32話:舌戦「ティナVSティア」
『なかなか、想像とは違うお嬢さん、ね。聖女殿』
「……出たな、黒幕」
『黒幕、ねぇ』
「とりあえず、なんてお呼びすればいいか、教えていただけるかな?」
『名前、ねぇ』
「言えないの? よっぽど恥ずかしい名前? じゃあショーン・ベーンさんとかでいい? あ、これウチらのシマで小さい方の排泄物って意味なんだけど」
『下品、ねぇ』
「まぁ裏でこそこそ暗躍したがるような人間に、上品ぶる必要性は感じないね」
『暗躍、ねぇ』
「……応答してくれた割には、相槌ばかりだな」
『まぁ……ねぇ。ふふふ』
「お前の目的はなんだ」
『目的?』
「なぜアリスを殺そうとしてる」
『殺す……ねぇ』
「違うのか?」
『そう、ねぇ……』
「答えろ!」
『聖女殿。私はね……貴女が私の存在を確信してるようだったから、存在を隠す意味はないと思っただけよ? それはつまり、名前、所属、自身の目的まで、貴女が知らないこと全て、答える必要がないということ。私が対話に応じたのは貴女、イレギュラーな貴女と話してみたかったから、それだけ……ね』
「……私と?」
『パザスに攫われ、アリスを味方にした謎の少女。どうしてそうなったのか、興味はあるね』
「お前は、カナーベル王国所属筆頭せんせ」
『……』
「聞こえてないと思った? あのドワーフが言いかけた言葉は、ちゃんと聞いてるよ」
『駒の排除が少し遅かったようね』
「お前の所属はカナーベル王国。なんらかの筆頭。そしてそれは、せんせ、で始まる何か」
『それだけでは特定できないでしょうね』
「知ってるか? 筆頭、ってのは、何かのジャンルで一位に座す誰かを表す言葉なんだ。つまりなんらかの筆頭ってのは、ひとりしかいないんだ」
『……』
「カナーベル王国に所属する、せんせ、で始まるジャンルのトップ。これって、そんなにいると思う? 男爵家の人脈でも、簡単に数人まで絞り込むことができると思うけど」
『それなりに頭は回るよう……ね』
「アンタは頭が悪いようだね。まぁ暗躍なんて、自分に自信がないヤツがしたがる種類のモンなんだろうよ」
『口が悪いわね。お嬢様らしくないわ』
「そういうアンタはオカマみてーな喋り方だな」
『あら、知らないの? 念話のダイアモンドは声を偽れるのよ?』
「実は女性だと? まぁ性別なんてどうでもいいさ。私の口が悪かろうが、アンタが男だろうが女だろうが、お前が根暗で、臆病モノのしんねりむっつりだってことに違いはない」
『どうしてこんな礼儀知らずに、聖女なんて称号が与えられたのだか。がっかり……ね、アリスを心酔させるくらいだから、もっと慈母のような女の子だと思っていたのに』
「慈母みたいな女の子なら、俺の下で膝枕してるぜ?」
『うん?』
「まぁ膝枕されてるのは王女様だけどな。出血多量で立ってるのも辛くなったみたいでね、固い岩へ、魚の干物みたいに置いとくわけにもいかないし。……これだけでアンタを、王女の身を危険にさらした罪で訴えることが可能だろうね」
『それに、私が怯えるとでも?』
「お前はカナーベル王国所属、なんらかの部門で高い地位を持っている。ならカナーベル王国の法で裁いてもらうさ。王女を傷付けたんだ、軽い罪じゃすまないぞ」
『私がそこへドラゴンやドワーフを仕向けることができた意味、考えていないようだね』
「……」
『頭はいいが、視野は狭い』
「なんだ、俺SUGEEEでもしたいのか?」
『それが何かは知らないが、私に所属など大した意味はないね』
「ほぉ」
『私は名乗らない。君は今自分の限界を晒した』
「あん?」
『君は、私の名前を知るには男爵家の人脈を使う必要があるといった。ということは、君は、その船とやらで今すぐ王都へやってきても、すぐには私のところまで辿り着けないということだ』
「……このドワーフを拷問して吐かせるって手もあるんだぜ」
『ほう……君はなかなか愉快なことを考えるね。でも、残念ながらそれは難しいね』
「なぜ」
『その念話のダイアモンドのチェーンは、私が竜の牙から作った特別製でね。こちらから特別なシグナルを送ると、一度だけ、その時点でパスを繋げている人間の脳を、完全に破壊するほどの電撃を放出する……おっと怯えなくていい……それは一度だけの切り札だからね。このノイズ混じりの念話状態からすると、どうやら君は電撃を警戒して、アリスに何か防御系の魔法を使わせていたようだがね。どちらにせよもう、そのチェーンにそんな力は残ってな……おっとこれは乱暴な』
「ありがと、アリス。ごめんね、王女殿下の治療に戻って」
『魔法でチェーンを切り離したのね。ご苦労様。そういうわけだから、ゴーダの知性や記憶の完全回復は望めないだろうね。今、王女殿下の指はどれだけ回復したかね? 仮に、そちらを放置してゴーダの回復に全力を尽くしたとしても、脳の再生には時間がかかるよ。それで記憶が戻るかも怪しいことだし、ね。私にはそれだけの時間があれば充分だ』
「……お前は九星の騎士団の関係者か?」
『さて、どうだろうね』
「もう少ししたら、ここへパザスさんがやってくることになっている。お前が九星の騎士団の関係者なら、心当たりを聞くことができるんだぞ」
『聞いてどうする? 竜が証言したから、それで?』
「……王女殿下の証言なら」
『そこの恋愛脳が、聖女殿に協力すると思うかね?』
「……」
『君は、念話のダイアモンドが王女の額に光っていたのを、見ているはずだがね』
「……ああ、見たさ」
『正直、王女の指が切り落とされたくらいで、君がアリスを使ったのは予想外だった』
「……」
『君は王女が怪しいと氣付かないくらいの馬鹿だったのかね?』
「……悪いが私は、被疑者に人権……人間らしく扱われる権利が無いと言い切れるほど、蛮勇おめでたい正義を信じてるわけじゃないんでね」
『言葉遣いの割に、そこはやはり温室育ちのお嬢様らしいお言葉だね』
「これはパパの治世を見て学んだことだよ」
『だからスカーシュゴード男爵家のご当主様は、領民にも商人にも詐欺師にも、ナメられているんだろうね』
「……なんだと?」
『温室育ちのお嬢様、社交界に出たら自領の評判を氣にしてみたらいい。お人よしのご当主様、若い頃は詐欺師に沢山騙され、そのせいで大金を失い権威もガタ落ち。そんなだから戦争中も貧乏くじを引かされてばかり。普通、戦時でも農地が繁忙期の間は領地に帰れるものなのに、二年間も従軍を続けさせられ、家も領地も荒れ放題』
「……」
『男手を二年も失った家が、領地どうなるか、君は身をもって体験したのではないかね?』
「……」
『農地は荒れ放題、害獣は駆除できない、ゴブリンのスタンピードで滅んだ村もあったというね。これは王都の記録にもちゃぁんと残っている。結局、その討伐軍は国が出したようだからね。君の領地で二体のドラゴンが出現したことについて、中央がどう受け止めているか知っているかね? さもありなん……だ』
「……」
『荒れた領地、魔物にすらナメられている領地、それがスカーシュゴード男爵領だとね』
「……それはそれは、見識を高めさせて頂きどうもありがとう……だ。その調子で貴方自身についても、もっと喋って頂けたら恐悦至極なのですが?」
『なぁ聖女殿、君はアリスをどうしたいのかね?』
「どうしたいのかって?」
『私がアリスを狙っているということは、既に理解しているだろう?』
「そうだね。なぜ狙っているのかについて、詳しく教えてもらいたいところだけど」
『アリスが君を脅迫して一緒にいるということは考えられない。パザスが一緒だったなら、お人好しの赤竜君が止めたはずだ。ならば君は、匿えば極刑となる少女を、それと知りながら身中に置いたことになる。君は、実家の意向には従順な少女であると報告されている。なのに、アリスを匿えば男爵家に迷惑がかかるとは考えなかったのかね?』
「……」
『ちょっとした反抗期のつもりか? アリスを匿い続けることは、君のため、君の家のためにならないぞ』
「……私が、実家の意向には従順、ね」
『国が贈る聖女の称号は軽いものではない。君がそれを贈るに相応しい人物であるか、事前に調査された』
「まぁ……それは当然されたでしょうね」
『私が君を知ったのはその調査ゆえにさ。ああそうさ』
「なかなかいいご身分をお持ちのようで」
『この対話が終われば、すぐに捨てられる程度の身分さ』
「なるほど……ふん、なるほど」
『そういう意味では、この件は君の勝ちでもいいさ、何年もかけて得た立場を、収穫期へと至らぬまま、私に捨てさせるのだからね。まったく、どうやって安寧のムーンストーンから逃れ得たのか……』
「なぁ」
『なにかね?』
「お前は、何がしたかったんだ?」
『うん?』
「アリスを狙う理由、そこは話したくないようだからな、とりあえずいいさ。じゃあこっちはどうだ? お前が竜の討伐隊と……王家へ向けた殺意、その出所はなんだ?」
『うん?』
「とぼけるな。お前にはその殺意がある。今にして思えば、ユミファが動き出したタイミングが良すぎる。お前は今回の共犯者達と念話で連絡を取っていた。寝静まったのを確認させてから、それをユミファへと伝えたのがお前だろう? つまりこの陰謀は、アリスを狙うだけのモノなんかじゃなかった。お前はどうしても竜の討伐隊をここで全滅させたかったんだ。ユミファの殺意を利用して!」
『なるほど、その程度は推測も可能か』
「どうなんだ!?」
『では、この件での、君の勝ちを祝してね、それくらいは答えてあげましょうか。そう、私は竜の討伐隊を全滅させたかった』
「こちらの勝ちだ勝ちだ、言ってくれる割に、まるで勝ち誇っているかような感情が伝わってくるんだが?」
『別にもう、どうでもいいからね。竜の討伐隊は、これからカナーベル王国を食い散らすのに、邪魔だったというだけだからね。特に、ナハトという男にはユミファを制するだけの力があった。彼はね、あれで傑物だよ? 異能の類を何も持たず、単純な武力だけで魔法使いを圧倒できる人間というのは、少ない。おまけに何の因果か、魔法に対する抵抗力もめっぽう高くてね。安寧のムーンストーンが効果を発揮するか、多少不安だったぐらいだ。彼はカナーベル王国を食い物にしようとするなら、いずれ邪魔になったであろう人物……ということだね』
「……」
『だがもう、それもどうでもいい。カナーベル王国を喰うのはやめだ。そんなのは暇つぶしでしかない。アリスの復活が確定した以上、私が最優先すべきはアリスだ』
「王家には? 何か恨みでもあったのか?」
『さぁどうだろうね?』
「もう一度言うぞ、とぼけるなよ?……あの仕掛け、あれはそもそも、誰を狙ったモノだ?」
『ふむ? 言葉を濁しているのはそばにいる王女への配慮かね? ハッキリ言ったらどうかね?』
「……最初、それがどこにあったか、どの頭に巻かれていたか、考えればすぐにわかることだからな」
『別に、カナーベル王国に恨みはないね』
「ならなんで!?」
『それも、どうでもいいからだね。いわば、ただの保険かしら? 役に立たなくなった駒を盤上から排除するための……ね?』
「……はぁ?」
『面白い反応をしてくれるね? さほど、珍しい話とも思わないのだがね? 役立たずは切り捨てる、ゴミはゴミ箱へ、当然の話だろう?』
「当然、ときたか」
『箱入り娘の君には理解できない世界かね?』
「理解はできるよ。けど共感はしない」
『君だって、家族や自分の命と、どうでもいい人間の命の価値は、違うだろう?』
「違う。違うが、その違うは、お前のそれとも違う。自分にとって価値のない人間でも、その人の家族や友人、恋人には価値のある人間かもしれない。だから、どうでもいい人間を、どう扱ってもいいってことにはならない」
『それはやはり、貴族令嬢の君には、理解できない世界があるというだけの話だね』
「理解はできる。自分にとって不都合なものをいたぶり、排除しようとする人間となら、それなりに長く付き合ったもんでな」
『それくらいなら、貴族に生まれれば、当然目にするモノだろうね』
「どうかな。貴族とは無関係に、そういう人間はいると思うよ。自分にとって不都合な人間、不快な人間、自分が理解できない人間、氣持ち悪いと思う人間を、特に敵対しているわけでも無いのに、とにかく排除、攻撃しようとする人間はな」
『それが人間というものとは思わないのかね?』
「思わない。本格的に敵対する前なら仲間にすることも、協力関係を結ぶことも、そこまでいかなくとも、相互不干渉のラインへ持って行くことだってできる。敵を全部倒したら平和でハッピー? 自分が醜いと思うモノを全部排除したら美しい世界?……そんなこと、あるもんか。自分が氣持ち悪いと思うモノでも、それが他人の幸せなら最大限尊重する。そういうことだって、できるはずだろ? 何が嫌いかより、何が好きかで自分を語れよ、だ」
『最後のは、どこかで聞いた言葉をそのまま言ったような薄っぺらさを感じるね』
「そりゃあ借り物だからな。これ、海賊王になりたいゴム人間のセリフじゃないって知ってた?」
『それが、君が現実を知らないということさ。借り物の言葉で理想を語る偽聖女』
「現実を知っていたら、何をしてもいいとでも?」
『現実は、良い、悪いで動くわけではないということだよ。もっと現実を見て、見識を高めることだね。何をしてもいい、ではない。なんでも、するべきなのだよ。少なくとも私はそうしてきたし、これからもそうしたいと思うね』
「……ここをお前と話してても、平行線になる氣しかしない」
『同感だね、祝勝記念のご褒美は終わりだ。今度はこちらから質問しよう』
「……なんだ?」
『君はあれだね、なるほど、言葉遣いは悪いが、それなりに聖女のようだ』
「氣持ち悪いことを言うなよ」
『本氣で嫌がっているところが面白いね』
「本氣で嫌だからな」
『ふふ、だから私は聖女に問いましょう。君にとって、自分や自分の家族の命、それとアリスの命は同等かね?』
「……」
『どちらかひとつを選べと言われたら、どちらを選ぶのかね?』
「脅迫か?」
『そうとってもらって、構わないけれどね?』
「お前に何ができる」
『何かは、できるね。何をしてほしい? 殺されてみたい? いいえ、生かしたまま死にたいと懇願するまで苦しめてほしい? それとも家族をひとり、またひとりと失っていく方をお望みかしら?』
「お前に何ができる!?」
『何でもできるし、する。そういう世界が、この世にはあるの。温室育ちにはわからない、地獄のような世界が、ね?』
「……」
『だから私は、君に問う。君は、それでもアリスを守ろうとする人間なのか? 君にとってアリスはなんだ? それは自分や家族の命と引き換えにしてもいいモノなのかね?』
「……ユミファはどうなったと思う?」
『は?』
「お前は王都にいる。さっき自分でそう告白していたな。であれば、お前はこの念話のダイアモンドを通じてこちらの事情を探っていたことになる」
『何の話だ?』
「ユミファとの決着は遠く離れた地で成された。そこにこのドワーフや……念話のダイアモンドの氣配はなかった。だからお前はある重要なことを知らない。このマジックアイテムが声を届けるものではないというなら、そのことについてお前はヒントすら貰えなかったことになる」
『……決着、だと?』
「私とアリスが一緒にいることの意味。それをお前は知らない」
『……』
「私のことは人づてに、報告で知っただけなんだろう? ならお前は私が何者であるかすらも知らない。根暗野郎、それが前線に出てこない臆病モノの限界だよ。丁重に名乗り、土下座して請えば教えてやってもいいんだぜ? どうか貴女様とアリス様の間柄について、このしんねりむっつりめの見識を高めさせてください……ってな」
『……小娘が』
「お、いいね、根暗野郎らしく小物感が香り立ってきたぜ。香ばしいな、お前」
『やはり聖女認定など愚策だったな』
「これから国を出奔する臆病モノが国の政策批判か? お笑いだね」
『君はアリスを匿った。それはカナーベル王国の法に触れることであると、聖女殿は理解しているのかね?』
「ならば、そう告発してから逃げればいいさ。まぁでも、国を捨てるような人間と、聖女認定までされた男爵家令嬢、どちらの証言が信用されるかは、明白なことだと思わない?」
『現実に、君がアリスを匿っていることを否定するというなら、それこそ偽証という国を裏切る行為なのだが、君は悪びれもしないね。サスキア王女はどうする?』
「さぁ。お前には関係ないだろう?」
『生かしておけば君の身の破滅と思うがね』
「言ったろう? 当家の流儀では罪が確定する前の被疑者に手荒な真似はしないんだ」
『碌なことにならないと思うがね。その娘は、毒物だよ』
「それこそ、国を捨てる人間には関係ないことだろう?」
『奇特なことだ。この忠告は、純然たる親切心から出でたるモノなのだがね』
「それはそれは、赤心、痛み入るね」
『アリスに関わるな』
「誰の味方をして、誰に従い、従わないかは、私が決めることだよ」
『妹が死ぬぞ』
「……」
『ミアリエルといったか、君は頭の弱そうな妹を大層可愛がっているようだね』
「ミアの頭は悪くなんてない」
『それは失礼。報告にはそう書いてあったものでね』
「ミアがどうしたっていうんだよ!?」
『さぁ? だが君がアリスをあくまでも守ろうとするのであれば、その塞がった手では、守れない存在もでてくるだろうね』
「……」
『いいね。ここにきて初めて君の負の感情がこちらに伝わってきたよ。ああ……素晴らしい。怒りと怯え。憎悪と不安。守ろうという意志と失うことへの恐怖。そうして君は私に教えてくれたわけだ。君にとって妹が、どれほど大事な存在であるのかを』
「……ミアに手を出したら許さない」
『私はマジックアイテムを作れる』
「っ……」
『そのことの意味は、考えたかね?』
「……討伐軍を眠らせたのはお前か?」
『間接的には、そうと言っていいだろうね』
「直接的には?」
『頭の良い君なら、想像が付くと思うがね』
「そうじゃない。どちらだ」
『ゴーダなら、魔法の発動を確認したら、すぐに君達を襲っていたのではないかね? ならば答えはわかろうというもの』
「……恋愛脳ゆえに?」
『もっと強くはっきりと言ったらどうだ? 念話のダイアモンドは声を出さずとも思ったことを相手に伝えるアイテムなのだがね。強く想えば、それだけ強い思念となって相手に伝わる』
「慣れてないんでな。こっちは隠し事が多いんだ。声に出したことをそのまま念じて伝える方が、取捨選択が単純で安心できる」
『それは残念』
「……狙ってやがったな」
『それは当然。だが君はなかなか用心深いね。心の深い部分が見えたかと思うと、そこにあるのは聞いたこともない言葉の坩堝だ。何かねそのデタラメな言語は。読心避けにそのような言葉を唱え続けるとは、ご苦労なことだよ』
「……で?」
『とは? なにが言いたいのかね』
「恋愛脳ゆえにか?」
『さぁどうだろうね。ひとつ確かなのは、彼女のせいで、数時間後に人が沢山死ぬよ』
「……なに?」
『王女の正体、これはそちらの隠し事と引き換えであるなら、教えてあげてもいいね』
「だったら必要ない。だが、ミアに手を出さないと約束できるなら……いいぜ?」
『ほう』
「ミアは本当にただ無力なだけの子供だ。それを害したとして、お前が得るものは俺の絶対の殺意、それだけだ」
『ほう、つまり君と交渉する場合の効率は、彼女を略取するのが最上であると』
「そうだな、お前の正体が判明するまで完全警護体制で警戒しとくよ」
『判明したら?』
「お前に、ミアに手を出す氣があるというなら、全力で叩き潰す」
『おお怖い』
「できないと思うか?」
『できると思うのかね?』
「お前はユミファを制御できていなかった」
『……それが?』
「お前はドワーフを嘘で操っていた」
『何が言いたいのかね?』
「お前の部下はそれで打ち止めか? 寂しいヤツだな。それでちょっと失敗したら、誰に頼るでもなく即、逃亡か。随分と寂しい人生を送っているようじゃないか、根暗野郎。それで次はどうする? なるほど、お前は色々な事情に通じ、マジックアイテムを造れる特異な人間のようだ。……で? 敵がお前ひとりなら、お前ひとりを探してとっちめればそれで終わる話だろ?」
『……』
「お前の正体なんてどうせ程なく判明する。それなりの身分にあったものが失踪するんだからな、調べずとも噂が飛んでくるんじゃないかな。お前はさ、口さがない女社会の恐ろしさってモンを知らないのかい? そしてアリスは、パザスさんは、探索魔法を使える。不審者が近付けば感知できるんだ。感知できたらそれが噂の失踪者かどうか確かめて、そうだったらボコればいいってだけだろ? ね? なにをもって自分が叩き潰されないと、自信満々に言えるの?」
『……君はマジックアイテムの恐ろしさもわからないのだね。哀れだ』
「灰礬石榴石の騎士、パザス。お前はさっき自分からもその名を挙げていたのに、その存在をもう忘れたのか? こちらには、そうしたことにも通じている味方がいる。ならば対策も方策も立てられるさ。マジックアイテムの発動は、警戒してれば魔法的に感知できるそうじゃないか。なら、戦える」
『ふむ……君は……本当に十三歳の少女かね?』
「そうさ、心清らかな聖女様さ。だから忠告するよ、木を隠すなら森に……とは考えないことだ。お前のその薄ら寒い殺意、ハッキリと感じたぜ。通話越しに相手の感情が伝わるってこういうことか、クソ野郎」
『……ふん』
「男爵領は田舎なんでね。見慣れない不審者の情報なんてすぐに広まる。お前が自分と似た肩書きのモノをいくら失踪させて迷彩にしようと、お前が男爵領に近付いてきた時点でこちらの警戒はマックスだ。そんな小細工には意味がないんだよ。それでもやるというなら、お前がそんなことをしてる間に、こっちはどんどん迎撃体制を整えてやる」
『なるほどね。だんだん君のことがわかってきたよ』
「こっちはお前みたいな殺人鬼とはわかりあいたくないよ。関わらないでほしいんだけど」
『……なぁ聖女殿』
「なんだ」
『私は君や君の妹に興味はない。私が用のあるのはアリスただひとりだ』
「そうかい、お前は少女狙いの変質者だったのか。殺人鬼とどっちがマシな称号だと思う? 好きな方を選ばせてやるよ、ショーン・ベーン。いやクソ野郎だからダイ・ベーンか。お前はダイでなければならない。ユーマストダイ!」
『……君にとって、アリスはそれ程までして、守るべき存在なのかね』
「さぁね」
『約束しよう、アリスを匿うのをやめれば、私は君や君の妹に手は出さない』
「……」
『だがアリスを匿うというなら、私は君を排除しなければいけなくなるね』
「へー。私に匿われてる限り、お前はアリスを殺せないんだ?」
『……』
「随分と高く買ってくれたもので。たかが十三歳の少女を」
『……君が波動持ちであることは分かっている』
「波動?」
『とぼけなくていい。人間の魔法使いはおよそ一万人にひとりの割合といわれているが、強力な波動を持つ人間はもっと少ない。エルフや、獣人だと種族によってはもう少し多いようだがね。アリスは君に己の魔法を強化する存在としての価値を見出した。君は、アリスに利用される代わりに、君もアリスの魔法を利用していいと、そういう契約を結んだのだろう?』
「なんのことやら」
『ユミファをどうした』
「お仲間の行く末は、お前でも氣になるのかい?」
『仲間などではない。ゆえに行く末などはどうでもいい。だがアリスが昔のままの力しか持たないのであればね、ユミファはアリスを圧倒してたはずだ』
「へー」
『なにかがアリスの力を強化した。それが君であるというなら、その波動は、事前に予測していたダブル程度のモノではないということになる』
「……ダブル?」
『これは私独自の呼び方だがね、適した魔法を二倍化する波動でダブル、三倍でトリプル、四倍でクアドラプル、以下クインティプル、セクスタプル、セプタプル、オクタプル、ノナプル、十倍以上でディカプル、わかりやすいだろう? 人間ならダブルで魔法使いと同等、一万人にひとり程度の存在だ』
「ほー」
『ユミファをアリスが圧倒するなら、クアドラプル以上は必要だったはずなのだがね』
「四倍はどれくらい希少なんだ?」
『人口百万の国にひとりか二人、いればいい方だな』
「ディカプル、十倍は?」
『それはもう人間では有り得ない』
「ほー」
『十倍以上は、エルフでも百万、千万人にひとりのイレギュラーだろうよ。歴史上の最上位存在で三十倍。彼女は伝説にその名を残しているよ』
「それはつまりアリスの」
『そう母親、リーンだね』
「なら四倍以上が確定の私は、お前からしても邪魔な存在だってことだ」
『そうだね、手を引いてくれると嬉しいのだが』
「もう一度聞こうか、お前はなぜアリスを狙う?」
『狙う、ねぇ』
「殺すでも無い、狙うでも無いなら、なぜ竜やドワーフをけしかけた?」
『……ふむ』
「答えろ!」
『……むかしむかし、エルフの女王は人間に呪いをかけました。するとどうしたことでしょうか、人は夜になると、男性は狼に、女性は蛇へと変化するいきものになってしまったのです』
「……は?」
『ふふっ。聖女様に問おうかしら。人類とエルフの戦争は、なぜ起きたのでしょう?』
「……エルフが人を呪って、夜になると男は狼、女は蛇へと変化するいきものに変えたから?」
『それが真実と思うかね?』
「……」
『ああ、このことはアリスも知らないはずだね。パザスに聞いてみたらどうかね?』
「待て。お前はパザスと面識があるのか?」
『さぁ? どうだろうね?』
「……お前は黒竜とドワーフ、どちらのパターンだ?」
『とは? なにが言いたいのかね』
「お前も四百年を生きた歴史の証人か、それとも間違った伝承に踊る係累の一門か」
『さぁ? それもパザスと一緒に考えればいいことでは?』
「お前はユミファをどうしたのかと聞いたな? その答えと引き換えではどうだ?」
『いらないよ。君達はなんらかの形でユミファを撃退した。そういうことだろう』
「そうかもしれないし、そうでないかもしれない。聞いておかないと損をするかもしれないぜ?」
『ハッタリはいい。だが君はどうやら誰かを殺すことのできる人間ではないようだからね。この短いやりとりの中でもよくわかったよ。君は中途半端に優しい人間だ。そこは蝶よ花よと育てられた十三歳の貴族令嬢らしいね。まぁ、もったいぶるところをみると、懐柔してこちらに解き放つくらいはしたのかね?……いや懐柔したのならもう少し私のことも知っているはずだね……洗脳は呪いの領分、アリスには使えない……ならば欺瞞で騙したか。さすがは竜にさらわれ生還した聖女様、竜の扱いはお手のモノというわけだね。なんにせよ、猪突猛進で襲ってくるユミファなど、私の敵ではないよ』
「……冷たいことで。利用価値のなくなった仲間は即、切捨てか」
『所詮竜、所詮ドワーフさ』
「なるほど、お前は人間至上主義者か。スライムなんかも使い捨てるのかい?」
『ふふ、これでもまだカナーベル王国に仕える身なのでね』
「これからすぐに捨てる肩書きだろう?」
『いいかね、私は忠告したのだからね? アリスとの契約を破棄しろ。さもなくばお前は不幸になる』
「……アリスは私の大事な人を守ってくれた。だから私からは見捨てない」
『心が揺れてるのが伝わってくるぞ? 強がりを言うモノではないね。君がアリスにいかなる恩義を感じたのかは知らないがね、それは、君の妹の平穏な生活よりも重いことか? 私は君が考えてる以上に残酷で、冷酷だよ? 拷問は趣味じゃないがね、必要なら躊躇わないよ? 生かしたまま苦しめるマジックアイテムだって持っている』
『弥縫のコーラルといってね、人が生きるに必要な器官の、一時的な代替品となってくれるマジックアイテムだね。これを使うと、どのような”手術”も可能になる。心臓を失っても、なんなら頭だけでも、意識あるまま、数日は生かすことだってできる。九星の騎士団ではアムンという男が、好んで使ったマジックアイテムだよ』
『想像してごらん? 目玉をくりぬかれ、舌を抜かれ、四肢をもがれて……だけどキッチリ理性は残ってる。そんな芋虫のようになった妹が、舌のないカサカサの口で君にこう言うんだ……どうして、たすけてくれなかったの? いたかったよ、つらかったよ、あんなになきさけんだのに、あんなにくるしんだのに、どうしてオネエチャンはたすけにきてくれなかったの、ひどいよ……ひどいよ……ひどいよ』
『ああいい……いいねぇ、君のその憤怒、極上だねぇ。ん? 嘘ではないさ、その昔、悋氣に駆られた御婦人から頼まれてことがあってね、彼女の夫の浮氣相手を、そうしてさしあげたことが、ふふっ、実際にあるからね? アレはそう……君とあまり変わらない……確か十五だか十六だかの少女だったね。三十路半ばの御婦人より、二十も若かったと記憶しているよ』
『いやはや……それにしてもあの娘は、その後どうなったのだろうね? いやいや、私もその末路はとんと聞いていないのだよ。すぐに殺されたか、そのまま数年は生かされたか……まぁあそこまで手の込んだ悪趣味を施させたからには、長く苦しめるつもりだったのだろうがね?……そういえば、あの御夫人は、その状態の娘が妊娠できるか、氣にしていたけれど……どうしてなのだろうね?……単純に、その状態でも夫の子を孕む可能性があるか氣にしていたのか、それとも……もっと更に酷いことを考えていたのか……ね?』
『ふふっ……嗚呼、神に祈りを、妄執に囚われた狂氣が、どうか佳き悪夢と共にあらんことを』
『いいや? 私は正氣さ。私は、頼まれたからやっただけでね、狂っていたのはあの御婦人の方さ。ふふっ……まぁ、そういう変態貴族の真似は、けして私の趣味ではないがね? それでも、くくっ、君のその、うふふ、血涙でも流していそうな、ははっ、極上の怒氣をまた味わえるならね! 本当に、君の妹をそうしてあげたくなるねぇ!』
『ふふふうくくあははははっ!! 十五だか十六の娘は体力があったからね! 適当に弄ってもなかなか死ななかったがね! 八歳九歳となると慎重に扱わなければねぇ!!』
『嗚呼……命を弄ぶことの、なんと愉悦なるかな。きっと人の生命を弄んだエルフの女王様も、人体を弄んだアムンも、そう思ってのことだっただろう……ね?』
「……お、お、前、が……ミアに近付く前に……キチンとっつか、まえれ……ば、それで……済む、話……さ」
『それでも君が妹の身を危険にさらしてることに変わりはないね、オネエチャン。薄情なオネエチャンだ。妹を見捨てるオネエチャン。おっと、このマジックアイテム、興奮しすぎて真っ白になった思考というのが伝わることもあるのだね。私もこれは初めて知ったよ、ありがとう、勉強になりました』
「へ、屁理屈を捻じ曲げないで! 貴方に理があるというなら! 説きなさい! 貴方がアリスを害そうとする! その理由を!」
『考えればいいさ、オネエチャン。妹が苦しみ、朽ち果てるその日まで』
「死ね!!!!!!!!!!!!!」
ちくわ大明神様の出番がなかった




