか、最初から可能でしたけれど?」
「であるなら、どうして最初からそうしない? 何か、それには不利益が伴うのであろう? 相違ありや?」
「さあね」
問題は、結界というのは、物理も魔法を防ぐモノなので……こちらの魔法も使いにくくなるってこと。でも親切にそれを教えてやる氣なんて、こちらにはない。
「しっ!!」
「え?……痛っ!?」
と。
首に違和感が走った。いつのまにか、チビは長い槍を地面に刺している。
「アリス!?」「アリスッ!?」
遠くから、ティナとサーリャの、ユニゾンの声が聞こえる。
ああバカ、だからあたしの味方みたいな声をあげるなっ……て……の?
「いっつぅ!? え、ひぇっ!? なんじゃこれ!?」
首を触る。激痛が走ったので、顔だけ傾け、見ると……。
そこに刺さっているモノの正体を見て、一瞬で血の氣が引いた。
「槍は通さなくとも、針なら通すようだな」
「あ、あ、あ、あんたぁ!?」
「それも、ずっと投げてはいたのだがな、今、漸く一本が通った。成る程、それが壁を全身に展開する不利益というところか」
慌てて針を抜き、ぷしゅっと血が吹き出るところを、回復魔法で治療する。
見ればそれは、編み棒に近いほどの長さを持つ針だった。だが編み棒よりも細く、黒ずんでいる。なんてもん乙女に投げつけてくれてんのよ! あのチビ!
「こ、こんなもんであたしを殺せると思うなぁ!?」
苛立ち混じりに、地面に針を投げ捨てる。チリッといい音がして、余計にムカついた。
「やれ、魔女とは竜が如く。硬く、しぶとく、化生にてその言、佞奸邪智なりや」
「うら若き乙女になんてこと言いやがんのぉぉぉ!?」
言ってる意味はよくわからないけど、馬鹿にされているのはわかる。
竜が如くは、私には罵倒にならないけど、化生ってなんだ。
あたしはハーフエルフ、うら若き乙女だっつーの。ティナと同じにね。
「そぅれ。首だけではないぞ?」
「え?」
ぎゅんと……槍を置いてスピードを上げたチビが、あたしの周りを一周する。
と……全身へ違和感。
「ひっ!?」
「針刺しになりし氣分や如何に?」
首に追加で三本、左のふくらはぎに四本、右の太ももに二本。
鎖帷子で覆った胴や、兜に守られた頭、その他装甲のある部分は無事なものの、そうでない部分に沢山の針が刺さっている。
あまりのことに絶句したのか、ティナの悲鳴は聞こえない。
全ての針を抜き、回復魔法を……オマケを付けて……使う。
何してくれやがんのよ!? コイツ!!
「……そ、それで? こんなんじゃ致命傷にはならないわよ?」
「その様であるな。眼球を潰しても回復されてしまいそうだ」
「がんきゅっ……ばっ!」
グロい言葉に、思わず目を庇うように手が上がる。
「……いっつ」
その甲に、氣が付くと生えている針。
「即効性の毒も塗ってあるのだがな。やれやれ」
「このちょっと痺れるのはそれかっ!?」
殺菌という概念をティナから聞かされたばかりだったから、回復魔法には解毒魔法もいくつか混ぜていた。それが自分でも気が付かない間に、功を奏していたようだ。
まーたティナに助けられちゃった……と思うけど……。
けど……まずいな、今はあまり、魔法のキャパシティが残ってないってのに。
「その装備は我が隊のモノ。誰より奪ったのかは知らぬが、僥倖であったな、針への対策としては申し分ない」
「奪ってなんかないわよ!……ちょっと借りてるけど」
「やれ、盗人猛々しいとはこのこと哉。否、盗人などとは、化生に失礼なりや?」
「どっちも違うから!?」
ティナの生体魔法陣は、ここぞという時にしか使えない。
それがあたしの戦力を大幅に引き上げてくれると知られたら、ティナを脅威と見なされてしまうかもしれないからだ。
そうしたら、ティナが貴族令嬢であっても、聖女であっても、問答無用で攻撃されてしまうかもしれないし、そこまでいかなくても、人質にとられたら厄介だ。
あたしは、ティナを人質にとられて、冷静でいられる自信は無い。
幸い、最初の突撃においてあたしが前に出て、結界を張ったから、コイツの矛先はこちらへ向いた。そこから今に至るまで、コイツの注意はずっとあたしに向いている。
これはいい。ティナやサーリャを狙われるより、ずっと楽だ。
なら、すべきことはあたしがこのチビを倒すことで、あたしが考えるのは、コイツの倒し方だ。
けど……コイツ、強い。ウザイくらい強い。
空爪加虐をばら撒くくらいじゃ、倒せる氣がしない。
どうするどうする……どうしよう?
「我らが攻撃は竜を殺すモノ。其を耐えるは化生なりとし、相違ありや?」
「わっけわっかんない理屈言ってんじゃないわよ!?」
涼しい顔でこっちをバカにしてくるチビに、だんだんと腹がたってくる。
こっちは必死だってのにさ!
「……あーもー!! あったまきた!」
ここまで防戦一方だったけど、もう知らない!
針とかさ! 簡単に回復できる怪我でも、痛いモノは痛いんじゃい!
ここまでされて黙っていられるほど、あたしは大人じゃないんだからね!
「ここからは、あたしも殺す氣で行かせてもらうから!」
「むっ」
あたしの頭上に顕現した魔法陣を見て、チビが距離を取る。
はん、遠距離の方が、こっちのフィールドだっての!
「動く的に当たらないなら、動かない的に当てるだけ!」
ボゴ……という音がして、チビが背にしていた岩が砕けた。
「ぬぅ!?」
慌てて飛び退くチビ……飛んだ先で、手をついたその周辺の岩を、熱す。
「くっ! 面妖な!」
今はティナの魔法ブースターが使えないから、岩が溶けるほどの温度にはならない。
高速移動するチビにしてみれば、大したことのないイヤガラセだろう。
けど眉を顰め、手を押さえるその様子から、それなりの効果はあったことが窺える。
惜しむらはそれが、コイツがずっと槍を握っている、左手ではなかったことか。
そっちなら、ここから攻勢は、少し穏やかなものになったかもしれないのに。
「なるほどこれが魔法……魔法使いとの戦いか」
けど、これまであのチビは、周辺の岩を足場にも盾にもして、こちらを翻弄していた。
そこに、疑義や不安を差し込めればこれは十分。
「感謝しよう、魔女よ。其は邪悪なれど強い。俺は久方振りに戦いの実感を得ている」
「知るか! 勝手に言ってろ!!」
ここに林立する岩は、アンタだけの味方ってわけじゃないんだからね!




