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36話:ふぇぇ!? っとして桃源郷


「ふー……地上は安心する……さてと」


 (ようや)く地上へと降り立った私は、久しぶりの地面の感触を確かめてから、こう言いました。


「アリス、ミアの警護、パザスさんにお願いできないかな?……あらよっと」

「ん?」


 言いながら、片手を拘束していた枷を外し、地面に捨てる。


 アリスが作成した某H・R・ギー●ーさんな造形物、黒船は、どうやってもミスリルの柱から剥がせなくなっていました。


 そこで私とアリスが()ろうとした行動はこう。


 黒船を一部壊し、大きめの岩石を三つ造る。


 私、サーリャ、サスキア王女はその石を抱え、アリスがひとりひとり、その石を起点にして飛行魔法を使って地上へと降ろす。ドワーフのゴーダは王女を拘束していた枷を付けて降ろす。それが終わったらアリスが普通に飛行魔法で降りてくる。


 実際に()った行動、は。


 サスキア王女が、それはもう幼児の駄々っ子レベルで嫌がったので、彼女は私が抱きかかえて降りることになりました。それだけだと少し不安だったので、私と王女を、元はサスキア王女が拘束されていた枷で連結し、その枷を起点に飛行魔法を使ってもらうことにしました。


 ドワーフ? 腰にフックがあったでしょ? それをサスキア王女の分だった岩石へぶっ刺したよ。アリスが魔法で。


「こわかったよぉ……」

「お畏れながら、王女殿下、そろそろ我が主人より離れてくださいね」


 頑張ってサーリャ。私はこれからのことをアリスに相談するからね。それと王女、胸の辺りに頭をスリスリするのはやめて。そこは不毛の地だよ。どうしてアリスといい、皆さん不毛の地に頭をスリスリするのですかね?


 なお、王女は、下半身がそれはもう凄いことになっていたので、今は乗馬の時に私が使った白のキュロットを着てもらってます。

 着替えさせる時、アレやソレの臭いに混じって、なんだか微妙に薬臭い匂いもしました。あれが抗ゴブリン化薬、その塗り薬の匂いなのでしょう。


「パザスさんは、あと、どれくらいでこの辺りに到着するの?」

「あー……聞いてみる」


 アリスがJKなもしもしポーズになり、しばらくいつものやり取りをする。


「んー……もう到着するって、海は渡り終えたからすぐだって」

「ならお屋敷までもすぐだね」

「……向かわせる?」

「お願いしたい」


 分担を考えれば。


 討伐隊を救うには、人の手が必要です。

 それは人手という数の問題ではなく、単純に人間の手が必要だということです。


 想像してみてください、体長十メートルを超す竜が、その爬虫類な手で(前足で?)解毒薬を配り、人に与えてる姿を。


 ……それはそれで神話的ともいえるかもしれませんが、キルサさんが到着するなどして人目に晒されてしまうと、厄介な事態に陥ります。


 それに引き換え、ミアの警護は、竜でも可能です。


 パザスさんも探索魔法は使えますし、屋敷からミアの周辺を監視し、怪しい動きがあれば遠慮なく出張っていけばいいのです。


 幸い、ミアには赤い竜は怖い存在じゃなかったよと告げてあります。事実でしたし。


 私をそうしたように、一旦ミアを連れ去る……保護するというのも、パザスさんには可能でしょう。大丈夫、私が許すので案件は発生しません。パパとママの心境と心配は知らない。


「いいのね?」

「なにが?」

「ティナ自身が向かわなくて」

「……っ」


 ちくりと、胸が痛みます。


 薄情なオネエチャン、妹を見捨てるオネエチャン。


 ……黙れ。


「アリス、ティナ様を追い詰めないで」


 ようやっと、王女を引き剥がすことに成功してくれたサーリャが、私の服を整えてくれます。

 元々は白いワンピースでしたが、色々あってあちこちにシミや汚れが目立ちます。

 今の私と同じですね。(よご)れつちまつた(かな)しみは、たとへば聖女(せいじょ)可愛衣(かわごろも)。だけどそれでも、()(ゆめ)みない。


「パザスさんに伝えて。ミアを守れなかったら許さない」

「許さないって……んうっ!?」「ティナ様!?」


 汚れた身体で、アリスを抱き締める。


「ユミファを殺さないで無力化する……そんなアリスの無理難題に、私は応えたよ。そのお礼はしてもらう。パザスさん、もし……貴方(あなた)の怠慢でミアが少しでも傷付いたら……あなたの娘のような存在、奪っちゃうよ?」

「え、ちょ……へっ!?」


 パザスさんがアリスを育てたというなら、それは娘のようなものだろう。


 アリスの顎をクイッと掴み、キスをするように、また七色に変転している、その瞳をみつめる。


「やっ、いやあのっ!? 今あたしがここにいるって時点で、あたしはもうティナに奪われてるようなもので……ってちっがーう!?」

「早く、伝えるの」「は、はひ?」「いやぁぁぁティナ様がぁぁぁ」


 なんだかサーリャがこの世の終わりのような悲鳴をあげてますが、私がなんだというのですか。いいからアリスは、はよパザスさんにそう伝えて。あとサスキア王女は「いいなぁ……」とか指咥えて呟かないの。


「うんそう、だからティナがそう言ってるんだってば。うん……うん……そう、あのお屋敷」


 薔薇色の髪と同じくらい、顔を真っ赤にしたアリスは、なんだかあたふたと挙動不審な感じでしたが、それでも私の言う通り、通信してくれたようです。


「……言葉ひとつでパザスを絶句させるって、とんでもないわね」


 それ、パザスさんがアリスを娘として愛しているからでしょ?


「パザスさんはなんて?」

「向かうって。あと……」

「なに?」

「……なんでもない。”そなたにとっての妹御が、我にとっての”……あたし……”それが判っていればいい”……だって」

「ぬぐぐ」


 さすが伝説の軍師様。効果的な位置に釘を打ってくるね。


「そろそろ、はーなーしーてー!」「おぅ?」


 身体を押され、アリスが腕から逃げていく。どうでもいいけど、今、なんでちょっと……おっぱい……とは呼べぬこの胸部、触っていったの? わかるもんだね~、わざとかどうかって。君ら不毛の大地好き過ぎない? 地面を見ようよ地面を、いい岩場がありやすぜ旦那。


「とにかく、さっきも言った通り、アリスは現地についたら、まずは適当な兵士の格好になってね。解毒薬は、私、サーリャ、アリスの三人が確定として、あとは五人分。サーリャのお父さんも当然として、私はまず男爵家の騎士全員を助けます。そうすると、残りは二人分……それをどうするかは……私が決めるよ?」


 最有力候補は、第二王子と、キルサさんの心証を考え、ナハト隊長ですが……。


 一応、この薬を複写(コピー)して増やすような魔法があるのか、聞いてみましたが、当然そんな魔法はないとのことでした。「ミスリルみたいに、魔法的に”近い”物質ならまだいいんだけど、薬とか複雑な機械は、あたしの理解が遠すぎて無理」とのこと。よくわかりません。理解が及ばない云々の話なら、眺めたり舐めたり何億枚と写生したりしたら、可能になるのですかね。


 まぁ薬は十人分、ふたつは既に使われていて現状八人分、それが変えられぬ現実です。


「うん」「はい」


 アリスとサーリャが頷き、命の選択は私へと託されます。


 あっさりしたモノです。


 まぁ二人には、先に少し希望を与えるようなことを言ってしまいましたからね。


 可能か不可能かは、実践を試みてみなければなんとも言えないところですが、まだ絶望するには早すぎるというアレです。やれることはやってみないとね。


「ゴーダだっけ? この人は一旦ここに置いて行くしかないけど、サスキア王女は……まぁ連れて行くしかない……か」


 一応、ゴーダ、ドワーフの矮躯は、せり出した岩場の影に隠しておきました。

 この辺りに大型の危険生物は(もう)生息していないでしょうし、これ以上の安全策を講じてる時間もないので、我慢してもらいましょう。ていうかぶっちゃけ面倒みきれん。


 例のロープを使って拘束しておくかどうかは少し悩みましたが、これも時間がないのでやめておきます。けしてそれがナニで汚れているからもう触れたくないとかの理由ではありません。ええ。


 サスキア王女は、捨てられた子犬アイズでくねくねとこちらの様子を伺っているので、さすがに放置はできません。これ……今、元に戻られても間違いなく面倒ですが、このままでもめちゃんこ面倒くさい人ですね。


 これから私達がやらなきゃいけないのって、この人の後始末なんですけど……それを思うとやる氣が失せていくので、今は考えないようにしていますが。


「ここから前線基地までどれくらいかなぁ……足場も悪いし、歩くのは少し辛い氣がするから……アリス、乗り物、また何か造れる?……アリス?」

「ひゃい!?」


 話しかけると、アリスは猫が飛び上がるかのような、大袈裟な反応を見せました。


「な、なに?」

「……どうしたの? アリス」

「え、あ、うん。乗り物ね、乗り物。造る造る、大丈夫聞いてた判ってる」


 なんだか薔薇色の頬で、夢見心地風の顔ですけど、どうしちゃったんでしょうね。

 てのひらに傷でも創りました? じっと見てましたが。


「ティナ様が、ジゴロに……」


 なんだか不可解で不本意なサーリャの呟きがありましたが、そんな感じで、私達はアリスの作ってくれた乗り物に乗って、前線基地までバビューンと戻りましたのですハイ。


 ここでアリスの造った乗り物は……なんだかちょっとハート型な流線形でしたよっと。








 そんなこんなで数分後、私達は基地の少し手前に降り立ちました。


 ホットスポットに向かう前に、抗ゴブリン化薬の処方をしなければなりません。


 飲み薬を飲み、塗り薬を塗り合いっこしたり……はせず、それぞれ物陰に隠れてごそごそ塗りこみました。アリスがなんか「アンタは今、色々な意味で重要人物なんだから念入りにね!」と言っていましたが、わーってるって。


 それならばと、サーリャは、私の身体に塗り薬を塗る役をとてもやりたそうにしていましたが……いやするわけないでしょ、こんな時に。ダンスも習っているんだから身体も柔らかいよ? 背中にも余裕で手が届くってば。だからしないってば。しーなーい~。




 さて。


 そんなメイドさん血涙のシーンがあって更に数分後、私達はホットスポットのど真ん中にやってきました。


 氣がつけば、アリスはいつの間にやら髪を切って、少年兵のような格好になっています。


「体格を大きくする魔法ってないの?」

「やれなくはないけど、今はキャパシティの問題があるから」

「ああ……」


 ちんまり。


 これを兵士と言い張るには少し無理がある感じの、美少年なアリスがそこにいます。

 上は鎖帷子を着込んだので胸の隆起は完全になくなっており、華奢な身体は肩当で多少わからなくなってます。


 けど、顔が……ね。


 黙っていれば美少女といっていいアリスですから、よくて少女マンガの生意氣系美少年、よくないと、これはもう普通に美少女の男装です。


 サーリャは、見た瞬間に可愛いーって頬擦りしてました。今もしています。そのせいでアリスの顔が少し死んでいます。美少女可愛いなのか、美少年可愛いなのか、知りたいような、知りたくないような。こんな状況下でも大変に残念なメイドさんの性癖はどっちだ。


「サーリャが満足したら、兜もちゃんと被っておいてね」

「りょーかい」


 この鎖帷子や兜は、男爵家メンバーの手持ちにはなかったので、そこらのテントから失敬してきたモノです。ナハト隊長(しか)り、そこはやはり空中戦を得意とするドラゴンキラーの集団だからなのでしょうか、隊にはかなり小柄な兵士もいるようで、少し探したらアリスにも合うものがあったとのことです。女性のモノもあったけど、男装用に男性用の小さいサイズを選んだとのこと。


 なお、アリスが兵士姿に着替えている間は、私達は解毒薬の処方を行っていました。


 サーリャのパパ含む男爵家の騎士三名はサーリャに任せて、私はサスキア王女を連れだって第二王子のところに。途中まではいくつかのテントを探るアリスと一緒でした。さすがに第二王子のテントまでは勇者ムーヴ(他人の生活圏を遠慮なく探っていくの意味で)しなかったみたいですけど。


 サスキア王女は、第二王子を見ても、特に何も言いませんでした。


 様子が戻る氣配もありません。むしろ私が飲み薬を、第二王子の口に無理矢理押し込んでる間中、彼女は見たくないモノから目を背けるように、私の腕に絡まって二の腕に額を擦り付けてましたよ。邪魔。


 ん? それじゃ塗り薬の方はどうしたのかって?

 そらあーた、サスキア王女にやってもらいましたよ?


 何のためにこの元凶、連れて来たと思ってるんです。


 血の繋がった兄弟でしょ、命を救うためです、私が王族の方に触れるなど恐れ多いので……云々、等々、諸々、様々な理屈をこねくり回してやってもらいましたよ。なお、錠剤の飲み薬を私が処方した時は、その両の頬を片手でぎゅっとつまんで「んぁ」と唸ったところへ、無理矢理押し込んだ氣がしないでもないです。恐れ多いことですね。うんうん。


 一仕事終えて、サスキア王女の、着替えたり手を洗ったりしたいなどのご要望に応え、王女のテントにも寄ってからそこを出ると、先述の男装アリスが「おっそーい」と待っていた次第です。


 ここで判明したことですが、私の生体魔法陣化は、アリスから遠くに離れると、自動的に解除されるとのことです。魔法陣は自分との相対座標も重要云々……例によってよくわからない説明をされましたが、要はアリスが認識できる距離の外に出てしまうと、この黒い線は維持できないそうです。なのでアリスは、今はまだ私の側から離れたくなかったとのこと。


 そんな理由だからなのか、それとも違うのか、アリスは王女のテントから出てきた私達を見るや、装着したばかりの鎖帷子をシャラシャラ言わせ、すぐにつかつかと私の方へ近付いてきました。


 そうして私の顔と首元に、その美少年めいた顔を近づけてきて、カツオブシを出された猫みたいにくんくんと匂いを嗅いて、「ちゃんと塗ってるわね、おーけぃ」などと供述しておりました。……その確認、必要だった? かじらせないよ?


 まぁ……やると思ったけどね。


 そうしてから、サーリャとも合流した次第です。


 ……という経緯がありまして。


「サーリャが満足したら、兜もちゃんと被っておいてね」

「りょーかい……聞いた? バカサーリャ! もう満足でしょ! 離れて!」


 と、こう相成(あいな)ったのです。


「あん」


 漸く、アリスがメイドさんのスリスリから解放されたようです。


 そんなこんなで、事前に決めていた抗ゴブリン薬を処方する予定の人物は、この辺り……第二王子のテントそば……からはだいぶ遠いところで眠っているはずの、ナハト隊長だけとなりました。


 ですが、その前に……今試せる希望を試してみましょうか……薬を使いきる前に。


 私は美少年然としたアリスを前に、言葉を繰り出します。


「ゴブリンはモンスター、つまり魔法生物、そうなんだよね?」

「え……うん」


 小さな兜がこくんと頷きます。


「これは私の推測なんだけど……サスキア王女が撒いたという緑色の液体は、おそらく病原菌」

「病原菌?」


 要は魔法を使えるようになった緑濃菌(りょくのうきん)です。


「うん。つまり緑色の液体は、病を引き起こす原因菌、病原菌の塊のようなものなの」


 仮に、解毒薬が(魔法生物(モンスター)化した緑濃菌に効く)抗生物質のようなモノであると……緑濃菌は抗生物質が効きにくい種類の細菌だったと思うので、厳密には違うのかもしれませんが……あくまでそのようなモノだと考えれば、つまりモンスターであろうがなんだろうが、殺菌してしまえば撃退は可能というわけです。


 魔法使いでも、人は殺されれば死ぬわけですし、それと同じことでしょう。等しく、身体は細胞でできているのですから。ウィルスはまた少し事情が違うけど。


「病原菌は私達と同じ生き物。目に見えないほど小さいけれど、生き物である以上、殺すことは出来る。ゴブリンがアルコールをかけると弱体化する話は、よく知られていることでしょう?」


 それに、そもそも常在菌である緑濃菌が有害化するのは、日和見感染といって……いやこの辺は省くけど、とにかくこの前線基地にいるのは、丈夫な身体をもった兵士ばかりだったわけで、免疫力、抵抗力もアベレージ高めでしょう。事態はまだ、そこまで深刻化していない可能性が高いです。


 それなら、試せることがあります。


「ですがティナ様。この基地にアルコールは……」


 うん、ほとんど配備されてないのは知ってる。


「だから……解毒魔法、殺菌魔法のようなモノって無いの?」

「殺菌って……なに?」


 アリスがうろんげな顔になりますが……大丈夫、四百年前にはなかった概念かもしれませんが、私が生きるこの時代には、既にそこそこ知られた概念です。かつて選べなかった医療チート、ここでも選べません。


「サーリャ」


 ここは掃除洗濯が日常業務のメイドさんにも説明してもらいましょう。


「理屈は私にも説明できませんが、この世界には凄く小さな、目にも見えない小さな虫のようなものがいて、いくつかの病気はそれが原因で起こるものらしいの。食中毒とか、破傷風が代表的なモノだそうよ」

「あ……」


 なんだか腑に落ちたようで、アリスが頷いています。


「……解毒魔法はあるの。でも」

「でも?」「アリス……」


 おや? なんだかサーリャが、痛ましいものを見る目でアリスを見ていますよ?


「やったことあるの、ゴブリン化した人……助けようとしたこと、あったから……アムンにも手伝ってもらって、普段の数倍強い解毒魔法を使えたんだけど……それでもダメで」


『アンタ判ってるの!? あなたがやったのは虐殺よ!? 大虐殺なのよ!?』

『ゴブリン化を治す魔法なんかないの! アンタは人を殺す薬を()いたのよ!?』



 言ってましたね。


 でも。


 でもね?


 ユミファさんの封印は、アリスの結界魔法、黒竜の雪崩(?)魔法、加えてアリスの反射魔法、これらの合わせ技で成すことができました。


 そう、合わせ技。


 ゴブリン化の正体は魔法生物化した緑濃菌の暴走。


 緑濃菌それ自体は、アルコールなどの一般的な殺菌方法で退治が可能。


 このふたつを合わせて考えてみましょう。


 解毒魔法が効かないのは何故か?


 雪華模様(せっかもよう)。アリスの結界魔法を思い出します。


 モンスター化した細菌を、仮にゴブリン菌と呼称しましょうか。


 ゴブリン菌は、結界魔法でその身を守っている。


 結界魔法は、ユミファさんとの戦闘を思い起こすに、物理的干渉も、魔法的干渉も全て防御できる魔法のようです。


 なら。


 もしかすれば。


 解毒魔法も、結界魔法によって防がれているのでは?


 それならば。


 結界を突破できれば、解毒魔法は届くのでは?


 結界を剥がすにはどうすればいい?


『なにこれすっご。魔法陣が消えてく。擺脱(はいだつ)魔法って、魔法陣の意味と意義を一部欠損させて無意味化するだけの魔法なのに、全消去になってる』


「擺脱魔法って、私の陽の波動? と相性がすごくいい魔法なんだよね?」


 アリスが、ポカンとした顔で私を見つめてきます。


「解毒魔法が効果ない理由、アリスは何だと思っている?」

「え? え? え?」


 わかっていないようなので、頭から説明してあげます。


 ゴブリンは、ゴブリン菌による人体への干渉によって生まれる……と仮定して。


 ゴブリン菌は、それ自体は解毒魔法で殺菌が可能……と仮定して。


 ゴブリン菌が展開している結界を、私という生体魔法陣で増幅した擺脱魔法が突破できるのならば。


 単体では効果なかった解毒魔法、そして擺脱魔法……その合わせ技で、ゴブリン菌の根絶は成るのでは?


「え……そんな……嘘……」

「アリスが昔助けようとした……ゴブリン化した人には、擺脱魔法と解毒魔法の合わせ技、これは試したの?」

「いやっ……そんな……違う……ならあの時、あたしはエンケラウを助けられたの?……正しく治療してれば……あたしはユミファの大事な人を助けられたの!?」


 あー……ね。


 うん、その反応は予想できたよ。てかゴブリン化したのってエンケラウかい。九星の騎士団員かい。


 でもね、意外と盲点なんだよ。医療行為における『合わせ技』というのは。


 判り易いのが、麻酔と外科手術の関係かな。


 麻酔そのものには、病状を改善する要素がない。


 でも痛覚、意識があると、患者がショック死するなどの困難を伴う術式がある。


 困難な外科手術は、優れた執刀医と優れた麻酔医、その他優秀なスタッフが何人も揃って漸く成るモノ。


 難病の治療は、たったひとつの冴えたやり方、それだけでどうにかなるものではないし、外科手術に頼ることのできない、俗にいう血液の癌、白血病であってもそれは同じだったよ。


 もっと日常に近いところで言えば、風邪の予防だって……手洗い、うがい、身の回りを清潔にする、身体を冷やさない、バランスのいい食事を心がける……こういうモノの『合わせ技』で、意味あるモノになっていく。どれかひとつだけ完璧でも、他を疎かにすれば意味がない。


 え? よくわからないからガン●ムで喩えろ?


 ア●ロしかいないガ●ダム、シ●アしかいないガンダ●、面白そうって思える?

 ヤン●ェンリーとラインハ●トでもいいよ。の●太とドラ●もんだと、●び太君は不要説あるけど。そんなこと言うない。


 なんなら医療行為ではないけど、美容と健康のために行う行為、ダイエットだってそうだ。


 痩せる方法は実際沢山あるが、乱暴に大きく分けるとふたつ、食事を減らすなどしてインプットを絞る方法、もうひとつが運動をするなどしてアウトプットを増やす方法、このどちらかとなる。


 当然、どちらも行えばダイエットの効果は倍以上になる。


 けど、ダイエットを行う人の多くが、食事制限をしても運動はしない。


 食事制限をして筋力が落ち、基礎代謝が減るから太りやすくなって、一時的に減った体重もリバウンドで簡単に戻ってしまう。

 そういう悪循環に陥る人は、前世の世界にいくらでもいたらしい。


 だからね、アリス。仕方無い。


 アリスが助けたいと思っていた人が、本当はアリスに助けられたかどうかなんて、今は考えてもしょうがないんだよ。後悔は……してもいいけど、囚われるのはダメだ。


 それに私のこれは、ただの推測だ。

 効果が有るか、無いかは、これからやって確かめるの。


「アムンさんの生体魔法陣は、私のそれよりも優秀だったの?」


 だから私は嘘をつく。

 もはや真偽を確かめようもない嘘をつく。


「……え?」


 これは鬼の道。だけどね……私は進むよ?


「この解決策はね、擺脱魔法? これが、ゴブリン菌の結界を突破できることが必須条件。それも極小の病原菌、無数の小さな命、それらが展開する強力な結界を、一氣に突破することが必要なの」


『擺脱魔法って、魔法陣の意味と意義を一部欠損させて無意味化するだけの魔法なのに』


「あ」

「解毒魔法の強化はアムンさんの方が適していたのかもしれないけど……アムンさんの生体魔法陣で、そこまで強力な擺脱魔法は使えた?」


『全消去になってる』


 ふるふると首を振るアリスに、私は強いて笑いかける。


「私と同規模の波動持ちだったという、アリスのママはもういなかったんでしょう?」

「……ママ」

「でも今、この場所には私がいる」


 鎖帷子を着、固い兜を被ったアリスを、再び胸に抱き寄せる。今度は胸に硬い感触。


「……また……ティナ様は本当に……もぅ」「ぃぃなぁ……」


「ママ……」


「試そう、アリス。全員、救える道を」




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