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34話:王女をおとそう!


 ばんじーじゃんぽ、知ってますか?


 ばんじーじゃんぽです。


 最後の文字が違う? なぜ平仮名? いやホラだって、そのまんま言ったら、なんか凄い悪いことしてる氣になってしまうじゃないですか。くす。


「そういうわけで、拷問させていただきます」

「■■■■■!? ■■■■■■■■■■■!! ■■■■!!」


 王女が、なんか凄く丁寧な言葉で罵ってきてますが、残念ながらそれがご褒美になる性癖でもないので、ここは省略してしまいましょう。ふふ。


「■■■■■■■! ■■■!! ■■■■■■■■■■■■!!」


 多少抵抗されますが、サスキア王女はどうやら護身術のごの字も知らないようで、右手の方の指を捻ったりすれば簡単に抵抗力を失ってくれます。えへ。


「■■■■■! ■■■■■■■■! ■■■■■■■■■■■■■■■!!」


 だんだんと口汚くなるサスキア王女。見た目はおっとりお姉さん系ですのに、どこで三下系罵倒構文を学んだのでしょう。


 こういうのでも、動画サイトにアップしたら『我々の業界ではご褒美です』とか『たすかる』とか言われるんでしょうか。平和な世界っていいですね。この世界はもう少しだけ残酷です。私もこの世界に染まってきたということでしょうか。大人になるって悲しいことなの。んふ。


「■■■!! ■■■■■■■■!? ■■■■■■■■!!」

「できたら実行する前に喋ってほしいんだけど……無理?」

「■■■■■■■!? ■■■■■■■■! ■■■■■■■■■■■■!!」


 サーリャも、アリスに暴言を吐こうとした私は止めたのに、これにはなぜ見守りモードなのでしょうか。


 王女様を拷問するのよ? めっちゃ犯罪行為だよ? 不敬罪ってレベルじゃねーぞ?

 仕えている主人が、これからやろうとすることが、自分のお父さんを二階から突き落とした某兄貴と似ていることに、ネガティブな感慨とか、より直截的(ちょくせつてき)には……嫌悪とか抱かないわけ? いいの? そういう方向から非難されたら、私は反論できなかったんだけど。


「ね、ねぇティナ……平氣なの? これ……」


 むしろアリスの腰が引けてます。


「ごめんね、安全面にはちゃんと考慮するから」

「■■■■■■■■■■■■■■!! ■■■■■■■■■■■■!!」


 そういえば何度もテレビドラマ化された有名な少女マンガで、主人公(ヒロイン)がバットで殴られたりブライダルカーの空き缶ポジさせられたことへの復讐で、主人公のことを好きな暴力男イケメンが、加害者を学校の屋上から紐で逆さ吊りにする、なんて展開がありましたね。


 暴力男自体も初期は主人公のこと虐めたりしてたので、男性の身としては「お前が言えた義理かw」とか「イケメン無罪w」とか言いたくなりました。ことを主導した女の子も、なんか暗い過去を暴露された程度で許されちゃって、その後も割といいポジションに収まりましたね。少女マンガはブサメンフツメンに厳しい……まぁイケメンに愉悦かます少女マンガも結構あるみたいですけどね。あれはヒロインを虐めるタイプの少年マンガと、構図としては一緒なのでしょうか……あらよっと。


「よし、縛り自体は完璧。それでも一回目は不安が残るから、不測の事態が起きたらアリス、回収お願いね」

「■■■■■!? ■■■■■■■■■■■■!!」

「……了解。本氣なのね?」


 私も、肉体は女性だし、これから暗い過去を暴露するので、この後することを、許してもらいたいものですね。

 私は幼少期に兄貴から暴虐の限りを尽くされました! 以上! わー暗い過去だー。これで許してちょんまげなまはげマジ卍のあげみざわ。


 ……なんとかファニーな感じにできないものかと、内面の取り繕いを頑張ってみたのですが、逆効果だったような氣もしないではないです。


 まぁやることがやることですからね。これはどうしようもないでしょう。


 さてそれでは、氣は進みませんが、やることとしましょう。


「サーリャ、そっちの足、持って」

「はい」

「■■■■!? ■■!! ■■■■!!」


 そぅーれ!


「いひゃあああああああぁぁぁぁぁ!!!???!!??!!!」


 なお、縛ったのは、王女のパンツがカバーする下半身、主に腰から足にかけてで、上半身は割と自由です。

 そんな感じでフォールしてもらったので、王女はバンザイでもするかのような格好で二十メートルほど下のあたりへと落ちました。

 割とこう、垂直落下です。弧を描くような軌道はミスリルの柱にぶつかる危険性があったのでそこら辺は氣をつけました。まぁぶつかりそうになったらアリスが何とかしてくれる手はずではありますが。


 ちなみに、ロープの反対側は船にそのまま巻き付けて結んであります。ミスリルの柱は完全に船に接合してるようで、この程度の衝撃ではびくともしませんでした。ミスリルもこの船(ドワーフ曰く、ヒヒイロカネ含有でしたっけ?)も、衝撃に強すぎじゃないでしょうか。船が衝撃で柱から外れたら、それはそれで助かったのですが、残念です。今は遠き、故郷の地震大国にこの素材があったならば……と思わずにはいられません。


「引き上げるよ」

「……それはあたしがやる。ティナ達は見てて」


 さきほど、王女の指を回収した時のように、風を使ってどうにかするのかと思ったら、アリスは魔法陣を腕の周辺に出して、普通にそのままロープを手で引っ張りだしました。すると、なんかもう、王女の体重、おも●蟹にでも食べられたかな?……ってくらい、するすると引っ張りあげられていきます。なにこれ、()れ。


「身体強化魔法?」

「うん」


「あ、あ、あなっ、貴女達(あなたたち)!!」


 船へ引き上げられた王女が半分涙目でこちらを睨んでいます。


「何をやったのかわかっているの!? 野蛮人!」

「アリス、手を放して」「……ほい」


 まぁ一回で口を割ったら、それはそれで嘘を言ってるかもと疑うところでしょうし、最初から一回で済ませる氣はありませんでした。


「きやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 本当にもう、見てるだけでタマヒュンな光景ですが、まー、そこはタマなしで良かったと思いましょう。女性は共感性が強いといいますが……まぁ、私は精神面では男性ですしね。だからサーリャは目を離してていいんだよ、と言おうとしたら、メイドさんは真剣な目で王女のご様子を観察していました。ちょっと言い出せない雰囲氣です。


 再び王女を、アリスに引き上げてもらいます。


 ……なんか臭いますね。


「あ、あ、あ、あ、あ」

「サーリャ、拭いて差し上げて」

「はい」


 何を、とは言いません。女性は肉体的に、男性よりもそうなりやすいのです。だから笑ってはいけません。パンツの汚れがどうなるかは知りませんが……まぁそこはオリハルコンの耐腐食性に期待しましょう。オリハルコン先生も、まさかそんな風に期待される日が来るなどとは思ってもいなかったでしょうが。


「やめっ、だめっ、さわらないでっ」


 流石サーリャ、嫌な顔ひとつしないで拭いて差し上げてます。

 なんかもう赤ん坊の世話をする母親の貫禄があります……やってることは拷問官の助手ですけどね。人生は生きてると色々ある。


「王女殿下、私は殿下を辱めることが本意なのではありません。素直に、こたびの件で殿下が担った役割について口を開いてくれると助かるのですが」

「あ、あ、あ、あなた、狂っているの!?」


 どうでしょう。今はこれが必要なことと思い、実行しているだけですが……なんでしょうね、戦争に行った一般人が、戦後PTSDに苦しむというのが少しだけ実感として理解できる氣がします。非道なことを、しなければいけない瞬間がそこにある。


 だから、そうする時はなるだけ心を殺し、淡々と。


「ではそれなりに、綺麗になったようですし、次に行きましょう、そぅーれ」

「ぎやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 王女の悲鳴が獣じみてきました。殺したはずの心が苦しいです。


 今は必要なことを遂行しなければと強く自分に言い聞かせてますが……私も、いつか未来に……昔……遠い昔に読んだ海外のノンフィクションに記されていたみたいな……戦争からの帰還兵のように……この悲鳴が、頭の中に鳴り響いて、眠れない夜を味わうのでしょうか?


 ……まぁそれも仕方ありません。受け止めましょう。


 私は今、そういう非道をしています。


「王女、何が手遅れになるというのですか?」

「し、しらなっ」

「そぅーれぃ」

「ぎゅえええええぇぇぇぇぇぇ!!」


「王女、鼻水が凄いことになってますよ、サーリャ」

「はい」

「はい、これでまたお綺麗なお顔ですね。では次」

「も、もうやめっ」「そーぅれぃっ!」

「びぎゃあああああぁぁぁぁぁ!!」


「王女……殿下?」

「あ、ひ、ひぃ、ひぃぃ」

「……なんでコイツ、ティナに抱き着いてるの?」

「さぁ……殿下、口を割る氣になりましたか?」

「それは……で、でも……あ」

「はい、おててを放しましょうね、そーれぇー」

「ぴぎゃあああああぁぁぁぁぁぁ!!」


「……はぅ……はぅん」

「なんでコイツ、幸せそうな顔でティナの足に擦り寄ってきてんの? キモイんだけど」

「……ごめん、ちょっとやりすぎの氣がしてきた」

「止める?」

「まだ聞き出せてないし……ここでやめたら王女殿下にしても無駄に苦しんだだけになっちゃうからなぁ……しょうがない、もう一度。そーれー」

「あああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」




 そんな感じを繰り返すこと十数回。




「もぉ……やめてぇん……」


 ……なんでこうなった。


「……どうしてこんなことに」

「ああっ……はぁ……あぁん……」

「キモっ! マジキモっ!! マジなんなんコイツ!?」


 なんでこうなったのか、さっぱりわからないけど、なんだか王女殿下のご様子が大変おかしいことになっています。


 色々な体液が垂れ流しのまま、頬は紅潮し、落下から引き上げるたび、私の方へと擦り寄ってきます。なんだろうこれ、寄生体に戻ろうとする寄生虫みたいな?


 更に言うと、それがもう完全に、寝かされてるドワーフさんを無視した動きなので、ヒゲの小父様(おじさま)な彼が王女の色々な体液で凄いことになってます。ばっちぃ。


「ああっ……おねがぃ……もぅ……」


 なんでしょう、Mな女性に言い寄られるってこんな氣持ちなのでしょうか。


 王女がこうなったのは、私の責任が結構な割合でありそうなので……というかほぼ全部私の責任ですかね?……こう思ってしまうのは、結構な罪悪感を感じないでもないのですが、私は今、ドチャクソにドンビッキーな心の()(よう)で御座いますよ。


「もぅ、捨てないでぇ……」


 私、王女様の、なんかイケナイ扉を開いちゃったかしらん?


「アリス、念話のネックレスって……心を読む魔法の代わりに使えない?」

「どういうこと?」

「念話のネックレスの仕様上、本人が口を割らないことを無理矢理聞きだすことはできない、ってのはわかるんだけど……なんかもうユルユルな感じだから、もうそれだけで色々漏れでてきそうな氣がするんだよね」

「まぁ、いけると思うけど……それで聞きだせることは、もう普通に聞きだせる氣がするかな」

「むー」


 うーむ。


「もぅ、もぅ……許してぇ……」

「王女……では話してくれますか?」

「え?……なにぉ?」


 なにぉ、じゃねぇ。

 事後みたいな顔してないで、いい加減答えなさいよ。事後?


 そろそろ、こっちの罪悪感もやばいくらい膨れ上がっているんだから。


「ティナ」

「……なに、アリス」

「あのね、ティナってね、自分では氣付いてないかもしれないけど……陽の波動の副産物なのかな……ティナの近くにいると、凄くあったかな氣持ちになれるの」

「……何の話?」

「サーリャも判るでしょ?」

「……あ」


 なんか後ろから、腑に落ちましたって反応が感じられます。


 そうなんですか?


「それってティナの性格が優しいからとか、体温が高いからってわけじゃなくて、ティナが生まれ持った魔法的領域(フィールド)みたいなモノなの。陽だまりにいる人は、どんな冷たい人でも悪人でも、身体は温かくなるでしょ? ティナはその陽だまり。本人はこんな非道もできるイカれたお嬢様だけど、その周辺はポカポカしてて暖かい」


 非道でイカれたお嬢様ですか。まぁ……私の意思でそうなってしまった、鼻水だらけの王女様を前にしては、否定し辛いところですね。本当にどうしてこうなった。


「で、このクサレポンチは、紐付きだけど高所からの飛び降りで、死の恐怖を味わっている」


 クサレポンチですか。さすが四百歳、きょうび聞かねぇな、その表現。KSLPNTだと今風なのでしょうか。どこの今だよ。


「落とされる、死の恐怖を味わう、ティナの(そば)に戻される、ティナのあったかフィールドに癒される、また落とされる、死の恐怖を味わう、ティナの(そば)に引き戻される、ティナのポカポカに癒される……このループを何度も味わうと……」

「おねがぁぃ……もぉなんでもするから、何でも話すから、貴女(あなた)(そば)にいさせてぇ……」

「……こうなるの?」


 なにその吊り橋効果の上位互換みたいなの。


「……さぁ。コイツの元々の資質もあったんじゃないの? 氣になるならサーリャにも体験させてあげれば?」

「私は、なにをされなくてもティナ様のご命令には全て従いますし、何でもお話ししますよ?」

「……」


 あっれれー、おっかしいなー? サーリャさっき私に何か隠し事してたよね?


「ま、何でも話すって言ってるんだから、今の内に聞きたいこと聞いたら? 理性溶けちゃってるみたいだから、難しいことには答えられないかもしれないけど」

「それも……そうだね、聞き方に工夫するよ……」


 まぁ、なんか締まりのない話になりましたが、かように陥落してしまった王女から……なんかこう、ミアが三歳だった頃を思い出しながら……話を聞きだすことにします。


 脱線したり、遠回りしたり、全く罪悪感のない声で「だってぇ、王女のためならぁ、死ぬのもぉ、平民の仕事でしょ?」というのへ、地球基準の常識でイラっとしたり、王女の涙と鼻水とよだれで、特に耐腐食性があるわけでもない私の服がグチョグチョになったり、まぁなんか色々ありましたが、なんとなく王女のやってしまったことの全容が見えてきます。


 ナハト隊長へ横恋慕しちゃったかー。だったらこの人やっぱMじゃね? 生来の性癖がダークネスじゃね?


「置換のキャッツアイ!?」


 そのマジックアイテムの概要を聞いて、私の心臓が跳ねます。

 男性になりたい私には、これ以上ない程、都合のいいマジックアイテムです。


 これはなんとしてでも手に入れねば!……と思いましたが……。


「それ、効果時間があったと思うよ? パザスー。置換のキャッツアイの効果時間ってどれくらいだっけ? モノによるけど長くて一週間くらい? そもそも本当に心と心を入れ替えているわけじゃない? それぞれの体感座標を置換してるだけ? なに言ってっかわかんないけど、つまりやっぱ効果が永続するタイプのマジックアイテムじゃないんだ? そんなアイテムは存在しない? ま、そうよね」

「……ガッカリだよ!」

「つまりこのおバカな王女様は、騙されたってことね」

「そんなぁ……」


 まぁでも一週間、他人の身体に乗り移った氣持ちで過ごせるって、それはそれで物凄く欲しがる人が多そうなマジックアイテムでもあります。


 というか……異性になれるけど、一生、元の性に戻れないマジックアイテムと、一週間だけ異性になれるマジックアイテム、これって後者の方が需要高いんじゃないでしょうか。


 私のように、心と身体の性が一致していないというマイノリティーに必要なのは、間違いなく前者ですが。


 まぁ一週間でも、何かの時に使うかもしれないので、できれば強奪……いえ、回収しておきたいところではありますね。未来の旦那様、初夜に立場逆転なんてシチュはいかがで御座いますか?


 そんなわけで、今それがどこにあるかと聞いたら、ドワーフに奪われ、ここに来る途中で投げ捨てられたとのこと。

 ……ろくなことしねぇな、このジジィ。


「ゴブリン?……人をそんな風にするマジックアイテムがあるんだ……ん? マジックアイテムじゃなくて薬?……緑色の液体? そこらじゅうに撒いてきた……なるほど……」

「……」「……」


 あれ? なんか氣が付いたらアリスとサーリャが絶句していますよ?


「アリス、ゴブリン化した人を、治す魔法ってあるの?」

「……」

「……アリス?」


 どうしたのでしょうか、アリスが真剣な目で、いまだ、私の足元にしがみついてブルブルと震えている王女を睨んでいます。ていうかアリスも震えています。いえ、奮えている……でしょうか? 眉は吊り上がり、口の端を噛んで……肩を怒らせています。


 と。


「……っ!」「え!?」

「いやぁ!!」


 足元の王女を、アリスが無理矢理引き剥がし、胸元を掴んで自分の方に引き寄せようとします。王女は腰から下がまだ縛られたままですから、あまり抵抗もできなかったようですね。


 そうされた王女は……陽だまりがどうとかで、安全地帯から引き離されたような心地なのでしょうか?……恐怖に歪んだ顔で、私の方へ手だけ伸ばしてきます。


 ……なんか、ばんじーじゃんぽぉさせてた時よりも、罪悪感が刺激されます。

 お顔は紅潮し色っぽいのですが、仕草が頑是無(がんぜな)い子供を……より具体的にはミアを連想させるのです。おまっ……それは卑怯じゃないか?


「アンタ判ってるの!? あなたがやったのは虐殺よ!? 大虐殺なのよ!?」

「ひぃぃぃぃ!?」

「アリス!?」


 がっと鈍い音がして、アリスのグーパンが王女の横っ面にヒットしました。足腰の立たない女の子になんてことを。足腰立たなくさせたのは私ですけど。今のセリフは前世で言いたかった。


「ゴブリン化を治す魔法なんかないの! アンタは人を殺す薬を()いたのよ!?」

「たすけて! たすけて! たすけてぇ!!」


 元々涙と鼻水でグチャグチャだった王女のお顔を、また新たな雫が流れ落ちて……王女はアリスから逃れようと身をよじって、まるでそれだけが救いと信じているかのような目で、私に縋り付こうとしています。


 その視線が私を貫きます。


 それにより……膨れ上がっていた私の……罪悪感の風船がはじけました。


「……クソ」


 王女の言動は、理性が溶けてからも全くの自己中心的なものばかりで、王女の身分を不自由と嘆く割に、自分は王女であるから平民は自分のために死んで当然と平氣で口にする、そんなどうしょうもないお姫様でした。


 そういう言動を耳にした後では、この王女に同情なんて、する氣も起きません……そう思っていました。


 思っていたのですが……。


 これ以上ない程みっともない顔で、それでも自分に助けて助けてと縋る女の子を……どうしても……冷たく突き放す氣には……なれずに……。


 これは……かつての男心がそうしろと命じているのでしょうか?……それともミアと出会ってから育まれた何かが、そうしなければならないと囁いているのでしょうか?


 ばんじーじゃんぽぉの恐怖。私はそれを、何度も何度も王女に叩きつけて……正直に言います……私は王女の心が、ある程度壊れてもいいと思っていました。


 記憶喪失になってくれたら最高。そういう意味で、この幼児退行状態はある種望んだ効果のひとつでした。記憶喪失には……なってくれなかったようですが。


 まぁ……記憶喪失までいかなくとも、人事不省レベルの完全ショック状態になってくれたら、そこでアリスに王女を眠らせてもらい、目覚めたあと、ここ半日くらいの出来事は全て悪夢であったと……そう言い聞かせる氣でいました。王女も最初の範囲睡眠魔法で眠ってしまった、そこからはずっと夢であった……そういうストーリーですね。


 こんなの、上手くいく可能性の低い絵図ですが、私も追い詰められていましたので、そういう薄い希望にも縋らざるを得なかったのです。


 酷い人間ですね。人の心を壊すことで、自分の生活の安寧を得ようだなんて。


 ああそうだ。何言ってんでしょうね。今更いい人ぶることなんて不可能です。うん、私はもうロクデナシだ。今でも言い切れるよ? 私は、誰を不幸にしてでも、ミアと幸せに過ごせる今の生活を守りたい。


 ああそうだ。それらを秤に載せ、測り、人道の破却すら図ることのできる私は、もう間違いなく外道なのだろう。


 人を追い込んでおいて氣まぐれで優しさも見せる。そういう鬼畜に堕ちている。


 ああそうだ……私は今、鬼になろうって決めたじゃないか。


 だったら。


 赤鬼と青鬼のように、自作自演もまたアリだろうさ。


「アリス」

「えっ!?」


 アリスの、その今にも再び王女へ飛んでいきそうなグーパンの手首を握ります。そうすると狭い船の中、私とアリスの身体が自然と密着していきます。


「落ち着こう? ね?」


 私は陽だまり、ね。ここにきて(ようや)く判明した、私のチートらしいチート。ならその日照権、有意義に使ってあげようじゃないの。


「ひゃ!?」


 手首を開放し、アリスの身体を抱きしめる。


「ちょっ!? ティナ!?」「ティナ様!?」


 足元では、介抱された王女がすがるように太腿にしがみついてきましたが、まぁそれもそのままにさせて、私はアリスの身体をぎゅっと抱きしめます。


「あ、ちょ……今はダメってばティナ」


 見る見るうちにアリスの顔が赤くなっていき、その身体からは抵抗する力がどんどんと抜けていきました。


 これがチートの力なのでしょうか、……なんでしょう、凄いイケメンになった氣分です。あるいはアリスが凄いチョロインなのか。


「アリス、今は落ち着こう。ね?」

「ま、マズイこと、知られちゃったかも。渡しちゃいけない人に武器を渡しちゃったみたいな」


 火を噴くような真っ赤な顔で、アリスが呟きます。こうかはばつぐんっぽいです。

 近くで見ると、アリスにしたビンタの痕、まだ残ってますね。今はキスなんてしないけど。


「ずるぅい。私もぉ」


 氣が付けばサスキア王女が、抱きつきポイントを私の太腿からウエストに変え、アリスと私との間に割り込んでこようとしてきます。


 なんだこの状況。


「王女。それが薬なら、解毒剤はないのですか?」


 マジックアイテムではなく、薬であるなら、解毒剤のようなものが用意されているのかもしれません。


「え? あ、ううん?……」


 ……あるとのことでした。しかし。


「十人分しかない?……ゴーダが奪って懐に入れた?……(ごそごそ)……なるほど、これですか? 錠剤と……塗り薬? 二種類ありますね……王女とこのドワーフは既に処方済みと。残り八人分として……私、サーリャ、サーリャのお父さん、アリス、他男爵家の騎士二名……第二王子、ナハト隊長……これでもう八人か」


 ゴブリン化が細菌由来だというなら、もしかすればこれは抗生物質かなにかなのでしょうか? 詳しく聞くと、錠剤の飲み薬と、軟膏状の塗り薬との併用だそうです。どちらかだけだと効果は薄いとのこと。塗り薬は手足、目の周り、首周り、口や鼻の周り、あと……デリケートゾーンの周辺にも塗らないといけないそうです。王女様、一人で塗ったんですかね、そういう諸々の箇所に。


 まぁ……それはそれとして。


 十人の五倍ほどはありそうだった、前線基地の人口を思い、重い氣持ちになります。


「命の選択……しなければいけないのかな」


 私の前には、鬼の道が、どうやらまだ、続いているようでした。




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