30話:一難去って
夜空を、月よりも大きな円が蔽っている。
それは私に、小さくて、でもとても大事な記憶を思い出させる。
昔、それはもう遠い昔、闇に浮かぶ星座も、腕に抱いた自分の身体の感触も、まるで違っていた頃。
夜の空に、花火を見た。
それは月よりも大きく花開き、一瞬で星々の煌きとなって消える大輪の花。
それがあまりにも、あんまりにも綺麗で、儚かったから。
俺だった私は、傍らに座る小さな身体に、問いかけたのだ。
『最初に花火を打ち上げようと思った人って、どうしてそうしようって思ったんだろうね?』
夜に咲き、刹那で萎れ、後には何も残さない徒花。
この文化は、今よりももっと、人々の生活に余裕が無かった時代に始まった。
なぜそんな無駄を。なぜそのような不合理を。
そんなことを、若くして死ぬことがほぼ確定し、親の金と、国の医療保険金を無駄に浪費するだけの俺が、同じような運命を背負った、だけど俺なんかよりずっと生き延びるべきだった年下の友人に、問い掛けたのだ。
答えは意外なものだった。
『夜を、壊したかったんじゃないかな?』
ぱぁん……と咲いた光の中で。
『……え?』
その声は静かだった。
大輪の花も遠く、小さい、高いフェンスに蔽われた病院の屋上。
ドーンという破裂音は、光よりも少し遅れてやってくる。
だから、花火が空に咲くその瞬間は、透き通るような静寂の瞬間で。
その声は光のように、すっと俺の中へと入ってきた。
『闇に蔽われた空を、花火のような爆発物で壊せば、そこに朝が、そこに光が、あると信じたから……信じたかったから……だから暗闇を壊したかったんじゃないかな?』
『……長生』
小さな身体がすくと立って、背中を向けたまま振り返り、言った。
『本当に壊せたら、良かったのにね』
細い身体が、なにもかもを諦めきって乾いた、ゆえに透明な笑みを浮かべている。
その細い背中に。
世界から見捨てられ、愛してほしかった人からも見捨てられていたその背中に。
俺は、何も言えなくて、その背中に、何も返せなくて、少し口を開いて、閉じる。
何度かそれを繰り返して、何を口にするのも諦めた。
ただ夜空に咲く刹那の花と、その終わりを見ていた。
昔、それはもう遠い昔、闇に浮かぶ星座も、腕に抱いた自分の身体の感触も、傍らで同じ光景を共有する細い身体も、待ち受ける未来への不安……その種類も、本当にまるで違っていたあの刻。
夜の空に、願いを見た。
夜を終わらせる光の、祈りを見た。
そうして私達は、ユミファの封印に成功した。
……それはもう、びっくりするくらい簡単に封印できた。
ただ、本当に何事も無かったかというと、そんなことも無くて。
「ティナ、言っておかなきゃいけないことがあるの」
封印がなされた後、アリスは手に、ゴルフボール大の……ではないですね……テニスボールほどの大きさの、薔薇色の宝石を持って、私へこう語りました。
「これって強力な結界魔法の継続使用になるから、その維持にはあたしの魔法のキャパシティを半分以上持ってかれちゃう。だから確実に、もう変身魔法は使えない」
「……そっか」
そうなると……お屋敷でアリスと一緒に暮らす生活も終わりでしょうか。
それを悟っているのか、アリスが捨てられた子犬のような目で私を見ています。いや猫じゃないんかーい……。
「そうですか……」
サーリャもそれを悟ったのでしょうか。声に元氣がありません。
サーリャとアリスは、さほど折り合いがよくなかったような氣もしますが、別れとなるとよぎる想いもあるのでしょうか。
「なに? サーリャまで浮かない顔ね。この後は貴女の御主人様の望み通り、ちゃんと働いてあげるわよ?」
「……いえ。そのことではなくて」
「……じゃあ何よ?」
「どうしたの? サーリャ」
どうもサーリャの様子が変です。
何かが氣にかかっているようで、それを言うべきか言わざるべきか? 悩んでいるような?
何? 竜は封印されちゃったから、つまり竜の素材は誰の手にも入らないことになって残念とか、そういう話?
別にいいよ。男爵家が辺境伯になれるかなれないかとか、私が男に戻れるかもとか、そんなの別に大したことじゃない。ないんだってば。ホントだよ? ぐすん。
「氣付いたことがあるなら言って、サーリャ。今はそういうの大事かも」
「ティナ様……いえ、その……先程のティナ様とアリスの会話は、私には少し難しかったのですが、要は、アリスとパザスさんは、アリス自身の魔法によって封印されていたということなのですよね?」
ユミファの魔法によってではなく……とサーリャは自信無さ氣に続けました。
「……そうなるかな?」
「だとすると、今度は別の疑問がわいてきます。今回、ユミファさんが現れたのは、アリスとパザスさんの封印が解けたのを察知したから……という推測を、アリスはしていたはずです」
『今になって現れた理由は……多分、あたし達の復活を察したからじゃないかな』
「……そうだね」
「……あれ?」
そうだ。そういえばそれはおかしい。おかしくなってしまう。
「封印が、結局はアリスの魔法だったのであれば」
『だってあたし達を宝石の中に封印したの、ユミファだし。封印が解けたら伝わる仕掛けでもあったんじゃない?』
「ユミファさんは、どうやってアリス達の復活を知ったのでしょうか?」
「……あ」「……あ」
仮説なら立てられる。
例えばそう……ルカさん。
魔法使い同士は念話で連絡が可能。
ならば、魔法生物であるスライムのルカさんならば、本体と分体の間で念話することも可能なのではないだろうか?
そうであるなら……もし今も本体のルカさんがどこかに生きていたとして、アリスやパザスさんと一緒に復活したあのカケラと、少しでも連絡を取り合っていたのなら……。
そしてルカさんが、ユミファさんと、なんらかの交流を今でも持ち続けていたとしたら。
だが……さすがにこれは馬鹿馬鹿しいですね。いくらなんでも推論に推論を重ね過ぎ。
こんな推察は、頭の片隅に置いておく程度に留めるべきでしょう。
なら……答えの無い問いは、一旦措いておくとして。
「これ、あたしがずっと持ってないと封印が解けちゃうから、ティナ、服にこれを収納できるポッケ、あとで付けてくれない?」
これからどうするのか、今はその話をします。
「それ、私が近くにいても大丈夫なの? 封印、解けちゃわない?」
「あたし達の時も二週間くらいかかったんでしょ? 突然解けることはないから大丈夫。それに解けそうになったら、今も結界魔法を継続使用してるあたしに、それが伝わらないはずがないしね」
「それならいいけど……今は道具がないから、帰ってからね。ひとまずは、サーリャのスカートに収納してもらおう」「え゛?」
正直、アリスが変身魔法を使えなくなったのは痛いです。
討伐軍のほとんどが今は寝ているとはいえ、援軍を呼びに行ったキルサさんのこともあります。ここからの行動で、どうアリスを隠蔽するかという問題が出てきます。
隠蔽といえば……この闇堕ちっぽい紋様も、そのままでは人前に出れません。手足が露出しているワンピースですからね。もっと露出の少ない服を着てくればよかった。なんでこんなに禍々しいのかな。私、今、一応聖女の称号を賜ってなかったかな。
「それでここ、どこ?……」
私達が悪魔的黒紋様魔装なバナナボード……違う、黒い船に乗っていたのは、どうやら三十分程度だったようです。
時速は、たぶんずっと六十キロ程度だったと思うので、つまりここは討伐隊の本陣から三十キロメートルほど離れたところになるはずです。東京(駅)と横浜(市)くらいの距離でしょうか。東京バナ奈と中華まんを食べたくなりますね。あるいはたこ焼きと牛……ではなく大阪と神戸、福岡と佐賀、札幌と寿司……ではなく小樽。……おなか空いてきた。
まぁざっくりとした計算なので、若干どころか大幅に間違っているかもしれません。
「パザスのいる方に向かっていたつもりだったから、北東よりに飛んでいたかなぁ。ヨーラッド湾ってまだヨーラッド湾って呼ばれてる? そっちに向かったはず」
ヨーラッド湾なら、今もそういう地名があります。カナーベル王国から北東へ、陸地沿いに向かうと、西に見えてくる海岸線です。これを陸地沿いにぐるっと回るとミスト地方に着きます。
海岸線が、人の住めない断崖絶壁の連続であれば、まだカナーベル王国の領土の可能性が高いのですが、船を停留したりできる穏やかな湾岸は、完全にもう他国の領土となってしまいます。
十年ほど前にカナーベル王国と戦争したのはまた別の国なので、現状、特に緊張状態にあるというわけではないのですが、同盟国というわけでもありません。相互不可侵条約は結んでいたはずですが。
「あれでも、この辺の樹、背も低いし風衝樹形だな。ってことは、ここはもう海が近いのかも?」
「風衝樹形?」
「海に近い土地は、海からの風が強いから、樹木はその風に煽られ、靡いた形のまま成長しちゃうの。ほら、この辺の樹、みんな同じ方向に曲がっちゃってるでしょ? 今も、穏やかだけど、曲がってる方向とは逆の方からの風が吹いてるし……潮風っぽい匂いもするし」
「ホントだ」
「だからここは、もうヨーラッド湾に近いのかも」
「へー」
となると少し問題ですね。
なんせ下手したら不可侵条約を結んだ国の領土ですからね。こんな荒地の、しかも夜に、警備兵などはいないと思いますが、見つかったら領土侵犯、条約違反ということで国際問題にもなりかねません。
「でもどうだったかなー……ヨーラッド湾周辺の地形か……」
ヨーラッド湾を東京湾に見立てたら、東京都と神奈川県がミスト地方で、千葉県が他国、房総半島の先(に陸が続いていて、そこ)がカナーベル王国といったところでしょうか。大阪湾に見立てたら、紀伊半島と四国がくっついてるイメージで、四国がカナーベル王国、和歌山から大阪が他国、兵庫がミスト地方です。
バルト海(とボスニア湾)に見立てたらドイツとポーランドがカナーベル王国、バルト三国とフィンランドが他国、スカンジナビア半島がミスト地方でしょうか。
ただ、三浦半島やデンマークに該当する出っ張りはありませんし、淡路島や小豆島に該当する大きな島もありません。両岸を分ける海は、多分東京湾よりもっと広いです。パザスさんも時速六十キロ以上で飛ぶことができると思いますが、そのパザスさんが海を渡るのに、相当急いでも二、三時間はかかるって(アリスが)言ってましたから。
となると、ここはカナーベル王国の北東、そこを少し抜けた他国の地でしょうか。
測量地図がないので、カナーベル王国がどの程度の表面積をもった国なのか、私にもわからないんですよね。伊能忠敬チートは頑張れば可能かもしれませんが、私はやりたくないです。っていうかそれチート? 健脚頼みの地道な努力と忍苦の結果では?
男爵家領内から王都に向かう場合……馬が潰れることを厭わず、悪路も山道もその脚を走らせ、中継点で潰れた馬を交換してまた走らせ……というのを繰り返せば、最短、二日で到着できるそうです。
これはもう本当に危急の事態における強行手段なので、本来、男爵領から王都へ向かうには、様々なトラブルを織り込んで一ヶ月は見よ、とのことですが、単純な距離の算出という点では最短値である馬の二日というのが参考になりますね。
物凄く適当な、ざっくりした計算になりますが、馬の脚足が仮に平均時速三十キロとすると、一日十六時間走ったとして四百八十キロ。仮に、馬で行く道が直線距離の三倍、あるとしたら、直線距離は百六十キロですね。東京と静岡、大阪と福井、辺りでしょうか。
そうなるとカナーベル王国の版図は、日本の本州を少し膨らませたくらいのモノかもしれません。勿論これは本当に適当な、ざっくりした計算なので、本当は北海道くらいかもしれませんし、インドくらいあるのかもしれません。中国やアメリカほどはないと思いますが。
まぁこれも、本当にざっくりな計算なので、大幅に間違っていそうな氣もします。
「……考えても詮無きことか」
この辺で、図形記憶的に覚えた前世の地図帳の知識で遊ぶのはやめましょうか。閑話休題と書いて「それはともかく」と読みましょう。病室では暇で色々してましたが、今はそんな時じゃないはずです。
「今から本陣には戻れる?」
あの範囲睡眠魔法の効果時間はわかりませんが、アリスが変身できない今、それが解ける前に戻らないと面倒なことになりそうです。効果が発動してから既に一、二時間くらい経っているでしょうし、戻るのにも三十分以上かかるのだとしたら、効果時間が三時間未満でないことを祈るばかりです。ナポレオン・ボナパルトはお呼びじゃない。
キルサさんが援軍を伴って、本陣へ戻ってくるのを二時間と読むのなら、私達がアリスと合流するまでにざっくり十分、戦闘に同じくざっくり十分、船で飛んだのが三十分、船を下ろしてから今までが十分くらいとして、既に一時間くらいは経過していることになります。
とすると、私達は今から一時間以内に本陣へと戻る必要があります。
アリスが見つかったらー……。
対外には、随行してきた少年騎士ってことにしましょうかね。髪はどうせすぐに伸ばせるんだから、一旦耳が隠れる程度の短髪にしてもらって、その上で兜でも被ってもらって、服は少年っぽく見えるのを即席で造りましょう。裁縫チート万歳。
問題は、男爵家の人にどう説明するかですね。まぁ現地にいる三人に関しては、今は寝ているはずですし、ここは、この場では、私の強権発動でどうにかなります。家の秘匿事項に触れるので聞くなと。
それからのことはー……後で考えようか……。
「ずっと月を背に飛んでいたから、逆の方向に向かえば近いところにはいけるだろうし、近くまでいければあとはなんとなくわかるかも。戻る?」
「……お願い」
そんなわけで、再び銀髪のぽわんぽわんが再開され、船は夜空を駆けます。
……先程の、すぐにでも意識が飛んでしまいそうな酩酊感は、なぜか今は治まっています。
アリスがなにか工夫でもしてくれたのでしょうか……よくわかりません。
そういえば……アリスとサーリャは先程、私が意識を失っている間にあったことを話してくれました。ですが、どこか歯切れの悪い説明でした。何を隠しているのでしょうね。
ただ、アリスはともかく、サーリャが私に隠し事をするなら、それは私が知ってはいけないことだからなのでしょう。それをほじくりかえす氣もなければ、不快とも思いません。
問題は、サーリャのそれが、過保護であるがゆえのあやまちだった場合ですね。
本当は私が知っていなければならないことを、私を想うがゆえに隠してしまった。これが一番まずいパターンです。
……ここで、少し確認してみましょうか。
「ティナ?」「ティナ様?」
狭い船内でもぞもぞと動き、サーリャの方に身体を向けます。
「サーリャ」
「……はい」
「私の目を見て。そのまま、視線をずらさないでね」
「は、はい」
なお私が、私自身が、氣を抜くと視線を下へずらしてしまいそうになるのは内緒です。
ぽわんぽわんの頭が、ぽよんぽよんに吸い寄せられてます。心はともかく身体は同じ性のはずですが、この差はなんなのでしょうか。
「……私に、秘密にしていること、あるよね?」
「っ……」
「視線を逸らさないで。その綺麗な水色の瞳、もっと私に見せて」
「ううっ……」「ちょっと、ティナ」
「いいよ。責めてるわけじゃないから」
「……はい」「え、なにあたしのこと無視?」
「でもこれだけは教えて。それは、それを私が知らないことで、いつかサーリャやミアが傷付く可能性があるもの?」「ちょっとー」
「……いいえ、知らないことでは、私もミア様も傷付きません」
「……それは、むしろ知ることで傷付くことがあるってこと?」「おーい」
「はい」
視線が、水色の強い視線が、私をまっすぐに見ています。
つまりサーリャは、確信しているのでしょう。
知ることで私が傷付き、私が傷付くことで自分やミアが悲しむことを。
……いいでしょう。
「わかった、私はサーリャを信じ、りゅうううぅぅぅ!?」「無視すんなぁ!」
「ティナ様!?」
「ちょっ! ゆひ(指)! 鼻ほ穴ひゆひがぁぁぁ(鼻の穴に指がぁ)!?」
「なに言ってるかわからない!」
「はくちょう(拡張)されゆ(される)! 特になはゆひは(中指が)入ってゆ(入ってる)方! ひほがっちゃう(拡がっちゃう)から!」
せっかく、いい意味でシリアスっぽくなっていたのに、アリスの人指し指と中指が私の鼻の穴にぶすっときて、そのまま私の頭を上に持ち上げてます。
幸い、人間形態のアリスは爪を伸ばしていないので、粘膜が引っ掻かれて血が出るなんてことはありませんでしたが、単純に痛いです。猫形態だったらどっぷりとどぼどぼのダハーでダッバダバでしたね。惨劇!
「ぎぶぎぶ! 豚鼻になっちゃうから! 貴族令嬢がしてはいけない顔になっちゃう!」
「こと容姿に関する限り、貴女に貴族令嬢の自覚なんて最初からないでしょ!」
そういえばこの世界には、プロレスがありません。タップでギブアップというお約束も通じません。リアルレジェンドのどなた様かが転生した暁には、プロレス興行振興チートをおねがいマッソーでございます。目指せ肉の勇者の成り上がり。ゴングの勇者とかパイプ椅子の勇者でも可。
「まったくもう、乙女の秘密を暴こうとするもんじゃないわよ」
……とかなんとか益体もないことを考えていたら、漸くアリスが放してくれました。
ふう……。
「って、それなんか用法違うよね!? というか私もう暴こうとするのやめかけてたよね!?」
それにアリスがマイノーズをハンギングしたのって、無視されてイラッとしたからだよね!?
それとも何? ここでさっきの反撃!? 復讐!?
ほっぺたのモミジ、回復魔法で治してないのももしかして当て付け!?
「返事をしないティナが悪いの!」
「かまって乙女ちゃんか!?」
あ、かまって乙女ちゃんそのものだった。
そんなこんなで飛び続けること十五分と少しくらい。
ユミファを引き剥がす心配がないおかげで、船は先程よりも三割り増しくらいのスピードで飛び、何も起きないまま順調に、どこか見覚えのある景色、具体的には私とサーリャがアリスと再会した地点の辺りが見えてきた……その時。
「きゃっ!?」「ぬっ!?」「えっ!?」
船が、空中で急停止して、大きく揺れました。
「なに!? アリスどうしたの!?」
「え……なにこれ動かない!?」
と、船の……舳先といったらいいのでしょうか? (先程までの)進行方向、サーリャの背の方(真ん中の私の方を向いていたので)に青く光る金属のようなものが巻き付いています。
「は!?」
「……なにこれ?」
下を見ると、そこから月光に鈍く光る柱のようなものが地上まで続いていました。
「……ミスリル?」
月明かりでも、その特徴的な鈍い青の輝きは健在です。飛んでいたのがおそらく上空百から二百メートルといったところですから、ちょっとした高層ビルほどの高さまで、ミスリルの柱が伸びてきていることになります。
「……これはアリスの魔法?」「違うわよ!」
そうでしょうね、髪も黒に戻ってますし、ぽわぽわする感覚も消え失せてます。
つまり私達は、地上からカエルの舌のように伸びてきたミスリルの柱に、船ごと捕獲されてしまっている形です。
「……どういうこと? これは魔法攻撃?」
「魔法なんかじゃない。これはマジックアイテム。こういうの、ドワーフが使うって聞いたことがある。想鋳るナンタラカンタラのウンタラカンタラがどうとかって」
「ドワーフ!?」
転生してから、その名前を全然聞かなかったので忘れかけていましたが、女史さんの話によれば、魔法を行使できる個体は一億分の一程度、その代わり人間種より頑健な身体を持っている種族……だっけ? そんなのがいるって聞いた氣がします。
「そういやドワーフ、見てないね。パザスからも聞いた覚えがないし。この国にはいないの?」
「この国っていうかこの国周辺にはいないはずだけど……この辺は人間至上主義だから」
「……いらっしゃるみたいですよ? 今、そこに」
「え?」
ガシンッ……と重い金属音が響き、同時に船が揺れます。
「……嘘」
サーリャが目を瞠り下を見ています。どうしたのかな。
「……うっそぉ!?」「げ」
船と地上とを繋ぐ、ミスリルの柱、そこにずんぐりむっくりした人影があります。
それはミスリルの柱を伝い、こちらへと登ってきているようです。
遠目にもそれとわかるヒゲ面……ドワーフと聞いて、誰もが思い浮かべるイメージそのままの、矮躯ヒゲ面のシルエットが、直径壱メートルほどの円柱の凹凸に手をかけ、高さ百メートルはゆうに超えているこの船を目指し、クライミングしやがってきています。
ただ、それだけならまだ大した問題ではないのです。
悪意ある人物でも、それだけならアリスが何とかしてくれるでしょう。
問題は……。
「第三王女殿下!?」
「助けてぇ!!」
ドワーフの背中に……枷のようなもので首と両手とが連結させられている……サスキア王女が背負われていることでした。
なお、長生と書いて「なお」と読む名前は、3話に一回、8話でも一回、登場していたりします。




